商品名US RR RR-429 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー ワーグナー・神々の黄昏

ワーグナーの毒 ― という言葉がある。若いころ飲み始めたばかりの酒はまずいが、一度、味を覚えたらやめられない。女のカラダも、ワーグナーの毒も同じだ。はじめはいつ終わるんだろうと身を委ねているばかりだが、その魔力に取り憑かれたら絶頂の勘所を会得する。それには迷うこと無く、「ニーベルングの指環」を奨める。ワグナーの畢生ひっせいの大傑作、四部作の大楽劇「ニーベルングの指環ゆびわ」は「ラインの黄金こがね」で世界の理を説き、「ワルキューレ」で事変が表面化、「ジークフリート」でキーマンが登場して、「神々の黄昏たそがれ」で完結する。ワーグナーの楽劇の理想を具現した大傑作であるばかりでなく、実に古今の音楽史上にさんたる大金字塔だいきんじとうで、一作一作が独立した別嬪のエクスタシーを与えてくれて、何しろ上演に4日かかる飛び抜けた大作である。ワーグナーの思想はその手法と共に次第に円熟し、高潮した英雄主義にはショーペンハウエル風の厭世主義えんせいしゅぎが加味され、宿命悲劇の深沈しんちんたる暗さが、世界大に拡充かくじゅうされる愛の理想と結び付いた。ワーグナーの音楽の重圧は、そのいこいのない音の大量放射にもよるが、一つはこのギリシャ風な英雄主義と宿命苦の思想的な重力によるものであろう。ワーグナーのレコードははなはだ少なくない。ワーグナーの音楽は音楽文化の上にきわめて重要性を持つことは言うまでもないが、その構成が雄大で、複雑精緻せいちを極むるために、いつまでたっても難しさは解消されない。日本においてワーグナーのレコードが必ずしも商業的に歓迎されないのは、まことにやむを得ないことではあるが全てに於いて真に良きレコードを選ぶ困難は加わるばかりだ。でも、ここにワーグナーの毒が充満している。こんなにも魅力的で楽しい音楽は、そうざらにあるものではない。大人の官能を覚えるには作品全体に出てくる膨大なメロディーが縦横に綾なす《神々の黄昏》が遊びでない本気の初体験に良い。
明治35年の夏、初めて上京した石川啄木いしかわたくぼく小日向こびなたの素人下宿で、ワーグナーの「白鳥の騎士ローエングリン」の英訳本を耽読たんどくしていたことを私は記憶している。石川啄木はワーグナーを劇詩人として論じ、私は音楽なしにワーグナーを論ずることの無法さを説いて半日愉快な論戦に暮した記憶は、37,38年を隔てた昨夏、函館図書館を訪ねて岡田館長の好意で問題の啄木の日記を一見し、明治35年の項にはしなくも私との頻繁ひんぱんな往来の記録を発見し幼稚なワーグナー論の思い出と結び付けて、まことに今昔の感に堪えないものがあった。当時世界を風靡ふうびしたワーグナー主義の運動は上田敏うえだびん博士(当時学士)などに紹介されて日本の青年達をも熱狂させ、まだ聴かぬワーグナーの音楽にまで夢中になったことは中年輩以上のかつての文学青年達はことごとく記憶しているであろう。ワーグナーの感化の猛烈さは一時世界の音楽界を引摺ひきずり込んで「ワーグナーにあらずんば音楽にあらず」と思わせたことは、あまりにも生々なまなましき事実であったのである。ワーグナーの音楽の感銘は強大深甚しんじんで、その支持者はきわめて熱烈であった反面には常にアンチワグネリスムスの萌芽ほうがはぐくまれ、時あって全ワーグナーの功業、芸術を九地の底に葬らずんばやまざらんとしたことも事実である。褒貶ほうへん相半ばするという言葉も、ワーグナーの場合は必ずしも当らない。1860年代から約4分の3世紀の間、ある時は世界はことごとくワーグナーの敵であり、ある時は世界の3分の2はワーグナーの熱烈なる味方であったのである。今日の世界にワーグナーの主張や音楽を全面的に支持する人はもはやあり得ない。が同時に今日あるが如き世界の音楽界はワーグナーなしにはありなかったこともまた大きな事実である。ワグネリスムスの波は、幾度いくども幾度も繰り返して世界の音楽界を洗い去った。愛憎は人により、国により、時によって一様ではなかったにしてもワーグナーの影響の強大さは、ヴェルディも、ムソルグスキーも、ビゼーも免れ得ず、全くワーグナーと対照的な存在であった、ドビュッシーの作品の上にも否定することは出来なかったのである。ワーグナーを、バッハ、ベートーヴェンと共に、音楽の三大巨人とするのは正しい。好むと好まざるとにかかわらずワーグナーの画した時代と、その英雄的功業をいなむ由はないからである。
