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通販レコード→JP 1972年発売キングレコード社製溝無白テスト盤, STEREO 130㌘重量盤。
《春休みに鑑賞しておきたい名曲》

流麗なアンサンブル、輝かしい金管の響き。 ― ザ・ファースト・レコーディング。

黄金コンビの記念すべき初録音集!クラシックのあらゆる分野にバランスよく膨大な録音を残してきたマリナー&アカデミー室内管の黄金コンビ。当盤は、彼らの記念すべき最初の録音にあたる1枚。コレッリの合奏協奏曲や、アカデミー室内管の首席奏者たちがソロを務める各種協奏曲など、魅力あふれるバロックの名曲が散りばめられています。

サー・ネヴィル・マリナー(Sir Neville Marriner, 1924.4.15〜2016.10.2)はヴァイオリニストだけあって弦楽の扱いがとてもうまく、繊細な音も力強い音も自在であり、少人数管楽器ならではの克明な表現がそこに加わって、実に心地よい演奏を聴かせてくれます。特に最初の四半世紀の彼らの演奏は、その機動力抜群のスタイルもあり、スコアを的確に鮮やかに表現するだけでなくエネルギッシュで小気味の良い音楽を聴かせてくれるのが魅力的です。録音もバロックから英国近代ものまで多岐にわたり、優秀録音に支えられてリリースするレコードは確実にセールス枚数を消化したことからも、サー・トーマス・ビーチャムの後継者のような存在。マリナーとアカデミー室内管弦楽団(ASMF)の最初の四半世紀に録音したレーベルは「argo」レーベルが主体で、そのほか「DECCA」と「オワゾリール」、「ASV」レーベルからの発売もあります。サー・ネヴィル・マリナーはフィルハーモニア管弦楽団とロンドン交響楽団、マーティン弦楽四重奏団でヴァイオリン奏者を務めた後、古楽の権威でもあったサーストン・ダートとジャコビアン・アンサンブルを結成し、その後、ピエール・モントゥーの学校で指揮を学んだのち、1959年にロンドン中心地トラファルガー広場脇にある教会を拠点とするアカデミー室内管弦楽団(Academy of St. Martin-in-the-Fields) を結成、以後、半世紀以上に渡って、得意のバロック音楽から新ウィーン楽派作品まで、室内オーケストラの多彩なレパートリーを展開しました。当初、このグループはバロックのレパートリーに焦点を当てており、指揮者はいませんでしたが、マリナーはすぐに指揮者の役割を引き受け、時にはヴァイオリンを弾きながら指揮することもありました。本盤はこの黄金コンビが最初に行った録音。オワゾリールから1963年、64年、65年に3種類のアルバムとして発売。「ITALIAN CONCERTOS」とタイトルされたアルバムは第3作です。「イタリア協奏曲」と邦訳してしまうと、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの鍵盤作品をイメージさせます。ヴィヴァルディが仕掛けたソロ協奏曲の実験時代だったケルビーニ、ヴィヴァルディ、ベッリーニの「各種協奏曲」3曲を、バロック協奏曲の初期の頂点を形成するジェミニアーニとコレッリの「合奏協奏曲」で締めくくる、全曲イタリア・バロック音楽の名曲集。美しく、格調高雅にして溌剌とした名演である。バッハはこうしたイタリアのバロック音楽の数々を、〝イタリア風序曲〟としてドイツに紹介するため、これらのエッセンスを当時最新だった二段鍵盤の作品に凝縮したのです。マリナー=アカデミー室内管弦楽団のこの演奏はかつてのバロックブームの時代に生み出された最高の遺産であろう。家庭的なぬくもりのある柔らかく温かい演奏。

