- ―4月20日―フランスの画家、オディロン・ルドンが生まれた日(1840年)。モネと同じ年に生まれるが、クロード・モネが印象派を推し進めていったのに対してルドンは独自の道を歩む。版画集『夢のなかで』でデビューし、文学者・批評家に高く評価され、幻想世界や精神性を重んじる、象徴主義の分野で活躍。ロベルト・シューマンを尊敬し、作品も残している。また、武満徹はルドンの「閉じた眼」からインスピレーションを受けピアノ曲を書いた。

DE Deutsche Grammophon 2530 170 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 シューマン/交響曲第2番 序曲、スケルツォと終曲
- ドイツ/ブルーラインレーベル
- 1971年の優秀録音。
- フランス画家オディロン・ルドンはシューマン崇拝者だった。「交響曲的画家」=今日の言葉でいうと抽象画家、また、再現画家、フランス画家ルドンはそのどちらでもなく、「象徴的画家」であり、豊かな想像力で彼自身の音楽志向からその栄養を吸収していたに違いありません。ルドンの描いた作品にはシューマンを題材にしたものが多く残されています。また、ルドンの日記「私自身に」の手記にシューマンについていくつか書かれています。
肖像画とはひとつの人格、一人の人間の本質を捉えた像である。 肖像画の最悪のものは、人間の顔の中に人間がいることを示さない種類のものだ。
- ルドンはヴァイオリンを弾き、音楽家エルネスト・ショーソンとよくアンサンブルをしました。また、定期的にカルテットなど室内楽も演奏し、ベートーヴェンをはじめ、シューマンの曲を中心にとりあげていました。ルドンが熱狂的なシューマンのファンだということの証明に音楽仲間からの手紙の出だしに「親愛なるシューマン」と書かれているのがいくつか残されています。この他に、ルドンがシューマンを崇拝していた理由の一つにはシューマン自身がホフマン(ベルリン小説家・音楽家)に憑かれていたことが挙げられています。シューマンのあの有名なピアノ大作「クライスレリアーナ」はホフマン著「クライスラー楽長」をもとに作られています。
彼自身が高貴だった。その意味は、絶対に利己的でなく、自己を棄てた心の流露、強く充足した魂を持っていたということである。シューマンは、彼の果実を与えた。 林檎の樹が林檎を与えるように、自己本位の思いもなく、悔いもなく、彼の心臓と思想、彼の作品と彼の一生を、他人の苦しみを自分のものにする人々と同じように、与えた。 それこそ最高の恩寵であり、深い天才の性格のしるしである。
- ルドン『私自身に』から1915年の手記、池辺一郎訳、みすず書房
- カラヤン(ヘルベルト・フォン)ワーナーミュージック・ジャパン2014-03-26
- ロベルト・シューマン(Robert Alexander Schumann)は、 1810年6月8日にドイツのツヴィッカウに生まれました。5人兄弟の末っ子で出版業者で著作もあったという父親のもとで早くから音楽や文学に親しみ、作曲や詩作に豊かな才能を示したといいます。ロベルト16才の年にその父親が亡くなり安定した生活を願う母親の希望で法学を選択、1828年にライプツィヒ大学に入学しますが音楽家への夢を捨て切れず、1830年に高名なピアノ教師、フリードリヒ・ヴィークに弟子入りします。作品番号1の『アベック変奏曲』が出版されたのは、同年のことです。翌31年からはハインリヒ・ドルンのもとで正式に作曲を学び始め、手を痛めて(指関節に生じた腫瘍が原因とされています)ピアニストへの夢を断念せざるを得なかったこともあり、作曲家、そして音楽評論家への道を選びます。シューマンは、まずピアノ曲の作曲家として世に知られました。作品番号1番から23番まではすべてピアノ曲で占められます。1834年の夏、エルネスティーネ・フォン・フリッケンとの恋愛から、『謝肉祭』と『交響的練習曲』が生まれました。その後、ピアノの師ヴィークの娘で名ピアニストだったクララ・ヴィーク(シューマン)と恋に落ち、婚約しますが、ヴィークはこれに激しく怒り、若い2人はつらい日々を送ったとされています。『幻想小曲集』、『幻想曲』、『クライスレリアーナ』、『子供の情景』などの傑作は、そのような困難の中で作曲されました。1839年、シューマンとクララはついに裁判に訴え、翌40年に結婚が認められました。この結婚をきっかけに、それまでピアノ曲ばかりを作曲してきたシューマンは歌曲の作曲に熱中、1840年からのわずか1年ほどの間に、『詩人の恋』、『リーダークライス』、『女の愛と生涯』など、幼少期からの文学的素養とピアノの天分とが結びついた傑作が次々と作曲され、この1年は特に「歌の年」と呼ばれています。1841年からは一転してシンフォニーの創作に集中、「交響曲の年」と呼ばれるこの年には、実際にはシューマン初めてのシンフォニーである第4交響曲の初稿、交響曲第1番『春』を作曲。このうち『春』は、3月31日に親友フェリックス・メンデルスゾーンの指揮でライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演され、大成功をおさめたとされています。1842年には『ピアノ五重奏曲』など室内楽曲が集中、翌43年にはオラトリオ『楽園とペリ』が書かれています。1844年、ドレスデンに移住、傑作『ピアノ協奏曲』が作曲されますが、この頃から徐々に、青年期に罹患した梅毒に遠因があるとされる、精神的なバランスの不安定が顕れはじめ、その危機を逃れる目的もあってヨハン・ゼバスティアン・バッハの研究に没頭、オルガン作品にその成果を残しています。
