- ―5月2日―ユダヤ系ドイツ人の歌劇作曲家、ジャコモ・マイアベーアが没した日(1864年)。ユダヤ系ドイツ人の歌劇作曲家。弟に天文学者のヴィルヘルム・ベーアと劇作家のミヒャエル・ベーアがいる。本名はヤーコプ・リープマン・ベーア 。リープマンが母方、マイアベーアが父方と母方の複合姓である。ドイツ近郊のタースドルフで生まれ、フランスで活躍した。モーツァルトの妻コンスタンツェの従弟に当たるカール・マリア・フォン・ウェーバーとともにダルムシュタットでフォーグラー神父に作曲を学び、さらにムツィオ・クレメンティやアントニオ・サリエリ、長年忘れ去られていたヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽の復興に取り組んだカール・フリードリヒ・ツェルターなどの当時のベルリン音楽界の重鎮に師事する。19世紀前半、ジョアキーノ・ロッシーニらがオペラ作曲家として活躍していた当時、マイヤベーヤも大人気の音楽家であった。サリエリの勧めで1816年にイタリアへ赴き ヴェネツィアでロッシーニの歌劇『タンクレーディ』を聴いて感動し歌劇作曲家への志を新たにした。1824年にヴェネツィアで『エジプトの十字軍』を初演し、これが圧倒的な成功となってパリ進出を決意した。ルイ16世により、ユダヤ人に完全な市民権が与えられていたため、ユダヤ人にとって当時のフランスでは活躍し易い環境が整っていた。パリにはイタリア・オペラ専門の歌劇場であるイタリア座があり、イタリア人の作曲家には進出しやすい状況となっていた。また、著作権についても他国より進んでおり、作曲家の法的立場も保護されていたうえ、パリでは作曲の報酬も高額だった。19世紀のフランスにおいては新興市民層が主たる聴衆となっており、オペラの産業化を良く理解していた。さらに、フランスの楽器産業が主に1830年代以降長足の進歩を遂げたことが、特に管楽器の分野で、オペラのオーケストラに、それまで使わなかった楽器を取り入れたり、楽器の新しいテクニックを開発すことにつながった。マイアベーアはドイツ、イタリア、フランスの各オペラ様式を身に付けた作曲家だった。ロッシーニにより興行的に成功したイタリア歌劇の様式とモーツァルトなどのドイツ歌劇の様式を折衷し、パリで主流だった、規模が大きくバレエを伴う「グランドオペラ」の発展に貢献した。代表作は《ユグノー教徒》、《悪魔のロベール》など。また、マイアベーアは劇場的センスを持っていた作曲家で、台本、音楽、演出、舞台、 衣装、合唱、バレエなどあらゆることに目を配り、監督した。全作品を通して、歌手の選択は脚本を練るうえで、重要として彼はその旅の大部分を新しい歌手のオーディションに費やし、躊躇なく新しい歌手に適するようにその役を作り直す対応ができた。その才能がマイアベーアの業績が密接に結びついていた大歌手の数は多数に上る。銀行家の息子だけあって、オペラの上演自体は事業であり、そのために必要な聴衆の趣向の把握やオペラ座の管理者たちとの連携、宣伝、ジャーナリストへの対応、収益管理などを手際よくこなした。ベルリオーズはマイアベーアの作曲技術を高く評価し、「マイアベーアは才能を持って生まれるという幸運に恵まれただけでなく、幸福をつかむ才能もあった」と語っている。

DE DGG 2530 144 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ロッシーニ/序曲集 「どろぼうかささぎ」序曲、「絹のはしご」序曲、「セミラーミデ」序曲、「セビリャの理髪師」序曲、「アルジェのイタリア女」序曲、「ウィリアム・テル」序曲
- Record Karte
DE ブルーラインレーベル, 1971年の優秀録音。
- 演奏:ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
- ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
- 曲目
ロッシーニ- 「どろぼうかささぎ」序曲
- 「絹のはしご」序曲
- 「セミラーミデ」序曲
- 「セビリャの理髪師」序曲
- 「アルジェのイタリア女」序曲
- 「ウィリアム・テル」序曲
- 《カラヤンの名盤》ミラノ・スカラ座での評判も在り、戦後はイタリアでの活躍も本気だったカラヤンの手腕を確信させる、イタリアを耳で感じる100年名盤セレクション
カラヤン=ベルリン・フィルは20世紀クラシック界最高の組合せでした。1956年ベルリン・フィルの終身常任指揮者に就任して以来、カラヤンはこの超一流オーケストラを完全に手中に収め、素晴らしい名演を世に送りつづけます。
