- ―4月6日―ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーが没した日(1971年)。ロシアで作曲を学ぶも2度の世界大戦の影響もあり、スイス、フランス、最後はアメリカと渡り歩きながら生涯作曲を極めた。作風もその時々によって変幻自在に変化し、バレエ《春の祭典》やバレエ《火の鳥》に代表される初期、次いで古典派への回帰、晩年は12音技法へも興味を示すようになっていった。

DE DGG 2530 065 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ストラヴィンスキー/「ミューズの神を率いるアポロ」 バルトーク/弦・打楽器とチェレスタのための音楽
- ドイツ/ブルーラインレーベル
- BPOの弦の魅力を十分に発揮した一枚!
- 1969年イエス・キリスト教会にて(ストラヴィンスキー)、1972年サンモリッツ・フランス教会にて(バルトーク)録音。優秀録音。
- バロック音楽から引用して新古典主義の中心人物だったストラヴィンスキーは、とうとうバロック音楽の扉を開いたモンテヴェルディにまで達した。中期に至って作曲された「ミューズの神を率いるアポロ」はストラヴィンスキー独特の和声とリズムの古典的規範からの逸脱が、ロマンティック・バレエに接ぎ木されて異化効果をもたらす。その接ぎ木した部分がわからないくらい、支持者だけが理解して貰えれば良い程に、技法が高度化が加速している。
- ― 「作曲家のぶっきらぼうな指揮」と紹介されるとき、世間では「ストラヴィンスキーの指揮というのは、ものすごく無骨らしい」とかいった言葉面だけに俗説が定着しているようだ。然し実際に聴けば、まったく余技という感じは受けない。そればかりか自作自演で、これだけやられてしまったら後世の指揮者はハードルが高くて困りものだ。3大バレエ音楽以外には一般受けしなかっただろうに、崇高な使命感で自作自演で20世紀最大の作曲家、イーゴル・ストラヴィンスキーの全作品をレコード化した当時のコロムビア・レコードの英断は、感服に値する。
- 20世紀最大の作曲家、イーゴル・ストラヴィンスキー(1882〜1971)の自作自演録音はストラヴィンスキーが1939年にアメリカに定住したことを知ったコロムビア・レコードが、その威信をかけ30年間に亘って制作し続けた。ストラヴィンスキーは後期ロマン派からセリー(十二音技法)主義まで多彩な作風の変遷を経ながら数多くの作品を残していますが、彼は同時に卓越した指揮者・ピアニストでもあり最晩年を除き、生涯にわたって自作を中心に演奏家としての活動も行なっていました。録音にも早くから関わり、既にSPレコード時代の1928年から仏コロムビアに指揮者・ピアニストとしての演奏を残しています。
- コロムビア・レコードのA&Rプロデューサー、ゴッダード・リーバーソンは、もともと作曲家でもありストラヴィンスキーによる自作自演の録音プロジェクト「ストラヴィンスキー・コンダクツ・ストラヴィンスキー」を企画し、翌1940年から始動させます。戦後になり録音技術の進歩とともに、モノラル~ステレオと、より鮮明な音質での収録が行なわれるようになると、リーバーソンは1956年にコロムビア・レコードの社長に就任し、その肝いりでプロジェクトは進められ、希代の作曲家も89歳という長寿に恵まれたため、最終的にストラヴィンスキーの主要作品を、ほぼ全て網羅することになりました。特にステレオ時代になってからはブルーノ・ワルターのプロデューサーとして知られるジョン・マックルーアがプロデュースを担当し、コロムビアの誇る「360サウンド」で捉えられたワイド・レンジの鮮烈なサウンドは作品の魅力を余すところなく伝えています。ストラヴィンスキーによる指揮は余分な誇張なしに書かれた音符をそのまま辿るというのがモットーで、それによって作品の本質がくっきりと浮かびあがってくるのが特徴です。
帝王
- ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)は、レコード録音に対して終生変わらぬ情熱を持って取り組んだパイオニア的存在であり、残された録音もSPレコード時代からデジタル録音まで、膨大な量にのぼります。その中でも、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との結び付きがいよいよ強固なものとなり、続々と水準の高い録音が続々と行われた1970年代は、カラヤンの録音歴の中でも一つの頂点を築いた時代といえます。ヨーロッパの音楽界を文字通り制覇していた「帝王」カラヤンとベルリン・フィルと、ドイツでの拠点を失ってしまった英H.M.V.の代わりとなったドイツ・エレクトローラとの共同制作は、1970年8月のベートーヴェンのオペラ『フィデリオ』の録音を成功させる。