商品名US WH WH20004 ペーター・リバール チャイコフスキー・ヴァイオリン協奏曲

男性的で押し出しの強い音楽を聴かせる隠れ名盤 ― ペーター・リバールです。彼をご存知ない方が大多数だと思いますが、スイス・ウィンターソー交響楽団のコンマス勤め上げた人です。何枚か米国ウェストミンスターに録音しています。国際的な名声を得ていても日本にはほとんど紹介されていない音楽家がスイスに多い。ヴィンテルトゥールは小さな町で音楽水準が高かったことで、技巧的名演とは無縁だったのだろう。
1949年にニューヨークで創設され、短期間に綺羅星のごとく名録音の数々を残したウエストミンスター・レーベル。創設の中心メンバーであったジェイムズ・グレイソンがイギリス人で、もともとロンドンのウエストミンスターのそばに住んでいたので、「ウエストミンスター」と命名されました。創設当初の中心的なアーティストは、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団、ウィーン・フィルハーモニー木管グループで、1952年からはこれにバリリ四重奏団が加わりました。彼らはみなウィーン・フィルなど、ウィーンで活躍していた演奏家たちでした。1950年に DECCA に次ぐ英国レーベル会社として設立された ― 独自録音が英国の風情を感じさせるレーベルでコレクターの根強い支持を得ている ― NIXA との共同でヨーロッパ録音も多く、ウェストミンスターは佳盤の宝庫。ウエストミンスターの音源はヨーロッパでは英 WHITEHALL 、仏デュクレテ・トムソンや VEGA、独ヘリオドールあたりで再発されています。共同録音や、原盤の配給が活発なウェストミンスター録音は、1980年頃からグラモフォン系がライセンスを許可するようになるまで、意識している以上に様々な機会に耳にしている可能性が多そうだ。
チェコ系の名手で1970年からはサヴァリッシュからの要請でスイス・ロマンド管のコンサート・マスター(1970〜1980)も務めたペーター・リバール(Peter Rybar 1913〜2004)は、スイスの名ヴァイオリニスト。チェコ系のウィーンっ子でヨゼフ・スク(父)やカール・フレッシュに学び、ヴィンタートゥル管弦楽団のコンサート・マスターやヴィンタートゥル弦楽四重奏団の一員としても活躍した。またジュネーヴ音楽院でも後進を指導するなど生涯にわたってスイスの弦楽奏者の水準を高めることに貢献しました。名ピアニストとして有名なクララ・ハスキルとのデュオや、妻であるピアニストのマルセル・デーペンとのデュオの活動は、当時からたいへん好評であり、録音もいまだたいへん評価の高いものです。国際的な名声を得ていても日本にはほとんど紹介されていない音楽家がスイスに多い。現役盤は少なく、上品で過度な装飾を排した彼の音色を楽しむにはもってこい。ヴィンテルトゥールはわずか6万人程の小さな街ですが、音楽は盛んで高い水準を誇っており、音楽院は1629年創立という古い歴史を有しています。ムターの演奏に代表される技巧的名演とは対象的に位置する内省的演奏で、好き嫌いは別れるだろうが面白い。リバールの、やや硬質で清澄な音色と、その表現の繊細さと瑞々しさはヴァイオリン好きを虜にする魔力を秘めています。なかでも緩徐楽章は特徴的。スークの弟子ということで、チェコ系の歌う雰囲気を感じさせる渋みのある歌いっぷりは絶品です。しかも耽美的に甘く歌うのではなく、なんともシブい。そして音色の濃厚さ。それは彼が、和音の処理を見事に弾き分けることで立ち上がってくる構成美である。どれほど完璧すぎて現実離れしていると言われても、ミロのヴィーナスやボッティチェリのヴィーナスの誕生の姿は美しい。幻と言われる割には、何枚か米国ウェストミンスターに録音しています。リバールの録音は数多くあるものの、ソリストや室内楽奏者として活躍したのは1940~50年代であり、第2次世界大戦前後という不安定な時代であったため、またステレオ録音への移行前のモノラル録音であったために、高度成長期には未だ早く、当時の日本国内の物価水準から考えて一般的なサラリーマンがLPを購入することなど極めて珍しかった時代のこと。『ヴィヴァルディの四季』が爆発的にブームとなる前のこと。フルトヴェングラーでも、ストコフスキーでもなければ実績はどんなものだったろうか。一部の愛好家以外で、有名なディスクであるにもかかわらず幻の名盤になってしまった、という次第。リバール自身は当時から大変なテクニシャンといわれていましたが、チャイコフスキーの外面的な派手さとは無縁の渋い演奏で、その瑞々しく典雅な表現により内面的なロマンスの世界を掘り深めています。ヴィルトォーゾぶったところは全くなく、ゆったりしたテンポの中で一音一音慈しむように丁寧に歌い上げていくスタイルは、達観した老巨匠のような円熟の極み。リバールの誠実さと音楽性の豊かさをしみじみと味わえます。
ウィーン祝祭管弦楽団を指揮する、ヴィクトル・デザルツェンスは戦後のアルフレッド・コルトーやジャック・ティボーとのベートーヴェン、クララ・ハスキルやリリー・クラウスとのモーツァルトでの伴奏でお馴染み。カラヤンと同世代の ― 1908年10月27日生 - 1986年2月13日没 ― スイスの指揮者。シャトー=デで生まれ、ローザンヌでアンリ・ガニュバンらに師事した後、さらにジョルジュ・エネスコにヴァイオリンを師事した。スイス・ロマンド管弦楽団にヴァイオリニストとして入団したが、室内楽コンサートや独奏者としての活動を活発化させ、オーケストラを退団。1940年にローザンヌ室内管弦楽団を創設し、1973年までこのオーケストラを指導した。その間、1950年にはヘルマン・シェルヘンの後を継いでヴィンタートゥーア・ムジークコレギウムの指揮者となった。ヘルマン・シェルヘンが活躍したレーベルには、ヴィクトル・デザルツェンスの古典音楽も多く見つかります。中庸のよろしきを得たテンポの音楽を趣としてます。ヨーゼフ・クリップス指揮で「ウィーンの森の物語~シュトラウス・ファミリーの音楽」があるが、ウィーン祝祭管弦楽団と同一団体であるかは不明。その響きは権利の都合で変名したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団にも聞こえる。
ウェストミンスターによる1959年8月録音、1962年発売。
US  WH  WH20004 ペーター・リバール チャイコフスキー…
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