34-19535
清冽で暖かみを持ち伸びやかな歌。 ― 最初から終わりまでほとんど変わりない遅いテンポで、しかも終曲を除いてはあまり劇的変化もないこの曲を、一貫した情緒で、じっとテンポを抑え、リズムを正確に歌うことは容易ではないし、また、漂うように起伏する表情が巧みに歌に出なかったら退屈になってしまうのであるが、フェリアーはいささかも崩れず乱れず、良く表情を出して微妙な変化を与えているところ、非凡な歌手に違いない。 ― 昭和28年(1953年)のレコード芸術6月号で「亡き子を偲ぶ歌」推薦盤として初めて彼女のレコードを紹介している。彼女を聴いて思うこと。楽器の音の美感は、多く人声を理想とする。そしてフェリアの声は、人の声の中でも、至高の美しさだった。フェリアーは1953年にわずか41歳の若さで亡くなりましたが、その馥郁たるコントラルトは不世出の声として歴史に刻まれています。彼女の歌う「マタイ受難曲」は伝説的名演として語り継がれているものです。この録音はDECCAの企画で1947年にセッションが始まったのですが、当時としてはあまりにも大曲であったためか、彼女の契約の関係で年内に録音が完了することはなく完成はその翌年まで持ち越されました。この入念な準備に裏打ちされた演奏、もちろん完成度の高さには目を見張るものがあります。フェリアーの声はコントラルト特有の深い豊かな共鳴の中に清冽で透明感ある気品が漂うもので、本盤もその特徴が如何なく出ているフェリアーの遺産の一枚。ワルター73歳の「亡き子を偲ぶ歌」と76歳の「テ・デウム」。心臓病を患った後のコロンビア交響楽団との一連の録音よりドラマティックな感情の表出が烈しく、彼が本来歌劇場育ちだったことを思い起こさせる。ワルターの指揮によるフェリアの黄金のコンビによるマーラー。このコンビの出会いは、1947年に「亡き子をしのぶ歌」によって共演したことから始まります。清冽で暖かみを持ち伸びやかな彼女の歌声は、指揮者の気に入るところとなり、後に数多くの録音を残すことになったのでした。ブルーノ・ワルター指揮によるマーラーの「大地の歌」や「亡き子をしのぶ歌」の名唱は、キャスリーン・フェリアーの録音は今なお決定盤と称えられています。ワルターも彼女の声の資質を高く評価し残された「大地」の録音のうち3回、彼女をソロに起用しました。「亡き子をしのぶ歌」の歌詞の内容は本来、愛児を亡くした父親の悲哀ですから、男声であるべきだという向きもありますが、フェリアの歌唱技術は、そうした男声・女声の区別を超越した素晴らしさを持っていると、高く評価されています。フェリアーが当時有名な声楽教師であったバリトン歌手のロイ・ヘンダーソンについて学んだこと。卓越した指導者のもとにあったとはいえ、天賦の才能で、音楽と詩のひと次元高い合一を成就させてしまう歌手もいないではない。私はキャスリーン・フェリアーがそうした人だったと思っている。
声をエロティックなものとすることは、性的な差異としての役割とはほとんど関係がない。実際、もっともエロティックだと考えられる声、つまり聴く者がこれ以上ないほど魅了されてしまう声は、男性のものであろうと女性のものであろうと、性を超越していると言われるであろう声なのだ。つまり女性であれば低い声(キャスリーン・フェリアやマレーネ・ディートリッヒ)、男性であれば高い声(カストラートやテノール歌手)となる。 ― ミッシェル・ポワザ:「オペラ、あるいは天使の歌声」
物悲しくも厳粛な歌声、高いレベルの音楽的才能。深く響く声を持つアルト歌手として、世界的名声を博したキャスリーン・フェリアー( Kathleen Ferrier )は、1912年4月22日にランカシャーに生まれ、1953年10月8日に乳がんのため41歳の若さでロンドンで没しています。ワルターやクレンペラー、ボールト、バルビローリ、カラヤン、ベイヌムら錚々たる指揮者達が賛美を惜しまなかったその歌唱は実に素晴らしく、独特の美しい艶ののった声質で豊かなコントラルトの響きを獲得した声は常に見事な水準に達していました。誰がつけたあざ名か「“普通の”ディーヴァ」とは言い得て妙。