34-30332

通販レコード→JP 1977年発売キングレコード社製 140㌘重量盤

JP LONDON SLA1122 ゲオルグ・ショルティ シカゴ交響楽団 チャイコフスキー 交響曲6番「悲愴」

商品番号 34-30332


《真空管アンプで聴くことにこだわりたいLONDON100名盤》

豪快でダイナミックな中に、繊細な響きやピアニシモの磨かれた表情なども垣間見られる、純粋な音響美を追及したショルティらしい演奏。

レコードの冒頭、これでもかというくらいの最弱音がオーディオシステムのノイズに埋もれないで聴き取れるか。その後一気に炸裂して降りかかるブラスの怒号、ティンパニの轟き、弦楽器のうねるような迫力にスピーカーが悲鳴をあげないか。そして、最後は再び、聴き取れるか聞き取れないかの最弱音に音楽が消えていく。

交響曲第6番は、初演後チャイコフスキーが急死していることと、《悲愴》というタイトルのミステリーも相まって指揮者により演奏解釈が異なることが目立つ。特に1980年代後半になって自筆稿の研究が行われ、第4楽章の発想記号が元々「アンダンテ・ラメントーソ」と書かれており、そのアンダンテがペンで塗り潰されて「アダージョ」と書き換えられていることが判明した。さらに筆跡を調べた結果、「アンダンテ・ラメントーソ」は作曲者チャイコフスキーの手によるものだが、「アダージョ」に書き換えた筆跡は本人のものではなく、チャイコフスキーの死の13日後、この曲が再演された際に指揮をしたエドゥアルド・ナープラヴニークのものであった。他にも多数の発想記号がナープラヴニークの手によって追加されていたことも判明している。ただし、チャイコフスキーの友人であるナープラヴニークのこの加筆を、単に改竄と断じることは難しい。

ショルティ唯一の「悲愴」の録音 ― 引き締まった辛口なテイストと、飲み込まれそうなドラマティックな音響の渦。

名技集団シカゴ交響楽団のチャイコフスキー交響曲の録音を代表する、サー・ゲオルグ・ショルティとの第6番は、この終楽章を『アダージョ』として演奏しているが『アンダンテ』として演奏しているフェドセーエフよりは速い。ショルティ&シカゴ響と同じタイミングの1976年5月にヘルベルト・フォン・カラヤンが自身6度目となる「悲愴」の録音をベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮しておこなっています。無用な感傷はばっさり捨てて、楽譜情報を真摯に組み上げるショルティのチャイコフスキーは内声も重視したもので、経過的な部分にまで端正な造形感覚の反映されたシンフォニックなスタイルが目立った特徴となっています。
ショルティとシカゴ響は、感情過多にならずに、メランコリーになりすぎずに、あくまで作品をそのままの作品として演奏している。あらゆる点で均衡のとれた、模範的といってよい演奏だ。ゆっくりのテンポの美しい旋律は、とてもワーグナーの楽劇「ラインの黄金」のドンナー(ショルティの看板レコード)を収録した同じ指揮者とは思えません。
本盤では、その名器(=名技集団)を完璧にドライブ、尤も数が尋常でないのでドライブできない指揮者では手におえない。ハンガリー生まれのマジャール気質を十分に発揮。「精神性」を尊ぶ日本のクラシック音楽ファンの間では賛否が別れたが、マッチョな力感が魅力のシカゴ響だともってこい。とにかく凄まじい演奏。冒頭からただならない気配が支配し、その空気が全曲を覆う。
コントラバスが奏でるかすかな響きにファゴットの不気味な旋律が加わる途端に心奪われる。それでもロマンに溺れないヴァイオリンの引き締まってキビキビとした演奏。抑圧が最高潮に高まると、第1楽章だけは金管がたくましい音を鳴らし、ティンパニーが轟き、弦楽器が煽るように緊張感を高めるが、第2楽章では優雅なチェロ、うっとりさせるようにヴァイオリンは奏でる。運動機能抜群のシカゴ交響楽団の明るい音色を活かして、弦楽器が幾重にも重なるハーモニーが美しい演奏だ。
第3楽章のリズムは厳格、ワルツに揺れることはなく、〝ラメントーソ悲しげに〟の第4楽章は耽美的になりすぎずシンフォニックに描いていきます。クライマックスに達したときのオーケストラの厚みがすごい。オーケストラがシカゴ響、レコーディングがデッカのセッションということで、チャイコフスキーの重要な要素である劇的な盛り上がりなどは強烈なサウンドで仕上げられており、迫力ある大交響曲としての重量級の存在感には特別なものがあります。
オーケストラの響きは深々としていて実在感があり、息の長い旋律には生命感が漲り、押しと引きの対比も鮮やかで、精鋭シカゴ響の持ち味である驚異的な表現力の幅がいかんなく発揮されています。
1949年には最晩年の作曲家リヒャルト・シュトラウスと出会い、貴重な助言を授かった。同年9月8日にシュトラウスが亡くなった際、ショルティは葬儀でオペラの代表作「ばらの騎士」の一場面を指揮した。
英デッカのプロデューサー、ジョン・カルーショウは1958年、リヒャルト・ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」4部作初のステレオ全曲録音を名門ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で実現したとき、「従来のワーグナー指揮者にない感性と聴覚の鋭さ、すべての旋律を切り立たせる力を備えた鬼才」としてショルティ起用に踏み切った。結果は世界でベストセラーの大成功。これらリヒャルト・シュトラウスとワーグナーは終生、ショルティのオペラ指揮の柱となった。
ショルティの音楽の特性はマジャール気質からくる硬派、豪快、ダイナミックで、甘えのない厳格かつ躍動感にあふれる演奏。その反面 、比類なき生彩に満ち満ちた輝きを放つ。早いテンポでオーケストラを煽り、楽器を鳴らしまくるため聞き逃されてしまうが、対位法などのオーケストレーションを含む曲の構造に留意し精緻なアンサンブルを要求するといった論理的なアプローチも特色の一つで、完全主義者といわれる所以でもある。
マーラーの交響曲演奏に於いても、バーンスタインがマーラーの歌謡性に重きを置いたのに対し、ショルティはポリフォニーの表出とオーケストレーションの再現が主眼となっている。マーラーの書いた音符すべてを明確に鳴らしきった結果、マーラーの弟子ブルーノ・ワルターが米Columbiaに録音した交響曲2番《復活》よりも ― マーラーのグロテスクさが全面に現れており現代のマーラー演奏が規範にしていると思われる。
もっとも、かなりいびつな構成をもつこの曲を、聞き手が受け入れやすいように、マーラーの師事を無視してまで、古典的な均衡をもつ名曲として聴かせたワルターの志向の延長線上にあるのではないか。この作品が内包している文学的アプローチよりも、音の構築物としてスコアと対峙する音楽作り。ショルティは自伝の中で『復活』は「ベートーヴェンに近い」と語っています。
知名度という点ではヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタインと並ぶ、20世紀、特に戦後を代表する指揮者。半世紀にわたり一貫してDECCAに録音し数々の名盤を遺した重要なアーティストであり続けた。そのレパートリーは多岐にわたり、ヨハン・ゼバスティアン・バッハからショスタコーヴィチまで幅広く網羅。おそらく有名交響曲作家で一曲もやっていないのはシベリウスぐらいではないか。意外なことに現在、ワーグナーの10大オペラ、マーラー交響曲全集、ブルックナー交響曲全集を出しているただ1人の指揮者でもある。
ショルティはデッカ・レーベルで、ゴードン・パリー、ケネス・ウィルキンソン、ジェームズ・ロックの3人に限って録音をしているほどだ。このチャイコフスキーの録音を行ったのが、ジョン・カルーショーの残党レイ・ミンシャルとケネス・ウィルキンソン。ケネス・ウィルキンソンは一部のファンから神のように崇められている。ショルティも第5番は何度も録音しているが、ショルティ唯一の録音。そういう気概はカラヤンと似ている。

