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フランスの作曲家、ジョルジュ・ビゼー作曲の世界で最も人気のあるオペラの一つとされる《カルメンCarmen》が初演された日(1875年)。自由奔放なカルメンに見せられた兵隊ドン・ホセ。2人は一時惹かれ合うも、カルメンが闘牛士に夢中になり、引き留めようとするドン・ホセをさらに追いかける婚約者…彼らの四角関係が描かれる。中でも、有名なハバネラ「恋は野の花」はカルメンが男たちを口説く誘惑の歌。初演時の反応は冷ややかで問題作として扱われたが、その後現代まで続く人気作となった。

  • HU HUNGAROTON SLPXL12230/232 テレサ・ベルガンサ プラシド・ドミンゴ イレアナ・コトルバシュ シェリル・ミルンズ アンブロジアン・シンガーズ クラウディオ・アバド ロンドン交響楽団 ビゼー カルメン

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    • 世界で最も人気のあるオペラの一つとされる「カルメン」は音楽映画の起点となった。

    • 時は1820年頃、舞台はスペインのセヴィリャ。タバコ工場で働く女工たちの中で、若い男たちに一番人気のあるジプシーのカルメンは「ハバネラ」を歌って男たちを魅了します。ところが、衛兵のドン・ホセだけは彼女に興味を示しません。そこでカルメンは胸に付けていたカッシアの花をホセに投げつけ去っていきました。仕事に戻った女工たちは工場の中で喧嘩騒ぎを起こします。原因はカルメンで、捕らえられたカルメンは、衛兵のホセを誘惑して手縄を緩めさせ逃げ去ります。カルメンを逃がした罪で禁固となっていたホセが、1か月後、閉店後の酒場にいた彼女に会いに行きます。ホセはカルメンから貰った花を手に愛を告白しますが、それならばとカルメンから軍隊に帰営しないで、すべてを捨てて自分の下に残るように求められたホセは脱走兵としてジプシーの仲間となるのです。カルメンのジプシー仲間は密輸をして稼いでいました。そのことを知って後悔するホセ。カルメンはそんなホセに愛想を尽かします。その時にはカルメンの恋心は、すでに闘牛士エスカミーリョに移っていました。そこへホセの故郷からミカエラが訪ねてきます。ミカエラからホセの母が重病だと聞いて故郷に帰ることを約束します。1か月後、闘牛場前の広場。カルメンと愛の言葉を交わした闘牛士エスカミーリョが闘牛場に入っていきます。賑わいが過ぎて、広場に残ったカルメンの前に現れたのが、戻ってきたホセです。やり直そうと言うホセでしたが、カルメンは相手にしません。しつこく食い下がるホセに対し、カルメンは昔もらった指輪を投げつけました。そのときホセは激昂してカルメンを刺し殺してしまいます。そしてその場に呆然と立ちつくしているだけでした。
    • アバドの血統を感じさせるラテン系の情緒溢れるカルメン。

