ヴァレンティン・シルヴェストロフ(Valentin Silvestrov)の歌曲集『静寂の歌』は1974年から77年の間に作曲され、創作人生における重要な区切りとなった作品。彼はソビエト前衛のリーダーとしての地位から、旋律と和声という伝統的な素材に根ざした作曲家として変貌を遂げました。
私にとってこれは立場を捨てるということではなく、むしろ最も前衛的な運動の継続なのです。『静寂の歌』とピアノのための小品集『キッチュな音楽』(1977年)は音楽に合わせた沈黙なのです。 ― シルヴェストロフ
精緻で美しい詩。 ロシア文学黄金の時代と銀の時代の詩人アレクサンドル・プーシキン、エヴゲーニー・バラトゥインスキー、セルゲイ・エセーニンとオシップ・マンデリシュターム、ウクライナの詩人タラス・シェフチェンコ、シルヴェストロフ最愛のイギリスの詩人ジョン・キーツとパーシー・ビッシュ・シェリーの詩が歌われています。これらの様々な詩人たちの声がここで組み合わされ、新たなまとまりを作っています。『静寂の歌』の始まりのバラトゥインスキーの詩句にあるように「不思議な力のハーモニー 」がそこにあります。
エレーヌ・グリモーがヴァレンティン・シルヴェストロフの『静寂の歌』に出会ったのは20年近く前で、この音楽の持つ誠実さと透明さに魅了され、共に演奏するパートナーを長年探し続けました。そしてついに若き天才バリトン歌手、コンスタンティン・クリンメルと出会い共演することになったのです。ドイツ系ルーマニア人のバリトン歌手、コンスタンティン・クリンメルは2018年ヘルムート・ドイチュ国際歌曲コンクールの優勝者です。
この録音は2022年夏、ベルリン郊外のシュティーニッツのトゥルビーネンハレで行われたコンサートの模様で、この時グリモーは、戦争で荒廃した祖国から逃れベルリンで暮らしているシルヴェストロフの前で演奏し、2人は初めて顔をあわせました。
歌曲集『静寂の歌』(5つの歌)
歌は病んだ心をいたわることができる(Song Can Heal the Ailing Spirit 詩:バラティンスキー) 嵐と吹雪のさなかに(There Were Storms and Tempests 詩:バラティンスキー) ありがとう、ほんとうに(La belle dame sans merci 詩:キーツ) おお、憂鬱な時よ(O Melancholy Time! 詩:プーシキン) さらば、世界よ、地球よ(Farewell, O World, Farewell, O Earth 詩:シェフチェンコ) 歌曲集『静寂の歌』(11つの歌)
第2曲:私は揺るぎない心で正直にお伝えしたい(I will Tell You with Complete Directness 詩:マンデリシュターム) 第3曲:メアリーを祝って飲んでいると(Here's a Health to Thee, Mary 詩:プーシキン) 第4曲:冬の旅(Winter Journey 詩:プーシキン) 第7曲:島(The Isle 詩:シェリー)第9曲:秋の歌(Autumn Song 詩:エセーニン) 第10曲:湿地と沼地(Swamps and Marshes 詩:エセーニン) 第11曲:冬の夕べ(Winter Evening 詩:プーシキン) 演奏:コンスタンティン・クリンメル(バリトン)、エレーヌ・グリモー(ピアノ)
2022年8月28-31日ドイツ、シュティーニッツ、トゥルビーネンハレにおける録音。
バッハやモーツァルトの時代からの残響 「神秘的な力のハーモニー 」を奏でるウクライナの偉大な現役作曲家。1937年生まれのヴァレンティン・シルヴェストロフは、この録音時84歳。1960年代まではアルフレート・シュニトケやアルヴォ・ペルト、ソフィヤ・グバイドゥーリナらが居並ぶ旧ソ連の同世代の作曲家の中では、屈指の実力を持つ作曲家と見なされ、その前衛の最中にいた。デビュー時は前衛的な作風で絶賛されたが、ストラスブール打楽器集団のような例外を除いて、ほとんど録音の機会を得ていない。転機は1970年代以降、伝統的な調性や旋法も用いながらも、劇的な響きと情緒的な響きのテクスチュアを繊細に織り成し、独自の作風を築き上げている。