テンポの設定が絶妙で、これ以上早くても遅くても、この優美な旋律の輪郭は顕すことができなかった ― ネヴィル・マリナー

イギリス出身の指揮者ネヴィル・マリナーは、2024年4月15日に生誕100周年を迎える。オーケストラ奏者として共演した指揮者の中にはアルトゥーロ・トスカニーニやヴィルヘルム・フルトヴェングラーもいましたが、マリナーが指揮者としてのキャリアをさらに深めようと決意したとき、1961年にロンドン交響楽団の首席指揮者に就任したピエール・モントゥーから指導とレッスンを受けます。18世紀音楽の指揮者として名声を博し、1959年に創設したアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(アカデミー室内管弦楽団)とともにデッカ系列のレーベル、オワゾリールやアーゴとフィリップスに1961年から録音を開始。現代の楽器を使用しながら歴史に基づいたアプローチを開拓しました。バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトが重要な位置を占めていますが、レパートリーは17世紀から20世紀後半まで幅広く、交響楽、協奏曲、合唱曲、オーケストラ曲、オペラやオペレッタからの抜粋、そしてナレーターとの共演など幅広いジャンルの音楽を手がけています。 ガーディアン紙は、「多くの人に喜びを与えた最高品質の音楽制作の人生」と称賛。「彼のバッハ、ヴィヴァルディ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトは快活で優雅でした。彼は20世紀のイギリスの弦楽に専門知識と直観的な理解をもたらした。そして、ハイドンの「天地創造」のような彼の大規模な作品の録音のいくつかには、今後何年も売れ続ける光沢と輝きがある」と書いています。 マリナーは長いキャリアの中で、充実した賞賛されるディスコグラフィーを築き上げ、史上最も多くの録音とベストセラーを記録した指揮者の一人となりました。テレグラフ紙は「エネルギーと生産量において、マリナーには匹敵する者はほとんどいなかった。彼は2,000曲の音楽作品を600回以上録音しており、これはカラヤン以外のどの指揮者よりも偉大な遺産」と、評しています。 有名なこれらの作品の演奏が今では多数ある中で、モダン楽器オーケストラの生命の躍動感が宿る解釈と演奏。マリナーが指揮する演奏は、テンポの設定が絶妙で、これ以上早くても遅くても、この優美な旋律の輪郭は顕すことができなかったという、優れた音楽見識であると、感服しながら聴いています。グラモフォン誌の編集長ジェームス・ジョリーは、「鮮明なアンサンブル、素晴らしいダイナミズム、リズミカルな活気、驚くべき劇的な激しさ、スタイル、完全な技術的安全性。マリナーがその長い生涯を通じてクラシック音楽の世界に与えた影響を過小評価してはいけない。ピリオド・パフォーマンス運動の物語が語られるとき、あまりにも多くの場合、物語は伝統的な20世紀の交響楽団の活動から、バロックと古典のレパートリーを「救い出し」、歴史に基づいた新興のアンサンブルへと飛躍します。このアプローチは作曲家も認識していたかもしれません。しかし、これら2つのまったく異なる世界の間の重要なリンクは室内オーケストラの仕事であり、マリナーとアカデミー室内管弦楽団は最も中心的なアンサンブルのひとつであり、世界で最も録音され賞賛されているアンサンブルのひとつです」と書いています。1987年ニューヨーク・タイムズ紙はマリナーを「中道派の古楽運動と呼ばれるものの最もスタイリッシュな指揮者」と評した。マリナーは90歳の誕生日のインタビューで、「当時(1950年代後半)のバロック音楽は、ゆっくりとしていて、厚く、曇っていて、真剣に受け止められておらず、まるで古代の遺物のようだった。そこで新たにテクスチャーの明瞭さとテンポの活力を求めたのです。アカデミー室内管弦楽団の響きのおかげで世界中で称賛されるようになった」と語っています。

指揮界のビートルズ。

イギリスの名指揮者サー・ネヴィル・マリナーは2016年4月、手兵アカデミー室内管弦楽団と来日公演を行ったのが最後となった。1924年4月15日、イングランド中部のリンカーン生まれ。ロンドン王立音楽院でヴァイオリンを学び、パリ音楽院でルネ・ベネデッティに師事。マリナーはヴァイオリニストだけあって弦楽の扱いがとてもうまく、繊細な音も力強い音も自在であり、少人数管楽器ならではの克明な表現がそこに加わって、実に心地よい演奏を聴かせてくれます。当初は弦楽器だけのアンサンブルで、バロック音楽をレパートリーの中心としていましたが、次第に管楽器も加えて古典派交響曲の演奏を行うようになりました。特に最初の四半世紀の彼らの演奏は、その機動力抜群のスタイルもあり、スコアを的確に鮮やかに表現するだけでなくエネルギッシュで小気味の良い音楽を聴かせてくれるのが魅力的です。録音もバロックから英国近代ものまで多岐にわたり、優秀録音に支えられてリリースするレコードは確実にセールス枚数を消化したことからも、トーマス・ビーチャムの後継者のような存在。

