34-5451
商品番号 34-5451

通販レコード→英シルバー・アンド・ダーク・プラム銀文字盤
シューマンの劇音楽を拡大したビーチャム独自版。録音のために時間と私財、意欲を尽くした贅沢さ。 ― 歌劇場における彼は、単なる指揮者ではない。英国史上、サー・トーマス・ビーチャムの名声、威光、人気、議論好きの特質に比肩する指揮者は誰もいなかった。その演奏は世界各地で絶賛され、大富豪の家に生まれたビーチャムは、その持っていた財力をすべて大好きだった音楽に注ぎ込むことのできた幸福な人だった。戦後間もない時期に鮮明なテクニカラー映像で大ヒットしたバレエ映画『赤い靴』で知られる英国のマイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーのコンビが、製作・監督・脚本を担当した傑作オペラ映画『ホフマン物語』がある。主役のホフマンと人造人間・オランピア、高級娼婦・ジュリエッタ、病気の歌手・アントニアが織りなす3つの恋の物語を幻想的に描きあげたこのオペラ映画は当時高い評価を獲得、ベルリン国際映画祭銀熊賞、カンヌ国際映画祭特別賞を受賞しています。『赤い靴』同様、とても半世紀以上前の撮影とは思えない鮮明なカラー映像が美しく、また、赤い靴で人気をさらったモイラ・シアラーがここではオランピア役を演じているのもおもしろいところです。オペラとバレエと映画を融合したような趣のこの作品は、ビーチャム指揮する音声部分に合わせて映像を収録したというもので、ホフマン役とアントニア役以外は歌と役者の分業となっています。この「ホフマン物語」のサウンドトラックとなったレコードには英国公開には英語歌唱のイギリス盤、ドイツ公開時に使用されたドイツ盤はドイツ語歌唱で別録音したサウンドトラックを用意するほど、大富豪としての金の使い所を芸術に注いだ。そこにはビーチャムは独力で歌手やオーケストラを集め、劇場を借りきってオペラ興行を開いた、19世紀的な興行師の最後のひとりという一面もある。彼は自身の財産を投じてオーケストラや合唱団、歌劇組織を創設したが、ここは大事なところ。趣味の拡大ではなくて天性の音楽家が、たまたま大金持の家に生まれ、好きなだけ使えたお金を「正しく」使ったということだ。半世紀以上にわたって活動を続け、彼の「財力と指揮活動」によってイギリスに紹介された作品も数多い。バイロンの詩をもとにシューマンが、その絶頂期に創作した付帯音楽「マンフレッド」。機知に富んだビーチャムの粋な音楽作りは、ここでも一際生彩を放っている。序曲と15のシーンの音楽にシューマンのピアノ作品から選んだ曲にビーチャムがオーケストレーションをつけて、シューマンの劇音楽を拡大。イギリスの映画女優、ジル・バルコンら4人の舞台俳優を加えてバイロンのドラマをレコードで完全再現した。
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サー・トーマス・ビーチャムはひどく明るく、才能があり、驚くほど豊かでした。 彼は自分が望むものを何でもやっていたかもしれない。彼が一番やりたいことを買うことは、彼自身のオーケストラと一緒に指揮者になることだった。いや、偉大な趣味人だったのかもしれませんね。ビーチャムは職業指揮者ではないので、ビーチャムの音楽観でまとめられた録音ばかりだ。批評家が何を書こうが怖くなかったし、人気と支持を受け続ける必要などなかった。自分が育てた庭の果実を味わうだけで良かったのだから。特別な空間で生きている大物だったから、その伸び伸びとした音楽を満喫できるんだろうな。その手腕はコンサートに、オペラに発揮され、その音楽は魅惑とエレガンスに満ち、高揚すると火を噴くような激しいものとなりました。晩年の1950年代末に南米の歌劇場に客演した時のサン=サーンスの《サムソンとデリラ》、ビゼーの《カルメン》、ヴェルディの《オテロ》、ベートーヴェンの《フィデリオ》など数々のオペラ録音を聴いてみると奔流のような音楽に圧倒されるし、1940年代にメトロポリタン歌劇場に登場した際に残したプッチーニの《マノン》、シャルパンティエの《ルイーズ》、ビゼーの《カルメン》、オッフェンバックの《ホフマン物語》などのフランス・オペラ名作群には俊敏な躍動感が見事に発揮されている。ビーチャムは20世紀前半の最高のイギリス人指揮者になったときに彼が望むものを手に入れました。しかし、ビーチャムがしたいとも思っていた、作家や俳優、監督やプロデューサーになる才能も財力も簡単に持ち合わせていました。本盤、シューマンのバイロンの 〝マンフレッド〟をもとにした劇音楽のレコードで、ビーチャムは彼ができることの実現に迫っています。ビーチャムはシューマンの音楽を愛し、バイロンの詩を愛していましたが、その組み合わせがドラマとしてうまく噛み合っていない確信していたので、シューマンのピアノ作品から作品を選んで採録し、管弦楽に編曲してダイアローグを語らせています。