34-17903

商品番号 34-17903


通販レコード→独カラースタンプ盤
天使の音色、若き18歳のムターの名演。協奏曲の場合はだいたいにおいて、ソリストの方がより濃密に練習しているんです。指揮者の場合はまあ、2週間くらい前から練習に入りますよね。でもソリストは半年くらい前からその曲に取り組んでいます。 ... たとえばヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムターね。あの人はカラヤン先生が見つけ出してきて、最初にモーツァルト、次にベートーヴェンのコンチェルトを録音しているんですよ。それなんかもう圧倒的にカラヤン先生の世界ですよね。それでたまには違う指揮者でやろうっていうことで、選ばれたのが僕なんですよ。カラヤン先生が『今度はセイジとやりなさい』と言って、僕が指揮をした。ラロの、なんたっけなあ、スペインなんとかっていう曲……。彼女がまだ14歳とか15歳とかそれくらいのとき。 ― 小澤征爾が回想している。巷で言われていることに、ピアノのゲザ・アンダ、ヴァイオリンのクリスチャン・フェラス、過去にヘルベルト・フォン・カラヤンに可愛がられたソリストは一人も大成していない。アンチ・カラヤンのやっかみに過ぎなかったのだろうが、それをカラヤンも意識していたのか、最後の秘蔵っ子ムターには「私の操り人形にならぬように」と意図的に共演を減らした。ムター18歳。リッカルド・ムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団のコンサートで共演後、その翌日(1981.11.25)早速にアビー・ロード・スタジオで録音された。ムターの初のイギリスEMIでのコンチェルト・レコーディング。ムーティの指揮するフィルハーモニア管の響きは、弦楽器のアンサンブルを中心としたバス声部を厚みよく響かせたバランスで、この青年モーツァルトの音楽には充分立派な演奏になっています。ムターの演奏もロマンティック。ムターの作品の捉え方は、一聴して明らかだ。歌うべきところと歌わないところ、テンポを速める箇所と遅くする箇所、または煽るところと踏みしめるところなどを明快に区分けしているが、それが分かり過ぎるほど。第2楽章になるとゆっくりとなるが、演奏技巧をアピールするムターの独壇場。ソリストがムターであることを実感させられる。もちろん、見事に美しい。ナチズム15年の国家支配と、以後半世紀を超えるドイツ文化の不毛現象の間には100%の相関関係がある。ドイツの批評家は仮借なき非難の矢を浴びせるが、ロマンティシズムの復興 ― 新しい音楽への挑戦を見たい。
関連記事とスポンサーリンク
マエストロ、リッカルド・ムーティは今でもそうなのかどうか、かつては女性のアイドルだった。日本にもファンクラブがあったはずだ。颯爽とした指揮ぶりだし、音楽もメリハリが強く、フレーズの終わりも威勢よく切ったりしてきっぱり感が強いところが女性受けしたのかもしれない。けれど、決してそれだけではない指揮者である。当時、ムーティを擁していた英EMIは、お互いにライヴァル心むき出しだったクラウディオ・アバドのいたドイツ・グラモフォンと、これまた何かにつけはり合うことが多かった。そのためムーティはモーツァルト、ベートーヴェンはいざ知らず、けっこうマイナーなロシア音楽だの、ありとあらゆる曲を録音している。そのためニュー・フィルハーモニア管弦楽団や、フィラデルフィア管弦楽団とのクァドラフォニック盤やデジタル録音盤でのEMIらしからぬ芯のある録音も思いの外よいです。そして、当時のイタリア・オペラ界の名歌手の黄金期でもあったため、ヴェルディの歌劇「アイーダ」、「仮面舞踏会」、「マクベス」の競いあうような争奪戦。皮肉なことに、両盤のキャストを混ぜ合わせると、史上最高のキャストが出来上がります。もしムーティが得意の曲だけやっていれば、「なかなかいい指揮者じゃないか」となるだろう。だが、現代においてはそれでは許されない。レパートリーもキャリアも、何でも拡大路線でなくては生きていけない。毎年1月1日に行なわれるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサート。クラシック音楽の中でも最も有名で、ウィーンの誇る黄金のムジークフェラインザールからTVとラジオを通じて世界90カ国以上に放送され、4億人が視聴するというビッグ・イベント。2018年も1月1日にNHKにて生中継されたウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでは巨匠リッカルド・ムーティが、彼の若いころからの持ち味である颯爽たる進行を見せる曲 ― 《ボッカチオ》序曲や《雷鳴と電光》 ― あり、入念かつ繊細な表情を見せる曲 ― 《南国のばら》や《美しく青きドナウ》 ― ありと、楽しくも、実に味わい深いコンサートとなりました。ムーティは専制君主的なマッチョのイメージがあるが、たとえばサー・ゲオルク・ショルティのようにウィーン・フィルの魅力を圧殺せず、楽団の美点を十分に発揮させているのが好ましい。もちろん、ムーティらしいイタリアっぽい面も強いが、その一方で、ウィーンのやわらかさや陰影や陶酔的な歌もたっぷり含まれているのである。ウィーン・フィルならではの美しさを堪能させてくれるのはあまりないことだ。ムーティについて、ウィーン・フィル前楽団長アンドレアス・グロスバウアーは、「マエストロ・ムーティの指揮する演奏の極めて高い水準は、ウィーン・フィルの演奏史の中でも特別なものです。