34-19911
商品番号 34-19911

通販レコード→英レッド 銀文字 LIVING STEREO 盤
ライナー=シカゴ響、初期の「クリーン」(ライナーの口癖)な音楽。 ― 鉄壁のアンサンブル、てきぱきした進行、いかにもライナー&シカゴ響の演奏です。フリッツ・ライナーにとってベートーヴェンとブラームスの交響曲全曲は得意とするレパートリーで、シカゴ交響楽団在任中もベートーヴェンの交響曲を全曲演奏していますが、スタジオ録音は第2番、4番、8番を欠く、奇数番号の5曲と『田園』のみで、ブラームスはこの第3番のみ、ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲は忘れられない名盤があるものの交響曲はベートーヴェンともに全集が完成しなかったのが惜しまれるほどの名演です。ブラームスの交響曲全曲も好んで演奏しています。シカゴ響音楽監督就任コンサートとシカゴ響との最後のコンサートシーズンには、交響曲第2番がプログラムに含まれていました。然し乍ら、この時期RCAは交響曲第1、2、4番の3曲をシャルル・ミュンシュ&ボストン交響楽団でステレオ録音していたことが理由にいえます。シカゴ響と言えば、サー・ゲオルク・ショルティの時代におけるスーパー軍団ぶりが記憶に新しいところだ。ただ、ショルティがかかるスーパー軍団を一から作り上げたというわけでなく、シカゴ響に既にそのような素地が出来上がっていたと言うべきであろう。そして、その素地を作っていたのは、紛れもなくライナーであると考えられる。もっとも、ショルティ時代よりも演奏全体に艶やかさがあると言えるところであり、音楽性という意味では先輩ライナーの方に一日の長があると言えるだろう。演奏自体は必ずしも深みのあるものではなく、その意味ではスコアに記された音符の表層を取り繕っただけの演奏に聴こえるのは、カール・ベームやヘルベルト・フォン・カラヤンら同時代の演奏と比べているからだろう。しかしライナーといえば金管楽器や木管楽器の力量も卓越したものがあり、異様に凝縮したオーケストラのアンサンブルの鉄壁さは言うに及ばず。全ての楽器が完璧なバランスで結晶化して鳴り響き、感動的なクライマックスを築いていました。虚飾を拝し、恐ろしいまでの緊張感の漂う筋肉質の演奏が多いイメージですが、この演奏は厳格なまでの音の彫琢はそのままで、ロマンティックで極めて柔軟なフレージングが聴かれる名演でした。弦楽器の大きな広がりの中で浮き沈みする各楽器の音の妙が印象に残ります。1957年に録音された交響曲第3番は、ヤーノシュ・シュタルケルがチェロ首席として在籍していたころのライナー=シカゴ響の充実ぶりを物語るLP初期の名演盤。第2楽章の木管楽器にかかる合いの手のチェロの繊細な響きが実に美しく、第2主題は柔軟な表情が生きている。シカゴのオーケストラ・ホールは、ボストン・シンフォニー・ホールよりも録音に向いていたようで、このホールで収録された1950年代・1960年代のライナー=シカゴ響の録音はいずれも高いクオリティに仕上がっており、オーケストラのトゥッティの響きと各パートのバランスの明晰さが両立した名録音が多いです。
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20世紀オーケストラ演奏芸術の一つの極点を築き上げた巨匠フリッツ・ライナー(1888〜1963)は、エルネスト・アンセルメ(1883〜1969)、オットー・クレンペラー(1885〜1973)、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886〜1954)、エーリヒ・クライバー(1890〜1956)、シャルル・ミュンシュ(1891〜1968)らと同世代にあたる名指揮者のなかで、19世紀の名残であるロマンティックな陶酔よりも、20世紀の主潮である音楽の客観的再現に奉仕した音楽家です。ブダペスト音楽院でバルトークらに作曲、ピアノ、打楽器を学び、1909年にブダペストで指揮デビュー。第一次世界大戦以前から、ブダペスト歌劇場(1911〜1914)、ザクセン宮廷歌劇場(ドレスデン国立オペラ)(1914〜1921)を経て、1922年に渡米しシンシナティ交響楽団(1922〜1931)、ピッツバーグ交響楽団(1938〜1948)の音楽監督を歴任。その後メトロポリタン歌劇場の指揮者(1949〜1953)を経て、1953年9月にシカゴ交響楽団の音楽監督に就任し、危機に瀕していたこのオーケストラを再建、黄金時代を築き上げました。その後、1962年まで音楽監督。1962/1963年のシーズンは「ミュージカル・アドヴァイザー」を務める。ライナー着任時のシカゴ響には、すでにアドルフ・ハーセス(トランペット)、アーノルド・ジェイコブス(チューバ)、フィリップ・ファーカス(ホルン)、バート・ガスキンス(ピッコロ)、クラーク・ブロディ(クラリネット)、レナード・シャロー(ファゴット)といった管楽器の名手が揃っており、ライナーはボルティモアからオーボエのレイ・スティルを引き抜いて管を固め、またメトロポリタン歌劇場時代から信頼を置いていたチェロのヤーノシュ・シュタケル、コンサートマスターにはヴィクター・アイタイという同郷の名手を入団させて、「ライナー体制」を築き上げています。このライナーとシカゴ響は、ヘルベルト・フォン・カラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ジョージ・セル&クリーヴランド管弦楽団、ユージン・オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団などと並び、20世紀オーケストラ演奏芸術の極点を築きあげたのです。
録音史に残る名録音 ― LIVING STEREO
フリッツ・ライナー=シカゴ響のアメリカRCAレーベルへの録音は、1954年3月6日、シカゴ交響楽団の本拠地オーケストラ・ホールにおけるリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」のセッションで始まりました。この録音は、その2日後に録音された同じリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」と並び、オーケストラ・ホールのステージ上に設置された、わずか2本のマイクロフォンで収録された2トラック録音にも関わらず、オーケストラ配置の定位感が鮮明に捉えられており、録音史に残る名録音とされています。これ以後、1963年4月22日に収録された、ヴァン・クライバーンとのベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」まで、約10年の間に、モーツァルトからリーバーマンにいたる幅広いレパートリーが、ほとんどの場合開発されたばかりのこのステレオ録音技術によって収録されました。ヴァイオリニストはヤッシャ・ハイフェッツ、ピアニストはアルトゥール・ルービンシュタイン、エミール・ギレリス、バイロン・ジャニスなど、綺羅星のごときソリストたちとの共演になる協奏曲も残されています。いずれもちょうど円熟期を迎えていたライナー芸術の真骨頂を示すもので、細部まで鋭い目配りが行き届いた音楽的に純度の高い表現と引き締まった響きは今でも全く鮮度を失っていません。これらの録音「リビング・ステレオ」としてリリースされ、オーケストラの骨太な響きや繊細さ、各パートのバランス、ホールの空間性、響きの純度や透明感が信じがたい精度で達成された名録音の宝庫となっています。
1957年12月14日シカゴ、オーケストラ・ホールでのリチャード・ムーアのプロデュース、ルイス・レイトンのエンジニアによるセッション、ステレオ録音。
GB RCA SB-2007 フリッツ・ライナー ブラームス・交響曲…
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