- シューマンは1845年から翌年にかけて、交響曲第2番を作曲。1848年、唯一のオペラ『ゲノフェーファ』を作曲。1850年、デュッセルドルフの音楽監督に招かれて移住、デュッセルドルフの明るい風光がシューマンの精神に好影響をあたえたといわれ、それを実証するように、交響曲第3番『ライン』や『チェロ協奏曲』、多数の室内楽曲を作曲、交響曲第4番の改訂がおこなわれ、大規模な声楽曲『ミサ曲ハ短調』や『レクイエム』が次々と生み出されます。しかし、1853年11月には楽員との不和から音楽監督を辞任、あまりにも内向的なシューマンの性格に原因があったとされています。『ヴァイオリン協奏曲』はこの頃の作品ですが、クララやヨーゼフ・ヨアヒムなど、周囲から演奏不可能であるとされて公開演奏も出版もおこなわれず、ゲオルク・クーレンカンプによって1937年に初演されるまで埋もれたままになっていました。若きヨハネス・ブラームスがシューマン夫妻を訪問したのは、1853年の9月30日のことでブラームスは自作のソナタ等を弾いて夫妻をいたく感動させます。シューマンは評論「新しい道」でこの青年の才能を強く賞賛します。このブラームスの出現は晩年のシューマンにとって音楽の未来を託すべき希望であったとされていますが、一方では妻クララとの不倫疑惑に悩まされるという相反する感情を生じてしまい、この希望と絶望が、シューマンの精神に決定的なダメージを与えたとされています。1854年に入ると病は著しく悪化、2月27日、ついにライン川に投身自殺を図ります。一命をとりとめたものの、その後はボン・エンデ二ッヒの精神病院に収容され回復しないまま、1856年7月29日にこの世を去りました。精神病院で常に口にし、また最後となった言葉は「私は知っている。(Ich weis)」であったと言われています。作曲家兼指揮者として活躍したシューマンですが、評論家としての功績も忘れるべきではないでしょう。1834年に創刊された『新音楽雑誌』の編集を担当、1836年には主筆となり、1844年に至るまで務めます。これに先立つ1831年、同い年のフレデリック・ショパンの才能をいち早く見出した「作品2」と題された評論の中の「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」という言葉はあまりにも有名。その他にも、メンデルスゾーンを擁護し、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ全集の出版を呼びかけ、若き日のブラームスを発掘したのも、エクトール・ベルリオーズをドイツに紹介したのもシューマンでした。特に、フランツ・シューベルトの埋もれていた「天国的に長い」ハ長調交響曲『グレート』を発見したことは、音楽史上の大成果と言えるでしょう。
- 執拗なリズムの繰り返しによる長大な終楽章をもつこの交響曲の質感は、同じハ長調で書かれたシューマンの2番と近親性のある音楽であると感じる。初演は1846年11月5日に、メンデルスゾーン指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団により初演された。そのメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」は1843年に作曲され、その第9曲(結婚行進曲)がハ長調のトランペットで開始するのはあまりにも有名だ。そして、シューマンは交響曲第2番を「ハ長調のトランペットが頭に響いている。」と手紙に書き、1845年に着手している。シューマンが完成した交響曲としては実質的に3番目にあたるが、2番目のものは後年改訂出版されて「第4番」とされたため、出版順序によって第2番となった。この曲を「楽想の深さ、形式の美しさ、遠大な構想と造形性は驚くべきものがある」と絶賛したチャイコフスキーは、やはり金管によるモットー主題が全曲にわたって要所要所に再現する構造をもった交響曲第4番を1878年に書いた。そのように「一日中頭にこびりついて離れない観念」を表すモットー主題を「イデー・フィックス」と呼ぶが、その元祖はベルリオーズが1830年に書いた「幻想交響曲」である。踊っている恋人の姿に嫉妬の炎が燃え、優雅なはずのワルツの旋律が妙にざわざわした、台風が来る前の森の中のような雰囲気になる第2楽章「舞踏会(Un bal)」。同時代音楽の評論活動も盛んにしていたシューマンが雑誌『音楽新報』において「幻想交響曲」を詳細に解説し、激賞する文章を書いている(1835〜36年)のは有名である。