  • Record Karte
    • 演奏:サー・ゲオルグ・ショルティ指揮、シカゴ交響楽団
    • 録音:1976年5月シカゴ、メディナ・テンプル。
    • プロデューサー:レイ・ミンシャル
    • エンジニア:ケネス・ウィルキンソン
    • チャイコフスキー:交響曲6番ロ短調作品72「悲愴」
    • 英国初出は「SXL6814」。

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第二次世界大戦は日本軍の無条件降伏、ポツダム宣言で集結したが終わっていない戦いもあった。戦後、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの勢力下、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で演奏することさえ制限されたヘルベルト・フォン・カラヤン。そこへ救いの手を差し出したのが英国 EMI の名プロデューサー、ウォルター・レッグだった。カラヤンのレコーディング専用オーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団でたくさんのレコードを発売。劇場での指揮は出来ずとも、レコードでカラヤンの名前は全世界に知られるようになる。ただカラヤンの悪い虫が騒いだというのか、オーディオへの関心を深めることになった。そして彼はステレオ録音を希望したが、折り悪く英国 EMI の経営陣はステレオ録音に懐疑的だった。不満を払拭できないままカラヤンは EMI との契約更新を曖昧に引き伸ばしていた。そうこうしていると、フルトヴェングラーが急死。カラヤンはウィーン・フィルに復帰できた。以来、名門ウィーン・フィルとも生涯深い関係を築く事になるのだが、しかし、ウィーン・フィルは英国 DECCA と専属関係にあったので、カラヤン指揮ではレコードを作れない。そこに接近してきた英国 DECCA 社では、1959年に EMI と契約の切れたカラヤンと契約。そのことでカラヤンは、この愛すべきオーケストラとの録音をドイツ・グラモフォンではなく、イギリス・デッカと行いました。結果、1960年代に残されたものは、どれもが名盤と呼ぶにふさわしいもので、LP発売以来、長らくファンに愛され続けてきました。
ステレオ録音黎明期1958年から、FFSS(Full Frequency Stereo Sound)と呼ばれる先進技術を武器にアナログ盤時代の高音質録音の代名詞的存在として君臨しつづけた英国 DECCA レーベル。レコードのステレオ録音は、英国 DECCA が先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマン SX-68 を導入するまで続けられました。斯くて、1965年までカルーショーが後世に伝えるに相応しいカラヤン&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の名盤をこの6年間で製作することになる。制作は英 DECCA のジョン・カルーショー、エンジニアはジェームス・ブラウン&ゴードン・パリーの二頭立てという『ショルティの指輪』制作陣がそのまま担当するという力の入れよう。後世に語り継がれるオペラを、ウィーンのソフィエンザール(カルーショーがお気に入りだったリング収録場所)で着手。その録音セッショッンの合い間にカルーショーは有名管弦楽曲の録音。何れも全体に覇気が漲っていて、弦も管も美しく技巧的にも完成度は高い名盤を量産。後のEMIやドイツ・グラモフォンのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団盤にはない魅力タップリのまったく聴いていてダレるような箇所がない。ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮する曲は概して大胆さや迫力にプラスして、丁寧でかつ美しいということです。とりわけ、ゆっくりのテンポの美しい旋律は、カラヤンの最も得意とする部分だと思います。例えば、怒濤のような旋律の中で、ぱっと花が咲くように美しいメロディーが流れる。この点にかけては、カラヤンは見逃さず見事に再現している。彼一流の粘り、盛り上げはすでに十分。