神々の王ウォータンが人間の女と通じて双子の兄妹を生み、その2人が別々に育って愛しあい、生れ出るのが不死身の英雄ジークフリートで四部作全体の主人公だ。彼は祖父ウォータンと智の神エルダの間に生まれた娘ブリュンヒルデと結婚するが、悪人に毒を飲まされて彼女を裏切り、それがもとで殺される。ブリュンヒルデは彼の亡骸を巨大な薪の上に載せて火を放ち、自らも身を投じる。その火は天にまで達して神々の城ワルハラを焼き払い、神々は滅亡、やがて新しい人間の世界がはじまるのである。このような気も遠くなるスケール雄大な物語をワーグナーは自分で台本にし、音楽をつけ演出をして、更には「ニーベルングの指環」を理想的に上演するためバイロイトに劇場まで建ててしまった。
ワーグナーのレコード中で最も興味の深いのは、1936年のバイロイトのワーグナー祭を録音した9枚のSPレコードである。ワーグナーの理想が一部は改められたにしても、バイロイトのワーグナー劇場で今日まで続けられているのは既に興味の深いことで、その演奏は1927年にも一度録音されたが、それは甚だ録音が悪くもはや問題外のレコードであるが、1936年のはさすがに立派でバイロイトの気分を充分に味わい得るものがあるだろう。SPレコードの時代、「タンホイザー」の一枚物の歌のレコードでは、ビクターのフラグスタートの歌った「歌の殿堂」(JD1375)と「エリザベートの祈り」(JD763)が立派だ。ほかに「ローエングリン」の有名な「エルザの夢」(ビクター JD1375)、「ワルキューレ」から「ホー・ヨー・トー・ホー」を歌ったのもある(ビクター JE128)。「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲と「イゾルデの愛の死」と一緒にしたのが、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニック管弦団でポリドールにも(60196〜7)、コロムビアにも入っている(S1044〜5、名盤集第三集)。フルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」は天下一品の称があり、どちらもすばらしい。このレコードにはキルステン・フラグスタートがイギリス、コヴェントガーデンで1937年6月1日に行った上演から選曲されている。ローリッツ・メルヒオール(ジークフリート)、ヘルベルト・ヤンセン(グンター)、ルードヴィッヒ・ウェーバー(ハーゲン)、キルステン・フラグスタート(ブリュンヒルデ)、マリア・ネザダル(グートルーネ)、ケルスティン・トルボルク(ワルトラウテ)。フルトヴェングラー指揮コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団・管弦楽団。オーケストラの実態はロンドン・フィルハーモニー管弦楽団。フラグスタートは1895年生まれ。1937年は42歳ということになる。歌手としても女としても最盛期、本盤で聴く歌声は非常に強靭で力がある。
フルトヴェングラーの演奏を聴いていると神話がまだ神秘と聖なる力、そして何より空想ともリアルともはっきりと判別できない“物語性”を有していた時代の、その精神が蘇ってくるようだ。フルトヴェングラーの要所におけるドラマの抉り方は鮮やかそのものだ、序幕では「ラインの黄金」から順追って旋律が湧き上がってくる。チェロによる主題はまことに雰囲気豊かで美しく、ブリュンヒルデの動機がクラリネットからヴァイオリンに受け継がれていくと一気にすばらしく抒情的な雰囲気が立ち込め、心の告白のような稜線が描かれていく。ゆっくりと音を置いていく、あのフルトヴェングラー流儀がさっそく聴かれる。一つとして心がこもっていない音はなく、曲想は迫真的に移ろいでいく。テンポは速めで弛緩することなく、十分な推進力と俊敏性を示しながら進行する。夜が明け、一晩中、愛を確かめあっていたブリュンヒルデと、ジークフリートは何度目かの絶頂を迎える。フラグスタートの艶やかさ、メルヒオールのヒロイックな歌唱の、どちらもフルトヴェングラーのドラマに密接していて見事だ。「おお神聖な神々!」では音楽が旋回しながら頂点へと向かい、心の興奮がそのまま物語の迫真へと結びついていく高揚を隠さないフルトヴェングラーの音楽は圧巻である。而も、ここでのワーグナーの音楽は途方もなく美しいのである。