そしてビーチャムは1954年12月、ロイヤル・フィルハーモニックとBBCの合唱団に4人の舞台俳優を加えた独創的な〝マンフレッド〟を録音しました。その成果は非常に素晴らしく最高なもので、とても感動的です。最悪の事態は、到底考えられないものです。ビーチャムは〝マンフレッド〟にアプローチし、すべての要素は充分に機能してドラマに仕えている。ところが、ビーチャムの最善の努力にもかかわらず、音楽だけが完全に成功する。ビーチャムは仕事を騒がし、彼の前に歌手や選手たちを打ち負かす結果となった。惜しむらくは、レイドマン・ブラウン(イギリスの俳優)とラフ・デ・ラ・トーレ(イギリスの俳優)の演技で、名前と同じように老朽化していますが、ジル・バルコン(イギリスの女優)の〝アルプス魔女〟や〝アスターティのまぼろし〟の演技は、その役柄や俳優らと同じように愚かでもありません。後年ソニーのリマスタリングで再発売されていますが、サウンドは鮮明ではあるが、クライマックスでのダイナミックレンジに難がありました。
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、オランダ・フィリップス・レーベルにはクララ・ハスキルやアルテュール・グリュミオー、パブロ・カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から60年にかけてのレコードには、米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。イギリスDECCAの華やかな印象に対してオランダ・フィリップスは上品なイメージがあった。
Sir Thomas Beecham Conducting The Royal Philharmonic Orchestra And B.B.C. Chorus ‎– Schumann: Manfred
  • Side-A
    1. Overture. Act 1 (Beginning), Scene: A Gothic Gallery At Midnight. Manfred And The Spirit Voices.
  • Side-B
    1. Incantation. Act 1 (Conclusion). Scene: The Jungrau Mountain, Morning. Chamois Hunter. Act II (Beginning). Scene: A Lower Valley In The Alps. The Witch Of The Alps.
  • Side-C
    1. Act II (Conclusion). Scene: The Hall Of Aramanes. Hymn Of The Spirits: Nemesis Calls Forth The Phantom Of Astarte.
  • Side-D
    1. Act III. Scene: In The Castle Of Manfred. The Abbott Of St. Maurice. The Spirit Genius Of Manfred.
サー・トーマス・ビーチャムは1879年4月29日、英国ランカシャー生まれの指揮者。また、アイロニー、ユーモア、ウィットに富んだイギリス楽壇の名物男でした。1961年3月8日ロンドンにて没。オックスフォード大学を中退し、ウッドとモシュコフスキに個人的に作曲を師事した他は、ほとんど独学で音楽を学んだ。1898年、急病のハンス・リヒターの代わりにハレ管弦楽団を指揮してデビュー。まずは巡業オペラ団を結成し、これは数年続いた。ディアギレフが主宰した伝説的なバレエ団「バレエ・リュス」の指揮者も務めました。同時代音楽の擁護者としてディーリアスやリヒャルト・シュトラウス、シベリウスとの交流はよく知られています。1909年には大富豪であった父の財産をつぎ込んで、ビーチャム交響楽団を設立、リヒャルト・シュトラウスなどの作品を英国に紹介した。1910年からはロイヤル・オペラ・ハウスを自腹で借り切って、自分の思うとおりのオペラ上演を開始した。半分以上はロンドン初演で当たり外れも大きく、決して充実した実入りにはならなかったものの、足らずと損失補填分は父に借財してどうにか凌いだ。1915年にはイギリス・オペラ・カンパニーを創設、しばらくはオペラ指揮者として活動したが1932年、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(The London Philharmonic Orchestra)を創設、1946年にはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(The Royal Philharmonic Orchestra)を組織し現在も活動している。