    • ― その劇的な効果とリアリズムの手法は、その後のイタリアで主流となるヴェリズモ・オペラの出発点となったビゼーのオペラ「カルメン」。クラウディオ・アバドがイタリア人としての血を感じさせるラテン系の情緒溢れるカルメン。アンサンブルなども緻密であるが、いささかも杓子定規には陥らず、どこをとってもフランス人であるビゼーの音楽情緒が満載。おそらく現在カルメンらしい〝らしさ〟で評を集めたらアグネス・ヴァルツァあたりに評が集まるところでしょうが、歌手陣もヘルベルト・フォン・カラヤン盤に勝るとも劣らない豪華さであり、おそらくキャスティングはスペインが舞台ということでテレサ・ベルガンサが起用され、特に素晴らしい題名役を披露し、2回目のドン・ホセ役となるプラシド・ドミンゴは見事なはまり役、エスカミーリョにシェリル・ミルンズ、ミカエラをイレアナ・コトルバス。プロコフィエフのアレクサンダーネフスキーの超名演、名録音に吃驚したのも記憶に新しい ― アバドの頂点はロンドン交響楽団を振っていた頃と思えてなりません。イタリアの人、アバドの指揮者人生は、まさに輝きに満ちたものだった。アバドは、1979年から1988年まで、アンドレ・プレヴィンの後任としてロンドン響の首席指揮者・音楽監督を務めています。前任者プレヴィンが育成した同響の充実ぶりを引き継ぎ、より一層の精緻さを加え、ロンドン随一のアンサンブルへと発展させました。アバドとロンドン響の録音は1960年代にデッカとドイツ・グラモフォンで始まっていますが、1970年代にはほぼ完全にドイツ・グラモフォンに移行し、ペルゴレージからベルクにいたる幅広いレパートリーで数々の名演を残しています。この1970年代は、アナログ録音は円熟の域にあり、デジタル録音の到来を準備するようにマイク・セッティングの工夫がいろいろと伝わってきた頃で、日本でのオーディオ熱も高騰していた。中でもアバドとロンドン響による数多くのバレエ音楽を含み録音は、千変万化する複雑なリズムの緻密なエクセキューション、完璧に統御されたオーケストラ・バランス、鮮やかな色彩感、そして何よりも、しなやかで柔軟性に富んだ身のこなしによって、バレエ曲でも最も純音楽的で洗練度の高い演奏の一つとして高く評価され、音楽ファンに強い印象を残しています。当時頂点を極めていたアナログ方式によって1977年に収録された「カルメン」からは心底音楽を、指揮を、楽しむ表情に生命の根源の活力として生涯一貫していたアバドを感じられる。
    • オペラ界においては、陰翳をたたえた美声、充実した中音域、卓越した演技力、すぐれた歌唱技術によって、世界各国において幅広い人気と高い評価を得ているプラシド・ドミンゴ、パヴァロッティの後、声に芯のあるテノールは出てこないのでしょうか。ドミンゴは、スペインのマドリード生まれ。両親はサルスエラ歌手。1949年、サルスエラ劇団を経営する家族とともにメキシコに移住、両親の一座で子役として舞台に立っていた。若くしてバリトン歌手としてキャリアをスタートした後、テノーレ・リリコ(叙情的な声質のテノール歌手)に転向したが、元来はより重いリリコ・スピントの声質だった。ドミンゴはバリトン出身だけにテノールの聞かせどころの最高音域は不安定であるが、美声と洗練された歌い口でオペラ通や批評家をうならせたのだった。特筆すべき多様性をもつ歌手であり、ヴェルディ、プッチーニなどのイタリア・オペラ、フランス・オペラ(『ファウスト』、『サムソンとデリラ』など)、ワーグナーなどのドイツ・オペラと広汎な演目をレパートリーとしている。その陰翳を帯びた声質と自在な表現力を生かして、30歳代で数あるテノールの役の中でも特に重厚な歌唱を要するオテロもレパートリーに加えた。ドミンゴのオテロは彼の世代の第一人者と見なされている。そして、3大テノールでドイツ・オペラに積極的なのは彼一人だけである。1968年には西ドイツのハンブルクでローエングリンを歌ってワーグナー作品にも進出したが、声帯障害を引き起こしてしまう。同年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場にチレア作曲「アドリアーナ・ルクヴルール」マウリツィオ役でのデビューが決定、リハーサルを行っていたドミンゴだったが、同役を演じていたスター歌手フランコ・コレッリが突然出演をキャンセルしたため、劇場は代役をドミンゴに依頼、隙かさず劇場に駆けつけてマウリツィオを演じたドミンゴは、思いがけず数日早まったメトロポリタン・デビューを成功させる。また、1969年にはエルナーニでミラノ・スカラ座、1971年にはカヴァラドッシを歌ってロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスにデビューし、世界的な名声を確立した。またドミンゴは、ロマンチックなオペラのヒーローに相応しい、端正な顔立ちと高身長にも恵まれている。『愛の妙薬』のネモリーノのような軽いレパートリーにおいても、リリックに柔らかに歌う発声と演技力により評判になった。しかし、声が成熟して重みと厚みを増すに従いワーグナーの諸役も無理なく歌えるようになり、徐々に彼の主要なレパートリーとなっていく。また伊仏独の多くのオペラに加え英語の新作オペラやオペレッタの英語版まで歌い、のみならずロシア語オペラの『エフゲニー・オネーギン』や『スペードの女王』を原語で歌うなど、語学能力も高い。ドミンゴのレコード&CD録音は、オペラ全曲盤、オペラ・アリア集、ポピュラーソング集など膨大な数にのぼる。RCA、EMI、ドイツ・グラモフォン、デッカ、ソニークラシカルなど多くのレコードレーベルで録音を行っており、長年デッカと専属契約を結んでいたパヴァロッティとはこの点でも対照的である。ドミンゴはヴェルディのテノール向けのアリアを、ヴェルディが上演国に合わせてそれぞれの言語で作曲したオリジナル版からの複数版を含めて全数収録したCDセットを録音し、批評家からも概ね好意的な評価を得ている。近年は再びバリトン歌手として活動しており、『シモン・ボッカネグラ』の題名役や『椿姫』のジェルモン役で高評価を得ている。
