DE PARNASS 92 860 ディーター・ツェヒリン ベートーヴェン・ピアノソナタ集(12曲収録)
商品番号 34-14483
通販レコード→独カーキ黒文字盤
大人しい演奏をすることは、とても勇気がある ― 酒の肴にグレン・グールドは話題に登るが、つづいて次々とピアニストの名前が上がっても最後まで名前が上がりそうにない。旧東ドイツを代表するピアニストのひとり、ディーター・ツェヒリン(Dieter Zechlin, 1926年10月30日〜2012年3月16日)はドイツ中部ハルツ地方のゴスラーに生まれる。ライプツィヒでオットー・ヴァインライヒに学び、1949年からエアフルトのテューリンゲン国立音楽院、1951年からベルリン音楽大学(現ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学)の教授をつとめる。タチアナ・ニコラーエワが優勝したことでも知られる、1950年のバッハ国際コンクールで特別賞を受賞して有名になり、その後、1959年に東ドイツ芸術賞(Kunstpreis der DDR)、1961年に東ドイツ国家賞(Nationalpreis der DDR)を受賞し着実に声望を高めていった。早死にしたわけでもなく、つい最近まで活動を続けているのに知る人は多くないでしょう。しかし本盤を始めとするベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は、日本コロムビアの廉価シリーズに必ずエントリーしているからレコード会社側の選者にとって欠かせないものなのだろう。ツェヒリンが40歳代前半だった1960年代後半にセッション・レコーディングされたもので最新録音ではないにしては、いざ聴いてみると堅実で折り目正しく示された構成感と独特の落ち着いた雰囲気がなかなか魅力的です。愉悦感とか、伸びやかな気分とかは、それもまたベートーヴェン解釈の大切なファクターではあるのですが ― 全く別世界のことです。かつて「学求的」の一言で片付けられた、というのも分かるような気がします。グールドを語るより言葉で説明しやすい、堅牢で伝統的な立派なベートーヴェンだ。《月光》の第1楽章では、よく練られた精緻な響きを聴かせる。《悲愴》第1楽章の重量感と第2楽章の憧れに満ちた歌の対比が素晴らしい。《熱情》の第3楽章では、随所に見せていた知的なコントロールをかなぐり捨てて、すべての音符を弾きつぶすがごとく鬼気迫る演奏に圧倒された。ここに珍しく音楽的破綻を多少感じさせたが、開放された情熱的な表現のために埋没した。その演奏スタイルは慌てず騒がず着実にベートーヴェンの音楽を感じさせてくれるという点で、いまだにファンの多いことにも納得の内容といえるのではないでしょうか。誰に媚びることもない。唯一無二の独自の世界ゆえの面白さや、真剣さにほだされる間はいいのですが、それでいて迸る「ロマン」が裏には隠されているのに気が付き始めると抜けだせなっている。そうした先入観なしに虚心に聴いてみたいものだ。ブリュートナー・ピアノの音色に酔いしれるだけでもいい。まず、この「音」そのものが好きなのだ。
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「ライプツィヒ楽派」を生み出したドイツ第2の音楽都市ライプツィヒの街でベヒシュタインと同年に工房を開いた、ライプツィヒのブリュートナーは戦前からドイツの2大ピアノとしてベルリンのベヒシュタインとともに知られていた。1853年、ユリウス・ブリュートナー(Julius Bluthner, 1824年3月11日〜1910年4月15日)が3人の仲間とともにライプツィヒで創業。ライプツィヒに工場を開き、品質が良く、音量の充実したピアノとして評判をとった。イグナッツ・モシュレス、カルル・ライネッケ、フランツ・リストらが愛用。1867年のパリ万国博覧会では一等の金賞を得て、一躍有名になった。1897年には約500人の作業員を持つ工場に発展した、ブリュートナー工房は第2次世界大戦で焼け落ち、戦後、操業を再開したのは1948年の事だった。ライプツィヒの街は東ドイツとなり、ブリュートナーは社会主義化によって国営化されたがベルリンの壁崩壊後の1990年に再び民営に復帰した。そのピアノが作り出された土地のオーケストラとピアノには深い音楽的な関係が感じられる。ベーゼンドルファーをウィーン・フィル、ペトロフをチェコ・フィル、プレイエルをかつてのパリ音楽院管弦楽団に例えるなら、ブリュートナーはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団やシュターツカペレ・ドレスデンに近い。この音の特徴は、ブリュートナー社のピアノの特許である「アリコート方式」から来るものなのかどうかは定かではないが、高域部分には余分な弦を1本張って都合4本とし、ハンマーでは3本しか叩かずに余分な1本は、倍音成分を出すためだけに存在するというもの。おそらく強度の高い金属フレームと良質で音のよい、しかも強度のある木板を採用しなければならないだろうから、そのように贅沢で、なおかつ調整が難しいであろう方法を取るのだろう。きっとそれらが相まって、その素晴らしい音色を醸し出すと推測できる。基音がとてもしっかりしていて、1つ1つの音の粒立ちがとてもいいだけでなく低音から高音までがとても密度が高くて滑らかだ。強打でも決して音が割れるようなことはないし、高音は決してカンカンと金属的に響かず、やわらかく温かみがあるように響く。それはドレスデンのオーケストラのように〝木の響き〟を醸し出し、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のような厚みと渋さの究極ともいえる〝深い響き〟がある。
