バロック音楽史上最初のクラリネット協奏曲を作曲したヴィヴァルディから、モーツァルトの位牌をロマン派音楽へと受け渡したフンメルまでの流れをたどる好盤。

GB EMI ASD3609 ジョン・ウィリアムズ フォルカー・ヴァンゲンハイム ボーンマス交響楽団 ヴィヴァルディ アルビノーニ テレマン フンメル ヘンデル オーボエ協奏曲集
- Record Karte
GB W&B STAMP DOG" WITH BLACK LETTERING, 140㌘重量盤 , Stamper 1979 1/1
- 演奏:ジョン・ウィリアムズ(オーボエ)、フォルカー・ヴァンゲンハイム(指揮)、ボーンマス交響楽団
- Engineer – Neville Boyling, Producer – Suvi Raj Grubb
- Front cover - Both: An Italian Scene.
- Albinoni ・ Händel ・ Telemann ・ Vivaldi - Hummel - John Williams ・ Bournemouth Sinfonietta ・ Volker Wangenheim – Oboe Concertos
- Side-A
- Concerto For Oboe In D Minor, FVII, No.1 Composed By – Antonio Vivaldi (8:27)
- Concerto For Oboe Op. 7, No. 3 Composed By – Tomaso Albinoni (8:22)
- Concerto For Oboe In F Minor Composed By – Georg Philipp Telemann (6:49)
- Introduction, Theme And Variations For Oboe And Orchestra Op. 102 Composed By – Johann Nepomuk Hummel (13:09)
- Concerto In E Flat For Oboe Composed By – Georg Friedrich Händel (6:47)
バロックの〝疾走する悲しみ〟
― ギターはおそらくスペイン起源の楽器です。学問的には弦楽器の中の「リュート属」に分類される撥弦楽器です。リュートは、アラブ音楽を代表する楽器ウードがルーツで、東へ伝わり、日本で琵琶となり、西へ伝わり、ヨーロッパでリュートとなりました。ヨーロッパでは、貴族たちは競って優秀なリュート奏者を雇い、人々が集まれば、リュートの演奏を楽しみました。しかし、中央ヨーロッパの上流階級で大流行しているリュートは、意地でも受け入れられなかったスペインでは、ギターに似た形のビウエラという楽器がリュートの代わりに演奏されて、ギターに発展していきます。16世紀から19世紀にかけてギターにいくつかの変化が生じ、現在使われている6単弦のギターが誕生した。これによりギターの出せる音域が拡大し、楽器として広く利用されるようになったのはシューベルトの時代になっていました。シューベルトがギターを弾いて、歌曲集「美しい水車屋の娘」を伴奏しています。シューベルトが活動した頃のヨーロッパは稀に見るギター・ブームだったのです。
3月14日はドイツの作曲家、ゲオルク・フィリップ・テレマンが生まれた日(1681年)。時代はバロックの後期にあたり、ヨハン・ゼバスチャン・バッハやゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルとも親交があったとされる。テレマンは当時としては比較的長い86年の生涯を送り、その作品数はギネス記録にも〝最もたくさん作曲をした人物〟として登録されているほど多い。ヴァイオリン、リコーダー、フルートなど独奏楽器用の作品や合奏曲など編成も幅広く、当時から広く市民に愛され人気が高かった。
『ギネス世界記録』においても、クラシック音楽の分野で最も多くの曲を作った作曲家。ヘンデルとは頻繁に書簡を交換し、バッハと親交がありカール・フィリップの名付け親。ヘンデル、バッハと3大巨匠としてバロック音楽の最盛期を完成させた。86歳の長寿を生きて、常に新しい音楽傾向の先頭に立ち続け、高齢でも創作意欲が衰えなかった。
多様多作で22世紀に入っても全作品は整理し切れないだろう
バロック音楽時代のリヒャルト・シュトラウス