- 1970年代はカラヤンらしさが一番強く示された時代
- シューマンの交響曲というものはドイツ人の名指揮者でも4曲全曲を振っていないケースが多い。有名どころを思い出すままさらうと、フルトヴェングラーが1,4番、ベームの4番、ケンペは1番、クナッパーツブッシュが4番。ワルターが3,4番しか振っていないのに対してシューリヒトのように2,3番だけという次第だ。1971年に録音されたカラヤン唯一のシューマン交響曲全集からの一枚。とはいえ、カラヤンはシューマンの交響曲では第4番を好んで演奏会で取り上げ、ベルリン・フィルの芸術監督に就任して間もない頃(1957年)と最晩年(1987年)にスタジオ録音を行っている。また、第2番については、ローマ・イタリア放送管弦楽団とのライヴ録音(1954年)で聴ける。然るに交響曲全集としては唯一で、第1番と第3番は演奏されることはほとんど無く、この頃録音された交響曲全集でしか聴くことができません。カラヤン63歳の録音です。苦悩や闘争する心情を吐露するかのような私小説的な第2番ですが、ベルリン・フィルの磨き抜かれた緻密なアンサンブルを駆使した、流麗な語り口で聴かせる。1970年代はカラヤンらしさが一番強く示された時代でこの録音も随所に、ドイツ的な重厚さとカラヤン独特の流麗な語り口が特徴的で個性的な表情が頻出しますが、作曲家の美の世界とカラヤンの美学とが理想的な形で結びついた演奏だと思えるようになり、今日は面白く聴きました。
- エリエッテ フォン カラヤンアルファベータ2008-06-27
- リヒャルト・シュトラウスが交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」を作曲するとき、天啓があったのか。冒頭、トランペットに驚きます。そのまろやかで粘りある響きが、「ツァラトゥストラはこう語った」のようだと感じます。カラヤンとベルリン・フィルのこの交響曲の歌い出しは厳粛にして深刻、この粛然とした雰囲気を纏って跳躍音型が登場する様というもの、後のワーグナーやブルックナー、マーラーの動機や主題を予告するようです。シューマンの2番とは、実は後続の作曲家の着想を先取りし、その起点となる曲なのかもしれない。カラヤンによる第1楽章を聴くと、シューマンの皇帝、あるいは英雄と言える勇姿が浮かび上がって来ます。シューマンがありのままに勢いを持って書き上げる旋律。水面から見える石伝いに河を渡ると、彼が渡った後に橋が現れる。近代工法で創り上げたコンクリートのスマートな橋をカラヤンは架ける。音楽の高揚は早い段階からスイッチが入って力感に満ちた音楽を生み、向こう岸めがけてて分厚い弦楽と輝かしい金管は、ベートーヴェン風に豪快な音楽になっていく。第2楽章もカラヤンらしい表現。極めてスムーズな演奏。心地良く曲が流れていく。特に後半の流れは良い。ここでもベルリン・フィルの能力を誇示するかのようだ。チャイコフスキーやブラームスの香りを感じる。カラヤンの颯爽とした、そしてベルリン・フィルの貫録を持つ豊かな響きからは、一筆書きのように吹き過ぎる生命力あふれる作風のシューマンと出会えます。第3楽章は特別。カラヤン独特の音楽を作り上げていて、随分とたっぷりとした響きでロマンティックな表現。弦楽フレーズをぬめるように鳴らしてゆく表現は幻想的というか神秘的。「アダージョ・カラヤン」的な雰囲気がかなり感じられます。この感覚はなんてマーラー第5番のアダージェットと似たものに思えるのでしょう。甘く天上の世界へと浄化されるようです。夢を断ち切るように始まる第4楽章。弦楽での流線型に流れるフレーズがくっきりと鮮やかで流石。開放感や威力も随所に発揮されたオーケストラの、ホルンの3連符がマーラー版のように豪快に響きます。クライマックスは劇的な表情でたくましく、アッチェレランドをかけて音楽を強く引き締め、マシンガン的なティンパニの音響を伴ってカラヤン一流のフェルマータで締め括ります。オーケストラの響きには注文がつく、シューマンからこれだけ美しい響きを聴かせるのは驚きです。カラヤンは美しく響けばマーラー編であろうとなかろうと、そちらを選択するのではないでしょうか。響きが悪いと言われるシューマンから輝きさえ見せる豪華な響きを聴かせ、美女のお腹に本来あるべきお臍がない如き奇異な存在の第3楽章では内面的な妖しさを響きの妖艶さへと置き換えて、ベートーヴェンを聴いた時のような確固とした趣。それはもう颯爽と、しかも格好良く運ばれ、途中立ち止まってかつての感傷を振り返る事をせず、表面的な美しさ・威厳のみに集中してそれらには触れないかのようにひたすら突き進むように感じます。毒を抜き去ったスタイルで聴かせてしまう所が、カラヤンの最も大きな魅力です。
