34-14593
商品番号 34-14593

通販レコード→仏ピンク・アンド・ホワイト黒文字盤
「音楽家の義務は、この宇宙にわれわれが属しているということ、それを聴衆に感じさせることだと思っています」ジョリヴェ ― ジャン=ピエール・ランパルは20世紀フランスの名フルート奏者で、我々の世代はフルート=ランパルといった図式を思い描くほどの神様的存在だ。彼は魅惑的な音、独特の言い回し、素晴しい妙技によってレパートリーの拡大を行いました。その特別なカリスマ性、楽器のために抱く情熱、驚くべき寛大さと若手音楽家の惜しみない激励 ― 彼はフルートを通じて、より多くの人に音楽をもたらすことが一意に適格であった。これらはムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、アイザック・スターンらと同等にあった。LPレコードの黄金時代の間に彼は多くの場合、燃えるような強烈さ、そして常に魅力的な解釈を基にし至難な作品の録音まで行った。本盤はランパルが最も身近に感じていたフランス近現代作曲家イベール、ジョリヴェ、リヴィエの「近代フルート協奏曲集」。演奏者はジョリヴェ自身の指揮をはじめパリの精鋭が集ったもの。ルイ・ド・フロマン指揮、コンセール・ラムルー管弦楽団との共演によるイベール、リヴィエ作品とアンドレ・ジョリヴェの指揮による〈フルート協奏曲第1番〉を収録したアルバム。親交のあった作曲者自身の指揮をバックに素晴らしい演奏を繰り広げる。その優美で嫋やかな音色を一度でも聴くと、忽ちにランパルの信者になってしまう。その音色を聴くにはLPレコードが一番いい。通俗的で聴きやすい。
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原色をイメージさせる鮮烈な響き、衝動を即発するエモーショナルなリズム、そして何やら得体の知れぬディープな情念。「春の祭典」や師ヴァレーズの音楽とのつながりを直感させながらドライには突き抜けない。ジョリヴェという作曲家は、とかく知的に研ぎ澄まされてとっつきにくい印象のある“モダン”の流れの中にあって、旧とも新ともつかぬ一種独特の色を放っていた。大物メシアンの影に隠れた現代音楽作曲家、アンドレ・ジョリヴェ(1905〜1974)は一般クラシック愛好家には知名度は低いでしょうが、「のだめカンタービレ」読者には聞き覚えのある名前。卒業演奏会で「打楽器の女王」真澄ちゃんが千秋を急遽伴奏の助っ人にして演奏した曲がジョリヴェ作品「打楽器のための協奏曲」でした。のだめファンならずとも、ストラヴィンスキーの初期バレエ作品3部作の愛好家などにも十分アピールすることができる魅力的な作品を書いた。来日した時パチンコにはまったジョリヴェは国内で過ごす時間の殆どをパチンコに費やし、帰国後も寝ても覚めてもパチンコ・パチスロが忘れられずに、とうとう『2台ピアノのためのパチンコ』を作曲している。“フランス現代音楽の巨匠”との異名をとるジョリヴェは、メシアンらと作曲グループ〈ジュヌ・フランス〉を結成(1936)した一人。1905年、パリにて誕生。音楽を学ぶ傍らキュビズムの画家、ジョルジュ・ヴァルミエにも師事して色彩的才能を活かしていたが作曲活動に転向することに決定的な影響を与えたのはエドガー・ヴァレーズでした。その打楽器の多用、太古の神話と異国文化への傾倒という点で両者の間には強い親近性が見られます。作風を何度も変えていることから、「音楽のジキルとハイド」と揶揄された様々な作曲技法を用いて、ラジカルな前衛音楽からポピュラーなCM音楽まで幅広い分野の作曲を行った面白い作曲家だ。ジョリヴェの作曲技法の特徴は師であるル・フランによる和声、対位法、古典形式の徹底的な教授と、エドガー・ヴァレーズから影響を受けた革新的な作曲技法や無調による音塊という両極端にある様式の統合にある。彼は肉体と魂 ― 音素材と精神 ― の間に、そして作品と聴衆との間に不可欠なこととして〈伝達〉ということを重んじた。さらに表現手段の更新をはかって、非ヨーロッパ音楽に関心を向けたり、高次倍音現象に注目し調性概念の拡大を企てたり、伝統的なリズムとディナーミクの克服を試みたりしたのも、伝達を活性化するためだったといえる。ジョリヴェは原始的な音楽においてフルートは神聖な役割を担う楽器として重要だと考えていた。そうした彼自身のフルートに対するイメージと同時代のフルート奏者、ランパルとの親交によってインスピレーションの享受とコラボレーションで数多くのフルート作品を生み出した。ジョリヴェの〈フルート協奏曲〉は初期のラディカルな無調作品と、第2次世界大戦後の中期に見られる古典回帰的な作風の両面を感じさせる後期の作品。ジョリヴェは戦後、コンセール・ラムルー協会の会長、パリ音楽院の作曲家教授を歴任し、世界各地を講演と公演(演奏活動)に大活躍。多忙の中、彼自身の指揮でかなりの録音が残っているのは貴重な財産です。
