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初夏に聴くサン=サーンス。 ― サン=サーンスは19世紀の作曲家としては、たいそう長生きをした人で、そのために広い分野で夥しい作品を残した。博識の人としても知られ音楽評論家として健筆をふるったサン=サーンスは19世紀にあった音楽ジャンルすべてに数多くの作品を残し、バロック音楽の楽譜の改訂を行い、フランスにいち早くワーグナーを紹介し、考古学の著作も出版。天文学、音響学、哲学にも造詣が深く、詩、戯曲、イラストも手がけるスーパーマルチな教養人でした。1867年に初演、1868年に出版され、依頼者であり初演を担当したサラサーテに献呈されたヴァイオリン協奏曲第1番は、サン=サーンスが1859年あるいは1864年に作曲した2番目のヴァイオリン協奏曲なのだが、先に書かれたハ長調協奏曲(第2番)の出版が遅れたため、 番号の上では最初のヴァイオリン協奏曲になった。聴く機会の少ない曲だが、サン=サーンス自身は高く評価していた明るく可憐な音楽だ。演奏をしているルッジェーロ・リッチはイタリア系の米国人ですが、19世紀ヨーロッパの伝統的な巨匠様式を受け継ぐヴァイオリニストと目されており、美音と華麗な演奏技巧、独特な楽器の歌わせ方が特徴的である。愛器はグァルネリ・デル・ジェス。テクニックも抜群で、重音を弾くときの豊かな音色や弱音の細やかさにはうっとりしてしまう。本盤でのリッチは、落ち着いた素晴らしい演奏を聴かせてくれます。基本的には英デッカ社に録音したパガニーニの「24のカプリース」の前哨戦と思ってください。
カミュ・サン=サーンス(Camille Saint-Saëns, 1835〜1921)のヴァイオリン協奏曲第1番イ長調 作品20は単一楽章制を採り、演奏時間も短いため「コンツェルトシュテュック」(独:Konzertstück)と呼ばれることがある。アレグロ、イ長調。4/6拍子。独立したエピソード付のソナタ形式。管弦楽の和音に続いて、ヴァイオリンが四重音を連続で奏して開始し、第2主題は嬰ハ短調で提示される。展開部は短いカデンツァで断ち切られ、アンダンテ・エスプレッシーヴォ、ニ長調、2/4拍子の部分(第2部と考えられる)に移行する。この部分では、弱音器付きの弦楽器に伴奏されたヴァイオリンが一貫して旋律を歌い、AA’のシンプルな構成をとっている。再現部(第3部)はニ短調に移された第2主題から始まり、音楽的・技巧的に大きく変形・拡大が行われている。
ルッジェーロ・リッチ(Ruggiero Ricci, 1918.7.24〜2012.8.6)は、超絶技巧と濃厚な表現で聴かせる稀代の名手だった。リッチの本名はウッドロー・ウィルソン・リッチというものですが、両親がイタリア移民ということもあり、芸名を敢えてイタリア語のルッジェーロ(英語ではロジャーに該当)としています。ちなみにウッドロー・ウィルソンとはアメリカの大統領の名前で、リッチの弟のチェリストにも、ジョージ・ワシントンという名前が付けられていました。最初は父からヴァイオリンを学んだリッチは、やがてヴァイオリニストでピアニストでもあるルイス・パーシンガー(Louis Persinger, 1887〜1966)に師事して腕をあげ、10歳でリサイタル・デビュー、11歳でコンチェルト・デビューという神童ぶりでも話題となり、カーネギー・ホールでも成功を収めてからはベルリンに留学してゲオルク・クーレンカンプやアドルフ・ブッシュらに学んでいます。第二次世界大戦中はアメリカ陸軍に従軍し、エンターテイメント担当として慰問演奏などで活躍、除隊後はすぐに演奏活動に復帰し、1947年には史上初となるパガニーニの《24のカプリース》全曲録音を敢行。以後、国際的な活動を展開し、通算70年に渡る演奏キャリアを構築、65か国で6000を超えるコンサートを実施し、複数のレーベルに大小500以上の録音を遺しました。
1964年ロンドン、デッカ・スタジオでのセッション、ステレオ録音。
US  DEC  DL710106 リッチ&ルドルフ パガニーニ・ヴ…
US  DEC  DL710106 リッチ&ルドルフ パガニーニ・ヴ…

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