34-29456

通販レコード→GB "MADE IN ENGLAND" WIDE BAND WITH GROOVED ED2, 150g重量盤

GB DECCA SXL6169 ヘルベルト・フォン・カラヤン ウィーン・フィル ドヴォルザーク:交響曲8番

商品番号 34-29456

カラヤンの短いデッカ時代に残された名盤中の名盤。この時期のウィーン・フィルとカラヤンが最高の組み合わせであったことがわかる文句なしの名演です。

DECCAでの短いが幸福な時期。オーケストラを信頼しきった芸術家本来の姿が感じられる。 ー 優美な歌と音色の魅惑に満ちた、カラヤンのウィーン時代の最高の成果の一つ。

レコード録音に対して終生変わらない情熱を持って取り組んだカラヤンが、一時代を画した事になったのが DECCA でのウィーン・フィルとのステレオ録音プロジェクト。これはやがて帝王と呼ばれるようになる躍進の始まりでした。1955年にベルリン・フィルの常任指揮者、翌1956年にザルツブルク音楽祭およびウィーン国立歌劇場の芸術監督に就任し、文字通りヨーロッパ・クラシック音楽界の「帝王」と目されていた時期でした。1959年秋にはウィーン・フィルとの日本も含むアジア、アメリカ、カナダへの大規模な演奏ツアーに同行、1960年のザルツブルク音楽祭では祝祭大劇場の柿落としで共演、また「ばらの騎士」の映像も収録するなど、カラヤンとウィーン・フィルとの関係が急速に接近していました。録音面でも、1950年代初頭から継続しているロンドンでのフィルハーモニア管弦楽団とのEMIへの録音、ベルリン・フィルとは1959年からドイツ・グラモフォンでスタートしていましたが、ウィーン国立歌劇場の芸術監督としてウィーン・フィルを指揮してお互いに良い関係が気づけているのでレコード録音して世界中のファンに聴かせたい。しかし、ウィーン・フィルは英国DECCAと専属関係にあったので、カラヤン指揮ではレコードを作れない。ちょうどステレオ録音が導入されて活気付いていたレコード市場を席巻すべく接近してきたのは英国DECCA社でした。そのことでカラヤンは、この愛すべきオーケストラとの録音をドイツ・グラモフォンではなく、イギリス・デッカと行いました。結果、1960年代に残されたものは、どれもが名盤と呼ぶにふさわしいもので、LP発売以来、長らくファンに愛され続けてきました。レコードのステレオ録音は、英国DECCAが先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマンSX-68を導入するまで続けられました。斯くて、1965年までカルショウが後世に伝えるに相応しいカラヤン&ウィーン・フィルの名盤をこの6年間で製作することになる。制作は英DECCAのジョン・カルショウ、エンジニアはジェームス・ブラウン&ゴードン・パリーの二頭立てという『ショルティの指環』制作陣がそのまま担当するという力の入れよう。後世に語り継がれるオペラを、ウィーンのソフィエンザール(カルショウがお気に入りだったリング収録場所)で着手。その録音セッショッンの合い間にカルショウは有名管弦楽曲の録音。当曲が録音された1961年は、5月にデル・モナコ、テバルディとの「オテロ」全曲盤、6月にレオンタイン・プライスとのクリスマス・アルバムという名盤を相次いで録音し、9月にウィーン国立歌劇場のシーズンが始まると、オペラ上演と平行してウィーン・フィルとは、当アルバムのみならず、「くるみ割り人形」、「ペール・ギュント」、「ジゼル」、「惑星」など、LPにして実に5枚分に相当する録音を集中的に行なっています。同じ時期の定期演奏会では録音曲目であるドヴォルザークの第8番を取り上げています。LP初発は SXL-6169 (1965年4月、日本盤初発は翌66年4月)。この1961年9月~10月のセッションのあと、RCAのために録音された「トスカ」と「カルメン」の全曲盤を除くと、ウィーン・フィルとは1965年までにLP2枚分を録音したにすぎず、1961年暮れから始まるベートーヴェンの交響曲全集、1963年に始まるブラームスの交響曲全集など、ベルリン・フィルとのドイツ・グラモフォンへの録音により大きな比重が置かれるようになっていきました。名プロデューサー、ジョン・カルショーとのコラボレーションによってウィーン・フィルと進められたデッカへの録音は、ちょうどステレオ録音が導入されて活気付いていたレコード市場を席巻する形になりました。その中でも特に充実した演奏と評価の高い1961年録音のドヴォルザークの交響曲第8番《イギリス》です。指揮者のアーノンクールがインタビューに答えて言っていたことによると、若い時のドヴォルザークは次々とメロディーが湧き過ぎて困り、かえって良い曲が書けなかったのではないかと思うそうです。それを抑えて制御する術を身に付けてはじめて大作曲家になったのだと。天上からインスピレーションが降ってきても、それを見事に活かせるのは才能と技術の習熟のタイミングが大事でしょう。ブラームスが嫉妬しつつも尊敬していたというドヴォルザークのメロディを生み出す才能、それは「新世界」交響曲にも、弦楽四重奏曲「アメリカ」にも見られますが、一曲の中に次々と惜しげなく印象的なメロディーが出て来てもったいないぐらいの曲が、交響曲第8番「イギリス」です。