電話交換手で日々の生計を立てていたイギリスのランカシャーの貧しい田舎娘が金持ちのバンカーに見初められ、やがて好きだった音楽で身を立てようとコンクールに出る。 ところが得意だったピアノではなく、余技のはずのコントラルトのボーカルでロンドンの聴衆のみならず全世界のクラッシック愛好家から女神と崇められる ― 地母神と敬われるようになるのだから、運命とは皮肉なものだ。ブリテン、ワルター、サージェント、バルビローリなど名だたるマエストロに愛されたのは、聴く者の胸の奥に飛び込んでくる一度聴いたら二度と忘れられない、低く、柔らかく、優しい声に、すべての人のお母さんのように懐かしい声音であったことである。エリーザベト・シューマン、ロッテ・レーマンの後継として、ドイツ・リートの第一人者の位置に立ち、また美貌を兼ね備えたオペラのプリマとして活躍したシュヴァルツコップフはドイツ語の正確なディクションと抑えめがちな表現、そしてやや深みのある美しい声で、力業にはよらなくとも圧倒的な存在感を示しました。フェリアーは決してシュヴァルツコプフのような音楽的教養と解釈力をうかがわせる存在ではないと思うが、もって生まれた声の美しさと音色表現の豊かさで聴き手をその世界に引きつけて離さない。「アルト・ラプソディ」や「四つの厳粛な歌」のたとえようもない深みもさることながら、イギリス民謡や小唄の類で聴かせるなつかしい遠い世界は、他の誰が聴かせてくれるだろうか。まるで、放課後の音楽室から歌声がきこえてきて、窓からのぞくと可憐なお嬢さんが歌の稽古をしている光景が思い浮かんでくる。フェリアーの歌を聴くと、そんな気持ちにさせられます。数少ない録音の中でも彼女の深く柔らかい声で歌われる英国民謡は、子供を見つめる若い母親の眼差しのような優しさのこもったもの、ただ聞いているだけで、心の奥の軋んだ扉が開放されるような感動が広がってきます。かの英DECCAのカリスマ・プロデューサー、ジョン・カルショーもその著で「単純さと正直さこそが本質であるこの歌に、キャスリーンは苦もなく生命を吹き込むことができたのだった」と大絶賛しています。歌のスタイルも、感情に流されない清冽なもので、マーラーでもバロックでも、作品の味わいが自然に滲み出るかのような気品ある歌唱には、様式を超えた特別な魅力が備わっています。
声は拡散であり、浸透であり、肉体の全領域、すなわち、皮膚を通過する。声は通過であり、境界、階級、名前の廃絶であるから …... 幻覚を生む特殊な力を持っている。したがって、音楽は視覚とはまったく別の効果を持っている。そもそも人間の耳そのものが trans-sexual (性域外)のものに「天使的な崇高」を見出す傾向が多いという特徴を持っている。いわば、小鳥のさえずりから天使の声への「生成変化」が起きているのだ。オペラの究極的な美学とは、実はこのような trans-sexual な声によって人間に常軌を逸した恍惚を与えることにあった。マリア・カラスとレナータ・テバルディは好敵手とされたが、彼女同士は仲良しだった。どちらが優れたソプラノか、ヒロインになりきっているだとかと対比されるが、それぞれの歌声が聴くものの身体に浸透し、オーガズムを引き起こす歌声がどちらかということだろう。歌声の安定や演技の完璧さとは別な次元で、その声が恍惚とさせる歌手がいる。ソプラノがヒロインの声ならば、アルトは母声。キャスリーン・フェリアーの声はその温かみと馥郁たる豊かさに満ちた、まさに「母なる声」でありました。コントラルトというのはアルトとほとんど同義とされますが、厳密に言えばコントラルトはアルトよりもう少し低い声域を指すようです。もっとも近年はアルトとメゾソプラノもあまり区別がされないようで、総体に低い声域の女声歌手が少なくなっているように思われます。わたしはメゾソプラノの名歌手と云えばクリスタ・ルートビッヒがまず第一に思い浮かびますが、ルートビッヒは「薔薇の騎士」のマルシャリンも歌った声域の広い歌手で、本来は声色はやや明る目であるのに少し低く暗めの声をコントロールできる器量だろう。コントラルトはドイツ人女声歌手が主なところから、更に狭義な特色のある低く暗めの声のことを言うのだろうと思います。少女と若い女性と、年老いてからの声というのでなしに若くても子供に話しかける時の母性のあらわれた声というものでしょうか。