- カラヤンが芸術監督に就任して以降に入団した名うてのスタープレイヤーがその実力を如何なく発揮し始めた頃でもあり、録音はマルチマイクで楽器各々をフォーカス傾向なこともありますがイエス・キリスト教会の響きも十分に感じられます。1970年代の様々な交響曲全集などで聴かれる、高い天井から降り注いでくる。鉄壁のアンサンブル、ブリリアントなブラスセクションの朗々たる響き、桁外れのテクニックによって極上の美音を振り撒く木管楽器群、そして本演奏の前年に入団したフォーグラーによる雷鳴のように轟きわたるティンパニの強靭な迫力。これらが一体となった当時のベルリン・フィルは驚異的な合奏能力を有していたと言えるところであり、カラヤンはこれに流麗なレガートを施して、どこをとってもオーケストラ演奏の美しさの極致とも言うべき極上のカラヤン・サウンドに満たされている、当時のこのコンビの典型的な響きですが、クリアでコシもあり今でも十分に通用するアナログ録音です。フルトヴェングラーはよく「何でカラヤンの録音ははっきりとティンパニが聞こえるのか」とレッグにクレームをつけていた。もちろんそれは録音だけのせいではなく、この時期のカラヤンの指揮そのものの特徴でもある。これに対し、最晩年のウィーン・フィルとの録音はフルトヴェングラー的な音を指向している。
- シューマン岩波書店1958-07-25
- 細部までぴったり揃うベルリン・フィルのアンサンブルが見事である。音楽内容の精神的な深みを徹底して追及した名演がシューマン演奏の主流としてあり、我々聴き手の心を揺さぶるが、極上の美しさを誇る圧倒的な音のドラマを構築したカラヤンによる演奏のベクトル自体が異なるものであり、カラヤン美学はシューマンの美しさをただひたすら追求し、その背景にある事などお構いなしに磨き上げるスタイリッシュさにこそあるのだと感じ、シューマンらしさとかロマン派的部分とか、細かいことに拘らなければ良い演奏と言って良いではないか。
プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)
- レーベルDeutsche Grammophon
- レコード番号2530 170
- 作曲家ロベルト・シューマン
- 楽曲
- 交響曲第2番 ハ長調作品61
- 序曲、スケルツォと終曲 ホ長調作品52
- オーケストラベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
- 指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン
- 録音年月日1971年2月16、17日
- 録音場所ベルリン、ダーレム イエス・キリスト教会
- 録音チーム
- プロデューサー:ハンス・ヒルシュ
- ディレクター:ハンス・ウェーバー
- エンジニア:ギュンター・ヘルマンス
- 録音種別STEREO
- 製盤国DE(ドイツ)盤
- レーベル世代ブルーラインレーベル
- CDとDVD,参考本はアマゾンで購入できます。
- ヘルベルト・フォン・カラヤンUniversal Music2024-06-12
- リパッティ(ディヌ)ワーナーミュージック・ジャパン2012-02-15
- Dennis BrainWarner Classics2014-03-31
- BpoDg Imports2008-11-18
- カラヤン(ヘルベルト・フォン)Universal Music2003-09-26
- Jos Dam Gundula Janowitz Berliner Philharmoniker Herbert Karajan Wiener SingvereinDeutsche Grammophon2008-05-13
- カール レーブル音楽之友社2017-03-28
- リチャード オズボーン白水社2001-07-01
- リチャード オズボーン白水社2001-07-01
- オディロン・ルドンみすず書房1983-07-16
ショップ・インフォメーション(このヴィンテージ盤はショップサイトの扱いがあります。)
- 商品番号353213
- レコード盤コンディション良好です(MINT~NEAR MINT)
- ジャケットコンディション良好です(下両角に小さな傷みあり)
- 価格5,500円(税込)
- 商品リンクhttps://www.lpshop-b-platte.com/SHOP/353213.html
- ショップ名輸入クラシックLP専門店 ベーレンプラッテ
- ショップ所在地〒157-0066 東京都世田谷区成城8-4-21 成城クローチェ11号室
- ショップアナウンスべーレンプラッテからお客様へ
当店のレコードは、店主金子やスタッフたちが、おもにヨーロッパに直接出向き、実際の目と耳で厳選した、コンディション優秀な名盤ばかりです。国内で入手したものや、オークション品、委託商品はございませんので、安心してお求めになれます。
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