20世紀最高のフルート奏者の一人と目されるジャン=ピエール・ランパル(1922〜2000年)は、1922年に当時有名だったフルーティストのジョゼフ・ランパルの息子としてマルセイユに誕生。幼少の頃には画家志望だったというランパルが、マルセイユ音楽院の教授だった父親にフルートの手ほどきを受けたのは13歳の頃のことで、さらに両親は彼が医師になることを望み、また、ランパル自身もそれに同意して医科大学に進みます。しかし、学業の途中で第2次世界大戦が勃発、軍隊に召集されることとなったランパルは、ほどなく敗戦したフランス軍兵士を待ち受けていたドイツ国内での労役を避けるためパリ音楽院に入学することを希望し、運良く許可が下りて巨匠マルセル・モイーズに師事、わずか5ヶ月でプルミエ・プリを獲得して卒業するという天才ぶりを発揮します。卒業後もまだ戦争は終わっていなかったため、ランパルの演奏活動はレジスタンスの放送番組のためにシェーンベルク作品を演奏するといったことから始まることとなりますが、戦後、1947年におこなわれたジュネーヴ国際コンクールで優勝して注目され同年から1951年までヴィシーの歌劇場のオーケストラ、1951年から1956年までフランス国立放送管弦楽団、1956年から1962年にはパリ・オペラ座管弦楽団の首席奏者として活躍します。その間、フランス管楽五重奏団、パリ・バロック・アンサンブルを自ら結成して活動を行い、また、1950年代前半からそのたぐい稀なテクニックと豊かな音楽性が注目を浴びていたこともあって、レコーディングでも活躍するようになりました。その後のランパルの活躍は圧倒的なもので過去の作品の研究・開拓による新たなレパートリーの掘り起こし、編曲も交えたレパートリーの拡大のほか、数多くの作曲家からの作品献呈を受けるなどフルート音楽の世界をどんどん広げていった功績は、まさに20世紀最高のフルーティストならではのものでした。
エラート(Erato Disques, S.A.)は、1953年にフランスで創設された古楽録音で大きな実績をもつ最古参レーベルです。クラシック音楽を中核とし、とりわけフランス系の作品や演奏家の紹介に努めてきた。レーベル名はギリシャ神話に登場するエラトーからとられている。第2次世界大戦後のフランス音楽の復興運動の中で、楽譜出版社エディション・コスタラ社のレコード録音部門として1952年に独立系レーベルとして創設されたERATOレーベルは、知られざるフランス音楽の紹介やフランスのアーティストによる演奏の録音に力を入れ、中でも当時録音の少なかった中世からバロック時代の膨大なレパートリーを続々と録音することで高い人気を誇ったレーベルです。同じLP黎明期にフランスに創設されたデュクレテ・トムソン(Decretet-Thomson)やディスコフィル・フランセ(Discophiles Francais)などのレーベルが活動を休止したり買収されたりしていく中で、ほぼ半世紀以上にわたってその独自の路線を貫き、日本でも多くのファンの支持を得てきました。芸術責任者のミシェル・ガルサンの下、フランスのアーティストを起用した趣味性の高いLPを数多く制作し、その中心的なレパートリーはバッハ以前の古楽だった。日本ではバロック音楽すべてが含まれる場合もありますが「古楽」は、古典派音楽よりも古い時代の音楽=中世、ルネッサンス、ごく初期のバロック音楽の総称です。作曲された時代の楽器、演奏方法は、時代を経るにつれ変遷を遂げてきています。近年の「古楽」ジャンルの録音は、19世紀から20世紀にかけて確立されたクラシック音楽の演奏様式ではなく、現代の楽器とは異なる当時の楽器で、音楽史研究に基づいて、作曲当時の演奏様式にのっとった演奏によっています。但し、オリジナル楽器録音への取り組みはやや遅く、本格化するのはフランス系以外の奏者を積極的に起用するようになった1980年代以降。中心を担ったのはトン・コープマン、ジョン・エリオット・ガーディナー、スコット・ロスといった、グスタフ・レオンハルトたちよりも一世代後、かつフランス人以外の演奏家たちである。
1964年3月録音。
FR ERATO  STE50207 ジャン=ピエール・ランパル イ…
FR ERATO  STE50207 ジャン=ピエール・ランパル イ…