34-5511

商品番号 34-5511

通販レコード→英ダークブルー金文字盤

このころのシュヴァルツコップの声には、どこか弱さを持った人間が浮かび上がってくる。 ― ロマンティックで、イギリス的な雰囲気な作風のサー・ウィリアム・ターナー・ウォルトン(1902〜1983)は2つの世界大戦中から戦後にかけて純音楽の分野で活躍しました。彼の音楽は、ディーリアスやヴォーン=ウィリアムズのようなイギリスの田園風景を彷彿とさせるものではないが、明確な調性に基づきながら用法は新鮮かつ大胆。気品があり、時にユーモアも感じられる。毒舌と思える場合も多い ― 実に〝英国らしい〟現代イギリス音楽を代表する作曲家です。代表作とされる2曲の交響曲(第3番は未完)や協奏曲(ヴァイオリンのための、ヴィオラのための、チェロのための)とするオーケストラ作品に非凡な才能を発揮し、ストラヴィンスキーやプロコフィエフら同時代の作曲家からの影響のみならず、ジャズやラテン音楽といった幅広い音楽語法も巧みに採り入れて、あらゆる分野において万人に愛される明快で情感豊かな作品を残している。歌劇《トロイアスとクレシダ》は3幕からなる長大なオペラで、ウォルトンでは知られた作品だろう。過去の自作を含む音楽を換骨奪胎したようなニヤリとさせる部分も多く、ウォルトンや同時代の作曲家の音楽が好きなクラシック音楽ファンほど楽しめます。平易な音楽に美しい歌、〝ペレアスとメリザンド〟以降のフランス近代音楽 ― あるいはサン=サーンスやラヴェルの明晰な音楽と、マーラー以降中欧音楽の影響は感じられ、部分的には意図的に模倣しているのではないかと思わせるとの意見もある。自作有名曲すべてからいいとこどりして構造化していくウォルトン特有の書法の癖で、詰め込みすぎて息の詰まる作風をとても聴きやすいレベルに引き伸ばし、均される。同時代イギリス音楽の上品で透明な音楽との共時性は横溢しているものの、第1幕は比較的ウォルトンの個性的な音楽は鳴りを潜め、第2幕でもマーラーの「大地の歌」第6楽章「告別」冒頭を思わせる重苦しいパッセージやシェーンベルクの「浄夜」「室内交響曲」が醸し出す雰囲気が感じ取れる。〝トロイラスとクレシダの物語〟はトロイの王子トロイラスとクレシダの恋愛話で、アガメムノンとプライアム両大将を軸としたトロイ戦争を背景に、ホメーロスの『イーリアス』でいうと、アキレウスの参戦拒否からヘクトルを斃すまでが描かれる。初演は1954年。この頃のエリーザベト・シュヴァルツコップは声もしっかりと出ており、迫真力に富んでいて実にいい。歌の一つ一つが丁寧に書かれており、どこか弱さを持った人間が浮かび上がってくる。描写的表現がじつに上手く、新古典主義の作曲家なので、19世紀オペラを聴いているのと大差ない感覚で聴ける。改訂版は、1972年の再演でジャネット・ベイカーが歌うクレシダが、メゾソプラノに作曲家自身により書き変えられた。ウォルトン自身手を入れた1976年の最終稿もあり、それを元に、作曲者死後1994年にスチュアート・ハッチンソンによって、1954年の元の音域のソプラノのクレシダを復活させた第3改訂版といえるものでの上演が現在ではある。
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最近は見かけなくなったが、「無人島へ持って行きたい一冊の本」と雑誌などで企画すると、よく目にしたのがマルセル・プルースト『失われた時を求めて』、マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』、トルストイ『戦争と平和』、ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』、中里介山『大菩薩峠』等々、無人島でひとりで暇を潰すには読むのに時間のかかる長編にかぎるというわけか、長い物語を選ぶ人が多かった。インターネット時代だと、手塚治虫全集、尾田栄一郎『ワンピース』を全巻大人買いか、電子書籍サイトと答えるだろうか。音楽雑誌でも「無人島へ持って行きたい一枚のレコード」という企画があった。バッハの『マタイ受難曲』『ロ短調ミサ曲』、モーツァルトの『レクイエム』、ベートーヴェンの『荘厳ミサ曲』『第九交響曲』、フォーレの『レクイエム』等々の宗教曲。