
A Treasury of Music ― ドイツがUボートに注いだ音響技術は、第2次大戦後のイギリス・デッカでレコード録音に活かされ、アメリカRCAのステレオ再生方式と技術開発をしのぎあった。〝Educational Series〟は学校や、音楽教育で使用されることを目的に製作されたので、実際にこの時代のレーベルを見つけるのは難しいものです。「A Treasury of Music」にはフォーク・ダンスの伴奏用実用面が有名ですが、クラシック音楽の作曲様式の学習のための「An Anthology of Major Forms and Styles」や標題音楽を集めた「Program Music」がありました。本盤「The Symphony Volume 2」は1964年発売。モーツァルト・交響曲第40番ト短調 K.550、シューベルト・交響曲第9番ハ長調 遺作、ブラームス・交響曲第3番ヘ長調 作品90、チャイコフスキー・交響曲第6番「悲愴」ロ短調 作品74、シベリウス・交響曲第2番ニ長調 作品43に当時の現代音楽として、ピストン・交響曲第3番、ブラックウッド・交響曲第1番、プロコフィエフ・交響曲第5番 作品100がアルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団(モーツァルト、シューベルト)、フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団(ブラームス、チャイコフスキー)、ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団(シベリウス)、シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(ピストン、ブラックウッド)、エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン響(プロコフィエフ)の当時のアメリカを代表する指揮者が手兵を演奏した録音から選ばれている。NHK-FMのステレオ本格放送は1965年からですが、本格放送前に画期的試みによる『立体音楽堂』はラジオの第1放送と第2放送を使いそれぞれ左右の片チャンネルのみを放送、2台ラジオを用意すればステレオ放送が楽しめるという試みでした。その放送でプログラムされた、当時ニュービート派の重要人物として名を上げていたブラックウッドの交響曲は、現代音楽に冷ややかな山崎浩太郎氏をして必聴の名曲といわしめた作品です。オクターブを、13音から24音まで12種類のパターンに分割して、それぞれの音律パターンで作曲する。作曲家兼ピアニストとして活躍するイーズリー・ブラックウッド(Easley Blackwood, b1933.4.21)は、それぞれの音律の微分音程や、その和声法を探求したアメリカの現代音楽家。系譜的にはヒンデミッドとメシアンの直系であり、作風は《交響曲第1番》ではルーセルとオネゲル足したような、渋さのある音楽であり、その咆哮するオーケストラでの不協和なスケルツァンド風のモットーで始まり、対位法的なヒンデミッド張りの音楽ある第1楽章に、木管のユニゾンから謎を問いかけられ幾分の律動の上にうたわれるメロディーがルーセルのような第2楽章そして、スケルツォは対位法によるレントラー風であり、ベルクのヴァイオリン協奏曲を彷彿とするが木管の不協和な組み合わせでのメロディーとリズムであっけなく終り、フィナーレは深刻に盛り上がり陰鬱に瞑想して終るという、幾分後期ロマン派風のフォルムと古典的技法による構成であるが、その向かう先には何か前衛を趣向するところがあり、甘さのない緊張を強いられる驚きと合間の美しさに満たされた世界が展開される。ミュンシュ面目躍如の重厚で色彩感を疎かにしない適正を生かした演奏で、ボストン響の黄金期の名人芸を堪能できます。
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シャルル・ミュンシュ(Charles Munch, 1891-1968)のキャリアはヴァイオリニストからスタートしていますが、若かりし頃、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターに就任、その時の楽長がヴィルヘルム・フルトヴェングラーだった。毎日その巨匠の目の前に座って多くのことを習得したことから、しらずと例の拍子をぼかす内容重視の指揮法はフルトヴェングラーの指揮姿から身につけたものと推察出来ます。ミュンシュは音楽が持っているのストーリー性を、物語の様な視点で語りかけてくる。それが度を越すケースが多いのだけど、熱を持って表現する。ゲヴァントハウスではドイツ語でカール・ミュンヒ(Carl Münch)と呼ばれていた。生涯のほぼ半分ずつを、それぞれドイツ人とフランス人として送った彼は、両国の音楽を共に得意とした。ベルリオーズの幻想交響曲とブラームスの第1交響曲でのミュンシュがドライヴするパリ・コンセバトワールの燃焼ぶりは永遠に色褪せることがない。ミュンシュは当時ドイツ領だったストラスブルク出身であることから、れっきとしたドイツ人であるがゆえにブラームスなどのドイツものまで得意としていたのは当然、彼の演奏で聞いても見たかったがバッハも熱愛していた。1929年にパリで指揮者としてデビュー、37年にパリ音楽院管弦楽団の指揮者となって46年まで在任した。49年からボストン交響楽団の常任指揮者に就いたミュンシュは、このオーケストラと数多くのレコーディングを行い、ミュンシュの録音はほぼすべてをリチャード・モーア、ルイス・レイトンというRCAのステレオ録音の礎を築いたコンビが手がけた。『生涯の終わりごろ、ブラームスが目も眩むほどの速さでヴァイオリン協奏曲を振りはじめた。そこでクライスラーが中途でやめて抗議すると、ブラームスは「仕方がないじゃないか、きみ、今日は私の脈拍が、昔より速く打っているのだ!」と言った。』そんな興味深いエピソードを、ミュンシュはその著書「指揮者という仕事」(福田達夫訳)の中で紹介していますが、いまここで音楽を創造しながら、「ああ生きていて良かった!」という切実な思い、光彩陸離たる生命の輝き、そして己の殻をぶち破って、どこかここではない彼方へ飛びだそうとする〝命懸けの豪胆さ〟が、私たちの心をひしひしと打つのです。
RCA Victor LE 6000 “Educational Series” の1巻、2枚組。
YIGZYCN
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