オーケストラが使用する楽器と等しく、ピアノの音を特徴づける響板は各社によって素材が違う。ベヒシュタインはヨーロッパ南東部のハーゼルフィヒテという木、ベーゼンドルファーはアルプス山麓のフィヒテ。グロトリアンはアルプス山麓のスプルース、ファツィオリはイタリア・アルプスのレッドスプルース、スタインウェイはアルプス山麓のスプルースと、スプルースでも産地を選んでいる。そしてブリュートナーは、東アルプスやルーマニア、東ウラル地方のスプルースを使用して製造している。豊かな共鳴と音の持続をもち、歌うような高音域とふくらみのある中・低音域を兼ね備えた音色で派手な色のパレットではなく、暗い色彩のネーデルランド派の絵画のような渋さと木質感を備えた響きを持つピアノである。特にベートーヴェンなどの古典派の作品や、シューベルトからシューマンのドイツ・ロマン派の作品、あるいは室内楽などに向いている。西側の殆どのピアニストはコンサートやレコーディングではスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ヤマハを用いていてブリュートナーを録音の際に弾いたピアニストは少ない。戦前のSP時代ではイグナーツ・フリードマンが録音に愛用したとされる。また日本のピアノ教育に大きく貢献したレオニード・クロイツァーもブリュートナーを愛用したとされている。「ブリュートナーのピアノは、真にピアノで語ることができ、もっとも美しい声で歌うことができる楽器である。そしてそれはピアノにとって最高の褒め言葉である」と書き残したのは、20世紀最高の指揮者ともいわれるウィルヘルム・フルトヴェングラーである。 また、20世紀の代表的なピアニストの1人であるアルトゥール・ルービンシュタインは「 ブリュートナーのピアノは、私が今まで出会った中で一番美しい、歌う音色をもっている。思うに、私の今までの人生で、これほど心地よく弾いたことはない 」と称賛している。イギリス王室のヴィクトリア女王を始め、ドイツ皇帝、ロシア皇帝はもちろんオーストリア皇室、デンマーク王室、ギリシャなどの多くの皇室にも納品されているほか、ブリュートナーを愛用した作曲家には、ブラームス、リスト、ワーグナー、チャイコフスキー、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ドビュッシー、カール・オルフ。ピアニストはフェルッチョ・ブゾーニ、リストの弟子のコンラート・アンゾルゲとモーリツ・ローゼンタール、ルービンシュタイン、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ、アンネローゼ・シュミット、ディーター・ツェヒリン、ベラ・ダヴィドヴィッチ、クラウディオ・アラウ、ウィルヘルム・ケンプ、ピーター・ゼルキン、 エリーザベト・レオンスカヤ、ニコライ・ルガンスキー、フランク・ブラレイ、ネルソン・フレイレ、フランソワ=ルネ・デュシャーブルらに加えて、日本の園田高弘が演奏をレコード録音している。他にもヴァイオリニストや声楽家が購入している。
Beethoven 12 KLAVIERSONATEN – Dieter Zechlin – Parnass Eurodisc
- Side-A
- ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 op.13『悲愴』
- ピアノ・ソナタ第20番ト長調 op.49-2『やさしいソナタ』
- Side-B
- ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調 op.27-2『月光』
- ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調 op.78
- Side-C
- ピアノ・ソナタ第21番ハ長調 op.53『ワルトシュタイン』
- Side-D
- ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調 op.57『熱情』
- Side-E
- ピアノ・ソナタ第12番変イ長調 op.26
- ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調 op.81a『告別』
- Side-F
- ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調 op.81a『告別』 (Conclusion)
- ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 op.110
