商品番号 34-27442
愛するクララを想い、愛情を傾けてシューマンは創作に熱中した。 ― 作曲家の創作力にクララ・シューマンほど影響を及ぼした女性は稀だ。波頭のような流れの伴奏の上に3連符の上昇メロディが顔を出し、荒れ狂う海の描写を思わせる第5曲「夜に」は《幻想小曲集》(Fantasiestücke)全体の中心楽章。シューマンはクララに宛てた手紙の中でE.T.A.ホフマンの「ヘロとレアンダー」という物語に出てくる、灯台の下で待つ女のもとへ男が海を泳いでやってくるエピソードを引用し、
アルゼンチン出身のピアニスト、マルタ・アルゲリッチの得意とするシューマン作品集。1966年のニューヨークにおけるアルゲリッチのリサイタル・デビューでもプログラムに入っていた「幻想曲」など、彼女の卓越した表現力が光る。集中力といい、テクニックといい間然とするところのないもので一息に聴かせる力をもっている。音色も透明感があり美しい。鮮やかな指さばきを駆使して、鋭い求心力で作品の本質に切り込んでゆく一枚。最も好きな作曲家はシューマンと語るアルゲリッチですが、これまでのところ、《幻想曲》と、《幻想小曲集》に関してはセッション録音はほかに無いようなので、この若き日の録音を収めた存在は貴重です。ここでのアルゲリッチの演奏はシューマン若き日の楽想の変化の激しさをみごとにあらわしたもので、激したり沈んだりする多彩な表情と音色の変化の目まぐるしさは、名手アルゲリッチとしてもこの時期だけのものかもしれません。1976年録音。アルゲリッチはドイツ・グラモフォンからデビューしたことが印象深いが、この録音当時はイタリアのRICORDI社がドイツ・グラモフォンと併行してアルゲリッチと契約していた際に録音されたが、加えてRICORDI社が様々な会社と販売契約を結んだため、これまで日本でもCBSソニーや学研、EMIなどから発売された。近年RICORDIがBMGに買収されて伊BMGとなったことでRCAレーベルでリリースされるようになって安定して購入できるようになって話題にもなったばかりだったが2008年にソニーがBMGの持ち株分50%を買収して、そのRCAレーベルもソニー・ミュージックエンタテインメントで現在は発売されている。
「夜に」を弾くときにこのイメージを忘れられないと書いています。「夜に」はシューマンとクララの恋愛の苦難をそのまま描写している音楽だ。
アルゼンチン出身のピアニスト、マルタ・アルゲリッチの得意とするシューマン作品集。1966年のニューヨークにおけるアルゲリッチのリサイタル・デビューでもプログラムに入っていた「幻想曲」など、彼女の卓越した表現力が光る。集中力といい、テクニックといい間然とするところのないもので一息に聴かせる力をもっている。音色も透明感があり美しい。鮮やかな指さばきを駆使して、鋭い求心力で作品の本質に切り込んでゆく一枚。最も好きな作曲家はシューマンと語るアルゲリッチですが、これまでのところ、《幻想曲》と、《幻想小曲集》に関してはセッション録音はほかに無いようなので、この若き日の録音を収めた存在は貴重です。ここでのアルゲリッチの演奏はシューマン若き日の楽想の変化の激しさをみごとにあらわしたもので、激したり沈んだりする多彩な表情と音色の変化の目まぐるしさは、名手アルゲリッチとしてもこの時期だけのものかもしれません。1976年録音。アルゲリッチはドイツ・グラモフォンからデビューしたことが印象深いが、この録音当時はイタリアのRICORDI社がドイツ・グラモフォンと併行してアルゲリッチと契約していた際に録音されたが、加えてRICORDI社が様々な会社と販売契約を結んだため、これまで日本でもCBSソニーや学研、EMIなどから発売された。近年RICORDIがBMGに買収されて伊BMGとなったことでRCAレーベルでリリースされるようになって安定して購入できるようになって話題にもなったばかりだったが2008年にソニーがBMGの持ち株分50%を買収して、そのRCAレーベルもソニー・ミュージックエンタテインメントで現在は発売されている。
- Record Karte
- 1976年ミラノ録音。1978年発売。
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「幻想小曲集」(Fantasiestücke)というタイトルはロベルト・シューマン(Robert Schumann, 1810~1856)が傾倒したドイツ・ロマン派の小説家E.T.A.ホフマンの「カロ風幻想作品集」に由来しています。シューマンは1835年に「スイス音楽時報」に9曲のピアノ小品を発表、そこから1曲を削除して、それぞれに詩的なタイトルを付けて「幻想小曲集作品12」としました。「カロ風幻想作品集」から創作のインスピレーションをした拾い上げたものでしょうが、互いに深い関連性があり統一感を持ってまとめあげられた作品です。8曲は順に、《夕べに》、《飛翔》、《なぜに》、《気まぐれ》、《夜に》、《寓話》、《夢のもつれ》、《歌の終わり》。どの曲もファンタジー豊かな小品ですが、各曲のコントラストと調和と均衡は見事でシューマンらしい幻想的な美しい作品となっています。1837年から1838年にかけて作曲され、1838年ライプツィヒのブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版、シューマンと親交のあったイギリスの女流ピアニストのアンナ・ロビーナ・レードロウに献呈されました。