あるいはベートーヴェンの『後期弦楽四重奏曲』や『後期ピアノ・ソナタ』、それにシューベルトの歌曲集『冬の旅』やマーラー、ブルックナーの交響曲など、じっくりと精神的な探求として向き合いたい楽曲が並ぶ。「無人島でひとりで本を読む」ことがリゾートで、暇つぶしをすることにつながるのに対して、「音楽を聴く」という行為は、人生の終焉を迎える準備というニュアンスがあるように思えるのだがそれは、「本を読む」という行為がかなり能動的な行為であるのに対して、「音楽を聴く」ことが比較的受動的な行為にあるからだろうか。では、演奏家が「一冊だけ許される楽譜」に何を選ぶだろう。「最後」の「最後」に聴くべき音楽と感じる楽曲・録音はある。リヒャルト・シュトラウスの管弦楽伴奏の歌曲『四つの最後の歌』だ。しかもリヒャルト・シュトラウスが死ぬ間際になって、ほんとうの「最後」につくった作品らしく、ヘッセの三編の詩とアイヒェンドルフの一編の詩にメロディをつけた『四つの歌』は、静謐な明るさに輝く音楽である。澄み切った透明な音楽であり、ほんのわずかの濁りすらない。完璧に澄明な美しい音楽である。ワーグナーやヴェルディのオペラが「男中心」であるのに対して、愛する男に無視される女の寂寥、歳を重ねる女の悲哀、自分の愛情が受け入れられない女の苦悩 ... といったものを、リヒャルト・シュトラウスは鮮やかに描き出してくれる。なかでも『ばらの騎士』の、エリザベート・シュヴァルツコップが歌い演じる侯爵夫人の切ないまでの美しさに陶酔させられた。音楽全体の輝きは、俗界にはなんの未練もない「大人の心境」を表現している。シュヴァルツコップがジョージ・セルの指揮で歌った『四つの最後の歌』は、センチメンタルでもなければ、ノスタルジックでもなく、いっさいの執着心が存在しない、静穏で、静謐で、淡々としたメロディにのって歌われる。『受難曲』や『鎮魂歌(レクイエム)』のような「悟り」や「解脱」のような大仰さや尊大さもなく、一介の俗人の「死」に際しての澄み切った心境が表現されている。たぶん、この楽曲を20歳代のときに聴いても、シューベルトやマーラーを聴いたときのような感動は感じられないにちがいない。シューベルトの描き出した青春の歌のように、恋に破れてひとりで絶望するのではない。大人にならないとわからない心境、わからない歌というものが存在するのだ。人生の最後に「たったふたりきり」というのが、いい。大人の感覚である。
イギリスEMIはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で録音したモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」と「魔笛」の成果を認めて、1951年6月からウォルター・レッグのフィルハーモニア管弦楽団でヘルベルト・フォン・カラヤンのレコード制作に乗り出す。そうして発売したのは、ワルター・ギーゼキングとのグリーグ「ピアノ協奏曲」、フランク「交響的変奏曲」が最初だった。続くベートーヴェンの「ピアノ協奏曲」全曲録音から、ベートーヴェンの「交響曲第7番」のレコーディングに移っているから、交響曲全集録音の目論見は既にあったと推察できる。ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番、「コリオラン」序曲を挟んで、交響曲第6番「田園」となるから、交響曲との組み合わせを工夫したのだろうか、その頃はまだ、現在でも利益を支えるカラヤンになると予測できなかっただろうから、人気歌手エリーザベト・シュヴァルツコップの歌声を交響曲第5番「運命」と組み合わせている。ただし、ここに纏わるミステリーは後述するとして、英EMIの偉大なレコード・プロデューサー、ウォルター・レッグが目指したのは、未来の演奏会やアーティストを評価するときに基準となるようなレコードを作ること、彼の時代の最上の演奏を数多く後世に残すことであったという。レッグは戦後ナチ党員であったとして演奏を禁じられていたカラヤンの為にレッグ自ら1945年に創立したフィルハーモニア管弦楽団を提供し、レコード録音で大きな成功を収めたが、これに先立つこと1947年1月ウィーンでレッグとカラヤンが偶然出会い意気投合したことで、早速9月よりウィーン・フィルとレコーディングを開始する。