ネヴィル・マリナーはマーティン弦楽四重奏団でヴァイオリン奏者を務めた後、古楽の権威でもあったサーストン・ダートとジャコビアン・アンサンブルを結成し、バロック音楽に主眼を置いて活動しました。当初、イートン校でヴァイオリンを教えていましたが、そのかたわらで大指揮者ピエール・モントゥーの学校で指揮を学んだのち、1952年フィルハーモニア管弦楽団に入団、その後1956年から1968年まで、ロンドン交響楽団の第2ヴァイオリン首席奏者を務めました。この間、アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、モントゥーなどの名指揮者のもとで経験を積みました。ほどなくロンドン交響楽団在籍中の1959年にロンドン中心地トラファルガー広場脇にある教会を拠点とするアカデミー室内管弦楽団(Academy of St. Martin-in-the-Fields) を結成、以後、半世紀以上に渡って得意のバロック音楽から新ウィーン楽派作品まで、室内オーケストラの多彩なレパートリーを展開しました。マリナーとアカデミー室内管の最初の四半世紀に録音したレーベルは argoレーベルが主体で、そのほかDECCAとオワゾリール、ASVレーベルからの発売もあります。argoとオワゾリールは早い段階でDECCAに吸収され、ASVも2007年にユニバーサル・ミュージックの傘下となりました。アカデミー室内管との膨大な録音により、マリナーの指揮者としての名声が高まると世界各地への演奏活動も本格化しました。マリナーが音楽監督を務めた1984年制作の映画「アマデウス」ではサウンドトラックの指揮も務め、3部門のグラミー賞を獲得したほか、サウンドトラック盤はベストセラーとなりました。1970年代に旧フィリップス(現DECCA)にモーツァルトの初期交響曲集を録音し、高い評価を得たことから後期交響曲集も録音してマリナー&アカデミー単独による交響曲全集を完成しました。これは当初はクリップス指揮の後期交響曲集とともに全集を構成していた企画で、アルフレッド・ブレンデルとのモーツァルト協奏曲全集録音も、当初は有名作品のみの録音だったものが好評により15年をかけて全集に発展したものです。

デジタル録音の軌道をマリナーとプレヴィンが先導した。

ピエール・ブーレーズは現代音楽の作曲家として知られるようになり、ジョージ・セルが指揮できない状態のときには駆けつけて代役をする、助ける存在としてクリーヴランド管弦楽団の首席客演指揮者に就任。古典作品に慣例や、思い入れの解釈を持たない、作曲家としての譜読みをする指揮者姿勢が買われてのセルのカバーとなった。そのブーレーズも2016年1月5日に世を去った。最早最高齢巨匠グループか。と感慨を抱いていた指揮者も、ズービン・メータだけが残った。ブーレーズは電子音響を得意とする現代音楽の作曲家として登場して、自作の録音をレコード会社に売り込んでレコード発売に結び付けるとともに近代、現代音楽を指揮したレコードは新鮮でよく売れた。ズービン・メータはインド生まれを武器に、東洋人で最大の成功者。1960年代から2人は欧米のメイン・レーベルから売れるレコードを世に出し続けた。気が付くと前衛と言われた彼らが最高齢マエストロとして君臨している現代だ。これに指揮者としての活動が今ではメインのピンカス・ズーカーマンがベートーヴェンの協奏曲で独奏したが、ソロが登場するより前から第1ヴァイオリンのパートを弾いて音楽を先導していた。メータ指揮イスラエル・フィルの活動は長く、その記念演奏会でオール・ベートーヴェン・プログラム。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はズーカーマン、メータ、イスラエル・フィルみんなの掌中のスコアだ。ズーカーマンは本来ソロが入るところより早く最初からオーケストラと一緒にヴァイオリンパートを演奏している。コンマスが二人いる感じでメンバーが両方に視線をやっているのが面白い。誰も動じない安心した音楽が奏でられた30分ほどだが、録音だけで聴いたら定位の不思議な録音に感じたろう。デジタル録音盤が登場してきた1980年代初頭は、ネヴィル・マリナーとアンドレ・プレヴィンのレコーディング活動は傑出していた。そのレパートリーは過去のオーケストラレパートリーを網羅する勢いだった。マリナー指揮フィルハーモニア管弦楽団のレコードは、セッションを用意するためのレコード会社の方策でもあったと思う。録音に編成されたオーケストラという印象が色濃かった。ブーレーズは90歳で。マリナーは2016年10月2日(92歳)、プレヴィンは2019年2月28日(89歳)に亡くなった。2021年3月4日にヘルムート・ヴィンシャーマンが100歳で死去。 2021年10月21日にベルナルト・ハイティンク(92歳)の訃報が続き、2024年3月27日時点。96歳のヘルベルト・ブロムシュテットが最高齢の現役指揮者だ。セルジュ・ボド(96歳)、クリストフ・フォン・ドホナーニ(94歳)、リチャード・ボニング(93歳)が最高齢巨匠グループ。

