Fischer-Dieskau
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ロマンの心を現代に生かした名唱

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウはシューマン「リーダークライス」を色々なピアニストと録音していますが、これは定番となったイェルク・デームスとの録音。ドイツ・プレス直輸入盤です。
6種類ほどあるフィッシャー=ディースカウのハイネの詩による連作歌曲集「詩人の恋」の中では2番目のもの。深いロマンティックな叙情をみずみずしく表現した若きフィッシャー=ディースカウの傑作。彼は《詩人の恋》を歌うために生まれてきたようなバリトン歌手だった。繊細な感受性、男性的な気概とどれをとっても並ぶ者がない。
歌の年と言われる1840年には傑作が集中する。2つの「リーダークライス」や「女の愛と生涯」「ミルテの花」そして「詩人の恋」など。それらがいずれも連作歌曲集というのも面白い。さて、このハイネの詩集から取られた歌曲集「詩人の恋」は、シューベルトの2つの歌曲集のような物語性はない。
若者の恋と失恋の推移を描いているが、ここでの主眼は、聴きどころである、若者の心理描写である。一層内面の心理が追求されるが、それを声とピアノとが強固に補い合う。特にピアノによる暗示と予感の表現法は、至芸と言っていい。ここでのピアノは、かつてないほど重要な意味を持つ。
「リーダークライス」は1842年に作曲された、12曲からなる曲集。これは「詩人の恋」のような物語性は持たない。シューマンがアイヒェンドルフが描写している台頭著しい市民階級の故郷喪失と根無し草的心の空白を、その心理の襞に分け入って描写しようとした、ドイツリートの画期的な曲集と位置づけられている。シューマンの傑作のひとつで、目指しているところが極めて哲学的な世界なので、歌う側も聴く側も緊張を強いられる。聴きどころである。
曲自体はロマンティックなものだが、言葉とピアノの関係を、入念に聴くことで面白さは倍加する。その中心に第5曲「月夜」がある。なお、作品24という同名の曲集が歌の年に書かれているが、こちらはハイネの詩による恋の歌である。
ロマン派を代表するドイツの作曲家である、ローベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810〜1856)は19世紀におけるドイツ歌曲創作の歴史の流れのなかでフランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797‐1828)とヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 1833〜1897)の間に位置し、19世紀の前半から後半への橋渡しの役割をはたしているが、それだけでなく、その歌曲の質からいっても、かけがえのない大きな意味、ユニークにして貴重な価値をもっており、ドイツ・リートの歴史の中でも重要な人物の一人と言える。ドイツ・リートの象徴的存在で「歌曲の王」と称されるシューベルトからの伝統を受け継ぎ、自らの音楽性や感性を最大限に生かした歌曲を残した。
情感豊かなシューマン作曲の歌曲集「詩人の恋」は、「歌の年」と呼ばれる1840年に作曲された。この年にシューマンはクララ・シューマン(Clara Josephine Wieck Schumann, 1819〜1896)と結婚しており、シューマンは、結婚の喜びから創作意欲が湧き、生涯約270曲の歌曲を作曲した中で約半数を占める136曲もの歌曲をこの年に作曲している。
当初は「ハイネの詩、『歌の本』の抒情間奏曲」としてメンデルスゾーンに献呈する計画で、ドイツ・ロマン主義を代表する文学者であり、シューベルトもまた彼の詩集に曲をつけたハインリッヒ・ハイネ(Christian Johann Heinrich Heine)の詩集『歌の本』から抜粋。1840年5月24日から6月1日にかけての一週間という短期間で20曲を作曲、そこから16曲を選んで「詩人の恋」として完成している。
曲集全体としては、恋する詩人の喜怒哀楽が歌われている。第1曲から6曲までは恋の喜びを歌い、第7曲から14曲までは失恋の悲しみを歌い、第15曲と第16曲で苦しみを回想しながら昇華させてる。
旋律はハイネの繊細な詩の世界で表現されており、音楽と詩の見事な融合がなされている。ピアニストでもあったシューマンらしく、ピアノの役割は歌の伴奏にとどまらない。詩人の感情を歌に委ねるだけではなくピアノの前奏、伴奏、後奏部分で表現するなど、ピアノと歌が見事に融合しており、音楽的にも多彩な曲集である。また、移り行く音楽の色彩の変化が調整の構成にも表れており、魅力的な歌曲集の一つである。このように、音楽構成、ハイネの詩、いずれをとっても非常に魅力的な作品であるため、演奏のしどころであり、聴きどころである。
フィッシャー=ディースカウの「詩人の恋」全16曲の演奏は、技術的にも音楽的にも世界最高レベルの芸術的価値の高い演奏である。全16曲の歌曲集1曲1曲を、フィッシャー=ディースカウが「楽譜」に忠実な演奏を行い、尚且つハインリヒ・ハイネの「詩」の世界感を高度な技術と音楽性で巧みに表現している。特に〝パルランド唱法〟を随所で活かした歌唱がされており、詩を語ることで自然と「歌」にするという特徴がある。フィッシャー=ディースカウの演奏は、主人公が恋をし、失恋し、悲観して最後に全てのできごとを海に沈めるというこの物語を、音楽と一体となり大小それぞれのフレーズに注力し、詩を的確に解釈して、いかなる細かなパッセージも完璧に歌唱し、詩と音楽を融合させたシューマンの情感豊かな音楽の世界を色彩鮮やかに表現している。これまで多くの演奏家が歌曲集「詩人の恋」の演奏を行い、録音が残され、それぞれに個性があるが、フィッシャー=ディースカウほど完璧な技術と幅広い表現力で演奏を行える演奏家はあまり類を見ないと言えよう。
  • 演奏:ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)、イェルク・デームス(ピアノ)
  • 録音:1965年



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