第1幕第3場はブリュンヒルデの独白から始まり、ワルトラウテがブリュンヒルデに父ヴォータンの言として「指環」をラインの乙女に返すよう伝える場面。ワルトラウテが立ち去ったあと、グンターの姿に扮するジークフリートが現れ、ブリュンヒルデは「指環」を無理やり奪われ気を失ってしまう。続いては第2幕の第4場から第5場、ブリュンヒルデが神々へ復讐を決意するというシリアスな場面。最後の第3幕、有名な「ブリュンヒルデの自己犠牲」である。地上の火が天上に届き、ワルハラ城に火が回る。物語を完結へと導くフルトヴェングラーの手腕の見事さをどう表現したらいいのだろうか。フラグスタートの歌唱は、その芯の強さとしなやかさ、情感の深さと細やかさ、さらに声質やテクニカルな面において傑出している。彼女以上に歌える人が出てくるだろうか、フラグスタートでなければ成り立たない世界がある。速いテンポだが豪壮な城の、あちらこちらで起こる爆発を表現するアクセントはことごとく鋭く決まる。音楽はいったん静けさを取り戻すが、ティンパニの猛烈さは狂気の沙汰に達する。ブリュンヒルデの処女時代から見守ってきた火の神ローゲは、その絶命を見届けると、一気に天上に駆け上がり炎上する神々の黄昏にとどめを刺す。
キルステン・フラグスタート( Kirsten Flagstad, 1895.7.12〜1962.12.7, ノルウェー)といえば、歴代ワーグナー歌手の中でも最高の名声をほしいままにしたことでも知られる伝説的な存在。現在の100ノルウェー・クローネ紙幣に彼女の肖像を見ることができる。フラグスタートの声を聴いて本当にいい歌手だと感じた。「不世出」という言い方があるがまさにその言葉がふさわしい。1930年代なかばにはすでに世界的な大歌手として活躍していたフラグタートは、1950年頃から関節炎の悪化など健康上の問題を抱えるようになり、舞台での演技をともなう歌唱が次第に困難になったため、1953年にはオペラのステージから引退、地元ノルウェーのコンサートなどでときおり歌っていました。しかし幸いなことにデッカは、引退していた彼女を粘り強く説得し、優れた録音技術によって、その偉大な声を良い音質で残すことに成功したのです。最後の録音は62歳だったとは思えない、圧倒的な完成度を持って描かれています。ノルウェーのハーマル出身で18歳の時にオスロ国立劇場でオペラ歌手としてデビューした。当初は北欧での活動が主で、国際的に注目を集めるようになったのは1933年にバイロイト音楽祭に出演して以降のことである。ただし、ワグネリアンでもあったアドルフ・ヒトラーの影響力が強かった当時のバイロイトではノルウェー人のフラグスタートはさほど重用されなかった。1935年にはメトロポリタン歌劇場に登場し1941年にノルウェーに帰国するまでワーグナー歌手として活躍する。ノルウェー帰国は夫がナチス・ドイツに協力していたのを説得してやめさせるためとされ、1947年までの間ほとんど演奏活動は行っていない。全盛期はSPレコード時代に属するが、2つの世界大戦の間で評判は伝説を伝え聞くことが出来るだけで、良い録音に恵まれていない。1950年にはヴィルヘルム・フルトヴェングラーとの共演でリヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」を初演している。しかし、それに続くフルトヴェングラーと録音したレコードにしてもシュワルツコップの声で一部置き換えられてしまった。この演奏会のあとで6月10~22日にスタジオ・セッションでフルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で《トリスタンとイゾルデ》の全曲録音を行っている。この録音セッションでシュワルツコップフがフラグスタートの歌う部分の一部を代役で歌ったことがスキャンダルになり、精神的なダメージを負いフラグスタートは引退同様になってしまい引っ込んでしまった。フラグスタートが本来歌うべき第2幕の冒頭のハイCが、実はシュワルツコップの代役によるものと判明して大きな物議をかもした。1953年にパーセルの「ディドーとエネアス」に出演したのを最後に舞台からは引退したが、その後もリサイタルや録音で活動を続けた。引っ込んでしまったフラグスタートを引っ張り出したのが英 DECCA のプロデューサー、ジョン・カルショウだ。カルショウによってクナッパーツブッシュの指揮でヴェーゼンドンクの5つの歌、ローエングリン、パルシファルから4曲、それとスヴァンホルム、ヴァン・ミルを加えてワルキューレ第1幕の録音が残された。その時期にデッカ・レコードで実現したゲオルク・ショルティ指揮「ニーベルングの指環」のスタジオ録音にも出演している。元来フラグスタート中心で予定されたが、当初指揮者として開始したクナッパーツブッシュが放棄。順風満帆と行かずに、8年間を要しフラグスタートは「ニーベルングの指環」の第一作「ラインの黄金」でフリッカ役を歌うにとどまり降板してしまう。1962年、オスロで死去。
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