FR DGG 2707 112 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィル バッハ・ブランデンブルク協奏曲
通販レコード→仏ブルーリング盤

FR DGG 2707 112 ヘルベルト・フォン・カラヤン バッハ・ブランデンブルク協奏曲

商品番号 34-14875

1970年代カラヤンとベルリン・フィルの全盛期がここにある ― 生前からコレクターズ・アイテムだったが、カラヤン没後に大注目されたのが1957年のライヴ盤。コンサートを開かなくなったグレン・グールドはライブで真価を発揮するピアニストではないかと一部で言われている。わたしもそれを支持するが、カラヤン指揮ベルリン・フィルのライヴ録音に強く感じ、それはカラヤンの音楽美学を理解するにも重要な録音でした。ベルリン・フィルを手に入れたが、英DECCAが誘いをかける直前で英EMIに片足を残していたカラヤンだったこともあろうが、グールド色に染まっている。その演奏も指揮台を舞台の端に寄せてオーケストラがピアノを囲むように配置された、と言われています。レオポルド・ストコフスキーに似て、良い録音のためならカラヤンも指揮する場所にこだわりはなかった。ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)は、レコード録音に対して終生変わらぬ情熱を持って取り組んだパイオニア的存在であり、残された録音もSPレコード時代からデジタル録音まで、膨大な量にのぼります。常に新しいテクノロジーに関心を抱き、その推進には協力を惜しまず、コンパクトディスクの開発や映像収録についても先見の明を持っていました。指揮者にとってヨハン・セバスティアン・バッハを演奏しない ― バーンスタインのようにあえて録音はしないという指揮者もいましたが ― 、勉強しないということは最もありえません。カラヤンは若い頃からバッハ演奏には力を入れていました。2度の録音がある「ロ短調ミサ」、「マタイ受難曲」などの大作、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の名手を総動員した「ブランデンブルク協奏曲全曲」や「管弦楽組曲」にはモダン楽器演奏の究極ともいえる名人芸が溢れています。二度目の「ブランデンブルク協奏曲全曲」となった本盤の表情の彫りが深いバッハは、協奏曲の経典と言える音楽の節回しが濃厚でわかりやすい。オーケストラはカラヤン現役最盛期、充実期であるとはいえ剛直に鳴って粗野、指揮者の個性が活きている。カラヤン自身ピアノ以上にチェンバロ演奏が見事で、ブランデンブルク協奏曲第5番、ヴィヴァルディの四季ではチェンバロを弾き、バッハ、モーツァルトのピアノ協奏曲ではピアノを弾いてレコードにしている。30歳でベルリン・フィルの指揮者になれなかったら、革命的な古楽演奏家になっていたかも知れないと勝手に思っています。
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ヘルベルト・フォン・カラヤンは19歳になったとき、ドイツのウルムという小さな町の市立オペラの指揮者になったが、三流どころと言っていいこのオーケストラを率いてデビューしたモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』は大成功だった。また35歳の頃に、みずから第2ハープシコードを弾きながらヨハン・セバスティアン・バッハの『ブランデンブルク協奏曲』を指揮したことがあるが、これを見た或るハープシコード奏者は、「カラヤンは本物のバッハのスペシャリストになることもできたろう」と感嘆し「カラヤンはあらゆるヴィルティオーゾ的魅力をこめた素晴らしい音楽を聴かせてくれた。彼はまるで18世紀のカペルマイスターのようにオーケストラの一員だった。しかも、カラヤンが控え目にコンティヌオ(通奏低音)を演奏していたときすら、オーケストラは稀な完璧度にまで訓練されているのが分った」と言っている。カラヤンのレパートリーの中で、目立たないようで重要な位置をしめているものにバッハがある。カラヤンのバッハは決して堅苦しいものではなく、バロック的な楽しさにあふれている。