マエストロの演奏解釈は楽譜を綿密に研究することで生み出されていますし、われわれウィーン・フィルの特別なサウンドを愛して下さっているのです」と称賛しています。そして、2016年の来日演奏会で熱狂を巻き起こした、ムーティ指揮シカゴ交響楽団が、強力なプログラムを携えて2019年1月~2月、再び日本に上陸します。2010年から音楽監督に就任したときは、楽団のメンバーから多くの手紙や署名が届けられ、決心に至った間柄で強い絆を築いている。この熱烈な関係には、断絶をほのめかされるほどの嫉妬をかった。というのも、ニューヨーク・フィルハーモニックはロリン・マゼールを音楽監督に迎えてから、首席客演待遇で定期的に客演する関係を積み重ねていた最中の、シカゴ響の音楽監督への就任を表明にはニューヨーク・フィルのライバルであるシカゴ響でもあったことによりフィルハーモニックのザリン・メータ総裁は失望の意を示すほど。実はムーティは、空虚な指揮者が多い現代にあっては、玄人筋の評価がなかなか高い音楽家なのである。録音にも積極的に取り組み、1970年代にニュー・フィルハーモニア管を指揮してEMIに録音を開始して以来、さまざまなレーベルに数多くの名盤を残しています。
今日では帝王とも呼ばれるリッカルド・ムーティの手兵だった名門、フィルハーモニア管弦楽団は当時は低迷期だったと言われるが、本盤では優れたパフォーマンスを示している。時として情緒豊かにメロディを鳴らし、時として熱くオーケストラを語らせるイタリア人ムーティの自在な、しかし落ち着いたタクトがこの曲想に良くあっている。ロシア指揮者以外で、これほど終始緊張を持続させてドラマチックに描ききった指揮者がいるでしょうか。このオーケストラの持つ弦の柔らかさと緻密なアンサンブル、マイルドな金管といった個性はヘルベルト・フォン・カラヤン以来の特徴でしたが、ムーティは在任期間、それらに磨きをかけ、さらに敏感なまでのリズム感と強靭なカンタービレを持ち込んで素晴らしい成果を残した。それはオットー・クレンペラー亡き後にムーティを後任として選出した、当時のニューが付いていた頃のフィルハーモニア管が、歌心あふれる演奏を取り戻す、思えば極めて大胆な決断を行ったものです。母国イタリアの作曲家を幅広く取り上げ、秘曲も多く紹介し録音も頻繁に行っている(EMI,SONY)。その他一般的なレパートリーは手中に収め、特にフィルハーモニア時代やフィラデルフィア時代に膨大な録音を残した。現代の巨匠で、熱血漢、1941年、ナポリ生まれのムーティ(Riccardo Muti)。また、ピアノの腕前にも優れ、僅少ではあるが録音を行っているほか、リサイタルの伴奏を行うこともある。ヴェルディのオペラ「椿姫」上演の際にオーケストラのストライキが発生した時など、その腕前を発揮、一人でピアノを弾いてまで強行上演させたという逸話もある。そのエネルギッシュな指揮ぶりと躍動感のある演奏で知られる名指揮者です。1967年、グイド・カンテルリ指揮者コンクールに優勝して注目され、フィレンツェ五月祭歌劇場、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ミラノ・スカラ座の首席指揮者・音楽監督を歴任、2010年からはシカゴ交響楽団音楽監督を務めるかたわら、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やザルツブルク音楽祭などに客演しています。ヴェルディのオペラの名演を繰り広げるあのムーティがここには存在し、ムーティの音楽とは、ヴェルディの語法から発想されたものだと思われ。その是非はともかくとして、ムーティがそうした自分の音楽をウィーン・フィルに徹底して演奏させていることは認めねばならない。ところが、面白いことにウィーン・フィルはけっこう喜んでイタリア風の演奏をやっているようなのだ。例を挙げると、シューベルトの「ロザムンデ」序曲。ムーティが響かせた、この冒頭の暗い和音はまるでヴェルディの序曲みたいだ。次に出てくる木管楽器の旋律は女性主人公のアリア。ヴァイオリンの歌いまわしはますます完璧にオペラの世界。もしこの曲を知らなかったら、絶対にヴェルディの中期作品だと思うだろう。しかし、よく知られているように、モーツァルトの時代もベートーヴェンの時代も、ウィーンで一番人気があったのはイタリア音楽だった。だとしたら、ウィーンの作曲家にイタリア音楽の強い影響があるのも不思議ではない。シューベルトの初期の交響曲にはモーツァルト風でもあるが、イタリアらしさの表出した明朗な開放感であるし、ロッシーニ的な表情がけっこう出ている。このウィーン風味とイタリア風味が混じり合ったシューベルトが心地よいのは、そうしたことも関係するだろう。のちのフィラデルフィア管弦楽団との演奏の数々も、オーケストラの優秀さと、音そのもののエネルギー感において、素晴らしいものもありますが、ウィーン・フィルとの機敏かつエネルギッシュな音楽を、フィルハーモニア時代のムーティの大胆さと、歌心あふれる演奏に、それを重ねあわせて聴くことも可能。録音時40歳のムーティの熱血かつ、情熱と表現意欲に富んだオーケストラが見事。イギリスのオーケストラとは思えない、強靭なカンタービレと歌をニューが付いていたころのフィルハーモニア管から引き出してます。
1981年11月25,26日ロンドン、アビー・ロード・スタジオ、セッション・デジタル、ステレオ録音。
DE EMI  C067-43 229 ムター&ムーティ モ…
DE EMI  C067-43 229 ムター&ムーティ モ…