こうしてレコード録音で評価を広めるレッグ&カラヤン連合軍の快進撃の第一幕が開いた。英米の本当の連合軍もレッグのロビー活動により、カラヤンに公的な指揮活動が許されたのと前後している。この快進撃の第一幕が、歌劇「フィガロの結婚」でした。このウィーン・フィルとのレコーディングは、1946年から1949年まで集中的に行われている。しかし、この時期のカラヤンとウィーン・フィルの演奏が評価の高いシロモノであったことが、その後カラヤンにとっての天敵ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが亡くなった後にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とウィーン・フィルがカラヤンを迎え、帝王として君臨することになる礎となったことは事実である。まさに、カラヤン芸術の原点として評価すべき時代の録音と云えるだろう。

Sir William Walton ‎– Scenes From Troilus And Cressida

Side-A
  1. Is Cressida A Slave?
  2. Slowly It All Comes Back
  3. How Can I Sleep?
  4. If One Last Doubt Remain
Side-B
  1. Now Close Your Arms
  2. All's Well
  3. Diomede! Father!
21世紀に入り惜しまれつつ亡くなったエリーザベト・シュヴァルツコップは、様々な役柄において持ち前の名唱を余すことなく披露した。シュヴァルツコップは戦中にカール・ベームに認められてウィーン歌劇場でデビューを飾っているが、彼女の本格的な活動は戦後、大物プロデューサーのウォルター・レッグに見いだされ、その重要なパートナーとして数多くの録音に参加したことによる。そのレパートリーの多くはレッグが決定していたそうで、そのようなことを彼女自身が語ってもいる。シュヴァルツコップは大プロデューサーであったレッグの音楽的理想を体現した歌手の一人であったと思う。その絶頂期に残した素晴らしい完成度を誇るモーツァルト。最も得意としていたのは、その声質からしてもモーツァルトの楽曲であったと言えるのではないだろうか。オペラの録音というのは完璧なものなんて滅多にないもので、どこかに穴があるものだが、1962年に録音された歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」は指揮のベームをはじめてとして全てにわたって完璧である。フィオルディリージを歌うシュヴァルツコップの美しさ。こんな女性が相手なら、私は喜んで欺されてあげたくなる。1950年に録音されたヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団での歌劇「フィガロの結婚」などにおいても素晴らしい歌唱を披露しており、シュヴァルツコップとモーツァルトの楽曲の抜群の相性の良さを感じることが可能だ。決して綺麗な声で歌われているとは言えないのだが、どの曲もその濃厚な表情が美しい。愛らしくもあり格調高さを保つことを忘れない、この大歌手ならではの自在なものです。ベートーヴェンの歌劇『フィデリオ』よりレチタティーヴォとアリア「人間の屑!何をしているつもり?」と同日のセッションで、ベートーヴェンの演奏会用アリア「おお、不実なる者よ!」を録音しているが、カラヤンの伝記によると、この日はベルリンで行われたヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の最後の演奏会に立ち会ったことになっている。当日午後のロンドン~ベルリン間の移動が可能だったのだろうか。フルトヴェングラーとレッグの決裂が背景にあるだけにミステリーとして残る。この後、ウィーンのムジークフェラインザールでのベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」、そしてリヒャルト・シュトラウスの楽劇「薔薇の騎士」に至る。
