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商品名GB DEC SXL6312 エルネスト・アンセルメ チャイコフスキー・モーツァルティアーナ&レスピーギ・ロッシーニアーナ

《初心者にも間違いなくオススメできる隠れた名曲 ― 地味な作品ですが、それだけに聴かせどころを心得て、何より品位のある音楽としている。》 「どういうわけか知らないが、モーツァルトの数あるすばらしい作品のうち多くが、一般聴衆のみならず演奏家にさえ知られていない。『モーツァルティアーナ』というタイトルのもとに編曲をほどこしたこの組曲は、形式が簡素であるとはいえ、得がたい美しさに満ちたこれら珠玉のような作品が、より頻繁に演奏される新たなきっかけとなることを願ってつくられたものである」
木管楽器と弦楽器の絶妙なバランスとそこから浮かび上がってくる目眩く音色感を、実に繊細に扱っていたことに気づき、その芸術的成果の高さに改めて思いを巡らせているドビュッシーやラヴェルの管弦楽曲全集といったフランス近代の音楽に対するセンスの良さは、素晴らしいもので、響き、バランスに対するアンセルメの実に鋭い耳が、こういった複雑なオーケストレーションから鮮やかなサウンドを引き出しています。ストラヴィンスキーの「春の祭典」などは、木管の扱いの巧妙さでは、音楽史の中で最も素晴らしい作品の一つです。ラヴェルのオーケストレーションの秘密もそこにありますし、アンセルメが得意にした、リムスキー=コルサコフの「シェラザード」などのオーケストレーションの特色の多くの部分は木管にありと言っても過言ではないベートーヴェンやブラームスといった作品は、レコード会社の意向もあって、なかなか録音させてもらえなかったアンセルメとスイス・ロマンド管で楷書でやられた演奏は、フルトヴェングラー等の演奏とは対極に位置するもので、アンセルメにとった解釈が時代を先取りしすぎていたとも言える古典の録音としては、LP初期にモーツァルトの録音があったりして、決してスイス・ロマンド管にとって不慣れなレパートリーとは言えなかったアンセルメとスイス・ロマンド管のメンバーによる、モーツァルトの「十三管の為のセレナード」を聞くと、このオーケストラの響きの基本は木管楽器だったんだと、理解できます。
レスピーギは近代イタリア復古主義の一翼を担った作曲家。中世・ルネッサンス・バロックのイタリア音楽の要素と民族主義的立場を結びつけました。ストラヴィンスキーやプロコフィエフらに受け継がれていくムーブメントですが、初期の擬古典主義風潮の中で、レスピーギは流麗なオーケストレーションと甘美な旋律を特徴とし、フランスで六人組 ― ルイ・デュレ(Louis Durey, 1888年 - 1979年)、アルテュール・オネゲル(Arthur Honegger, 1892年 - 1955年)、ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud, 1892年 - 1974年)、ジェルメーヌ・タイユフェール (Germaine Tailleferre, 1892年 - 1983年)、フランシス・プーランク(Francis Poulenc, 1899年 - 1963年)、ジョルジュ・オーリック(George Auric, 1899年 - 1983年) ― が「新しい単純性」を、中でもウィーン古典派の軽やかさへの回帰を標榜したのに対し、レスピーギは古典派音楽以前の旋律様式や舞踊組曲などの音楽形式を ― 古楽の再作曲・構成のために古い音楽を ― 利用することで、近代的な和声法やテクスチュアと融合させている。彼はイタリア古楽の復興を目指していた。輝かしいイタリア・オペラ黄金期を迎える一方で、イタリアに純粋音楽は根付かなかった。そして、イタリア音楽が道を外れる要といえるロッシーニを選んだ。一方で図書館に眠るルネサンスやバロック時代の手稿譜の研究を通じて、自国の音楽遺産への理解と愛情を深めていった結果「イタリアの純粋音楽を復興しよう」というレスピーギの姿勢は、この時代の外国の最先端の純粋音楽をふんだんに取り入れようとするイタリア音楽界の風潮と相まって、