名器として名高いストラディヴァリのヴァイオリンが生み出され、ピアノが発明された時代。その性能が向上したこともありバロック以前の音楽の主流は声楽でしたが、バロック時代に入ると楽器による音楽が盛んになり器楽曲が重要なジャンルになりました。
バロック時代の音楽は、スポンサーである王侯貴族や教会の意向に沿って作曲されているため、大規模で豪華絢爛、感情の起伏も激しく劇的な作風になっているものが多く、そして曲全体を低音声部が一貫して流れているという、通奏低音の響きを持っていることがバロック音楽の特徴です。バロック時代は、ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル、ヨハン・セバスティアン・バッハ、ゲオルク・フィリップ・テレマンの3大巨匠によって最盛期を迎えます。
一般に17世紀後期から18世紀にかけてのバロック時代のヨーロッパでは、教会の礼拝用または王侯貴族や富裕層などの娯楽や祝祭典用など様々な方面において音楽の需要が増加していたため、当時の著名な作曲家たちは必然的に多作になる傾向があったが、特にテレマンの作品数は、現在知られている同世代のアントニオ・ヴィヴァルディの作品数800曲以上やヘンデルの作品数600曲以上、バッハの作品数1100曲以上などと比較しても群を抜いている。
テレマンは86年の長い生涯で膨大な数の曲を作ったことで知られ、『ギネス世界記録』においても、クラシック音楽の分野で最も多くの曲を作った作曲家として、正式に認定されている。12歳でデビュー後、74年間にわたって生涯現役であった彼は少なくともオペラ40曲、室内楽200曲、協奏曲170曲、管弦楽組曲600〜700曲、受難曲46曲、教会カンタータ1700曲以上などの膨大な曲を残した。現在3600曲以上が確認されているが、既に楽譜の失われている曲や未発見の曲も多いと見られ、実際の総作品数は少なくとも4000曲を超えるものと考えられている。同時期に始まった新バッハ全集の編集が20世紀に終わって現在は補遺版の刊行が行われているのに比べ、テレマンの作品群は21世紀に入っても整理し切れていないばかりか、21世紀中の全作品の刊行も難しいと見られている。
彼の音楽様式には、20歳代〜30歳代に触れたフランス、イタリア、ポーランドの民族音楽、特に舞曲からの影響があり、ドイツの様式も含めてそれらを使いこなしロココ趣味の作風も示した。40歳以降は北ドイツのハンブルクで活躍した。18世紀前半のヨーロッパにおいては随一と言われる人気と名声を誇り、晩年はハイドンの青年時代などと重なり、対位法を主体とする後期バロック様式からホモフォニーによる古典派様式への橋渡しをした作曲家であった。
ヴィヴァルディと比べて聴くのが、より楽しめるテレマンの音楽は、協奏曲を取り上げても楽器の組み合わせが多彩。2つの独奏楽器とオーケストラ、3つの独奏楽器とオーケストラ、そして4つ以上の独奏楽器とオーケストラのための協奏曲。ソロ独奏の協奏曲も、リコーダーやフルート、オーボエ、ホルン、トランペット、と木管、金管と多種多様にわたり、ヴィオラ協奏曲は、ヴィオラが独奏楽器として扱われた一番最初の作品ではないかと言われています。つまりは、それほどに人気作曲家だったのです。
しかしながら、同時代とはいえヴィヴァルディが編み出した「急-緩-急」という3楽章構成の新しい協奏曲のスタイルはそれほど興味をひかなかったのでしょう。その点では、ヴィヴァルディのスタイルに注目して自らの作品にも取り入れたバッハとは見ているものが少し違ったようです。とは言え、テレマンの音楽はどれもこれもが親しみやすく、そして美しい旋律に溢れています。余り難しいことなどは考えずに、その音楽に耳を傾けるだけで豊かで楽しい時間が過ごせることだけは間違いありません。
バロック時代の音楽は、スポンサーである王侯貴族や教会の意向に沿って作曲されているため、大規模で豪華絢爛、感情の起伏も激しく劇的な作風になっているものが多く、そして曲全体を低音声部が一貫して流れているという、通奏低音の響きを持っていることがバロック音楽の特徴です。バロック時代は、ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル、ヨハン・セバスティアン・バッハ、ゲオルク・フィリップ・テレマンの3大巨匠によって最盛期を迎えます。