その制御する術をドヴォルザークが身に付けるのが、交響曲第7番からだと、わたしは考える。カラヤンの天才は、機をとらえる巧さにある。EMIのウォルター・レッグが、戦後にロンドンで新設されたフィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者の地位を提供したとき、カラヤンは一瞬もためらわずに引き受けた。彼のことをまったく知らない国に活動の場が与えられるだけではない。レッグが選りすぐったオーケストラ(おそらくはロンドン史上最高のオーケストラ)の実権が与えられ、さらにオーケストラ曲とオペラを望むだけ録音できる、ほとんど無限の機会が与えられたのだ。ウィーン・フィルと専属関係を結んだ英DECCAは、この結束を強めるためには、DECCAが何か大きな仕掛けをすることが必要だった。中でもいちばん効果的なのは、ウィーン・フィルも含めた全員が不可能だと考えていたこと、すなわちヘルベルト・フォン・カラヤンを獲得することだった。カラヤンは、ヒトラーの死によって生じた、指導者を渇望するドイツ人の魂の空白を、無意識のうちに埋めていた。彼のしぐさは型にはまっていた。気まぐれで無慈悲で、無遠慮だった。並はずれて聡明で、見栄えをよくすることに神経を注いでいた。言葉を変えれば、洗練された、あるいはわざとらしいオーラを放っていて、胸がむかつくほどだった。見栄えをよくすることに心血を注いだカラヤンの演奏が、「悪かろう」はずがない。その上、カルショウの理解も手伝って、その録音群は、いかにもカラヤンらしい「完璧な」録音であると同時に、音楽を知るという意味ではもちろんのこと、音楽を堪能するという意味においても50年を経た今もまったく色褪せない。第1楽章アレグロ・コン・ブリオから終楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポまで、どの瞬間においてもドヴォルザークの旋律は美しい。特に、チェコの民族的要素も十分に示される第8交響曲は、彼の最高傑作の一つだと思うが、そこにカラヤンとカルショウの魔法が掛け合わされるのだから奇蹟が起こるのも頷ける。英DECCAは、このカラヤンでウィーン・フィルを完全掌握したと云えよう。『このウィーン・フィルとのドヴォルザークの8番は、高度なアンサンブルに加えて、優美な歌と音色の魅惑に満ちていた。カラヤンがウィーン国立歌劇場に在任して、ウィーン・フィルと緊密な仕事を続けていた時代の最高の成果の一つであると思う。その後の録音も見事だが、この演奏には華がある。ずっと後のベルリンのより数段も上等な演奏である。ベルリンでの演奏の、技に溺れた、やけに強弱の差を強調した、それでいて甘い砂糖漬けのような気持ち悪さは、このウィーンの演奏からはいっさい聴こえてこない。豊かに歌うヴァイオリンはウィーン・フィルならではの妙音で、それがあってはじめてこの交響曲の甘美さが本物になるのだ。また御近所ボヘミアのカラー表出にも土地柄が出ている。カラヤンも作品を尊重し、オーケストラを信頼しきった芸術家本来の姿が感じられる。この時期のウィーンのカラヤンは、彼としてももっとも良い演奏を残した年代にいた。優美な歌と音色の魅惑に満ちた、カラヤンのウィーン時代の最高の成果の一つ。その後の録音も見事だが、この演奏には華がある。』と評価されています。後のEMIやDGGのベルリン・フィル盤にはない魅力タップリのまったく聴いていてダレるような箇所がない。カラヤンの指揮する曲は概して大胆さや迫力にプラスして、丁寧でかつ美しいということです。とりわけ、ゆっくりのテンポの美しい旋律は、カラヤンの最も得意とする部分だと思います。後のベルリン・フィルとのドイツ・グラモフォンでの録音と比べ、本盤では、ストレートな推進力を感じる。凄みや精密さより若さを魅力として感じます。例えば、怒濤のような旋律の中で、ぱっと花が咲くように美しいメロディーが流れる。この点にかけては、カラヤンは見逃さず見事に再現している。彼一流の粘り、盛り上げはすでに十分。カラヤンにとってのドヴォルザークであり、インターナショナルに徹しきれていないところがまた、壮大で美しい《イギリス》になっている。
レコードのステレオ録音は、英国 DECCA が先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマン SX-68 を導入するまで続けられました。斯くて、1965年までカルーショーが後世に伝えるに相応しいカラヤン&ウィーン・フィルの名盤をこの6年間で製作することになる。制作は英 DECCA のジョン・カルーショー、エンジニアはジェームス・ブラウン&ゴードン・パリーの二頭立てという『ショルティの指輪』制作陣がそのまま担当するという力の入れよう。後世に語り継がれるオペラを、ウィーンのソフィエンザール(カルーショーがお気に入りだったリング収録場所)で着手。その録音セッショッンの合い間にカルーショーは有名管弦楽曲の録音。何れも全体に覇気が漲っていて、弦も管も美しく技巧的にも完成度は高い名盤を量産。

