34-19673

商品番号 34-19673

通販レコード→英ラージ・ドッグ・イン・セミサークル金文字盤

ハイフェッツらしいいかにも直線的なクロイツェル ― ベンノ・モイセイヴィッチは見事にヤッシャ・ハイフェッツの個性 ― 終始とどまらない快速演奏に合わせて弾いている。チェルニーの弟子にして、イグナツィ・パデレフスキやアルトゥール・シュナーベルの師で、ロシア・ピアニズムの基礎を作ったテオドル・レシェティツキ門下の逸材であったことを納得出来るテクニック。独奏者として多くの録音を残しているが、室内楽や伴奏でより本領を発揮するタイプなのではないか、と思わせる演奏になっている。本盤のセッションから遡ること2年。1949年6月13日にロンドン、アビーロード第3スタジオにおいて、HMVによる正規の録音を行っていたが未発売になっている。一説ではハイフェッツが録り直しを要求したらしい。ハイフェッツの伴奏者として有名だったのは、エマニュエル・ベイとブルックス・スミスでした。ベートーヴェンは生涯で10曲のヴァイオリン・ソナタを書いたが、その中では、第5番『春』と並んで知名度が高く、ヴァイオリニストのロドルフ・クロイツェルに捧げられたために『クロイツェル』の愛称で親しまれているが、ベートーヴェン自身のつけた題は『ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノ・ソナタ』である。ベートーヴェン以前の古典派のヴァイオリン・ソナタは、「ヴァイオリン助奏つきのピアノ・ソナタ」であり、とても優雅で、音楽好きな貴族らが好むために書かれたような雰囲気を持っているピアノが主である曲が多いが、この曲はベートーヴェン自身がつけた題の通り、ヴァイオリンとピアノが対等であることが特徴的。技術的にも高度なテクニックが要求される。嫉妬心にかられ妻を殺してしまった夫の悲劇が描かれている、ロシアの文豪レフ・トルストイによる小説『クロイツェル・ソナタ』は、この曲に触発されて執筆された作品で、その中で、夫の妻はピアノを弾き、この曲をヴァイオリニストと共演します。そして夫はこの曲の第1楽章について、「これは貴婦人の前で演奏してはいけない曲だ」と述べます。貞節な淑女の心をも挑発してしまう恐ろしい曲だ、ということを言いたかったのです。この曲に期待するのは、品の良い演奏よりも、心乱されたいもの。本盤の内容もジプシー風の情熱を前面に出したハイフェッツが優位にある。まだ若くテクニックや覇気が前面に現れて後年の録音を上回る出来だ。だが、モイセイヴィッチの演奏も絶好調で老巧な表情付けはレシェティツキ門下の奥義に他ならない。ロマンティシズムを漂わせた個性的な ― 玄人好みの演奏。この『クロイツェル』は規模が大きく、ヴァイオリン・ソナタの最高傑作で王者の風格をそなえているからか、この演奏以降も有名録音盤は数多あるものの、未だ以ってヴァイオリニスト+伴奏者という形態になりますが、もしこれが伴奏者ではなく「ピアニスト」であったら。ハイフェッツの横に並ぶ形で、ラフマニノフと並ぶ巨人であったモイセイヴィッチの唯一の室内楽録音である。「クロイツェル・ソナタ」のベストを争う ― もう一度念を押しますが、玄人好みの、演奏の一つだ。→コンディション、詳細を確認する
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数多くのレコードは、古典派の名曲から近現代のショーピースまで及び、完璧な技巧はハイフェッツが活躍した時代を共有した人々を驚かせ、感嘆させた。ピアノなどと違って自分で音程も音色も作らなければならなら、この扱いにくいヴァイオリンの演奏精度を、これまた極限まで高めた音楽家として20世紀の大ヴァイオリニストとしてフリッツ・クライスラー、ヤッシャ・ハイフェッツ、ヨゼフ・シゲティのベスト3は揺るがない。コンクール制度によって技術的水準が天井知らずに上がってゆく現代でも、現今のすべてのヴァイオリニストにとってハイフェッツは神様のような存在だが、演奏史上の格付けに「最高」の評価を与えない評論家、愛好家は今以って少なくない。SPレコード時代、「あれは音楽ではない。機械だ」といわれた。精神主義華やかりし、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーやアルトゥーロ・トスカニーニが君臨した「音楽が人々にとって偉大であった時代」。