それが、「ロシア現代音楽」に背を向けたとなり、1974年にソ連作曲家同盟から除名される。伝統的なクラシック音楽への回帰を志向した表面的には、現代音楽とは馴染みのない「普通の人」でも聴きやすく親しみやすい曲が多くなった。ピアノ・ソナタ第2番では、比較的ゆるいテンポ感が支配するなか、どこかで聞いたような伴奏音型を不意にペダルでぼかすことにより、聞き手の記憶をくすぐる仕掛けが施されている。単純な調性音楽に帰するのではなく、なにかしらの思い出をフラッシュバックさせるテクニックは、かつての前衛時代の感覚とは完全に切り離された代物であり、同一人物の作と認識するのが難しい。誤解も覚悟で書くならば、華やかさや超絶技巧を期待すると気持ちよく裏切られるピアノ。もうひとさじ甘くするとリチャード・クレイダーマンに聞こえる、一歩手前で踏みとどまっています。
前衛の停滞を経て新ロマン主義が流行しつくした後も、シルヴェストロフは望郷や回顧といった感覚を機能和声の枠内で取り戻すことに成功した貴重な作曲家である。キーウKyiv (キエフKiev )の街で生まれ育ったシルヴェストロフは、この古都で暮らしていた。今まさにロシアによる侵攻で筆舌に尽くし難い苦難を強いられている、ウクライナの首都。2022年3月8日に戦争で荒廃した祖国から逃れドイツに脱出した。
それまでになかった不協和音、不明なものが現れた現代音楽。現代、音楽は騒音と混ざり合ってしまった。前衛的な音楽にあるような、休符の使い方、音楽がどちらへいくかわからないような、作曲家がこちらに行くべきだと指示するようなやり方。昭和の文学界では斬新だった〈……〉と文章の末尾に置くというような言葉の曖昧な紡ぎ方が、現代音楽なのかもしれない。前衛的な音楽から消えてしまったものがある。それは覚えやすい、耳に残るメロディです。古典音楽にはメロディがあり、しっかりと印象付けられます。大きな音で溢れかえっていた、平成を過ぎ。音楽は最後に近づいている。新型コロナ禍を体験した令和の今、時代は大音響をすでに必要としていないのです。今私たちに必要なのは、静寂の力なのです。普通の中に神秘性を求めることが重要なのです。人類が伝達手段として生み出したもの。太古の音楽はリズムと音響の強弱でした。中世、吟遊詩人の歌が席巻しました。メロディとは音楽の宝石のはずなのですが、AIだってメロディを作る、今の時代には消えてしまいました。ときには詩が前面に出すぎてメロディが消えてしまっていることもある。休符とか空間の作り方は、自然に似ているところがあって、自然にもある空間の上にメロディが乗る。そのメロディの周りに寄り集まるように空間がついていく、空間がメロディの周りを伴奏している。音楽が呼吸しているシルヴェストロフの音楽からは、風の音、霧の中の出来事、こだま、雲のようなものが聴こえてきます。
現代的な感覚と独特の感性で濾過され、奥深いものを秘めたその音の響きは、聴くものにさまざまな感情を呼び覚ます。転向後の作品の演奏や録音の機会は多い。マンフレッド・アイヒャー率いるレーベル、ECMだ。ECMが集中的にリリースをして大衆的な支持を得たのは、ヘンリク・グレツキの成功と全く同じケースである。ECMのクラシック系のラインである〝ECM New Series〟から、2002年以降多くのシルヴェストロフ作品がリリースされており、彼の作品が世界で広く認知されるのに大きな役割を果たしている。中でも2007年にリリースされた「バガテルとセレナーデ シルヴェストロフ作品集」(Valentin Silvestrov: Bagatellen und Serenaden)は超名盤。彼の独自の抒情性に満ちた特異な音楽世界に魅了される。ウクライナをめぐる非常事態を受けて、世界中の多くの演奏家たちがその音楽活動を通してウクライナを支援しているが、彼らの多くがその演目の中に、シルヴェストロフ作品を取り上げているのは当然のことだろう。が、本盤と併せて、心の底から全ての人にお薦めしたい。一生のうちに一度でも聴いておくべき音楽がここにある。
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