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〝楽しい音楽というものを聞いたことがない〟 ―  と言ったのはシューベルトだったでしょうか。澄み切った青空のようなモーツァルトの長調の作品であっても、その青さの中に言いしれぬ悲劇性が顔を覗かせています。そう言う悲劇的なものにとらわれ過ぎると、かえって足下を掬われてしまう。その典型がト短調シンフォニーでしょう。逆に、形が崩れない典型はチャイコフスキーの音楽でしょうか。その悲劇性でとことん絡め取ろうとしても、ベートーヴェンにはそれを引き受ける強さがあります。またバルトークのような作品になると、その悲劇性が数学的な精緻さで構築されていることで、ヨハン・シュトラウスのワルツのような音楽になると悲劇性がいたって希薄なので、そこへ自分の気分を反映せんとするとすればおかしな事になってしまいかねない。そして、病を得てからのフェレンツ・フリッチャイの音楽は、そう言う悲劇的なものへの傾斜が大きくなってはいまいか。フリッチャイが国際的に認知されるきっかけと成ったのは、1947年のザルツブルク音楽祭。病気で倒れたオットー・クレンペラーの代役としてアイネムの歌劇「ダントンの死」の世界初演を行い、センセーショナルな成功を収めてからである。以後彼はベルリンを拠点にし、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やベルリン放送交響楽団、ベルリン・ドイツ・オペラ等で数々の伝説を生む。彼とほぼ同年代の指揮者達、ゲオルグ・ショルティやギュンター・ヴァント、ラファエル・クーベリックやカルロ・マリア・ジュリーニらが中堅の域を出なかった頃、彼はヘルベルト・フォン・カラヤンやカール・ベーム、ハンス・クナッパーツブッシュやクレンペラーといった大物達に比肩する名声を獲得していた。この時期のドイツ・グラモフォンにはカラヤン、ベーム、オイゲン・ヨッフム、クーベリック、ロリン・マゼールらが録音を行っているが、フリッチャイに比べると遥かに少ない。フリッチャイの批評は1958年に発病するまでは、〝リトル・トスカニーニ〟と称されているほどに、アルトゥーロ・トスカニーニ流の快速派だった。フリッチャイにとって、1959年以降の音楽活動は、「命」を削り取るような作業であったことは疑いの余地はないでしょう。当時欧州ではフリッチャイを〝フルトヴェングラーの再来〟と呼んだが、独特の深みや神秘は確かにヴィルヘルム・フルトヴェングラーを除けば、フリッチャイにしかない雰囲気であった。これを変化と見るか、病を境にフリッチャイの感心が転化したのだとわたしは思えて仕方ありません。しかし大体、感情や精神的表現というものは、本質まで変質するものじゃない。共通点があるとするならば、それは〝死への共感〟であって、演奏者の魂がダイレクトに反映されるからだ。「彼がゴミ箱に捨てたスケッチでシンフォニーが1曲書ける」というほどドヴォルザークのメロディを評価していたブラームスは、ヨハン・ゼバスチャン・バッハやそれ以前の音楽に強く心をひかれていました。レコード鑑賞会でもたびたび解説に取り込んでいますが、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲から、モーツァルト、ベートーヴェン。そしてロマン派音楽のヴァイオリン協奏曲の本流になりましたが、おそらくブラームスは、バッハ時代の〝コンチェルト・グロッソ〟にあやかる楽曲として〝2つのソロ楽器〟のための当世風の協奏曲を着想していたのでしょう。彼のヴァイオリン協奏曲は、王道の作りですが、ピアノ協奏曲でチェロが独奏を取り、ピアノとのデュオをも聴かせる場面を作っています。レコードの表記が《二重協奏曲》で落ち着くのはいつからなのでしょう。《ヴァイオリンとチェロのための協奏曲》を《ドッペルコンチェルト》と称する通り、東京オリンピックの頃までは《複協奏曲》でした。おかしな言い回しだが、俗にいう〝名人芸〟を排した芸風をもつ奏者同士の共演だけに、楽曲自体の内容が濃いブラームスが一層素晴らしい出来映え。この曲の第1楽章での、ブラームスらしいユニゾンと和音のハーモニーをフリッチャイがあり得ないくらい素晴らしく鳴らしているところ。この音だけでも聴いて頂いたら、わたしの言わんとするところが伝わると確信しています。ソロをとるヴォルフガング・シュナイダーハンは、1940年代のウィーンにおいてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターだった存在で、デリケートで美しい音色を持った人だ。スケールもテクニックも特にあるわけではないけれど、暖かで優しいのです。ヤーノシュ・シュタルケルとの〝室内楽的〟とも言える協調ぶりは、他に追随を許しません。
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  • Record Karte
  • 1961年6月3日~5日ベルリン、イエス・キリスト教会録音
    • Photography – Max Jacoby
    • Recorded By [Recording Engineer] – Günter Hermanns. Recording Supervisor – Otto Gerdes. Printed in Germany
    • MFD. RCA/USA (on label)
    • Release year per Billboard magazine, August 18, 1962 edition
  • US DGG LPM18753 シュナイダーハン&シュタルケル ブラ…
  • US DGG LPM18753 シュナイダーハン&シュタルケル ブラ…
ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲
ベルリン放送交響楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック
2005-04-27

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