11月3日
作曲家、ヴィンチェンツォ・ベッリーニが生まれた日(1801年)。《夢遊病の女》、《ノルマ》、《清教徒》など、オペラの分野で名作を多数残した。当時、フレデリック・ショパンをはじめ多くの作曲家から賞賛を得るも、わずか34歳の命で生涯を終えてしまった。
GB EMI ASD3419/20 マリア・カラス The Maria Callas Album
- Record Karte
FR 赤地にモノクロスタンプニッパー, 優秀録音。見開きジャケット入り。英語対訳付き。
- マリア・カラス(ソプラノ)
- Engineer [Processed Stereo] – David Pickett.
- 1977年初発。
- 1953~1964年に収録された演奏からの選りすぐりで、全盛期のマリア・カラスの魅力な歌声がギュッと詰まった2枚組。
2025年はカトリック教が定める《聖年》、イタリアを耳で感じる100年名盤セレクション
〝早すぎたポップ・スター〟
― 世紀のディーヴァ、マリア・カラス。オペラ通の間では「BC」と言えばカラス以前、「AC」と言えばカラス以後の意味だと言われ、その幽玄にしてドラマティックな歌声は、没後45年を過ぎたいまも世界の人々を魅了してやみません。カラスの全盛期にもまたその没後もオペラ界には優れた歌手は星の数ほど現われましたが、その歌手たちの多くが忘れ去られる中でカラスだけは時代を超えて今も新しくファンを獲得しているのは何故なのでしょうか。当時のミラノ・スカラ座のプリマドンナはアルトゥーロ・トスカニーニから〝天使の声〟と賞賛されたソプラノ歌手レナータ・テバルデイが第一人者として活躍していました。そのテバルデイが急病のためにヴェルディのオペラ「アイーダ」のタイトルロールの代役としてカラスは出演しましたが、カラスがスカラ座で正式にデビューしたのは1951年から52年にかけてシーズン・オープニングの演目、ヴェルデイ中期のオペラ「シチリア島の夕べの祈り」でした。それは黄金期の幕開けとなり、ベルリーニのオペラ《ノルマ》、モーツァルトのオペラ「後宮よりの逃走」、ヴェルデイのオペラ《マクベス》《トロバトーレ》、ケルビーノのオペラ「メデア」など次々と歌い、カラスの芸術家としての重要な部分は、このスカラ座における10年間に凝縮されています。なかでも絶頂期の最大傑作のひとつとなったカラスとルキノ・ヴィスコンティの創造したヴェルディのオペラ「椿姫」のあとでは、しばらくは上演されず、久しぶりに挑戦した実力のあるソプラノ歌手の舞台も失敗に終わり、次の「椿姫」が上演されるまでにはまた長い時間がかかりました。ヴィオレッタ役をカラスは全身全霊で演じ、スカラ座の歴史上伝説的な舞台になった上演で、当時のカラスの圧倒的な演唱を数多くの人々が知っていた。彼女はクラシックの世界に生きた人だが、その記憶のされかたは、ポップ・スターに近いところがある。カラスは、歌劇における演技力、役の心理の理解に優れた歌手だった。そして、実人生のほうも、芝居のようにドラマティックなものだった。カラスは、派手な社交や恋愛でも知名度を上げた。イタリア大統領も臨席した1958年1月2日、ローマ歌劇場でのベッリーニのオペラ『ノルマ』に主人公ノルマ役を、第1幕のみで出演をキャンセルし批判を浴びたスキャンダルも、話題に事欠かない。クラシック通以外にも名前を知られ、広く聴かれた点では、ポピュラーな歌手だったのだ。
〝大袈裟すぎるぞ!〟
― 天井桟敷から声がかかり、ソプラノ歌手は歌唱に集中できなくなった。声の主はわからないし、歌手なら誰もが恐れる天井桟敷からの声だ。気を取り直して歌い続けると、当夜は彼女が歌うと、幾度となく〝troppo esagerato!〟(大袈裟すぎるぞ!)と声がかけられた。そのソプラノ歌手は、当時飛ぶ鳥を落す勢いのミレッラ・フレーニ。出来事は1964年12月17日にミラノ・スカラ座で起きました。指揮は世界のトップに君臨していたヘルベルト・フォン・カラヤン、演出は映画監督でもあり、ナンバーワン演出家のフランコ・ゼッフィレッリ。演目はマリア・カラスの名演から9年しか経っていないヴェルディの名作オペラ《椿姫》。第1幕の有名なアリア“花から花へ”に移る前のヴィオレッタが〝gioir!〟(楽しむのよ)と2回繰り返して歌う高音で、喉の調子が万全でなかったフレーニは少し失敗してしまいました。第1幕後のカーテンコールでも天井桟敷から野次られ、それを不満に思ったフレーニは天井桟敷を睨みつけ、腰に手を当て態度でも示した。以後、彼女はミラノ・スカラ座で〝椿姫〟を歌わなくなりましたが、その2ヵ月後フレーニは故郷の地モデナ・コムナーレ劇場で〝椿姫〟を歌い大成功を収めました。生まれ故郷であることを差し引いても、この成功をきっかけにロイヤルオペラからオファーが来たので、フレーニの評価は良かったわけだが、当時のマリア・カラスの圧倒的な演唱を数多くの人々が知っていた。しかもイタリア・オペラの代表作、人々に愛されているがゆえマリア・カラスのイメージを壊されたくないほど、9年前の公演の思い出を宝物にされたことは歌手にとってどれほど嬉しい事だったろうか。ミラノの人々が〝マリア・カラスの呪い〟と言う出来事で、以後30年間スカラ座で〝椿姫〟は上演されませんでした。あまりに素晴らし過ぎる公演があると、その後歌う歌手も大変かもしれません。