エリーザベト・シュヴァルツコップ(Olga Maria Elisabeth Frederike Schwarzkopf)は1915年12月9日、ドイツ人の両親のもとプロイセン(現ポーランド)のヤロチン(Jarotschin, 現Jarocin)に生まれたドイツのソプラノ歌手。ベルリン音楽大学で学び始めた当初はコントラルトでしたが、のちに名教師として知られたマリア・イヴォーギュンに師事、ソプラノに転向します。1938年、ベルリンでワーグナーの舞台神聖祝典劇『パルジファル』で魔法城の花園の乙女のひとりを歌ってデビュー。1943年にウィーン国立歌劇場と契約し、コロラトゥーラ・ソプラノとして活動を始めます。第2次世界大戦後、のちに夫となる英コロムビア・レコードのプロデューサー、ウォルター・レッグと出会います。レッグはロッシーニの歌劇『セビリャの理髪師』のロジーナ役を歌うシュヴァルツコップを聴いて即座にレコーディング契約を申し出ますが、シュヴァルツコップはきちんとしたオーディションを求めたといいます。この要求に、レッグはヴォルフの歌曲『誰がお前を呼んだのか』(Wer rief dich denn)を様々な表情で繰り返し歌わせるというオーディションを一時間以上にもわたって行います。居合わせたヘルベルト・フォン・カラヤンが「あなたは余りにもサディスティックだ」とレッグに意見するほどでしたが、シュヴァルツコップは見事に応え、EMIとの専属録音契約を交わしました。以来、レッグはシュヴァルツコップのマネージャーと音楽上のパートナーとなり、1953年に二人は結婚します。カール・ベームに認められ、モーツァルトの歌劇『後宮からの誘拐』のブロントヒェンやリヒャルト・シュトラウスの楽劇『ナクソス島のアリアドネ』のツェルビネッタなどハイ・ソプラノの役を中心に活躍していましたが、レッグの勧めもあって次第にリリックなレパートリー、モーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』伯爵夫人などに移行。バイロイト音楽祭やザルツブルク音楽祭にも出演し、カラヤンやヴィルヘルム・フルトヴェングラーともしばしば共演します。1947年にはイギリスのコヴェントガーデン王立歌劇場に、1948年にはミラノ・スカラ座に、1964年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場にデビュー。1952年には、リヒャルト・シュトラウスの楽劇『ばらの騎士』の元帥夫人をカラヤン指揮のミラノ・スカラ座で歌い大成功を収めます。以来、この元帥夫人役はシュヴァルツコップの代表的なレパートリーとなります。オペラ歌手としてもリート歌手としても、その完璧なテクニックと、並外れて知性的な分析力を駆使した優れた歌唱を行い20世紀最高のソプラノと称賛されました。ドイツ・リートの新しい時代を招来したとまで讃えられシューマンやリヒャルト・シュトラウス、マーラーの歌曲を得意とし、中でもとりわけヴォルフの作品を得意とし、1970年代に引退するまで男声のディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウと並んで最高のヴォルフ歌いと高く評価されています。1976年にオペラの舞台から、1979年には歌曲リサイタルからも引退し、後進の指導にあたっていました。2006年8月3日、オーストリア西部のフォアアルルベルク州シュルンスの自宅で死去。享年90歳。
  • Record Karte
  • Conductor – Sir William Walton, Orchestra – Philharmonia Orchestra, Soprano – Elisabeth Schwarzkopf, Contralto – Monica Sinclair, Tenor – Goffrey Walls, Lewis Thomas, Richard Lewis, Baritone – John Hauxvell, Libretto By – Christopher Hassall. 1955年5月録音。
  • GB COL CX1313 ウォルトン 自作・トロイラスとクレシダ
  • GB COL CX1313 ウォルトン 自作・トロイラスとクレシダ

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