FR  DGG  2709 078 ズービン・メータ プッチーニ・西部の娘

商品番号 34-17870

通販レコード→仏ブルーライン盤

西部劇悲恋オペラ。 ― 撃鉄の音、着弾音。ポーカーゲームのカードを切る音やイライラとテーブルを叩く音。リアルな音でドキドキさせる。主役の3人を演ずるキャロル・ネブレット、プラシド・ドミンゴ、シェリル・ミルンズの白熱の歌唱と、当時40歳代のズービン・メータが指揮するダイナミックで迫力満点のオーケストラの熱演が相俟って、手に汗を握る迫真のドラマが展開されます。今ではミュージカルの題材のようなものだが、メータ向きの音楽に思えるし、複雑で錯綜するオーケストレーションを見事に振り分けている。コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団の味のある音色も素晴らしい。1977年にロンドンの上演と並行して録音された本盤。録音はドイツ・グラモフォンの黄金期を支えた剛腕プロデューサー、ギュンター・ブレーストです。ブレーストはヘルベルト・フォン・カラヤン、クラウディオ・アバド付のプロデューサーとしても有名で、数多くの名盤を残してきました。プッチーニの歌劇の中ではあまり知られていないが面白い。全部で10作あるプッチーニ(1858~1924)のオペラのうち、7作目。《蝶々夫人》のあと、1910年頃の作品だから作曲技法は円熟しきっている。マーラーがニューヨークで活躍していた頃と重なる。《蝶々夫人》や《トゥーランドット》と同じように異国情緒を扱い、アメリカ民謡など当時の大衆音楽や先住民の音楽を採り入れたプッチーニの手法で書き上げた傑作オペラ。初演はメトロポリタン歌劇場で、アルトゥーロ・トスカニーニの指揮、エンリコ・カルーソーの主演で行なわれた。1850年頃は、間近な記憶だったろうし第一次世界大戦直前の時代が求めた音楽なのだろう。息の長い旋律が少なく、短い歌と多すぎると感じるセリフで進行するが、遠慮のない不協和音の使用と、切々とした甘美な旋律が目眩く交錯する。音楽は、特にオーケストラ部分がよく出来ている。19世紀のゴールド・ラッシュ時代のカリフォルニアを舞台にした恋の物語で、海賊団の首領で保安官ランスに追われているジョンソンに翻弄される鉱山町に咲いた酒場の女主人ミニーという女性像が魅力的。ネブレットは、この時期活躍したアメリカ出身のソプラノ歌手だが、アバド指揮シカゴ交響楽団のマーラー・交響曲第2番《復活》でデビューし、このオペラを得意にしていた。リリックな部分から、思い切りドスを効かせて啖呵を切る場面まで現実味がある歌いぶりで、第3幕は感動的だ。 海賊団の首領ジョンソン役のドミンゴ36歳時の録音で、若々しい歌声が印象的。色彩豊かで迫力満点のオーケストラともども、熱演が繰り広げられている。数多くの実力派が育っている現在、今なおオペラ歌手として世界で最も一般に有名なのは間違いなくドミンゴでしょう。持ち前の美声と優れた歌唱表現、凛々しいヴィジュアルなどを併せ持ったドミンゴは、ソリストとしてはもとより、3大テノールのひとりとしても世界中から愛されるだけでなく、指揮者としても活躍の場を拡げたり、ワシントン・ナショナル・オペラやロサンジェルス・オペラの芸術監督も務めるなど、多彩な活動を繰り広げています。また、1993年からはオペラリア(プラシド・ドミンゴ国際オペラ・コンクール)というオペラ歌手のコンクールを開催し、若い才能にチャンスを与えることに熱心なことでも知られています。ニーナ・シュティンメやブライアン・アサワ、ホセ・クーラ、森麻季、ロランド・ビリャソンらがここから巣立っています。
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オペラ界においては、陰翳をたたえた美声、充実した中音域、卓越した演技力、すぐれた歌唱技術によって、世界各国において幅広い人気と高い評価を得ているプラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッティの後、声に芯のあるテノールは出てこないのでしょうか。ドミンゴ(Pracido Domingo)は、スペインのマドリード生まれ。両親はサルスエラ歌手。1949年、サルスエラ劇団を経営する家族とともにメキシコに移住、両親の一座で子役として舞台に立っていた。若くしてバリトン歌手としてキャリアをスタートした後、テノーレ・リリコ(叙情的な声質のテノール歌手)に転向したが、元来はより重いリリコ・スピントの声質だった。