爽やかなそよ風のよう ― バロック音楽の録音で〝レッパード印〟にハズレはない。比較的イギリスチーム演奏にある穏やかさがゆったりした気分にもさせてくれ、この種の曲はそう難しく立ち入らない前提でもあろうか「素晴らしい」出来上がりになっており、聖ヴァレンタインの日に、愛を確かめ合うように、長年聴かれるべきと思われます。レイモンド・レッパードは、ルネサンス・バロック音楽に関する学識の高さには定評があり、イギリス屈指の音楽学者である。また、チェンバロ奏者としても高く評価されている。自らレパード・アンサンブルを組織して、バロック音楽の演奏活動を開始した。次第に活動を拡げロマン派現代音楽を含む指揮者として米英を中心に活動。レッパードと彼が設立発揮人の一人であるイギリス室内管弦楽団との録音は、どれも爽やかなそよ風のような演奏だった。そして、この曲でもそうだ。妙に「癖」がなく、優しく心地よい風が吹く。レッパードによるバッハ・チェンバロ協奏曲集は、モダン楽器の演奏でとげとげしさは皆無。他の演奏者による同種盤より地道なマーケティングですが、英国紳士的で棘や角がない。特徴に乏しいと言えばそれまでだが、こんなにバランスのとれた美しい音なら難しいこと言わなくていいだろう。しかし、一本ポリシーが通っており聴き飽きがしないということです。テンポも楽器のバランスも納得。録音はウェンブリー・タウンホールでのセッション。広さを感じるホールトーンをうまく使いながらも音像は拡散せずに伸びやか。音はシルキートンで弦が実に美しい。かつてレコーディングも多く、大活躍だったイギリス室内管には、ホセ・ルイス・ガルシア(ヴァイオリン)、デイヴィッド・マンロウ(リコーダー)、ネイル・ブラック(オーボエ)など、当時、ロンドンで活躍した錚々たるメンバーがソリストで参加している。それほどに安定した実力者にして、活躍のピークに古楽器とその演奏法が未発達だったこともあり ― 10年早すぎたインスピレーション豊富な学究指揮者が、有能な仲間たちと録音したバッハの演奏に、オーセンティックとは何か、考える。本盤の、「チェンバロ協奏曲イ短調 BWV1065」にはアンドリュー・デイヴィス(Andrew Davis)、ブランディーヌ・ヴェルレ(Blandine Verlet)、フィリップ・レッジャー(Philip Ledger)がチェンバロ演奏で名前を連ねる。4台のチェンバロを並べて演奏している情景というのは、想像を絶するものがあります。楽器の調達から調律などの下準備もただ事ではありません。そのようなセッティングを要する作品を作ろうという発想自体が奇想天外と言うべきでしょう。ましてや実際に4台のチェンバロをうまく使いこなすように作曲し、その作品を本当に公開演奏するとなると、極めて現実離れしていますし、もはや狂気の沙汰とも思えるほどのとんでもない話です。そんなことをやってのけた天才音楽家は、有史以来2名しかいなかったようです。
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ヨハン・ゼバスティアン・バッハ以外の作曲家としては、ウィーンで活躍したゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイル(1715〜1777)が「4台のチェンバロのための協奏曲ハ長調」を作曲しています。但し、ヴァーゲンザイルの作品は4台のチェンバロのみで演奏されるオーケストラなしの協奏曲です。バッハは、オルガニスト、宮廷楽士としてワイマールの宮廷に勤めていた20歳頃に、ヨハン・エルンスト王子がユトレヒト大学留学から帰還するときの、持ち帰った大量の楽譜の中にあった、1711年にアムステルダムのエティエンヌ・ローハーによって出版された、ヴィヴァルディの作品3「調和の幻想(L’Estro Armonico, op.3)」に含まれる協奏曲をはじめとしたヴィヴァルディの協奏曲を9曲、エルンスト王子の4曲ないし7曲の協奏曲ほか合計20曲を、チェンバロ独奏やオルガン独奏のための協奏曲としてアレンジし、王子の依頼に応えました。バッハによる協奏曲の編曲は、1713年の初夏から、王子がワイマールを離れる1714年7月4日までの間に行われた可能性が高い。そして、このことで、イタリアの協奏曲の様式を習得しました。これらの編曲の内、オルガンのためのヴィヴァルディの作品3「調和の幻想」の第11番の編曲のみ自筆譜が存在し、残りのオルガンのための編曲と全てのチェンバロのための編曲は、バッハ周辺の人達による筆者譜で伝えられている。オルガンのための編曲5曲の内3曲はヴィヴァルディの協奏曲を原曲としており(BWV 593、594、596)、残りはエルンスト王子の協奏曲が原曲である(BWV 592、595)。一方チェンバロのための編曲は、ヴィヴァルディが6曲、アレッサンドロ・マルチェッロ、ベネデット・マルチェッロ、トレッリ、テレマンが各1曲、そしてエルンスト王子の作品であることが確認されているものが4曲、その内1曲は原曲がオルガンのための編曲と重複している。残る3曲は、原曲が不詳であるが、エルンスト王子の作品である可能性もある。その頃から20年余りの時を経て、1730年前後になってコレギウム・ムジクムでの演奏会に当たり、ワイマールでの経験を思い出したのか、再びヴィヴァルディの協奏曲を原曲としてアレンジに取り組むこととなりました。それが第10番を4台のチェンバロと弦楽合奏のための協奏曲イ短調。