バッハの作品は最近では古楽器を使用して演奏されることが多くなっていますが、1980年代頃までは現代楽器での演奏が一般的で、通常のオーケストラ・コンサート・プログラムに組み込まれることも多くカラヤンとベルリン・フィルの場合も、ハイドンやモーツァルトに繋がるオーケストラの重要レパートリーの一貫として、《ブランデンブルク協奏曲》や《管弦楽組曲》を演奏することが多かった。本盤はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者たちをソリストとして起用した《ブランデンブルク協奏曲》の全曲録音です。ピリオド・アプローチが話題になり始めた時期にあえてモダン楽器によるバッハを強烈に打ち出した演奏。カラヤンにしては幾分小編成のオーケストラによる録音としても興味深いといえます。カラヤンとベルリン・フィルの二度目の《ブランデンブルク協奏曲》全曲は1964年のサン・モリッツ盤のリラックスしたバッハとは様子が違う。それは聖トーマス教会のカントル然としている。「ミサ曲ロ短調」、「マタイ受難曲」を音楽祭のレパートリーとしていたカラヤンは、ピリオド・アプローチで細身の優男に身ぐるみ剥がれたバッハの〝音楽の父〟として真摯に向き合う音楽の畏敬を復権することに成功した。カラヤンとベルリン・フィルの《ブランデンブルク協奏曲》全曲は1964年盤と1972年盤のふたつのセットで、新盤が定番とされている。カラヤンとベルリン・フィルの驚くべき表現能力が遺憾なく発揮された演奏だ。音で表現しうるものはすべて、このレコードに刻み込んでおこうとでも決意しているかのような彼らの姿勢には、まさに圧倒されてしまう。これらは一つの風景描写的な音楽として、もっと軽くアプローチするような方法もあると思うけれど、カラヤンらはそうはしようとせず、まるでベートーヴェンの交響曲に対する時のように全力投球で挑んでいる。そこらあたりが、この演奏が持つスリリングな要素といえるだろう。
ブランデンブルクというのは現在のベルリン一帯の地名ですが、この曲のタイトルは時のブランデンブルク選帝侯の息子に曲集が献呈されたことから名付けられました。この「ブランデンブルク協奏曲」(Brandenburgische Konzerte)という名称は『バッハ伝』を著したドイツの音楽学者フィリップ・シュピッタ(Philipp Spitta)の命名によるもので、自筆譜にはフランス語で「いくつもの楽器による協奏曲集」(Concerts avec plusieurs instruments)と記されているだけである。その全6曲は、それぞれの曲が編成も中心となって活躍する楽器も、曲想も驚くほど多種多様でバラエティに富んでいて聴いていて絶対に飽きることがありません。人気があるのは弦楽合奏の《第3番》と、長いチェンバロのカデンツァがある《第5番》でしょう。全曲とも完全無欠の名曲なので、どの曲が好きかと聞かれても困るのですが、レコード鑑賞会で解説した時に話題にした通り、個人的に特に挙げるとすれば様々な管楽器が活躍する《第1番》、それと地味な《第6番》でしょうか。作曲された順番は《第6番》が最も若い時期、ヴァイマル時代の曲だといいます。ヘルベルト・フォン・カラヤンのヨハン・セバスティアン・バッハは美しい響きを大切に歌い上げています。《ブランデンブルク協奏曲第1番》ではホルンにゲルト・ザイフェルトとノルベルト・ハウプトマンの両首席を起用しています。第2楽章で響くハンスイェルク・シェレンベルガーのオーボエとトマス・ブランディスのヴァイオリンは絶品です。第4楽章の中間部の「ポロネーズ」も遅いテンポで演奏していますが強弱ははっきりとつけています。《第2番》はコンラディン・グロートのピッコロ・トランペットが明るく響きます。カラヤンはトランペットを奥にして木管楽器を前面に出していました。《第3番》の弦楽合奏はまさにカラヤンの求める響きそのものでしょう。第1回目の録音同様よく響きます。《第4番》はカールハインツ・ツェラーとアンドレアス・ブラウのフルートが華やかです。大変美しいフルートで、第1回目の録音と並ぶ輝きのある演奏です。第2楽章の「アンダンテ」はカラヤンの引き出す音の奥深さが素晴らしい遠近感のある演奏。《第5番》ではツェラーのフルート、ブランディスのヴァイオリン、リードのチェンバロと華麗な演奏になりました。《第6番》はヴィオラ、チェロ、コントラバスとチェンバロで演奏して、ガンバのパートはチェロのパートを分けてイェルク・バウマンとゲッツ・トイチュが弾いています。バッハがガンバを重ねてまで作り出したかった音色はこれではなかったかと思う、チェロの美しい響きがあります。