ドラマに対する類まれな冴えた感覚と、それに完璧に連動する歌唱力を持ち合わせていた稀代の名歌手マリア・カラスは、キャリアのほとんどの期間でEMI専属の歌手としてレコーディングをおこなっていました。ここに収録されている作品は、カラスが全曲盤としての収録を行っていない曲集であり、これらの曲をカラスの声で聴くことができるのは本盤だけです。彼女としては晩年の収録で、年齢的に最盛期とは、もはや言えないし、声の変化はいかんともしがたいものがありますが、それを超越した表情づけのこまやかさ、デリケートな表現、陰影の美しさは、さすがにカラスだと思わせる。各々のアリアへの愛着と深い解釈故だろう、心理描写の絶妙さは、精妙な構成力が際立った歌唱になっています。本盤は往年の舞台姿を彷彿する、《ノルマ〜清らかな女神よ》、ドニゼッティのオペラ《ランメルムーアのルチア〜狂乱の場・香炉はくゆり》、プッチーニのオペラ《蝶々夫人〜ある晴れた日に》、《トスカ〜歌に生き、恋に生き》。舞台で得意とした名オペラから24曲。最盛期を凝縮した2枚組。
ディーヴァ ― 不世出のソプラノ
マリア・カラス(Maria Callas)は1923年12月2日、ニューヨーク生まれのソプラノ歌手。1977年9月16日、パリにて没。13歳で故国ギリシャに帰り、アテネ音楽院で名歌手、エルビラ・デ・ヒダルゴに師事。1938年にオペラ・デビューし、1947年、ヴェローナ音楽祭でのポンキエッリのオペラ「ジョコンダ」のタイトルロール役で一躍注目を浴びる。1950年のスカラ座デビューから約10年間が全盛時代。ワーグナーのドラマティックな役と、ベル・カント・オペラの両方の分野で成功を収め、不世出のソプラノ歌手として名を残した。42歳だった1965年にオペラの舞台から退いたが、1969年に映画『王女メディア』に主演したほか、舞台演出、音楽院の講師を務め、1973~74年に世界各地でフェアウェル・コンサート・ツアーを行った。オペラ歌手としての充実した活動期間は短く、1951年からの7年間が全盛期、歌声に波があった1960年代まで含めても10数年にすぎなかった。早すぎる衰えは、若い頃に難曲で喉を酷使したため、あるいはダイエットのせいとも不摂生のせいともいわれる。全盛期のモノラル録音と比べスタジオでセッション録音されたステレオ録音の歌唱には年齢的に最盛期とは、もはや言えないし声の変化はいかんともしがたいものがありますが、それを超越した表情づけのこまやかさ、心理描写の絶妙さは、精妙な構成力が際立った歌唱になっていきます。ドラマに対する類まれな冴えた感覚と、それに完璧に連動する歌唱力を持ち合わせていた稀代の名歌手カラスは、1953年のモーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』からのマイク・テストから、レッシーニョとの1960年台の録音まで、キャリアのほとんどの期間でEMI専属の歌手としてジョルジュ・プレートル、トゥリオ・セラフィン、ガブリエーレ・サンティーニ、ヴィクトール・デ・サーバタ、ヘルベルト・フォン・カラヤン、アントニーノ・ヴォットー、ニコラ・レッシーニョ、アルチェオ・ガリエラらとレコーディングを行っていました。1977年、訃報を追悼してリリースされた2枚組。劇的な人生、空前にして絶後の歌姫の無垢な姿がここにある。
ニコラ・レッシーニョ(Nicola Rescigno)
1916年5月28日、ニューヨーク生まれの指揮者。父はメトロポリタン歌劇場のトランペット奏者だった。ローマで法律を学んだ後、1929年からイルデブランド・ピツェッティ、ヴィットリオ・ジャンニーニやジョルジオ・ポラッコらに師事。1943年、ニューヨーク音楽アカデミーでジュゼッペ・ヴェルディの《椿姫》の上演を指揮してデビューする。その後、サン・カルロ・オペラのアメリカ巡業に同行して名声を得て、コネチカットやハバナの歌劇場の音楽監督の任についた。1954年、キャロル・フォックス、ローレンス・ケリーとともにシカゴ・リリック・オペラを創設し、1956年まで芸術監督・指揮者を務める。この間マリア・カラスのアメリカ・デビューのステージを指揮し、数多くの名演を残した。