静かなる大作 ― 『キリストの幼時(L'Enfance du Christ)』は、「マタイによる福音書第2章のヘロデ王の幼児大虐殺」と「聖家族のエジプトへの逃避行の物語」を題材にし、聖三部作(Trilogie sacrée)とベルリオーズが言わしめるオラトリオだが、ほんのふとしたことで、パーティーの席で座興から一気に書き上げられたわずか3分ほどのささやかな合唱曲(第2部第2曲『羊飼いの聖家族への別れ』の原型)がその発端。これを「パリの宮廷礼拝堂の楽長ピエール・デュクレが1679年に作曲した古風なオラトリオの断章」と称して発表し、ベルリオーズの名を伏せた。これが功を奏し、聴衆も批評家たちもこの触れ込みを疑わず、作品は好評を博した。後にベルリオーズは自分の作曲であると明かしたが、評価が覆ることはなかった。フランス語のテクストは、全曲を通じてベルリオーズ自身による。本来キリスト者ではないベルリオーズの手によってこうした聖書にまつわる内容の作品が書かれた点といい、なにもかもがおよそベルリオーズのイメージからは遠いようにもみえますが、様式や手法よりもリアルな表現そのものを重視する斬新さという点で、これはこれでまた鬼才ならではの特異な才能が開花したジャンルといえるのではないでしょうか。最終的に演奏時間100分近くを要する大曲とはなったものの、『ファウストのごう罰』や『レクイエム』にみられた巨大な編成や激情に替わり、いたって簡潔で意識的に古風なスタイルが採用され、平穏と静けさが支配する音楽となっています。リズムの冴えや管弦楽法にもまして目を見張るのが声楽の扱い。本盤の魅力の一つは、ジャネット・ベイカーの肌理細やかなニュアンスを施した歌唱。ベイカーは、サー・エイドリアン・ボールトやサー・ジョン・バルビローリ、オットー・クレンペラーといった巨匠たちから信頼されていたイギリスのメゾ・ソプラノ歌手。ベイカーの声は、キャリアの最初は低音寄りで、次第に高域が充実するという変化を見せましたが、解釈は常に緻密・正確で、声のコントロールにも秀でており、オーケストラ付き大作などでの高度な表現力には定評がありました。それを巧みに受け止める、サー・コリン・デイヴィスがベルリオーズを初めて聴いたのは22歳のとき。オラトリオ「キリストの幼時」の第2部だった。このときに鮮烈な印象を受け、以来ベルリオーズに傾倒していく。そして、初めて「幻想交響曲」を振ったのは30歳のときだ。デイヴィスといえばベルリオーズの権威者である。だが、本人はそういわれるのを好まない。
だいたいね、ベルリオーズをエキセントリックでグロテスクなロマン派の化け物だといった、何か特別扱いする人が多すぎて困るよ。ベルリオーズは他の作曲家となんら変わることはないのに、美しい作品が多いし…という言葉。本盤はその通りを、物語のなかへと誘う、大きく包み込まれるような演奏で示している。
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サー・コリン・デイヴィスは、1927年イギリスのウェイブリッジ生まれ。1957年から本格的指揮者となりロンドン交響楽団、ロイヤル・オペラ・ハウス、BBC交響楽団、イギリス室内管弦楽団といった有数のオーケストラを指揮し特にモーツァルトやシベリウス、ベルリオーズといった作曲家の作品を得意とし数多くの名盤を残しました。1967年BBC響の首席指揮者、1971年ロイヤル・オペラ・ハウスの音楽監督、そして1982~1992年バイエルン放送交響楽団の首席指揮者、1995~2006年ロンドン響の首席指揮者を務めてきました。また1977年にはイギリス人として初めてバイロイト音楽祭で指揮しています。またボストン交響楽団の首席客演指揮者やシュターツカペレ・ドレスデンの名誉指揮者でもありました。デイヴィス自身「モーツァルトは人生そのもの」という言葉の通り、デイヴィスは、モーツァルト作品に内包するドラマやパトスを表出することのできる数少ない音楽家でもありました。この時期にフィリップスに録音した類まれなモーツァルティアンの名演奏は、そのほとんどが綿密に制作されたセッション録音である点も大きな特徴です。ロンドン響はワトフォード・タウン・ホールなど、ヨーロッパでも最も音響効果のよいホールで収録されており、そのバランスの取れたヨーロピアンな完熟のサウンドは、この時期のデイヴィスの音づくりを忠実に反映したものと言えるでしょう。そうしたデイヴィスの万全なサポートを得て、ベルギーの名ヴァイオリン奏者アルテュール・グリュミオーが甘美で艶やかな音色によって格調の高い演奏を聴かせている一連のフィリップスの録音は、20世紀モーツァルト演奏の金字塔と言えるでしょう。
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、フィリップス・レーベルにはクララ・ハスキルやアルテュール・グリュミオー、パブロ・カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家が犇めき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から1960年にかけてのレコードには、米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。
ジャネット・ベイカー、エリック・タッピー、トーマス・アレン、ジュール・バスタン、ジョゼフ・ルルー、フィリップ・ラングリッジ、ジョン・オールディス合唱団、ロンドン交響楽団。1976年10月、ステレオ録音。2枚組。
YIGZYCN
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