ヘルベルト・フォン・カラヤンはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団というモダンな最高の楽器を手に入れたことにより、その機能を最大限活かしたヨハン・セバスティアン・バッハ表現を目指すことができるようになったわけで、バッハやヴィヴァルディという需要の狭い限られたバロック音楽の革命的な古楽演奏家になる必要はなくなった。ベートーヴェンやブラームス、マーラーからショスタコーヴィチまで、リヒャルト・シュトラウスのオペラにも造詣を広げることが出来てカラヤンの名前を示すことが出来た。その意味では他に比較するもののない名演揃いになったとも言える。「カラヤンのレパートリーにはバッハは含まれていたのでしょうか?」そんな素朴な質問に、録音はしているが全曲はない。と質問箱でベストアンサーに選ばれていて呆れるやら嘆かわしいやら。カラヤンの公式盤は死後発売された最後のCDだけがライヴ録音で、全録音が購入できる。ディスコグラフィを調べれば労せず判明する。だから認識不足は隠し立てできない。選び抜いた選抜メンバーを引きつれサン・モリッツで録音したバロックの数々はレコードコレクターは手放すわけがなく、中古市場で目に止まらないことから間違った憶測が立ったのだろうか。バッハからウェーベルンまでをカラヤンは、共感できる音楽だとレパートリーを限っている理由を語っていた。ドイツ―オーストリア音楽を中心にすることに拘り、イギリスやイタリア、フランスの有名曲でさえ、ドイツ的スタイルを適用しにくい音楽はレパートリーとしていない。「ロ短調ミサ」、「マタイ受難曲」、「マニフィカト」の奇をてらわない、かつ荘厳で壮麗。そして、ドイツ色が色濃く出ているバッハ演奏だと感じます。だからこそ、バッハはドイツ音楽の源流として彼の音楽形成に重要だった。それだけ、この時代の曲に対してこだわりがあることを感じます。サン・モリッツでのセッション録音は数日間、寝食を共にし、内容の濃いリハーサルを繰り返し、時にはリハーサル中もテープが回っていました。ここまで徹底してバッハ作品に取り組む演奏家はそうそういないと思います。カラヤン指揮ベルリン・フィルで2回目の録音となった本盤でも、1回目同様《第2番》、《第4番》はフルートが使われています。モダン楽器による演奏としては旧世代的ではあるものの適度なリズム感と流動感があり、スタンダード路線の気品と風格を備えた良い仕上がり。1回目とは少し趣が違い、《第3番》、《第6番》を含め、小さめの編成で統一されています。カラヤンにはドイツ人の血は一滴も流れていないそうである。カラヤンにはドイツの貴族の称号たる〝von〟が名前の上についているが、カラヤン家はオーストリアの名門には違いない。故にわたしはフォン・カラヤンと書くことはない。カラヤンの父はオーストリアの医学界の重鎮だったが、祖父はギリシャ人で母はセルビア人、ギリシャから移住してきた彼の祖父が織物業者でドイツに住みつき大いに財を成した。その倅も父に劣らず財をなしてホーヘンツォルレン家から男爵号を授与された。その後、一家はオーストリアに移りカラヤンの祖父と父がともにハプスブルク家の侍医となって、これまた財を蓄えたのでハプスブルク家から男爵号を貰ったという。それ故、ナチの誘いがあったとき生粋のドイツ人ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは頑固に「ナイン」と言いえたことでも、血をドイツに持たないカラヤンは拒む道理を見出しきれなかった。カラヤンの指揮ぶりは、その伸ばした腕の位置が、普通の指揮者より少し高い。演奏が満足すべき状態にあると両目を半眼にして、音楽を自分の方へ抱き寄せるふうにして、タクトの動きよりは両腕全体がたなごころを内に向けてゆるく上下に波打って動いている。そしてフォルテでは虚空を鷲掴みにして感動を奪い取るように、肘をふるわせては素早く垂直に棒をおろす。髪振り乱す情熱な様子では無いが、その熱狂的な指揮ぶりは、いくらかはバルカンの血のせいだろうという。
