細部に宿る驚愕の数々。 ― この盤が発売された当時、センセーショナルなまでの反応を受けた、正に彼らの金字塔のひとつとでも言うべき重要な録音であるベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲。このベートーヴェンは新ウィーン学派の作品群と合わせ、大きな評価を獲得した彼らの代表盤のひとつです。アンサンブルの緊密さと明晰なまでの解釈を合わせ持った、歴史に残る名盤として今後も語り継がれてゆく逸品です。ベートーヴェンは16曲の弦楽四重奏曲を書いた。このうち第12番から16番までの「後期四重奏曲集」は、ベートーヴェンが書いた音楽の最高峰として格別の敬意が払われている。『運命』や『英雄』『皇帝』のような劇的な中期の作風から、より内省的で思索的な後期の作風へ。枯淡の境地とでも言うべきか。曲に与えられる標題も私的なものに変わっている。自らの「顔=思想」を現実の音として鳴り響かせようとする強靭・酷薄とさえいえる意志からきている、いわゆる中期、これがベートーヴェンのベートーヴェンらしさであるとともにアイロニーでもあると仮に言うなら、後期の作品群とは、こうした「中期=壮年」的な意志=人格=顔を半ば放棄しつつ、その支配への欲望の諦めと主題や慣用句や常套句へのほとんどフェティッシュ=観念的なかかわりのうちに絶頂に達せんとする、非人称的で半ば「作者」不在の「反作品」といえるだろう。ベートーヴェンは無駄を省いた形式を持ちながら、時に無意味ともいえる断片が挿入されたりして、それがかえって曲の真剣さを高めた第11番「セリオーソ」の作曲後、14年間弦楽四重奏曲に着手する事はなかったが、その後、弦楽四重奏曲5曲と大フーガを作曲している。「後期四重奏曲集」は、ベートーヴェンがこの14年のブランクの後に作曲した。ロシアのニコラス・ガリツィン公爵から弦楽四重奏曲の依頼を受けこの曲を作曲したため、第12番、第15番 、第13番と併せたこの3曲を「ガリツィン・セット」と呼ぶ事もある。弦楽四重奏曲と言う形式での長い沈黙と、第9交響曲での音楽の創造を経験させた当時最先端の作曲の達人の手になる作品は、歌謡的な要素は少なく、あくまでも純器楽的に音楽は進行する「セリオーソ」から随分と変貌を遂げたと見られていたらしく、初演時にはベートーヴェンの創造的進化の苛烈さには、発展に迅速なところがあることを知っていただろう彼の愛好家すら狼狽していたのである。交響曲第9番がベートーヴェンが到達した、最も理想的なベートーヴェンらしさとする見解から逃れるのが難しかったら、第9後の作品に対しては曖昧なもの言いになってしまいかねないだろう。「よくわからない」だとか「微笑」だとか「奇跡」だとか言って茶を濁し、後期の弦楽四重奏曲群が謎めいた楽曲群であるという見解は、案外当時は一般的なものであったかも知れない。この曲の第3楽章が、「病癒えし者から神への聖なる感謝の歌、リディア旋法による」と題され、全5楽章の中心となっている。リディア旋法は、中世ヨーロッパで使われた教会音階の一つ。ほかにドリア旋法、フリギア旋法、ミクソリディア旋法などの種類がある。病癒えし者とは大病を患ったベートーヴェン自身のこと。ひとたび死を予感した作曲者の苦悩と、快癒したことへの感謝の念が綴られているとても感動的な楽章だ。「大フーガ」と言う訳のわからぬ大曲があるがために、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲群は、未だに霊峰のような偉大かつ謎めいた雰囲気を保ち続けているようである。シルヴェット・ミリヨの言葉を借りれば、
弦楽四重奏曲という形式は、少し厳格なところがあるので、豊かな経験と情熱を併せ持つ音楽愛好家だけが楽しむことができる音楽形式であり、お高く止まったところがある近寄りがたい空気をもつ、という一種の偏見をたたき壊した。中期の ― ベートーヴェンという作曲家固有の味を捨てた、あたかも超人的新人の誕生として聴けばいいのだ。ラサール四重奏団の演奏する古典の名曲は、独特の響きで心に迫ってきます。聴いていて嫌な音は何一つ立てない。スマートでストレートで腹にもたれないクールなもの。その後に現れた四重奏団に比べると、何か禁欲的なまでに〝静謐な〟演奏をする人達という印象もある。どこを取り出しても音色の質が均質というあたり、ハーゲン四重奏団の極限の音色感覚とかを聴いてしまうと、もっと細やかな描き分けが欲しいということも出てくるだろう。それがラサールの持ち味でもあるだろうが、これが聴く人によっては巌しく感じられる場合もあるのでしょう。ハーゲンの極限の音色感覚とかを聴いてしまうと、もっと細やかな描き分けが欲しいということも出てくるだろう。この大理石の現代彫刻に手で触れるかのような、現代的でありつつも安定感の高い落ち着いたひんやりとした感触に寧ろ安心感を感じるのです。彼らの演奏は、美しいアンサンブルの音色といった価値感や、作品から文学的なドラマや宗教的な迄の精神性といったようなものにその重点を置いてはいないようです。そのアンサンブルは、何処までも音そのもののリアリティが最優先され、結果聴く者に未聞の世界を体験させてくれます。
関連記事とスポンサーリンク
ラサール弦楽四重奏団(LaSalle Quartet)はアメリカで結成され、20世紀音楽を得意とした四重奏団。1946年に結成され、1987年に解散した。第1ヴァイオリン担当のヴァルター・レヴィンによって結成され、寄贈されたアマティの楽器を用いて演奏した。世界のたいていの主要な弦楽四重奏団がラサール弦楽四重奏団のメンバーに指導を乞うており、なかでもアルバン・ベルク弦楽四重奏団やアルテミス四重奏団、フォーグラー四重奏団、プラジャーク弦楽四重奏団が代表的な例として知られる。古典派やロマン派のような標準的な曲目もレパートリーに取り上げてはいたが、新ウィーン楽派(シェーンベルクやベルク、ウェーベルン、アポステル)以降の現代音楽をレパートリーに取り入れたことや、ジェルジ・リゲティから弦楽四重奏曲第2番を献呈され、同作を1969年12月14日にバーデンバーデンで初演した団体としても名高い。ドイツ・グラモフォン・レーベルに、当時まだ謎の作曲家であったツェムリンスキーの弦楽四重奏曲全集を録音したことによって、いわゆる「ツェムリンスキー・ルネサンス」の源流を創り出したと看做されており、この録音は、ドイツ・シャルプラッテン賞を授与された。ベートーヴェン後期の四重奏曲を、堅固なアンサンブルでしっかりと歌う。4つの楽器の重なり合いは意外にシンフォニックで、幾らか表現が過多なほどですが、アクセントも気が利いています。リズムに躍動感が有り、余計なことを考えずに聴いていて非常に楽しめる純音楽的な演奏です。
ヴァルター・レヴィン(第1ヴァイオリン)、ヘンリー・メイヤー(第2ヴァイオリン)、ピーター・カムニツァー(ヴィオラ)、リー・ファイザー(チェロ)。1975年12月13〜16日ハノーファー(Germany)、ベートーヴェンザールでの Klaus Scheibe, Rainer Brock による録音。
YIGZYCN
.
コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。