    • 人気作であるだけに、外題役の一般的なイメージが執拗にあり、ジェームズ・レヴァインや、ヘルベルト・フォン・カラヤンのDVDの印象が強い。一方、これは殺されるカルメンの哀れな悲劇ではなく、カルメンによって運命を翻弄されるドン・ホセの愚かさの悲劇でもある。フランス・オペラの代表作として、魅力的な音楽にもあふれており、ビゼーはこの一作でヴェルディやワーグナーに匹敵する地位を確保しています。このオペラは、一見して何気ないロマン派オペラと思われがちですが、その劇的な効果とリアリズムの手法は、その後のイタリアで主流となるヴェリズモ・オペラの先鞭となりました。歴史的にも重要な作品となったのです。フランス的なものの精華といえばシャルパンティエの「ルイーズ」、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」あたりの淡彩がより相応しい。叙情と同時に宗教的な要素が顔を覗かせる〝グノーのファウスト〟と違い、フランスオペラの典型と考えるには、〝ビゼーのカルメン〟はスペインが舞台で、そういった異国情緒に主眼を於いてビゼーが作曲した、フランスというバイアスを通ったスペインという見方をするべきです。ホセを堕落の道に勧誘し、自己の恋愛に忠実なカルメン「自由のために生き、自由のために死ぬのよ」。バラの花を口に咥えてハバネラを踊る、スペインの舞踏。しかし、ネイティヴであるテレサ・ベルガンサにとってビゼーのスペインは己のスペインとは違うものでした。さらにカルメンの原作者であるメリメも、ビゼーもスペインに対する誤った知識から作品を歪めていると感じていた。それだけ頑ななベルガンサを、キングス・シアター、フェスティヴァルの監督ピーター・ダイアモンドは数年にわたり説得。「これまでの上演でいつも歪められてきたカルメンのイメージを一掃しょうとする演出なら」という条件で承諾。ここから新しいカルメン像が描かれていきました。スペインが舞台ということでベルガンサが起用された、キャスティングはそこに狙いがあったのです。1935年スペインのマドリッド生まれ。当地の音楽院で学び、1955年にデビュー。1957年エクサンプロヴァンス音楽祭でのモーツァルトのオペラ「コシ・ファン・トゥッテ」で歌ったドラベッラ役で国際的に注目され、以後、高度な歌唱力と艶やかな声を武器に一流の舞台で長く活躍。モーツァルト、ロッシーニのオペラやスペイン歌曲では比類なき名声を獲得したベルガンサは、チャーミングなスカート姿から艷やかな白いドレス姿まで、しかし風格を感じさせる身のこなしと、コロラトゥーラの見事な技巧やなめらかな歌い廻しが本当に素晴らしい。ここで描かれるのは上品と、知性のカルメンでした。
    • 美麗に流暢に歌われているテレサ・ベルガンサの歌唱、舞台上の迫真、演技の真実とは別に声楽的な新しい像を打ち出し、結果的にはクラウディオ・アバドの「カルメン」は成功しました。ビゼーはこの作品をセリフと歌で進められるオペラ・コミークの作品として書きました。さらに、これをグランド・オペラとして上演するよう依頼を受け、その制作の過程でわずか37年の生涯を終えます。作品は初演当初は成功を収めることはなく、作品も迷走し、グランド・オペラとオペラ・コミークという過度期に書かれたため、作品には幾つもの版が存在することになってしまいました。アバド盤はコミークに復元したアルコア版を採用。それまでの人気盤と比べてスタイリッシュすぎて、緩急をつけたアバドの指揮ながら、もう少し香りが欲しいところですが、「聴き手は避けられない悲劇の道の途中、どこにも止まろうとは思わないだろう」狙いを見据えて、時に演奏は快速であり、ドラマに応じて付される的確な伴奏。そして、カルメンを刺殺し、一人残るホセの場面の強い悲劇に向かって一直線に向かうのはアバドの手腕で、この演奏を見通しのよいものにしています。一気に全曲を聴き通すことで実演の成果を、ありのままレコードに残すことに拘った感動が伝わってきます。
    • クラウディオ・アバド(Claudio Abbado)は1933年6月26日、イタリア・ミラノ生まれの指揮者。ヴェルディ音楽院の校長を務めた父のもとで育ち、1954年からウィーン音楽アカデミーで学ぶ。父のミケランジェロ・アバドはイタリア有数のヴァイオリンの名教育者であり、19歳の時には父と親交のあったトスカニーニの前でJ.S.バッハの協奏曲を弾いている。オペラ監督のダニエル・アバドは息子、指揮者のロベルト・アバドは甥である。1959年に指揮者デビューを果たした後、ヘルベルト・フォン・カラヤンに注目されてザルツブルク音楽祭にデビューする。ベルリン・フィルやウィーン・フィル、シカゴ、ドレスデンなどの桧舞台に早くから客演を重ね、確実にキャリアを積み重ねて、1968年にミラノ・スカラ座の指揮者となり、1972年には音楽監督、1977年には芸術監督に就任する。イタリア・オペラに限らず広大なレパートリーを高い質で提供しつつ、レコーディングにも取り組んだ。1990年、マゼールなど他に様々な有力指揮者らの名前が挙がった中、カラヤンの後任として選出されベルリン・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督に就任し、名実共に現代最高の指揮者としての地位を確立した。アバド時代のベルリン・フィルについて、アバドの音楽的功績や指導力については評価はかなり様々であるが、在任年間の後期の成熟期におけるベルリン・フィルとの録音として、ベートーヴェン交響曲全集(2回目・3回目)や、ヴェルディのレクイエム、マーラーの交響曲第7番・第9番、ワーグナー管弦楽曲集、等々がある。現代音楽もいくつか録音されており、世界最高の名器たる実力を余す所なく披露している。楽曲解釈は知的なアプローチをとるが、実際のリハーサルではほとんど言葉を発さず、あくまでタクトと身体表現によって奏者らの意見を募る音楽を作っていくスタイルだという。その点がアルゲリッチの芸風と相性が良いのだろうか、マルタ・アルゲリッチとも多くの録音がある。比較的長めの指揮棒でもって描かれる曲線は力強くかつ繊細であり、自然なアゴーギクとともに、色彩豊かな音楽を表現するのが特徴である。
    • カルメン:テレサ・ベルガンサ(メッゾ・ソプラノ)、ドン・ホセ:プラシド・ドミンゴ(テノール)、エスカミーリョ:シェリル・ミルンズ(バリトン)、ミカエラ:イレアナ・コトルバス(ソプラノ)、アンブロジアン・オペラ・オーラス、クラウディオ・アバド(指揮)、ロンドン交響楽団。1977年8月エディンバラ、ジョージ・ワトソンズ・カレッジと1977年9月ロンドン、セント・ジョーンズ・チャーチでのセッション・ステレオ録音。
    • 優秀録音。1977年の録音です。ボックス入り。DGG原盤。 解説書にベルガンサ、ミルンズ、アバドの直筆サイン入りです。