1966(昭和41)年4、5月のカラヤン&ベルリン・フィル来日公演は、クラシック・ファンの関心事にとどまらず社会現象としても注目を浴びる一大事となりました。商機とばかりにレコード各社は売り上げを競い、前売券発売には2,600人の徹夜組がでるほどの熱狂ぶり。4月に来日のヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団東京公演の公演曲目は4月の5回にわたるベートーヴェン・チクルスと、5月の2回の計7回。来日迫るカラヤンに色めきたつレコード界は記念盤セールに拍車をかけ、景品をつけて懸命な売り込みをした。この春の日本の音楽界で最大の話題は、なんといってもベルリン・フィルを率いた名指揮者カラヤンの来日。ブルーノ・ワルター、アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーらの巨匠が相次いで世を去ったいま、数ある世界の指揮者で、いちばん高い名声を得ているのはカラヤンだった。日本への演奏旅行は4回目を数え。それだけに親しみも深く、とくに待望の〝ベートーヴェン・チクルス〟を出すというので前景気は上々。3月1日の前売り開始には、熱心なファンが徹夜で行列するだろうと取りざたされた。このような〝カラヤン・ブーム〟に色めきたったのは、レコード各社だ。カラヤンは、いわゆるポピュラー名曲を数多くレコード化しているのでクラシック音楽の演奏者ではずば抜けてファンの層が厚い。いわばレコード会社のドル箱的存在で、このさいブームに乗せて徹底的に売りまくろうというのが各社のたくましい商魂。ベルリン・フィル来日の前後にかけてレコード会社の激しい〝カラヤン合戦〟がくりひろげられた。まず、カラヤンとベルリン・フィルを専属にしているドイツ・グラモフォンでは、前年11月からこの2月にかけて〝カラヤン来日記念盤〟の特別セールを行っている。ベートーヴェン、ブラームスの全交響曲をはじめ、チャイコフスキーの「悲愴」、ドボルザークの「新世界」、ベルリオーズの「幻想交響曲」など、人気のあるシンフォニーを揃えて20点あまり。さらに3月以降の新譜にはバッハ「管弦楽組曲2番、3番」、「ブランデンブルク協奏曲全集」、モーツァルト「小夜曲」を準備した。「カラヤンはいろいろの交響楽団を指揮していますが、やはりベルリン・フィルとのコンビが最高。うちのは円熟期に入ってからの演奏で録音も新しいものばかりです」と、カラヤンの本家本元はわが社とばかり自信満々だ。これに対し、東芝エンジェルでは、すでに録音されている名演をステレオ化し、曲目の新しい組合せで対抗する作戦。エンジェル盤は管弦楽団もいろとりどりで、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、フィルハーモニア・オーケストラがカラヤンのタクトのもと、それぞれの持ち味を発揮している。3、4月の2回にわけ、30センチ・ステレオ盤20点、コンパクト盤10点を売り出すが、一枚に「新世界」とベートーヴェンの「運命」あるいは「第九」と「エグモント序曲」といったカップルで超長時間録音しているのが特徴。交響曲以外にもオペラの序曲、間奏曲、チャイコフスキーの三大バレエ組曲、ウィンナワルツ、ワルトトイフェルの「スケータース・ワルツ」のようなポピュラーものなど、広く愛聴されているものを含め、ファンに愛されるカラヤンの多彩な曲目を盛るイメージを訴えようとしている。一方、ウィーン・フィルとカラヤンのコンビで売りこもうというのがロンドン。4月新譜から秋にかけて、月1点平均で「カラヤン、ウィーン・フィルの芸術」のシリーズを出す。曲目はブラームスの「交響曲3番」、カラヤン得意のリヒアルト・シュトラウスもの、モーツァルト「ジュピター」とハイドン「太鼓連打」のカップルなど。カラヤンの帰国後も、しばらく来日の興奮がつづくものとみて、短期決戦を避けて息の長い作戦に出た。ビクターも同じウィーン・フィルでビゼーの歌劇「カルメン」のハイライト盤を出したが、つづいてプッチーニの歌劇「トスカ」のハイライト、「ウィンナワルツの夕」などを用意している。