カラヤンのオーケストラ、ベルリン・フィルの精緻な演奏は、ヘルガ・デルネシュ、ジョン・ヴィッカースの歌唱を引き立てながら繊細な美しさと豪快さを併せ持った迫力のある進め方をしています。有名なベートーヴェンのオペラが、ただオペラというよりオラトリオのように響く。カラヤンは1972~76年にかけてハイドンのオラトリオ『四季』、ブラームスの『ドイツ・レクイエム』、さらにベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』という大曲を立て続けに録音しています。ドイツ、オーストリアの指揮者にとって、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスは当然レパートリーとして必要ですが、戦後はワーグナー、ブルックナーまでをカバーしていかなくてはならなくなったということです。カラヤンが是が非でも録音をしておきたいワーグナー。当初イースターの音楽祭はワーグナーを録音するために設置したのですが、ウィーン国立歌劇場との仲たがいから、オペラの録音に懸念が走ることになり、彼はベルリン・フィルをオーケストラ・ピットに入れることを考えました。カラヤンのオペラにおける英EMI録音でも当初はドイツもの(ワーグナー、ベートーヴェン)の予定でしたが、1973年からイタリアもののヴェルディが入りました。英EMIがドイツものだけでなく、レパートリー広く録音することを提案したようです。
- エリエッテ フォン カラヤンアルファベータ2008-06-27
- 日本では「帝王カラヤン」と邦語されたが「K」の韻を踏んで、"Kaiser - Karajan" と呼ばれるようになる背景にはカラヤンがベルリン・フィルの第4代の常任指揮者であった期間、他の指揮者はベルリン・フィルを指揮してベートーヴェンとブラームスの交響曲を録音しないという「暗黙の了解」があった。レコード会社のセールに於いて、絶大な人気を博していた1970年代以降は以降は言うまでもないが、60年代の初めにわずかな例外を指摘できるが、この「暗黙の了解」は守り続けられた。こうして続々登場するレコードは木管・金管に綺羅星のごとき名手を擁していた時期にあたり、絶頂期のベルリン・フィルでしか成し得ないゴージャスな響きが見事に捉えられています。特にひそやかなピアニッシモから豪壮なフォルティッシモにいたるダイナミック・レンジの広さは見事です。対してカラヤンがベルリン・フィル以外のオーケストラを指揮するとき、同じくベートーヴェンとブラームスの交響曲は演奏しないとの「暗黙の了解」があった。これは主にウィーン・フィルに限られていたわけだがカラヤンの晩年におけるウィーン・フィルとの演奏会、レコーディングにおいてブルックナーやチャイコフスキー、シューマン、モーツァルト、シューベルト、ドヴォルザークの交響曲が取り上げられたのはこのためである。戦後ドイツ・グラモフォンへの初録音はリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」。ベルリン・フィルとベルリンのダーレムにあるイエス・キリスト教会で1959年3月2日に、はじまった。同年末まではEMIへ ― 11月11日のバルトーク「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」がレッグとの最後 ― の録音はグリューネヴァルト教会で行ったが60年代はウィーン・フィルとはゾフィエンザール、ベルリン・フィルとはイエス・キリスト教会でセッションが組まれた。カラヤン&ベルリン・フィル最初期の録音の一つ。卓越した演奏技術を持つベルリン・フィルを巧みにドライヴし、その実力を見事に引き出した定評ある名演です。
- この1970年代はカラヤン絶頂期です。そのため、コストのかかるオペラ作品を次々世に送り出すことになりました。オーケストラ作品はほとんど1960年代までの焼き直しです。「ベルリン・フィルを使って残しておきたい」というのが実際の状況だったようです。この時期、新しいレパートリーはありませんが、指揮者の要求にオーケストラが完全に対応していたのであろう。オーケストラも指揮者も優秀でなければ、こうはいかないと思う。歌唱、演奏の素晴らしさだけでなく、録音は極めて鮮明で分離も良く、次々と楽器が重なってくる場面では壮観な感じがする。非常に厚みがあり、「美」がどこまでも生きます。全く迫力十分の音だ。ベルリン・フィルの魅力の新発見。そして、1976年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団から歩み寄り、カラヤンとウィーン・フィルは縒りを戻します。カラヤンは1977年から続々『歴史的名演』を出し続けました。この時期はレコード業界の黄金期、未だ褪せぬクラシック・カタログの最高峰ともいうべきオペラ・シリーズを形作っています。カラヤンのレコードでは、芸術という大目的の下で「人間味」と「完璧さ」という相反する引き合いが、素晴らしい相乗効果を上げる光景を目の当たりにすることができる。重厚な弦・管による和声の美しさ、フォルティシモの音圧といった機械的なアンサンブルの長所と、カラヤン個人の感情や計算から解き放たれた音楽でもって、音場空間を霊的な力が支配しており、聴き手を非現実の大河へと導く。
