新鮮な生命感に溢れた ― 新古典主義の出発点となった軽妙かつ洒脱な「プルチネルラ」。アバドのレパートリーの幅広さを見せつけたアナログ盤の技術の完成期に、繊細な音まで記録できるデジタルの衝撃を感じたレコードだった。20世紀を代表する作曲家ストラヴィンスキーのバレエ音楽をアバドは透徹した視点でそれぞれの作品を分析し、作品の持つ色彩や独特のリズム語法を明快に表現した自在な演奏を聴かせています。イタリアの人、アバドの指揮者人生は、まさに輝きに満ちたものだった。アバドは、1979年から1988年まで、アンドレ・プレヴィンの後任としてロンドン交響楽団の首席指揮者・音楽監督を務めています。前任者プレヴィンが育成した同響の充実ぶりを引き継ぎ、より一層の精緻さを加え、ロンドン随一のアンサンブルへと発展させました。アバドとロンドン交響楽団の録音は1960年代にデッカとドイツ・グラモフォンで始まっていますが、1970年代にはほぼ完全にドイツ・グラモフォンに移行し、ペルゴレージからベルクにいたる幅広いレパートリーで数々の名演を残しています。ストラヴィンスキーでは、「火の鳥」組曲(1972年)、「かるた遊び」(1974年)、「春の祭典」(1975年)、「プルチネルラ」(1978年)、「ペトルーシュカ」(1980年)と、LPにして4枚分の録音を行ないました。この1970年代は、リズムも複雑でオーケストラの色彩感を生かしたストラヴィンスキーのバレエ作品が若手指揮者の試金石のように考え始めた時期で、アバドのほかにもムーティ、メータ、マゼール、マータ、小澤征爾、レヴァインなどの新世代の指揮者たちが充実した名盤を生みだした時期でした。アナログ録音は円熟の域にあり、デジタル録音の到来を準備するようにマイク・セッティングの工夫がいろいろと伝わってきた頃で、日本でのオーディオ熱も高騰していた。中でもアバドとロンドン交響楽団によるストラヴィンスキー録音は、千変万化する複雑なリズムの緻密なエクセキューション、完璧に統御されたオーケストラ・バランス、鮮やかな色彩感、そして何よりも、しなやかで柔軟性に富んだ身のこなしによって、ストラヴィンスキーのバレエ曲の最も純音楽的で洗練度の高い演奏の一つとして高く評価され、ジャケットのサイケデリックなイラストとともに音楽ファンに強い印象を残しています。当時頂点を極めていたアナログ方式によって1978年に収録された「プルチネルラ」は、通常よく演奏される組曲版ではなく、歌が含まれる全曲版であることも大きな特色です。メゾ・ソプラノには「カルメン」で素晴らしい題名役を披露したテレサ・ベルガンサが起用され、ライランド・デイヴィス(テノール)、ジョン・シャーリー=カーク(バス)の3人の歌手と室内オーケストラでの演奏。その小編成ゆえにヘンリー・ウッド・ホールのリハーサル・ルームという珍しい会場が録音に使用されています。心底音楽を、指揮を、楽しむ表情に生命の根源の活力として生涯一貫していたことをアバドの録音からは感じられる。アバドはストラヴィンスキーの言葉の特徴である頻繁に変化するリズムを小気味よいほど鮮やかに処理すると同時に、弦楽合奏であるイタリアの古典音楽の旋律の魅力をすっきりした表情で生かしている。そんな彼の解釈で聴かせてくれる、『プルチネルラ』の音楽が無機質な表情をとることがなく、常に生命力に溢れ、コメディア・デラルテを思わせるエネルギーが躍動している。
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クラウディオ・アバド(Claudio Abbado)は1933年6月26日、イタリア・ミラノ生まれの指揮者。ヴェルディ音楽院の校長を務めた父のもとで育ち、1954年からウィーン音楽アカデミーで学ぶ。父のミケランジェロ・アバドはイタリア有数のヴァイオリンの名教育者であり、19歳の時には父と親交のあったトスカニーニの前でJ.S.バッハの協奏曲を弾いている。オペラ監督のダニエル・アバドは息子、指揮者のロベルト・アバドは甥である。1959年に指揮者デビューを果たした後、ヘルベルト・フォン・カラヤンに注目されてザルツブルク音楽祭にデビューする。ベルリン・フィルやウィーン・フィル、シカゴ、ドレスデンなどの桧舞台に早くから客演を重ね、確実にキャリアを積み重ねて、1968年にミラノ・スカラ座の指揮者となり、1972年には音楽監督、1977年には芸術監督に就任する。イタリア・オペラに限らず広大なレパートリーを高い質で提供しつつ、レコーディングにも取り組んだ。1990年、マゼールなど他に様々な有力指揮者らの名前が挙がった中、カラヤンの後任として選出されベルリン・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督に就任し、名実共に現代最高の指揮者としての地位を確立した。アバド時代のベルリン・フィルについて、アバドの音楽的功績や指導力については評価はかなり様々であるが、在任年間の後期の成熟期におけるベルリン・フィルとの録音として、ベートーヴェン交響曲全集(2回目・3回目)や、ヴェルディのレクイエム、マーラーの交響曲第7番・第9番、ワーグナー管弦楽曲集、等々がある。現代音楽もいくつか録音されており、世界最高の名器たる実力を余す所なく披露している。楽曲解釈は知的なアプローチをとるが、実際のリハーサルではほとんど言葉を発さず、あくまでタクトと身体表現によって奏者らの意見を募る音楽を作っていくスタイルだという。その点がアルゲリッチの芸風と相性が良いのだろうか、マルタ・アルゲリッチとも多くの録音がある。比較的長めの指揮棒でもって描かれる曲線は力強くかつ繊細であり、自然なアゴーギクとともに、色彩豊かな音楽を表現するのが特徴である。
1978年3月8日&9日、5月12日ロンドン、ヘンリー・ウッド・リハーサル・ホール、クラウス・ヒーマンのステレオ録音。
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