ヴィンテージレコードの写真

  1. 3535065
  2. 3535066
  3. 3535067
  4. SLPXL12230

プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)

  1. レーベル
    HUNGAROTON
  2. レコード番号
    SLPXL12230/232
  3. 作曲家
    ジョルジュ・ビゼー
  4. 楽曲
    歌劇「カルメン」全曲
  5. 演奏者
    • カルメン:テレサ・ベルガンサ(メッゾ・ソプラノ)
    • ドン・ホセ:プラシド・ドミンゴ(テノール)
    • エスカミーリョ:シェリル・ミルンズ(バリトン)
    • ミカエラ:イレアナ・コトルバス(ソプラノ)
    • アンブロジアン・オペラ・オーラス
  6. オーケストラ
    ロンドン交響楽団
  7. 指揮者
    クラウディオ・アバド
  8. 録音年月
    1. 1977年8月
    2. 1977年9月
  9. 録音場所
    1. エディンバラ、ジョージ・ワトソンズ・カレッジ
    2. ロンドン、セント・ジョーンズ・チャーチ
  10. 録音種別
    STEREO
  11. 製盤国
    HU(ハンガリー)盤
  12. レーベル世代
    イエローレーベル

ショップ・インフォメーション(このヴィンテージ盤はショップサイトの扱いがあります。)

  1. 商品番号
    353528
  2. レコード盤コンディション
    良好です(MINT~NEAR MINT)
  3. ジャケットコンディション
    良好です(ボックスにわずかな傷みあり)
  4. 価格
    22,000円(税込)
  5. 商品リンク
    https://www.lpshop-b-platte.com/SHOP/353528.html
  6. ショップ名
    輸入クラシックLP専門店 ベーレンプラッテ
  7. ショップ所在地
    〒157-0066 東京都世田谷区成城8-4-21 成城クローチェ11号室
  8. ショップアナウンス
    べーレンプラッテからお客様へ
    当店のレコードは、店主金子やスタッフたちが、おもにヨーロッパに直接出向き、実際の目と耳で厳選した、コンディション優秀な名盤ばかりです。国内で入手したものや、オークション品、委託商品はございませんので、安心してお求めになれます。

CDはアマゾンで購入できます。
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