作品の背景や、解釈から、いきなりスパっと割り切れた名人技を示されたのだから、人々が戸惑ったのも無理からぬ処であろう。ハイフェッツのテクニックは完璧であり、音色の輝かしさは他の追随を許さず、しかも、好不調の波も僅かで、いかなるときも破綻を来たすことはなかった。録音から窺う限り、ハイフェッツの演奏スタイルは生涯変わらなかった。クライスラーは約四半世紀後輩のアメリカ・デビュー盤を聴いたあとで一言、「私達ヴァイオリニストは、全員膝で楽器のネックをへし折って転職しなければならない」と語った。もちろん年齢の加算による覇気の深まりは増すが、16歳の初録音から、「ラスト・コンサート」と名付けられた1972年、71歳のライヴ・レコーディングに至るまで、スタイルに変化がないだけではなく、解釈と内容も変わっていない。進歩していないのではない、20歳未満にして彼の芸術は完成されていたのである。ベートーヴェンの〝コンチェルト〟も胸がすく。トスカニーニ、シャルル・ミュンシュとの共演盤があるが、あまりにうますぎ、ベートーヴェンがパガニーニの技巧曲のように聴こえる場面が出てくるが、他の誰よりも速いテンポで健康的に一気呵成に進めつつ、抜群のニュアンスを堪能させてくれる。それが即ち、バッハ⇒ベートーヴェン⇒ブラームスと繋がる、ドイツ主流派の音楽では決定的名演と推し難いところだ。ハイフェッツの演奏は〝グローバル化〟された音。ロシア生まれだから、チャイコフスキーが素晴らしい、と単純に言えない。ショーソンやサン=サーンスにフランスのエスプリは聴けない。〝ハイフェッツ〟そのものを聴かされることで終始する。いかなる国や地方の文化や歴史からも断絶された〝世界統一新規格〟になっている。バッハやベートーヴェンにドイツの質実剛健はなく、さらに、バッハとブラームスの様式の差別化もない。しかし、いま聴いてみると、あまりにうますぎただけで、すっとした流れの中になんともいえぬ表情がつき、節回しなどは十二分に個性的だと思う。ハイフェッツの演奏の特異性については、完璧・精巧無比・人間の限界を極めた、など様々取り沙汰されているが、情熱と厳格さが混淆していることを説明する最もよい例がミュンシュ指揮ボストン交響楽団をバックにしての〝コンチェルト〟。20世紀初頭頃までのクラシック音楽の演奏には曖昧さが許され、またかえってそれをよしとする風潮があったと言える。クライスラーやミッシャ・エルマンの録音からは、技術的問題も含め、譜面に指示のない表現をよく行うことに気付く。その良し悪しについてはひとまず置いておき、当時は奏者の個性を前面に出す事が重んじられていたようである。これに対してハイフェッツは、冷静かつ正確に、一切の妥協を排除した解釈を行なった。現代では作曲者の意図を最も適切に表現する事が重んじられている。鋭い運弓と力強いヴィブラートによって創り出されるその音色は非常に特徴的である。演奏家それぞれの個性などという次元ではなく、ハイフェッツがヴァイオリンを奏でることで、別質の新しい楽器がそこにあるかのごとく錯覚を起こしそうになる。その余りに強烈な個性が、このベートーヴェンに宿っている。
ラフマニノフに賞賛された大ピアニスト。ウィーンの名教師レシェティツキーの弟子。もいせいゔぃちの名前は、0世紀前半に活躍したロシアの大ピアニストの21人として、セルゲイ・ヴラディーミル・ラフマニノフ、ソフロニツキー、ゲンリヒ・ネイガウスらとともにその名を歴史に刻み、しばしば大ピアニストがその演奏ぶりとその偉大さを回想している。ポロポロと奏でられるピアノ。柔らかな音色。弾いていた楽器は明らかにすタウンウェイではない。手元に記録はないが、愛用していた楽器はベーゼンドルファーあたりだろうか。淡白で抑制された表現。狭いだだなミックの幅。ロシアの歴史を代表する大ぴあにつと聞いてに期待されるのは、巨大なスケールのラフマニノフや爆弾のようなヨーゼフ・ホフマン、火の玉のようだった若きアルトゥール・ルービンシュタインらが活躍した時代にあって、もいせいゔぃちのピアノは19世紀流のヴィルトゥオーゾたちとは大きに違っていた。
  • Record Karte
  • 1951年5月14〜15日録音、1954年発売。
  • GB EMI ALP1093 ハイフェッツ&…
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