ドミンゴはバリトン出身だけにテノールの聞かせどころの最高音域は不安定であるが、美声と洗練された歌い口でオペラ通や批評家をうならせたのだった。特筆すべき多様性をもつ歌手であり、ヴェルディ、プッチーニなどのイタリア・オペラ、フランス・オペラ(グノーの歌劇『ファウスト』、サン=サーンスの歌劇『サムソンとデリラ』など)、ワーグナーなどのドイツ・オペラと広汎な演目をレパートリーとしている。その陰翳を帯びた声質と自在な表現力を生かして、30歳代で数あるテノールの役の中でも特に重厚な歌唱を要するヴェルディの歌劇「オテロ」もレパートリーに加えた。ドミンゴのオテロは彼の世代の第一人者と見なされている。そして、3大テノールでドイツ・オペラに積極的なのは彼一人だけである。1968年には西ドイツのハンブルクでローエングリンを歌ってワーグナー作品にも進出したが、声帯障害を引き起こしてしまう。同年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場にチレア作曲「アドリアーナ・ルクヴルール」マウリツィオ役でのデビューが決定、リハーサルを行っていたドミンゴだったが、同役を演じていたスター歌手フランコ・コレッリが突然出演をキャンセルしたため、劇場は代役をドミンゴに依頼、隙かさず劇場に駆けつけてマウリツィオを演じたドミンゴは、思いがけず数日早まったメトロポリタン・デビューを成功させる。また、1969年にはヴェルディの歌劇「エルナーニ」でミラノ・スカラ座、1971年にはプッチーニの「トスカ」のカヴァラドッシを歌ってロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスにデビューし、世界的な名声を確立した。またドミンゴは、ロマンチックなオペラのヒーローに相応しい、端正な顔立ちと高身長にも恵まれている。ドニゼッティの歌劇『愛の妙薬』のネモリーノのような軽いレパートリーにおいても、リリックに柔らかに歌う発声と演技力により評判になった。しかし、声が成熟して重みと厚みを増すに従いワーグナーの諸役も無理なく歌えるようになり、徐々に彼の主要なレパートリーとなっていく。また伊仏独の多くのオペラに加え英語の新作オペラやオペレッタの英語版まで歌い、のみならずロシア語オペラのムソルグスキーの歌劇『エフゲニー・オネーギン』やチャイコフスキーの歌劇『スペードの女王』を原語で歌うなど、語学能力も高い。ドミンゴのレコード&CD録音は、オペラ全曲盤、オペラ・アリア集、ポピュラーソング集など膨大な数にのぼる。RCA、EMI、ドイツ・グラモフォン、デッカ、ソニークラシカルなど多くのレコードレーベルで録音を行っており、長年デッカと専属契約を結んでいたパヴァロッティとはこの点でも対照的である。ドミンゴはヴェルディのテノール向けのアリアを、ヴェルディが上演国に合わせてそれぞれの言語で作曲したオリジナル版からの複数版を含めて全数収録したCDセットを録音し、批評家からも概ね好意的な評価を得ている。近年は再びバリトン歌手として活動しており、ヴェルディの歌劇『シモン・ボッカネグラ』の題名役や『椿姫』のジェルモン役で高評価を得ている。
ミニー:キャロル・ネブレット(ソプラノ)、ディック・ジョンソン:プラシド・ドミンゴ(テノール)、ジャック・ランス:シェリル・ミルンズ(バリトン)、ニック:フランシス・エジャートン(テノール)、アシュビー:ロバート・ロイド(バス)、ソノーラ:ジョナサン・サマーズ(バリトン)、トゥリン:ジョン・トンプソン(テノール)、シッド:マルコム・リヴァーズ(バリトン)、ベッロ:トム・マクドネル(バリトン)、ハリー:ポール・クルーク(テノール)、ジョー:ロビン・レゲイト(テノール)、ハッピー:ウィリアム・エルヴィン(バス)、ラーケンス:マルコム・キング(バス)、コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団・合唱団、指揮:ズービン・メータ。エグゼクティヴ・プロデューサー:ギュンター・ブレースト、ミハエル・ホーワス。レコーディング・プロデューサー:ハンス・ウェーバー。バランス・エンジニア:カール=アウグスト・ネーグラー。レコーディング・エンジニア&エディター:ヨアヒム・ニス。1977年5月、6月 ロンドン録音。3枚組。
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