ステレオはロンドン

第2次世界大戦勃発直前の1941年頃に潜水艦ソナー開発の一翼を担い、その際に、潜水艦の音を聞き分ける目的として開発され、当時としては画期的な高音質録音方式であった。1945年には高域周波数特性を12KHzまで伸ばしたffrr仕様のSPレコード盤を発売し、1950年6月には、ffrr仕様の初のLPレコード盤を発売する。
特にLP時代には、この仕様のLPレコードの音質の素晴らしさは他のLPと比べて群を抜く程素晴らしく、当時のハイファイ・マニアやレコード・マニアに大いに喜ばれ、「英デッカ=ロンドンのffrrレコードは音がいい」と定着させた。
日本では、1954年1月にキングレコードから初めて、ffrr仕様のLP盤が発売された。1958年7月には、その技術を受け継いだステレオ・レコードであるffss(Full Frequency Stereophonic Sound 全周波数立体音響)を発表、発売。そのハイファイ録音にステレオ感の良さが加わり、「ステレオはロンドン」というイメージを決定づけた。


  • Record Karte
  • 1961年ウィーン、ゾフィエンザールでのジョン・カルーショーのプロデュース、ゴードン・パリーによる録音。優秀録音、名演、名盤。

販売レコードの写真

  1. GB DEC SXL6169 カラヤン ドヴォルザーク:交響曲8番
  2. GB DEC SXL6169 カラヤン ドヴォルザーク:交響曲8番

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ドヴォルザーク:交響曲第8番、他
カラヤン(ヘルベルト・フォン),ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック
2009-08-19


ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」&第8番
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ユニバーサル ミュージック クラシック
2009-08-19


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