- 重厚で精気漲るカラヤンとベルリン・フィルの充実した響き。
- 20世紀オーケストラ音楽の傑作。カラヤンがその生涯でスタジオ録音を行なったバルトークのオーケストラ作品は「管弦楽のための協奏曲」と「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の2曲だけでした。実演では、ピアノ協奏曲第3番など、ほかの作品も取り上げています。本盤の「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」は、カラヤンの丹念緻密な音楽づくりが最良の結果をもたらしたものの一つである。このバルトークの作品は、音楽自体、かなりの緊張感を持っているもので、張り詰めた感じの演奏が多いものだが、ここでのカラヤンは、磨き抜かれた美しい音色を基調とし、柔らかさとゆとりをもつ演奏に仕上げている。カラヤンのイメージにまさに相応しいもので、カラヤンは作品に対しての客観的分析と主観的共感をほどよく混ぜ合わせたような演奏を行っている。聴いてみれば、純音楽的でハンガリー的な素材を生かしつつ、モダンに仕上げられた作品と分かります。バルトークの作曲技法はどのジャンルでも念入りであり、斬新な味を含みつつ根底に堅実な土台があるように思います。考えようではベートーヴェンと同じ観念であると言えます。この作品は、弦楽パートを2つに分けて指揮者の左右に対称的に配置するという指示があり、左右のパートのかけ合いの面白さが聴きどころのひとつですが、この録音ではベルリン・フィルの充実した響きを捉えています。現代は自己特徴を表現するヴィルトゥオーゾ時代へ移行する時期にありますが、1950年代から60年代は名曲の録音がステレオLPの開発で意欲的に進んだ時代で、演奏家も積極的に、かつ曲に敬意を持って名演を残してくれました。
プロダクト・ディテール(オリジナル盤)
- レーベルDeutsche Grammophon
- レコード番号2530 065
- 作曲家
- イーゴリ・ストラヴィンスキー
- バルトーク・ベーラ
- 楽曲
- ミューズの神を率いるアポロ
- 弦・打楽器とチェレスタのための音楽
- オーケストラベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
- 指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン
- 録音年月、場所
- 1969年ベルリン、イエス・キリスト教会
- 1972年サンモリッツ、フランス教会にて
- 録音種別STEREO
- 製盤国DE(ドイツ)盤
- レーベル世代ブルーラインレーベル
- CDとDVD,参考本はアマゾンで購入できます。
- ヴァリアス・アーティストUniversal Music2021-12-08
- ウィーン楽友協会合唱団ユニバーサル ミュージック クラシック2009-10-21
- カラヤン(ヘルベルト・フォン)ユニバーサル ミュージック2014-05-21
- BpoDg Imports2008-11-18
- カラヤン(ヘルベルト・フォン)Universal Music2003-09-26
- Jos Dam Gundula Janowitz Berliner Philharmoniker Herbert Karajan Wiener SingvereinDeutsche Grammophon2008-05-13
- カール レーブル音楽之友社2017-03-28
- リチャード オズボーン白水社2001-07-01
- リチャード オズボーン白水社2001-07-01
- クリスティーナ・チマガッリシーライトパブリッシング2022-03-12
関連記事とスポンサーリンク
YIGZYCN
.








![Karajan Brahms Ein Deutsches Requiem [DVD] [Import]](https://m.media-amazon.com/images/I/41q0scAolwL._SL160_.jpg)











コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。