入り乱れての〝カラヤン合戦〟だから、各社の販売の苦心もさまざま。販売にチエしぼる。ロンドンが、シリーズのうち3枚買えばカラヤンの豪華ポートレートを送る特典を打ち出し、エンジェルは、やはり3枚の購入者に3枚入りのカートン・ボックスをつける。グラモフォンは5枚買うとベートーヴェンの「第九」のリハーサル・レコードを出した。ともあれ、ヘルベルト・フォン・カラヤンの来日まで2カ月足らずのカラヤンで勝負しようとする各社の乱戦で日ごろは比較的地味なクラシック・レコード界も、大いに沸き立った。カラヤン、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ピアノのバン・クライバーンとアルトゥール・ルービンシュタインが、この春のクラシック音楽界は、超一流の大物が相ついでやってくると〝超一流〟の魅力、いい音楽を聞きたいファンは色めきだった。入場料は高く、折りからの不況とあって〝共食いになるのでは〟といわれていたが、前売りがはじまるとすごい人気。またたく間に前売券は売り切れた。真っ先にカラヤンは売り切れ。カラヤンとベルリン・フィルの場合、招聘したNHKが徹夜組の出るのを予想して発売日を寒い2月をさけて、3月1日に繰り下げたが東京で用意した1万枚が発売と同時に売り切れた。3,300枚の券を発売したNHKサービス・センターの話によると、70人が3日前の26日から徹夜、27日にはこれが550人になり、28日にはなんと2,600人にふくれあがった。行列したのは、ほとんどが学生。なかには3日間休みをとって並んだというBGもいたが、学生の半分はファンや ― 接待用に使うらしい ― 会社から頼まれたアルバイトだったという。驚いたNHKでは、日比谷公園内にテントを張って行列をさばいたが「暖かい日でよかったですよ。雪でも降って、カゼをひかれたらたいへんでした」とほっとした表情。ルービンシュタイン、クライバーンも、こんな騒ぎにこそならなかったが「ルービンシュタインの場合、東京5回の演奏会の通し券を高い券についてだけ予約募集しました。これの申込みが507席。一般発売は2月25日にはじめましたが、徹夜組が43人。安い券は即日売り切れました」(招聘の読売新聞企画部の話)。「クライバーンは、トップを切って昨年末に予約をとったのですが、35パーセント(3,000枚)の申込みがあり、1月10日に前売りをはじめたところ、一週間ほどで安い席はなくなりました」(同、ビクター芸能の話)。いずれにしても、ホクホクの表情である。ところで値段の方だが安い席といってもカラヤン、ベルリン・フィルが1,000円、1,600円、ルービンシュタインが800円、1,800円、クライバーンが1,000円、1,500円(コンチェルトは1,500円、2,500円)。最高席になるとカラヤン、ベルリン・フィルの3,500円、ルービンシュタインの5,000円、クライバーンの3,000円(コンチェルト4,000円)で、気軽に出せる額ではない。ルービンシュタインで5回連続通し券を買うと、25,000円かかるわけだ。しかも、来日するのはカラヤンが4月(東京公演は4月12〜16日、5月2、3日東京文化会館)、クライバーンが5月、ルービンシュタインが6月とかなり先のこと。「クラシック・ファンはお金持ち」という声も出てこようというもの。しかし、実際はそうではない。1〜3月は音楽界にとってありがたくない季節なのだ。「毎年、この期間は定期会員は減るのです」(読売日響事務局の話)、「音楽の切符の売れ行きは、全体としてはよくありません」(銀座プレイガイドの話)という。「二流の音楽を10度きくより、一流のピアノを1度ききたいと思って無理しました」とは、ルービンシュタイン徹夜組の女子学生のことばだが、結局、有名であることと、一流という強味なのである。プロモーター、新芸術家協会、西岡禧一氏は「カラヤンの場合は多分のヤジ馬的なブームがあったと思われるが、全体としてみると、本当にファンのききたい音楽家を招くことが、呼び屋の課題になった」という。日本の音楽界も〝質の時代〟に入ったといえるだろう。