それ以前にも、1906年の新交響楽団(The New Symphony Orchestra)、1909年のビーチャム交響楽団(The Beecham Symphony Orchestra)を組織、ビーチャムは生涯4つのオーケストラを創設し亡くなるまで指揮者を務めた。現在まで続く製薬会社・ビーチャム製薬(現:グラクソ・スミスクライン)創業家一家の御曹司であった彼は、その類まれなる行動力と潤沢な資金を元手に気儘にオーケストラを創設し、自腹で音楽祭でのオペラ公演やコンサートをしていた。莫大な私財を投じて英国楽壇に貢献した功績は大きく、指揮者としては同時代の作曲家ディーリアスの作品の紹介に務めたことでも知られている。現在コンサートの前に演奏者などがプレトークと言って解説をすることもあるけれども、これもビーチャム卿が最初に始めた。ヘルベルト・フォン・カラヤンより先駆けて初のステレオ・レコードとして発売され、英EMIのカタログから消えることなく50年間以上も多くのクラシック愛好家が代々忘れずに愛聴しているのですから、評価の方も高いことは証明されているでしょう。ビーチャムは82歳まで生きた長寿だけども、1960年に自分の為に創設、編成したロイヤル・オーケストラ後継者にルドルフ・ケンペを指名して引退。1961年に他界しています。現在でも世界4番目と言われる製薬会社の御曹司に産まれたビーチャムは、やりたいことをやって生き抜いた音楽家として満足でしょう。
ドイツの大作曲家のいわゆる「3大B」 ― ヨハン・ゼバスティアン・バッハ、ベートーヴェン、ブラームスのことを少々意地悪に、音楽史上の「3大退屈男」と呼んだことがある。とはいえ、はなから拒絶したわけでもなくベートーヴェンは全交響曲や協奏曲をしばしば演奏し、レコーディングも行っている。現在では「トルコ行進曲」と序曲しかレコーディングされることがほぼない劇付随音楽『アテネの廃墟』全曲をレコーディングしている。自慢の財力と持ち備えたセンスで若い頃から大々的な活動を繰り広げたサー・トーマス・ビーチャムを突き動かしたのは、ある意味「音楽の開拓者」という使命感だったと言われている。その演奏は世界各地で絶賛され、独特の熟成した美しいアンサンブルにマイルドでエレガントな音色はビーチャムの時代から変わらぬ名演に満ちています。英国音楽界を牛耳っていたとも言われるほどの存在だった怪物だからこそ成し得た、満足できる音楽を自由にやりたいように演奏、録音をした。その演奏内容の多彩さには驚くべきものがあります、定評あるディーリアスでは独特の空気感を伝える絶妙な美しい演奏をおこなう一方、フランス音楽やベートーヴェン、モーツァルトなどでは、ときに過激なまでの思い切った表情付けで楽想をえぐり、さらにハイドンではスケール大きく懐の深い演奏を聴かせるといった具合で、それぞれの作品に真摯に向き合う姿は実に感銘深いものがあります。また、レオポルト・ストコフスキーを初めとして1950年代にレコードをたくさん録音した指揮者は楽譜にはない演奏を良くしていますけれども、ビーチャムのレコードもそういった演奏がとても多くあって新鮮に楽しむことが出来ます。ビーチャムは幅広いレパートリーを誇り、正規レコーディングだけでも採り上げた作曲家の数は69人、そして録音曲の数は477曲を数えたという。ビーチャムの演奏は常に生き生きとした演奏をして、聴衆を大いに喜ばせた。ジョン・エリオット・ガーディナーは『アート・オブ・コンタクティング』の中で「彼の演奏は玉のような宝石があふれ出てくるようである」と評している。レコード録音のレパートリーのスタンダードも構築したような業績もあるので、親しんでいる曲からでもビーチャムの録音盤と聴き比べるのは面白く勉強に成る事でしょう。プチ贅沢でなく、秀吉の黄金の茶釜や金箔をふんだんに使った屏風絵が圧倒するだけの金持ちのおもちゃには思えないように、数ある指揮者や歌手のわがまま、自己満足、力を誇示するために録音されたレコードの中でもツタンカーメンの黄金のマスクに匹敵する文化遺産になるレコードです。録音のためのスタジオから、当時最新だった録音機まで気配りも怠りなかっただけに面白いサウンドに仕上がっています。ステレオ録音が未だ実験段階だった時期の録音なのですが、それが俄に信じ難いほどの優秀録音です。
ガートルード・ホルト(ソプラノ)、クレール・ドゥシェノー(メゾ・ソプラノ)、ニーヴン・ミラー(バリトン)、グリンデュア・デイヴィス、イアン・ビリントン(バス)、BBC合唱団、語り:ジル・バルコン、ラディアン・ブラウン、デイヴィッド・エンダーズ、ラフ・デ・ラ・トーレ。1954年12月、1955年10月、1956年5月、10月録音、COLUMBIA 原盤、1958年発売。
GB FONTANA CGL1026-7 ビーチャム シューマン・マ…
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