唯一外された無題の第9曲を思うとともに、どんなタイトルをつけたらいいのか想像するのも楽しいでしょう。続くシューマンの「幻想曲」には、彼らの親しいフランツ・リスト(Franz Liszt, 1811〜1886)が「ソナタ風幻想曲」だと言っている。ベートーヴェンに捧げるソナタとして構想されながら、青春の夢が膨らみに膨らんでソナタ形式を突き破ってしまったかのような作品。草稿では『フロレスタンとオイゼビウスによる大ソナタ』と題され、第1曲を《廃墟》、第2曲を《凱旋門》または《勝杯》、第3曲を《星の冠》または《棕櫚の枝》と題していた。それを念頭に聴くと、シューマン特有のイロニーとフモールの欠けた第1曲は、将来狂気の淵に沈むことを予見するようだ。第2曲は死後の凱歌だろうか、壮大だが空虚な廃墟をイメージさせる。両手が分散和音でアーチを積み重ねていくような第3曲は広大な空間に広がっていくばかりだ。1835年、フランツ・リストらを中心としてボンにベートーヴェン記念像の建立が計画された。発起人に名を連ねたシューマンは、寄附を目的として翌年から1838年にかけてこの曲を作曲した。第1曲の第1主題はハ長調だが、「初めのテンポで」と指定されて再現するときはハ短調で、末尾ではベートーヴェンの連作歌曲「遙かなる恋人に寄す」を引用して憧れに満ちたアダージョとなる。第2曲の精力的な音楽はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第28番イ長調(作品101)と共通性が強い。と、いったふうにベートーヴェンを讃えるため曲中にベートーヴェンの作品が引用されている。各曲の表題は結局は外され、代わって冒頭にフリードリヒ・フォン・シュレーゲルの詩の一節がモットーとして掲げられた。
鳴り響くあらゆる音を貫いて、色様々な大地の夢の中に、ひとつのかすかな調べが聞こえる、密やかに耳を傾ける人のために。
このフリードリヒ・フォン・シュレーゲル(Karl Wilhelm Friedrich von Schlegel, 1772.3.10〜1829.1.11)の詩は、シューベルトの歌曲『しげみ Die Gebüsche』D.646にもなっている。ベートーヴェンを讃える一方でクララ・ヴィークのための作品でもある。シューマン自身によれば、〝調べ〟はクララのことだ。この時期はシューマンがクララと婚約しながら彼女の父親の猛反対で先が見えない時期に当たり、構想段階の表題、引用されたベートーヴェンの連作歌曲『遥かなる恋人に寄す』、さらには第1楽章の頻繁な転調と不安定な調性感もそれを反映しているといわれる。1839年出版。シューマンは寄付として『幻想曲』作品17をリストへ送った。1839年6月5日にリストは「あなたに献呈していただいた幻想曲は最高級の作品です。あなたからこのような壮大な曲の献呈をうける光栄に浴したことは、私は本当に誇りに感じております。私はこの曲にとりくみ、これから最大限の効果をあげられるように、それを徹底に調べようと思います。」と感謝してシューマンから受け取った。この返礼としてリストは1852年から1853年にかけて『ピアノ・ソナタ ロ短調』を作曲、1854年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版して、シューマンに献呈している。この作品が書かれたのはピアニストを引退したリストがヴァイマルの宮廷楽長に就任して5年近く経ち、もっとも充実していた時期だった。しかしシューマン自身は、この年の2月27日に自殺未遂を図って精神病院に入院したため、この曲を生涯聴くことはなかった。夫ロベルトの自殺未遂から間もない1854年5月25日のクララ・シューマンの日記に「ただ目的もない騒音にすぎない。健全な着想などどこにも見られないし、すべてが混乱していて明確な和声進行はひとつとして見出せない。そうはいっても、彼にその作品のお礼を言わないわけにはいかない。それはまったく大儀なことだ」と苛立ちの気持ちを書き残しているが、リストはロ短調ソナタにシューマンのピアノ曲の標題的試みを応用したことは十分考えられ、作曲した時にあった標題をシューマンに倣うかのように楽譜から外してしまったせいで、クララ・シューマンは鼻についたのだろう。リストの大規模作品では珍しく、標題にあたるような言葉をリスト本人は一切残していない。ソナタであるにも関わらず明確な楽章の切れ目は無く、単一楽章で構成されていること、主題がその構成要素を基に変容され、ある部分で粗暴さを見せたかと思えば、一方で美しい旋律に展開されていく等、主題変容の技法によって曲全体が支配されている。要はピアノ演奏の技法と作曲能力によって、楽曲全体が高い統一感を示している。出版直後の1854年、リストと交流のあったルイス・ケーラーは『新音楽時報』上でこのソナタを評して主題の「美しさと遠心力」、明確な対比を称賛し、主題変容の巧妙な用法や作品全体の芸術性を評価している。アントン・ルビンシテインはこの曲が新しい形式問題を投げかけていることを理解し、リヒャルト・ワーグナーは「このソナタは、あらゆる概念を超えて美しい。偉大で、愛嬌があり、深く、高貴で ― 君のように崇高だ」とリストに書き送っている。
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