一般に17世紀後期から18世紀にかけてのバロック時代のヨーロッパでは、教会の礼拝用または王侯貴族や富裕層などの娯楽や祝祭典用など様々な方面において音楽の需要が増加していたため、当時の著名な作曲家たちは必然的に多作になる傾向があったが、特にテレマンの作品数は、現在知られている同世代のアントニオ・ヴィヴァルディの作品数800曲以上やヘンデルの作品数600曲以上、バッハの作品数1100曲以上などと比較しても群を抜いている。
テレマンは86年の長い生涯で膨大な数の曲を作ったことで知られ、『ギネス世界記録』においても、クラシック音楽の分野で最も多くの曲を作った作曲家として、正式に認定されている。12歳でデビュー後、74年間にわたって生涯現役であった彼は少なくともオペラ40曲、室内楽200曲、協奏曲170曲、管弦楽組曲600〜700曲、受難曲46曲、教会カンタータ1700曲以上などの膨大な曲を残した。現在3600曲以上が確認されているが、既に楽譜の失われている曲や未発見の曲も多いと見られ、実際の総作品数は少なくとも4000曲を超えるものと考えられている。同時期に始まった新バッハ全集の編集が20世紀に終わって現在は補遺版の刊行が行われているのに比べ、テレマンの作品群は21世紀に入っても整理し切れていないばかりか、21世紀中の全作品の刊行も難しいと見られている。
彼の音楽様式には、20歳代〜30歳代に触れたフランス、イタリア、ポーランドの民族音楽、特に舞曲からの影響があり、ドイツの様式も含めてそれらを使いこなしロココ趣味の作風も示した。40歳以降は北ドイツのハンブルクで活躍した。18世紀前半のヨーロッパにおいては随一と言われる人気と名声を誇り、晩年はハイドンの青年時代などと重なり、対位法を主体とする後期バロック様式からホモフォニーによる古典派様式への橋渡しをした作曲家であった。
ヴィヴァルディと比べて聴くのが、より楽しめるテレマンの音楽は、協奏曲を取り上げても楽器の組み合わせが多彩。2つの独奏楽器とオーケストラ、3つの独奏楽器とオーケストラ、そして4つ以上の独奏楽器とオーケストラのための協奏曲。ソロ独奏の協奏曲も、リコーダーやフルート、オーボエ、ホルン、トランペット、と木管、金管と多種多様にわたり、ヴィオラ協奏曲は、ヴィオラが独奏楽器として扱われた一番最初の作品ではないかと言われています。つまりは、それほどに人気作曲家だったのです。
しかしながら、同時代とはいえヴィヴァルディが編み出した「急-緩-急」という3楽章構成の新しい協奏曲のスタイルはそれほど興味をひかなかったのでしょう。その点では、ヴィヴァルディのスタイルに注目して自らの作品にも取り入れたバッハとは見ているものが少し違ったようです。とは言え、テレマンの音楽はどれもこれもが親しみやすく、そして美しい旋律に溢れています。余り難しいことなどは考えずに、その音楽に耳を傾けるだけで豊かで楽しい時間が過ごせることだけは間違いありません。
《歴史的作曲家の人生に学ぶ成功の秘訣★バッハ、ヘンデルを凌ぐ人気作曲家は世渡り上手》
Georg Philipp Telemann
(1681.3.14 〜 1767.6.25、ドイツ)
18世紀前半のドイツ・バロック音楽は、同い年のバッハとヘンデルが並び立つ華やかな繁栄の頂点を迎えていました。しかし、教会中心に活躍していたバッハと、ロンドンのオペラ興業で評判を呼んだヘンデルより、当時の市井の人々に最も人気のあったのは、テレマンでした。
生涯に渡る確たる地位を得ようと思うなら ― 共和都市に職を求めるのがいい
1681年、マグデブルクのプロテスタント牧師の家で生を授かったゲオルク・フィリップ・テレマンは12歳でオペラを作曲する早熟な子供は育ち、やがて音楽で生活費を稼ぎながら各地を転々としますが、1712年、「生涯に渡る確たる地位を得ようと思うなら、共和都市に職を求めるのがいい」と考え、帝国自由都市フランクフルト・アム・マインに移ります。
当時は無数の諸侯の領地に分断されていたドイツですが、中には皇帝に高い税金を払い、自治権を得ている都市がありました。テレマンは高い給料と栄えある地位が欲しいなら、そういう自治都市で活動するに限ると時代を見越していたわけです。テレマンの成功の起点は、その見通しの良さにあり、膨大な作曲を残した力の源でしょう。
当時は無数の諸侯の領地に分断されていたドイツですが、中には皇帝に高い税金を払い、自治権を得ている都市がありました。テレマンは高い給料と栄えある地位が欲しいなら、そういう自治都市で活動するに限ると時代を見越していたわけです。テレマンの成功の起点は、その見通しの良さにあり、膨大な作曲を残した力の源でしょう。