ステレオはロンドン


ステレオ録音黎明期1958年から、FFSS(Full Frequency Stereophonic Sound)と呼ばれる先進技術を武器にアナログ盤時代の高音質録音の代名詞的存在として君臨しつづけた英国DECCAレーベル。第2次世界大戦勃発直後の1941年頃に潜水艦ソナー開発の一翼を担い、その際に、潜水艦の音を聞き分ける目的として開発された技術が、当時としては画期的な高音質録音方式として貢献して、レコード好きを増やした。繰り返し再生をしてもノイズのないレコードはステレオへ。レコードのステレオ録音は、英国DECCAが先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。
この技術は1968年ノイマンSX-68を導入するまで続けられた。英DECCAは、1941年頃に開発した高音質録音ffrrの技術を用いて、1945年には高音質SPレコードを、1949年には高音質LPレコードを発表した。1945年には高域周波数特性を12KHzまで伸ばしたffrr仕様のSPレコード盤を発売し、1950年6月には、ffrr仕様の初のLPレコード盤を発売する。特にLP時代には、この仕様のLPレコードの音質の素晴らしさは他のLPと比べて群を抜く程素晴らしく、その高音質の素晴らしさはあっという間に、当時のハイファイ・マニアやレコード・マニアに大いに喜ばれ、「英デッカ=ロンドンのffrrレコードは音がいい」と定着させた。日本では1954年1月にキングレコードから初めて、ffrr仕様のLP盤が発売された。その後、1950年頃から、欧米ではテープによるステレオ録音熱が高まり、英DECCAはLP・EPにて一本溝のステレオレコードを制作、発売するプロジェクトをエンジニア、アーサー・ハディーが1952年頃から立ち上げ、1953年にはロイ・ウォーレスがディスク・カッターを使った同社初のステレオ実験録音をマントヴァーニ楽団のレコーディングで試み、1954年にはテープによるステレオの実用化試験録音を開始。この時にスタジオにセッティングされたのが、エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏によるリムスキー=コルサコフの交響曲第2番「アンタール」。その第1楽章のリハーサルにてステレオの試験録音を行う。アンセルメがそのプレイバックを聞き、「文句なし。まるで自分が指揮台に立っているようだ。」の一声で、5月13日の実用化試験録音の開始が決定する。この日から行われた同ホールでの録音セッションは、最低でもLPレコード3枚分の録音が同月28日まで続いた。そしてついに1958年7月に、同社初のステレオレコードを発売。その際に、高音質ステレオ録音レコードのネーミングとしてFFSSが使われた。以来、数多くの優秀なステレオ録音のレコードを発売。そのハイファイ録音にステレオ感が加わり、「ステレオはロンドン」というイメージを決定づけた。Hi-Fiレコードの名盤が多い。

アメリカ経由の原盤供給が普通だった日本で、キングレコードは英国から輸入した金属原盤を使って国内プレスを行いました。したがってカッティングは英国盤と同じ、音質について差が出るのはレコードの盤質だけです。1950年代の初期日本プレスはノイズが多いなど問題があったようですが、1960年代からは英国盤より高い品質を達成します。レコードの金属原盤やスタンパーは消耗品なので、販売を続けるうちにどうしてもカッティングなどを更新する必要があります。聞くところによると、1スタンパー500枚程度が優良。このときに音質の変化が起こります。国内販売数が高まる度に、英国から金属原盤の輸入が必要になる。マスターテープを使って、日本国内で原盤を作成することに優位な点があるとなりますが、このカッティングのもとになるマスターテープの音質が経年変化で徐々に低下すると言われていますが、1960年代マスターが新しい時代に製作された重量盤は音が良い。

  • Record Karte
    • バリー・タックウェル(フレンチ・ホルン)、ケネス・ヒース(チェロ)、ジョン・チャーチル(ハープシコード)、ロジャー・ロード(オーボエ)、ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団。
    • Side-1
      1. ケルビーニ:ホルンと弦楽のための練習曲第2番
      2. ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲 ハ短調 RV.401
      3. ジェミニアーニ:合奏協奏曲 ホ短調 Op.3-3
    • Side-2
      1. ベッリーニ:オーボエ協奏曲 変ホ長調
      2. コレッリ:合奏協奏曲 ニ長調 Op.6-1
    • 1965年イギリス盤初発。1963年、ロンドン録音。
    • 1972年日本初発。キングレコード社製「溝無白テスト盤」。最初期盤「白テスト盤」のためオリジナルジャケット添付無、当時テスト盤用白ジャケット添付。

CDはアマゾンで

Concerti Grossi
Amf
Polygram Records
1991-11-08


Fantasia on Greensleeves
London Philharmonic Orchestra
Decca
2000-02-15


Concerto Grossi
Marriner
Decca
2007-10-09


ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」、管楽器のための協奏曲集
マリナー(サー・ネヴィル)
ユニバーサル ミュージック クラシック
2013-05-15


グノー:交響曲第1番&第2番 他 (SHM-CD)
サー・ネヴィル・マリナー
Universal Music
2024-03-27


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