1957年にはダラス・シヴィック・オペラの発起人の一人として創設に名を連ね、19年間に渡って芸術監督・指揮者を務めた。また、モンセラート・カバリェ、プラシド・ドミンゴ、ジョーン・サザーランド、テレサ・ベルガンサ、ジョン・ヴィッカーズやマグダ・オリヴェロといったオペラの名歌手たちのアメリカ・デビューを指揮して伴奏を担当したことでも知られ、演出家のフランコ・ゼフィレッリのアメリカ・デビューのときの指揮者も務めるなど、広汎に活躍している。メトロポリタン歌劇場には1978年から出演し、ヘンデルのオペラ『アルチーナ』『ジューリオ・チェーザレ』を手がけるなど、イタリア・オペラのスペシャリストであった。1990年にはローマのカラカラ浴場跡で『アイーダ』を指揮して注目を集めた。ヴィテルボの病院にて2008年8月4日死去。
ベルリーニ、ベリーニとも紹介されることが頻繁で、わたしは日常的には会話や、他の作曲家を話題にしている記事では、ベルリーニとしていることが多い。作曲者ベッリーニはロッシーニ、ドニゼッティと並ぶ19世紀前半イタリア3大オペラ作曲家の一人。33歳の短い生涯に『夢遊病の女』『清教徒』『ノルマ』など旋律美に満ちた数々の傑作を残しました。
その息の長い流麗なメロディは、深い憂愁と情感を湛えて聴く人の胸を締めつけます。彼の音楽を愛してやまなかったショパンは、ベッリーニの墓のそばに埋葬されたいと願い、ワーグナーも『私はベッリーニに特別の偏愛を抱く。なぜなら、彼の音楽は強い真実の感情にあふれ、言葉と深く結びついているからだ』と賞賛を惜しまなかったそうです。
オペラ作曲家としての人生は10年足らずだが、毎年のように世に送り出したオペラの数々は、現在でもオペラ劇場のレパートリーで欠かせない作品が多いことに驚かされる。
その息の長い流麗なメロディは、深い憂愁と情感を湛えて聴く人の胸を締めつけます。彼の音楽を愛してやまなかったショパンは、ベッリーニの墓のそばに埋葬されたいと願い、ワーグナーも『私はベッリーニに特別の偏愛を抱く。なぜなら、彼の音楽は強い真実の感情にあふれ、言葉と深く結びついているからだ』と賞賛を惜しまなかったそうです。
オペラ作曲家としての人生は10年足らずだが、毎年のように世に送り出したオペラの数々は、現在でもオペラ劇場のレパートリーで欠かせない作品が多いことに驚かされる。
- オペラ『アデルソンとサルヴィーニ』(1825年)
- オペラ『ビアンカとフェルナンド』(初演1826年ナポリ)
- オペラ『海賊』(初演1827年ミラノ)
- オペラ『異国の女』(初演1829年ミラノ)
- オペラ『ザイーラ』(初演1829年パルマ)
- オペラ『カプレーティとモンテッキ』(初演1830年ヴェネツィア)
- オペラ『夢遊病の女』(初演1831年3月ミラノ)
- オペラ『ノルマ』(初演1831年12月ミラノ)
- オペラ『テンダのベアトリーチェ』(初演1833年3月ヴェネツィア)
- オペラ『清教徒』(初演1835年1月パリ)
- オーボエ協奏曲変ホ長調
Vincenzo Bellini
19世紀の最も重要なオペラ作曲家の一人。
(1801.11.3 〜 1835.9.23、イタリア)
主としてオペラ作曲家として有名で、ロッシーニやドニゼッティと共に19世紀前半のイタリアオペラ界を代表する天才である。シチリア島・カターニアに生まれたベッリーニは、父親も祖父も音楽家であり、音楽を学ぶ前から作曲を始めたという神童であった。幼少より父からピアノの手ほどきを受け、5歳で弾きこなした。7歳からは祖父に作曲を習い、宗教曲、アリエッタ、器楽曲をこの頃作曲した。
1819年にはカターニア市の援助を受けてナポリへ赴き、ナポリ楽派の大家の作品とハイドンやモーツァルトの器楽曲を学ぶ。ナポリ音楽院を修了後、1827年にミラノのスカラ座のためにオペラ〈海賊〉を書き成功を収める。このオペラの台本を書いたロマーニと組んで、その後も〈夢遊病の女〉や〈ノルマ〉など数々の傑作を生み出し、ショパン、ベルリオーズ、ワーグナーらの賞賛と愛情の言葉を得ている事で知られている。33歳の若さで、パリ近郊で没した。
1819年にはカターニア市の援助を受けてナポリへ赴き、ナポリ楽派の大家の作品とハイドンやモーツァルトの器楽曲を学ぶ。ナポリ音楽院を修了後、1827年にミラノのスカラ座のためにオペラ〈海賊〉を書き成功を収める。このオペラの台本を書いたロマーニと組んで、その後も〈夢遊病の女〉や〈ノルマ〉など数々の傑作を生み出し、ショパン、ベルリオーズ、ワーグナーらの賞賛と愛情の言葉を得ている事で知られている。33歳の若さで、パリ近郊で没した。
ヴィンチェンツォ・ベッリーニ、略歴
1819年
貴族の後援者を得てナポリの王立音楽院に入学。