新作楽譜を付録につけた ― 一般市民相手の隔週の音楽雑誌「忠実な音楽の師」を刊行
40歳になって、1721年に移ったハンザ自由都市同盟の中心地ハンブルクが、テレマンの終生の活動地となります。ここで彼は裕福な市民層を相手に、「予約販売」という方法で大成功を収めました。有名な「ターフェルムジーク(食卓の音楽)」(1733)の出版に際しては、ドイツ各地の宮廷や音楽家だけでなく、英仏や、遠く北欧、ロシアからも予約注文が寄せられました。また、一般市民相手の隔週の音楽雑誌「忠実な音楽の師」を刊行し、毎号4ページの新作楽譜を掲載するという商法でも人気を呼んでいます。
1722年、ライプツィヒの聖トマス教会の楽長クーナウが亡くなった時、ライプツィヒ市当局はまず「大作曲家」テレマンをスカウトしようとして断られ、「中位の音楽家で我慢せねば」と仕方なくバッハを招いた、という史実からも、当時テレマンがいかに有名だったか伺える。
プロダクト・ディテール(オリジナル盤)
- 演奏者ジョン・ウィリアムズ(オーボエ)
- オーケストラボーンマス交響楽団
- 指揮者フォルカー・ヴァンゲンハイム
- 作曲家
- アントニオ・ヴィヴァルディ
- トマゾ・アルビノーニ
- ゲオルク・フィリップ・テレマン
- ヨハン・ネポムク・フンメル
- ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
- 曲目Albinoni ・ Händel ・ Telemann ・ Vivaldi - Hummel - John Williams ・ Bournemouth Sinfonietta ・ Volker Wangenheim – Oboe Concertos
- Side-1
- Concerto For Oboe In D Minor, FVII, No.1 Composed By – Antonio Vivaldi (8:27)
- Concerto For Oboe Op. 7, No. 3 Composed By – Tomaso Albinoni (8:22)
- Concerto For Oboe In F Minor Composed By – Georg Philipp Telemann (6:49)
- Side-2
- Introduction, Theme And Variations For Oboe And Orchestra Op. 102 Composed By – Johann Nepomuk Hummel (13:09)
- Concerto In E Flat For Oboe Composed By – Georg Friedrich Händel (6:47)
- レーベルEMI
- レコード番号ASD3609
- 録音チームEngineer – Neville Boyling, Producer – Suvi Raj Grubb, Front cover - Both: An Italian Scene.
- 録音種別STEREO
- 製盤国GB(イギリス)盤
- レーベル世代GB W&B STAMP DOG" WITH BLACK LETTERING
- レコード盤重量140㌘
- Stamper1979 1/1
ショップ・インフォメーション(このヴィンテージ盤はショップサイトの扱いがあります。)
- 品番15667
- 盤コンディションM-
- ジャケットコンディションM-
- 通常価格1,540円(税込)
- 商品リンクhttps://recordsound.jp/index.php?dispatch=products.view&product_id=17978
- ショップ名Decca EMI DGG 初期盤・クラシックレコード専門店「RECORD SOUND」
- ショップ所在地〒706-0224 岡山県玉野市八浜町大崎430-12
- ショップアナウンス当店は、主に1950年代~1970年代に欧米で発売された中古レコードを取り扱っております。
当店で取扱っているLPレコードは、専任のスタッフが全て洗浄・グレーディングを行なっております。商品にならない盤はご提供致しておりませんので安心くださいませ。
CDはアマゾンで購入できます。
Carus
2007-01-01
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