「ベートーヴェンは私の心にとって神エホバのごとき大いなる存在である。そして、この意味において私は、あのモーツァルトを、音楽におけるキリストとして愛するのだ。この比較を私はけっして冒涜だと思わない。なぜならモーツァルトは天使のごとく純粋で、その音楽は神々しい美しさで満ちている」。チャイコフスキーは、モーツァルトの作風を大変気に入っていたらしく、また、作曲家モーツァルトを非常に尊敬していたようです。この曲もモーツァルトの作品を元にしる。初心者にも聴きやすい曲ばかりなのできいて欲しい。第3曲「祈り」のヴァイオリンを中心にした美しいメロディがチャイコフスキーは習作的な試みから、新たな方向を見出そうとしていました。のちのストラヴィンスキーは、これら組曲に影響を受けて、同様の試みをしています。アンセルメのロシア音楽、わずかな出番にリッチのヴァイオリンを入れ、古典的な端正でまとめあげる。
そして、エルネスト・アンセルメ。ジュネーヴのヴィクトリア・ホールのホールの響きの良さは、名ピアニストのバックハウスがわざわざベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全集をヴィクトリア・ホールで録音したことでもわかります。録音の調整室が無く、調理室を録音用に使うという、大変使いにくいホールにも関わらず、バックハウスがぜひにと使ったこのホールは、スイス・ロマンド管弦楽団を育てました。1918年にエルネスト・アンセルメによって創設されたスイス・ロマンド管弦楽団は、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団とともにフル編成のオーケストラとしてはスイスを代表する歴史と評価を得ています。アンセルメはこのオーケストラを50年にわたって率い、彼自身の理想とするオーケストラを目指した。サン=サーンスやショーソンといった音楽もとても良い録音で、特にサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン」はベストセラーとなった名盤です。
ステレオ録音黎明期(れいめいき)1958年から、FFSS ( Full Frequency Stereo Sound )と呼ばれる先進技術を武器にアナログ盤時代の高音質録音の代名詞的存在として君臨しつづけた英国 DECCA レーベル。レコードのステレオ録音は、英国 DECCA が先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマン SX-68 を導入するまで続けられた。英 DECCA は、1941年頃に開発した高音質録音 ffrr の技術を用いて、1945年には高音質 SPレコードを、1949年には高音質 LPレコードを発表した。その高音質の素晴らしさはあっという間に、オーディオ・マニアや音楽愛好家を虜にしてしまった。その後、1950年頃から、欧米ではテープによるステレオ録音熱が高まり、英 DECCA は LP・EP にて一本溝のステレオレコードを制作、発売するプロジェクトをエンジニア、アーサー・ハディーが1952年頃から立ち上げ、1953年にはロイ・ウォーレスがディスク・カッターを使った同社初のステレオ実験録音をマントヴァーニ楽団のレコーディングで試み、1954年にはテープによるステレオの実用化試験録音を開始。この時にスタジオにセッティングされたのが、エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏によるリムスキー=コルサコフの交響曲第2番「アンタール」。その第1楽章のリハーサルにてステレオの試験録音を行う。アンセルメがそのプレイバックを聞き、「文句なし。まるで自分が指揮台に立っているようだ。」の一声で、5月13日の実用化試験録音の開始が決定する。この日から行われた同ホールでの録音セッションは、最低でも LP 3枚分の録音が同月28日まで続いた。そしてついに1958年7月に、同社初のステレオレコードを発売。その際に、高音質ステレオ録音レコードのネーミングとして ffss( Full Frequency Stereophonic Sound )が使われた。以来、数多くの優秀なステレオ録音のレコードを発売し、「ステレオはロンドン」というイメージを決定づけた。
GB  DEC  SXL6312 エルネスト・アンセルメ チャイコフ…
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