イ短調協奏曲 BWV1065は、他の作曲家の作品からの編曲といっても、非常に崇高な次元でのアレンジが施され、音楽の魂自体が転生されるほどの再創造がなされており、単なるコピー作品や模倣作品ではありません。協奏曲のオルガンやチェンバロのための編曲は、18世紀初めにはすでに長い伝統を持っていたようである。特にネーデルランド地方には、そのような傾向が顕著であったようで、アムステルダムの新教会のオルガニスト、ヤン・ヤーコブ・デ・フラーフ(Jan Jacob de Graaf)を例として挙げられる。ところが、バッハのオリジナリティ。ワイマール時代と異なっていたのは、1台の鍵盤楽器の独奏協奏曲へのアレンジではなく、オーケストラを伴う協奏曲へのアレンジであったことです。原型を保ちながらもかなりのアレンジがなされており、まったく別な音楽として個性を発揮しています。ヴィヴァルディの作品にバッハの魂が注ぎ込まれ、ヴィヴァルディ色が褪せてしまって、バッハの音楽世界に最初から属していたかのように変貌を遂げている。
レイモンド・レッパード(Raymond Leppard)は、1927年8月11日にイギリスのロンドン生まれ。サー・コリン・デイヴィスと同世代。ケンブリッジのトリニティ・カレッジでチェンバロを学んだ。そして、1952年にロンドンで指揮者としてデビューし、イギリス室内管弦楽団との共演によってバロック音楽の指揮者として、またチェンバロ奏者としても名声を博し、1956〜1968年にはロイヤル・シェイクスピア劇場の音楽監督をつとめ、グラインドボーン音楽祭でも活躍した。1973〜1980年、BBCノーザン室内管弦楽団の首席指揮者となったが、1977年にアメリカに移って市民権を得ており、1983年からはセントルイス交響楽団の首席客演指揮者を務めた。日本との関係は1970年、大阪万博にイギリス室内管と来日している。レッパードは、ヴェネツィア楽派の研究でも知られており、モンテヴェルディのマドリガーレ集(1971年)や2度目の録音となったパーセルのディドとエネアス(1985年)はその代表盤である。しかし、そのレパートリーをバロック音楽に限定せず、古典派やロマン派、さらに近代の作品でも、その時代と様式を的確に捉えて溌剌と端正な演奏を聴かせてくれる。イギリス室内管とのグリーグの「ペール・ギュント」組曲(1975年)の澄んだ詩情を豊かに湛えた演奏も味わい美しく、レッパードの才能が爽やかに示された佳演だった。
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、フィリップス・レーベルにはクララ・ハスキルやアルテュール・グリュミオー、パブロ・カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。レコード産業としては、英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から1960年にかけてのレコードには、米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。フィリップスは1982年10月21日コンパクト・ディスク・ソフトの発売を開始する。ヘルベルト・フォン・カラヤンとのCD発表の華々しいCD第1号はイ・ムジチ合奏団によるヴィヴァルディ作曲の協奏曲集「四季」 ― CD番号:410 001-2。1982年7月のデジタル録音。現在は、フィリップス・サウンドを継承してきたポリヒムニア・インターナショナルが、これら名録音をDSDリマスタリングし、SACDハイブリッド化しています。
Concerto Pour Deux Clavecins Et Cordes En Ut Mineur, BWV 1060, Harpsichord – Andrew Davis, Raymond Leppard. Concerto Pour Clavecin Et Cordes No. 5 En Fa Mineur, BWV 1056, Harpsichord – Raymond Leppard. Concerto Pour Trois Clavecins Et Cordes En Ut Majeur, BWV 1064, Harpsichord – Andrew Davis, Philip Ledger, Raymond Leppard. Concerto Pour Quatre Clavecins Et Cordes En La Mineur, BWV 1065, Harpsichord – Andrew Davis, Blandine Verlet, Philip Ledger, Raymond Leppard. BWV 1060 - July 1973, BWV1056 - April 1974, Wembley Town Hall, London, United Kingdom. 1978年初発、ステレオ録音。見開きジャケット。℗ 1974 on labels, but release date 1978 according to legal deposit at Bibliotheque Nationale de France, as stated on BNF site.
YIGZYCN
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