1825年
音楽院内で公演されたオペラの処女作『アデルソンとサルヴィーニ』が認められる。その後、オペラ『ビアンカとジェルナンド』、『海賊』の相次ぎ成功。
1831年
オペラ『夢遊病の女』を発表。大好評を博すが、自身では管弦楽法の未熟さを認識しており、改めて学習したと言われている。
1835年
病を得て9月23日短い生涯を閉じた(慢性の腸疾患という)。パリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬されたが、その後遺体はカターニアに再埋葬された。
プロダクト・ディテール(オリジナル盤)
- レーベルEMI
- レコード番号ASD3419/20
- 作曲家
- ヴィンチェンツォ・ベッリーニ
- ジョアッキーノ・ロッシーニ
- ジャコモ・プッチーニ
- ジュール・マスネ
- ジュゼッペ・ヴェルディ
- ルッジェーロ・レオンカヴァッロ
- ガエターノ・ドニゼッティ
- クリストフ・ヴィリバルト・グルック
- ピエトロ・マスカーニ
- ジョルジュ・ビゼー
- カミーユ・サン=サーンス
- 楽曲
- Side-A
- Norma - Casta Diva, Chorus – La Scala Chorus, Chorus Master – Vittore Veneziani, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- Il Barbiere Di Siviglia - Una Voce Poco Fà, Orchestra – The Philhamonia Orchestra, Conductor – Tullio Serafin
- Manon Lescaut - Sola, Perduta, Abbandonata, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- Manon - Adieu, Notre Petite Table, Orchestra – Orchestre Du Conservatoire de Paris, Conductor – Georges Prêtre
- La Forza Del Destino - Pace, Pace, Mio Dio, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- I Pagliacci - Ballatella: Qual Fiamma Avea Nel Guardo!, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- Side-B
- Lucia Di Lammermoor - Regnava Nel Silenzio, Mezzo-soprano – Margreta Elkins, Orchestra – The Philhamonia Orchestra, Conductor – Tullio Serafin
- Alceste - Divinités Du Styx, Orchestra – The French National Radio Orchestra, Conductor – Georges Prêtre
- Rigoletto - Caro Nome, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- Aida - O Patria Mia, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- Turandot - In Questa Reggia, Chorus – La Scala Chorus, Chorus Master – Noberto Mola, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- Gianni Schicchi - O Mio Babbino Caro, Orchestra – The Philhamonia Orchestra, Conductor – Tullio Serafin
- Side-C
- Madama Butterfly - Un Bel Dì, Vedremo, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Herbert von Karajan