封切映画館入場券450円、朝日新聞 朝夕刊セットの月決め料金660円、封書切手25円、はがき7円、ガソリン1リッター50円、コーヒー70~80円、かけそば70円、民宿(1泊2食付)880円、パートタイマー時給70円、大学卒初任給3万200円、在職25~30年の地方公務員平均月収6万7,086円、総理大臣月給55万3,300円といったところが昭和41年の生活だ。「二流の音楽を10度きくより、一流のピアノを1度ききたいと思って無理しました」と答えたアルトゥール・ルービンシュタイン徹夜組の女子学生のことばが分かりやすい。昭和39年の東京オリンピックのあとで、6月29日にザ・ビートルズが来日した。高度成長と寅さんの映画でエピソードになるほど、レコード・ブームを迎える。東芝エンジェルが、すでに録音されている名演をステレオ化し曲目の新しい組合せで対抗する作戦は、英EMI時代のヘルベルト・フォン・カラヤンのレコードがモノラル盤での発売だったのを、ステレオ化すること。廉価版シリーズは、所有したかった名盤や、有名曲を安い価格で数多く聴きたいレコード・ファンを育てる。ギフト・シーズンに限定して販売拡大をしていた欧米スタイルを日本にもたらし、「ドイツ原盤の名曲「クラシック・ステレット」を発売」。「ドイツ原盤で珠玉の名曲を」と、この年グラモフォン・レコードから17センチ・ステレオの〝クラシック・ステレット〟が一斉発売された。このシリーズは、いわばクラシック・レコードの文庫版。いままで同社専属の名指揮者カラヤン、ピアニストのヴィルヘルム・ケンプ、オルガンのカール・リヒターらの名演奏は、2,000円近い30センチ盤でなければ買えなかったが、これから500円という安い値段で手に入るようになったわけ。『選ばれた曲目もクラシック音楽のスタンダードな名曲ばかりだから、これから音楽教養を身につけようと思う若い人びとには手ごろな買い物といえるだろう。』と売り込む。第1回発売は、カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のブラームス「ハンガリー舞曲集」。フェレンツ・フリッチャイ指揮、ベルリン・フィルのモーツァルト「小夜曲」、ケンプのベートーヴェン「エリーゼのために、ほか」など15点。多少、玉石混交の感じもするが、この中ではリヒターがオルガンを弾いたバッハ「トッカータとフーガ ニ短調」、カラヤンとベルリン・フィルのシベリウス「フィンランディア」などがすばらしい名演だ。17センチ盤なのに、ステレオ効果もあざやかで、たいへん迫力がある。同社ではこのシリーズを続けてゆき、岩波文庫が〝名著の宝庫〟なら、こちらは〝名曲の宝庫〟をねらいたいといっている。4月発売の10点には、ケンプのベートーベン「ピアノ・ソナタ〝月光〟」、ハンス・ホッターの歌ったシューベルト「〝冬の旅〟より」など期待の名盤がふくまれていた。
カールハインツ・ツェラー(フルート:4番、5番)、アンドレアス・ブラウ(フルート:2番、4番)、ハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ:1番、2番)、ブルクハルト・ローデ(オーボエ:1番)、ゲルハルト・シュテンプニク(オーボエ:1番)、ゲルト・ザイフェルト(ホルン:1番)、ノルベルト・ハウプトマン(ホルン:1番)、コンラディン・グロート(トランペット:2番)、トマス・ブランディス(ヴィオリーノ・ピッコロ:1番、ヴァイオリン:2番〜5番)、レオン・シュピーラー(ヴァイオリン:3番)、ハンス=ヨアヒム・ヴェストファル(ヴァイオリン:3番)、ジュスト・カッポーネ(ヴィオラ:3番)、ジークベルト・ユーベルシェール(ヴィオラ:3番)、ヴィルフリート・シュトレーレ(ヴィオラ:3番)、ヴォルフラム・クリスト(ヴィオラ:6番)、ナイトハルト・レーザー(ヴィオラ:3番)、オトマール・ボルヴィツキ(チェロ:2〜4番、6番)、イェルク・バウマン(チェロ:3番、6番)、ゲッツ・トイチュ(チェロ:3番、6番)、フリードリヒ・ヴィッテ(コントラバス:3番、6番)、ウィリアム・ティム・リード(チェンバロ:5番)、フィリップ・モル(コンティヌオ・チェンバロ)。1978年7月1日〜3日、1979年1月28、29日ベルリン、フィルハーモニー・ホール。
FR DGG 2707 112 ヘルベルト・フォン・カラヤン バッハ…
FR DGG 2707 112 ヘルベルト・フォン・カラヤン バッハ…