音楽が分かり易く総天然色。カラヤンが最も輝いていた60年代 ― 音楽をいかに美しく響かせるかを考えながらも聴衆の望むものや楽曲の伝統を未来へ継承するべく、その録音の全てにはカラヤン芸術の魅力が溢れています。
- 黄金時代のカラヤン/ベルリン・フィルによる名演にして名録音。綺羅星のごとく名人が在籍していた絶頂期。ロッシーニの音楽を聴きたい方はご考察願います。
- ゴールウェイがベルリン・フィルに加わったのは1969/70年のシーズンから、綺羅星のごとく名人が在籍していた絶頂期の録音である。ゴールウェイが演奏に加わっているのは、「セミラーミデ」序曲、「アルジェのイタリア女」序曲及び「絹のはしご」序曲の3曲。ロッシーニの音楽そのものに魅了されたという方に考察願いたい。ロッシーニの軽妙な音楽にしては響きが重い。しかし、彼らの演奏はそのような印象を脇に押しやるだけの精妙さを兼ね備えてもいる。
- とにかくダイナミックスの幅が広く鮮やかで迫力満点。牧歌的な部分から迫力ある部分まで表現の幅が広く、リズムも引き締まっています。演奏はオーケストラに合奏の完璧な正確さを要求し、音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルで出来栄えも隙が無い。50歳代の後半を迎えた壮年期のカラヤンとベルリン・フィルハーモニーの覇気溢れる瑞々しい演奏。当時は初期のステレオですが、なかなか臨場感があり、カラヤンも颯爽としたときのもので、前任者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの時代の余韻の残るオーケストラと、推進力あふれるカラヤンの指揮が見事にマッチした演奏です。そのカラヤンの演奏スタイルは、聴かせ上手な解釈を代表する。まだ、自分のスタイルに固執していない1960年代のカラヤンは、音楽をいかに美しく響かせるかを考えながらも、まだ聴衆の望むものやその音楽が持ってきた慣例との公約数をしっかり維持している。
- ある対談の中でカラヤンは、『自分が指示を出さない時にオーケストラが群れをなす鳥のように天空を羽ばたく瞬間がある』と言っています。このレコードでも命令に従う集団以上の自発性がベルリン・フィルにはあり、指揮者もある程度それを楽しんでいる。
- ただ、カラヤンの理想の振り幅の中にあるから、カラヤンの音楽になっている。カリスマ的芸術性と器用な職人気質を併せ持ったカラヤンは、一回性の熱情と、それに相反する録音芸術としての綿密な音楽設計を両立できた指揮者でした。ある録音でホルン奏者の音の上ずりに気がついたエンジニアが、録り直しを確認したらカラヤンは、その自然さを良しとした話が象徴している。1960年代はちょうどドイツ・グラモフォンの音質が飛躍向上した時期にあたり、迫力と精細さが見違えるものとなった。
- ベルリンのダーレム地区にあるイエス・キリスト教会を終戦直後から1970年代にかけてベルリン・フィルの録音場所としてたびたび使われました。外装の印象とは裏腹に内装は大分こじんまりとしている建物で、大きすぎないことが録音に適していたのかもしれません。ここで数々の名録音が生み出されました。フルトヴェングラー亡き後、上昇気流に満ちたカラヤンとベルリン・フィルは、実際の演奏と併行してレコード制作の意義として完成度を『この一枚』という思いで見せつけたかったのかもしれない。
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ヴィンテージレコードの写真
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プロダクト・ディテール(オリジナル盤)
- レーベルDeutsche Grammophon
- レコード番号2530 144
- 作曲家ジョアッキーノ・ロッシーニ
- 楽曲
- 「どろぼうかささぎ」序曲
- 「絹のはしご」序曲
- 「セミラーミデ」序曲
- 「セビリャの理髪師」序曲
- 「アルジェのイタリア女」序曲
- 「ウィリアム・テル」序曲
- オーケストラベルリン・フィルハーモニア管弦楽団
- 指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン
- 録音種別STEREO
- 製盤国DE(ドイツ)盤
- レーベル世代ブルーラインレーベル
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CDの購入はアマゾンからできます。
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