- I Puritani - Son Vergin Vezzosa, Bass – Nicola Rossi-Lemeni, Mezzo-soprano – Aurora Cattelani, Tenor – Giuseppe di Stefano, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- Macbeth - La Luce Langue, Orchestra – The Philhamonia Orchestra, Conductor – Tullio Serafin
- La Bohème - Sì, Mi Chiamano Mimì, Tenor – Giuseppe di Stefano, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Nicola Rescigno
- Il Turco In Italia - Non Si Dà Follia Maggiore, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Gianandrea Gavazzeni
- Carmen - L'Amour Est Un Oiseau Rebelle, Les Chœurs René Duclos, Chorus Master – Jean Laforge, Orchestra – Orchestre Du Théâtre National De L'Opéra-Comique, Conductor – Georges Prêtre
- Side-D
- Caballeria Rusticana - Inneggiamo Il Signor Non E Morto, Mezzo-soprano – Ebe Ticozzi, Chorus – La Scala Chorus, Chorus Master – Vittore Veneziani, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Tullio Serafin
- La Sonnambula - Ah! Non Credea Mirarti, Tenor – Nicola Monti, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Antonino Votto
- Il Trovatore - Tacea La Notte Placida...Di Tale Amor Cabaletta, Mezzo-soprano – Luisa Villa, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Herbert von Karajan
- Samson Et Dalila - Printemps Qui Commence, Orchestra – The French National Radio Orchestra, Conductor – Georges Prêtre
- Un Ballo In Maschera - Morrò, Ma Prima In Grazia, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Antonino Votto
- Tosca - Vissi D'Arte, Orchestra – Orchestra Del Teatro Alla Scala, Conductor – Victor De Sabata
- Side-A
- 演奏者
- マリア・カラス
- マルガレーテ・エルキンス
- ニコラ・ロッシ
- オーロラ・カテラーニ
- ジュゼッペ・ディ・ステファーノ
- オーケストラ
- ミラノ・スカラ座管弦楽団
- フィルハーモニア管弦楽団
- パリ音楽院管弦楽団
- フランス国立管弦楽団
- 指揮者
- トゥリオ・セラフィン
- ジョルジュ・プレートル
- ヘルベルト・フォン・カラヤン
- アントニーノ・ヴォットー
- ニコラ・レッシーニョ
- ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ
- ヴィクトール・デ・サーバタ
- 録音年月日1953〜1964年
- 録音場所パリ、サル・ワグラム、イタリア、ミラノ・スカラ座ほか
- 録音種別STEREO
- 製盤国GB(イギリス)盤
- 発売年1977年初発。(Engineer [Processed Stereo] – David Pickett.)
- レーベル世代赤地にモノクロスタンプニッパー、優秀録音。見開きジャケット入り。英語対訳付き。
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