- Side-G
- ピアノ・ソナタ第25番ト長調 op.79
- ピアノ・ソナタ第27番ホ短調 op.90
- Side-H
- ピアノ・ソナタ第32番ハ短調 op.111
学究的というのは、演奏家個人の個性に縛られない緩急自在というものだ。すべての音符を弾きつぶすがごとく鬼気迫る演奏に圧倒された「熱情」。ミステリアスな「月光」。歌い口の素敵な「悲愴」。昨日のレコードと関連して今日注目するのは、愛称のある名ソナタが、このセットで揃う。一般的に、当時の東側世界の音楽家は「受ける」事をあまり気にしなくても良い環境にありました。それが良いかどうかはひとまず脇におくとして、結果としてゆっくりと時を重ねて成熟していくことが許されました。ちょっとしたコンクールで優勝すればあっという間にスターシステムに組み込まれて、ともすればスナック菓子や物品と同じに、そこで才能も使い捨てられる事も少なくない西側世界とは全く異なる環境があったことは事実です。そして、このディーター・ツェヒリンというピアニストもまた、その様な環境が生み出した特別なピアニストの一人だったと思います。おそらくこれをパッと聞いただけでは、主張の乏しい大人しい演奏と聞いてしまうかもしれません。いわゆる商業主義的な世界では絶対に「許されない」類の演奏です。しかし、これを聞くと、演奏家の我が前に出ることなく、ひたすら音楽の本質に迫ろうとする姿勢に驚かされます。とりわけ彼のシューベルトは、ディーター・ツェヒリンと言うピアニストの存在は消えてしまって、そこにシューベルトだけを感じ取れる演奏でした。そこには一切の「媚び」というものが存在しない凛としたロマンが漲っていることが聞き取れるはずです。
ドビュッシーやガーシュウィンの演奏はデジタル・ステレオ再生で知れるが、18世紀に生まれたモーツァルトやベートーヴェンが当時、どのような演奏をしていたのか。そのことについては多くの人が興味をもつだろうが、彼らの生きていた時代と録音が発明された20世紀初頭とはあまりにもかけ離れている。エルガー、リヒャルト・シュトラウスが指揮した演奏は多数残されているが、それらは正直言ってレコード録音の限界から〝お手本〟にするにも程度がある。その点ピアノはずっと教えられることが多い。ピアノさえあれば何時でも何処でも指南が可能になる。ドビュッシー(1862〜1918)が唯一自ら購入して愛用していたのがブリュートナーであり、ブリュートナーを使って作曲していた。ブリュートナーが世界初の空を飛んだピアノだろう。1928年に我が国にも飛来したというドイツのツェッペリン号は有名な飛行船であるが、その10年後の1937年にはヒンデンブルグ号がドイツ・フランクフルトを発ち、2日半の大西洋横断後、アメリカのニュージャージー州レイクハースト着陸の際に尾翼付近から突如爆発した。その飛行船には1台のピアノが乗っていた。それは世界初の空中からのピアノ演奏放送という大胆な企画目的のためであり、ドイツの知恵と技術を世界に誇る目的は、見事それを成し遂げた。飛行船に乗せるために軽量化が必要とされ、アルミフレームで特注されたピアノが〝ブリュートナー〟であった。軽量化とピアノそのものの音色両方の観点から、数あるドイツのピアノメーカーの中からブリュートナー社がアメリカに市場を発展させようと協力したのだろう。社会主義時代の旧東ドイツのピアニストによる録音を数多く聴いていると、アリコート・システムによる高音域の共鳴弦、木を思わせる響き、独特の厚みを持った低音が聴こえてくる。ブリュートナーを愛用していたシュミット、ツェヒリンのレコード。1950年にライプツィヒのバッハ・コンクールのオルガン部門でカール・リヒターと1位を分け合った実力者アマデウス・ウェーバージンケ、ヴァルター・オルベルツ、ジークフリート・シュテーキヒト、アルトゥール・ピツァーロらの録音も、むろん楽器自体の個性や調律、ハンマーの固さ、ホールや録音方法、そして演奏者のタッチやペダリングなどによって各々の音の個性は異なるが、ブリュートナーを弾いている。シュミットのモーツァルト『ピアノ・ソナタ集』やシューマンの『幻想曲』『謝肉祭』などではアリコートの共鳴弦が明確に聴こえ、ツェヒリンによるベートーヴェンやシューベルトのソナタでの〝木の響き〟を思わせる美しい音色は、他の楽器では得られないものである。
ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 op.13『悲愴』、第12番変イ長調 op.26、第14番嬰ハ短調 op.27-2『月光』、第20番ト長調 op.49-2、第21番ハ長調 op.53『ワルトシュタイン』、第23番ヘ短調 op.57『熱情』、第24番嬰ヘ長調 op.78、第25番ト長調 op.79、第26番変ホ長調 op.81a『告別』、第27番ホ短調 op.90、第31番変イ長調 op.110、第32番ハ短調 op.111。1969年5月~1968年11月ドレスデン、ルカ教会でのセッション・ステレオ録音。1970年リリース、4枚組、解説書付き。「PARNASS」は「EURODISC」の通販レーベル。
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