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GB DECCA SXLA6082 カッチェン&ガンバ ベートーヴェン・ピアノ協奏曲2&4番

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確かなメソードを身につけ、音楽性、肉体の成長を無理せず、スコアを洞察し、その自然な成長で「聴かせる音楽」をクリエイトしたピアニスト。》ベートーヴェンのピアノ協奏曲などの録音を担当したプロデュサーによれば、カッチェンは、スタジオ録音であっても、各楽章は1つの曲としてまとまったものであるべきだという考え方だった。そのため、スタジオ録音でもほとんど編集をしていなかった。カデンツァを聴くとカッチェンがいかに高度なテクニックを持っているかわかる。タッチの種類が豊富で素晴らしい。強靭な音から優しい音、輝かしい音から軽やかな音まで見事に描き分けている。カッチェンと指揮者ガンバとは特に良好なパートナー関係にあり、同じ方向性の伴奏で一体感もあり、大家風の演奏ではないところに、この曲を作曲した頃のベートーヴェンのエネルギーが感じられます。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の第2楽章における哀感漂う音色など、えも言われぬほど美しい。早熟の天才ガンバが指揮するアグレッシヴな管弦楽とのスリリングな競演も聴きものだ。録音を担当した DECCA のプロデューサーはカッチェンについて、「いつも大きな笑顔を浮かべ、エネルギッシュで社交的だった。陽気で誰からも愛される性格で、自己中心的( egocentric)なところがあるが、それがとても魅力的だった」と言っている。驚異的な技巧と深い教養に裏打ちされた音楽的な表現が印象深いカッチェンの演奏は、抒情的な感情に溺れることなく理知的で、現代人の感覚にもストレートに訴えかけてきます。レパートリーは古典から現代曲まで、またスラヴものからドイツ、フランス、アメリカものまで幅広く、デッカには40数枚のLP録音を残しました。洗練されたカッチェンの美しきピアニズムは本盤でも遺憾なく発揮され、淡々とした美しさを奥深い透明感で貫いて描ききる素晴らしい名演。数々の英デッカのオーディオファイルレコードで、カッチェンは弾力的なリズム感と固い構成感で全体を見失わせない実に上手い設計で聴かせてくれる。冒頭から終わりまで息もつけぬ緊張感を味わえます。カッチェンの演奏は理知的なアプローチだと言われたりするが、当時、カッチェンは”あまりに急ぎすぎる”、”衝動的に突進する”とずっと批判されていた。これに対して、編集者のジェレミー・ヘイズは「それほどに音楽的な衝動に突き動かされてピアニストが弾いているのを聴くことができるというのは、驚くべきことだ」と言っている。★(未完部分)★英デッカ社は、この米国の逸材から利益を計上したと関係者から聞いた事が有ります。一頃のデッカのピアノ部門はカッチェンが背負っていたと云っても過言でないことを証明する名盤。ジュリアス・カッチェンは42歳の若さで亡くなったアメリカ人ピアニスト。ピアニストとしての活動が20年ほどと短かったけれど、レパートリーは幅広く数多くの録音を残している。再録音した曲もかなりあり ― ブラームスの「ピアノ・ソナタ第3番」「ヘンデルバリエーション」、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」など ― 録音した作品は、ベートーヴェン、ブラームス、リスト、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、グリーグ、シューマン、モーツァルト、ショパン、ラヴェル、プロコフィエフ、ラフマニノフ、ムソルグスキー、ガーシュウィン、ストラヴィンスキー、ブリテン、ローレムなど。戦後パリに住んでいたアメリカ人作曲家のネッド・ローレムとは友人で、ピアノ協奏曲第2番の初演、ピアノ・ソナタ第2番の初録音を行っている。後年になると、シューベルトの最後のソナタやベートーヴェンのディアベリ変奏曲のような偉大な作品に対して、哲学的な観点から熟考したカッチェンの解釈が注目される。もし、彼がガンで42歳の若さでこの世を去らなければ、音楽的により深い解釈者へと深化していたかもしれない。ジュリアス・カッチェンは1926年8月15日にニュージャージー州ロングビーチで生まれました。11歳の時、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団とモーツァルトのニ短調ピアノ協奏曲 K.466 を演奏したことで知られます。彼の両親は、彼に適切な教育を受けさせることにこだわりましたが、それは後になって大きな実を結ぶことになります。1946年フランスに移り、短い生涯を終えるまでフランスで過ごしました。彼が亡くなったのは1969年4月29日、42歳の時でした。彼の最初の DECCA への録音は、1947年の“ヘンデルの主題による変奏曲”を含むブラームスの作品集で、最後の録音は1968年、ヨゼフ・スーク、ヤーノシュ・シュタルケルとのブラームス“3つのピアノ三重奏曲”でした。カッチェンは、ブラームスの重要なピアノ曲とピアノを含む室内楽を全て録音したただ一人の世界的なピアニストでしょう。ステレオ録音黎明期(れいめいき)1958年から、FFSS ( Full Frequency Stereo Sound )と呼ばれる先進技術を武器にアナログ盤時代の高音質録音の代名詞的存在として君臨しつづけた英国 DECCA レーベル。レコードのステレオ録音は、英国 DECCA が先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマン SX-68 を導入するまで続けられた。英 DECCA は、1941年頃に開発した高音質録音 ffrr の技術を用いて、1945年には高音質 SPレコードを、1949年には高音質 LPレコードを発表した。その高音質の素晴らしさはあっという間に、オーディオ・マニアや音楽愛好家を虜にしてしまった。その後、1950年頃から、欧米ではテープによるステレオ録音熱が高まり、英 DECCA は LP・EP にて一本溝のステレオレコードを制作、発売するプロジェクトをエンジニア、アーサー・ハディーが1952年頃から立ち上げ、1953年にはロイ・ウォーレスがディスク・カッターを使った同社初のステレオ実験録音をマントヴァーニ楽団のレコーディングで試み、1954年にはテープによるステレオの実用化試験録音を開始。この時にスタジオにセッティングされたのが、エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏によるリムスキー=コルサコフの交響曲第2番「アンタール」。その第1楽章のリハーサルにてステレオの試験録音を行う。アンセルメがそのプレイバックを聞き、「文句なし。まるで自分が指揮台に立っているようだ。」の一声で、5月13日の実用化試験録音の開始が決定する。この日から行われた同ホールでの録音セッションは、最低でも LP 3枚分の録音が同月28日まで続いた。そしてついに1958年7月に、同社初のステレオレコードを発売。その際に、高音質ステレオ録音レコードのネーミングとして ffss( Full Frequency Stereophonic Sound )が使われた。以来、数多くの優秀なステレオ録音のレコードを発売し、「ステレオはロンドン」というイメージを決定づけた。本盤の発売はオーストラリア。オーストラリア盤はラベルのカラーがオレンジ色なので表記で間違いやすいが、英国盤を輸入してラベルの張替えだけを行っている。
GB  DEC  SXL2106 カッチェン&ガンバ  ベー…
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