そういう意味では、これがコントラルトと言える女声歌手は意外と少ない、現代においては特に少ないようです。アイドルグループがチヤホヤされる御時勢だから暗めの声は好まれないのでしょうかね。正真正銘のコントラルト歌手と云えるのはキャスリーン・フェリアーあるいはマリアン・アンダーソンといったところでしょう。マーラーの交響曲を一通り聴き進めていくうち、ワルターとの「大地の歌」、「亡き児を偲ぶ歌」は、ほとんどの人が必ず通る道である。個人的にもマーラーと親交の深かったワルターは当然のことながらマーラーの作品を好んで取り上げましたが、なかでも「大地」にもっとも親近感を覚えていたと言われます。彼は生涯この作品を5回録音していますが、その中でももっとも評価が高いのが、ウィーン・フィルを率い、歌姫フェリアーをソロに迎えた1952年盤です。
ブルックナーの『テ・デウム』とモーツァルトの『レクイエム』を組み合わせることも曰くがある。1892年4月15日にハンブルクでグスタフ・マーラーの指揮により「テ・デウム」とモーツァルトの「レクイエム」が演奏され、その大成功を翌日マーラーは師であるブルックナーに次のような手紙を送り報告している。「昨日(聖金曜日)私はあなたの素晴らしい、そして力強い『テ・デウム』を指揮しました。一緒に演奏した人たちもすべての聴衆も、力強い構成と真に崇高な楽想に深い感動を与えられました。そして演奏の最後には、私が作品の最大の勝利と考えているものを体験しました。聴衆は黙って座り続け、身動きすることもなく、指揮者である私と演奏者たちが席を離れてから、はじめて喝采の嵐が巻き上がったのです … 。『ブルックナー』は、今やハンブルクへの勝利に満ちた入場を成し遂げたのです」。マーラーの言う「最大の勝利」を体感できる演奏会となった同日、聖フローリアンではベルンハルト・ドイブラーの指揮により、ブルックナー最後の教会典礼用作品である「王の御旗は翻る」が初演された。まことにモニュメンタルな人生一度きりであろうと思ったのであろう、「生きている」ことに感謝した演奏に出会うことがある。ワルターはグスタフ・マーラーに才能を認められ、20世紀初頭にウィーンとミュンヘンの宮廷歌劇場で名をあげた。ナチス台頭後もしばらくヨーロッパにとどまっていたが、1939年に渡米、ニューヨーク・フィルの音楽顧問を務めた。戦後、ヨーロッパの楽壇に復帰し、ウィーン・フィルなどを指揮。心臓発作で倒れてからは演奏会の数も少なくなり、彼が作り出す音楽をステレオ録音で遺すために組織されたコロンビア交響楽団とのセッションに専心し、1962年2月に85歳で亡くなった。レコーディングの仕事には戦前から積極的に取り組んでおり、1930年代のウィーン・フィルとの録音は絶品と評されている。ユダヤ人であったブルーノ・ワルターだが、キリスト教の宗教曲は積極的に録音している。特にブルックナーの「テ・デウム」に関してはワルターの第二次世界大戦後のウィーンでの復帰コンサートなど、特別の日に演奏しており、思い入れも深かったようである。ブルックナーの第9交響曲は未完に終わり、第4楽章の完成はかなわないと察したブルックナーは、この交響曲を演奏するときには終楽章の代わりに「テ・デウム」を演奏して欲しいと言い残した。ベートーヴェンの第9交響曲が脳裏をかすめたのか、未完で終わった自分への鎮魂を手向けて欲しかったのか知れないが、LPレコード時代は第9交響曲の後に「テ・デウム」が収まったレコードはワルター盤しか昔はなかった。
1956年録音、演奏はニューヨーク・フィル。そのせいか、演奏は一期一会的な力演となっている。ブラインドで聞かせられたらワルターとはとっさに思い浮かばないほどの比類のない迫力がある。ブルーノ・ワルターはクラシック音楽を聴きはじめた人の前に、モーツァルトやベートーヴェンの作品の指揮者として現れる。そして、ライナーノーツやレビューに書かれている「温厚な人柄」「モラリスト」といった人物評により、大指揮者には稀な人格者のイメージを植え付けられる。これはワルター受容の一つのパターンと言えるだろう。そんな人物像を前提にして、想い出される《田園交響曲》に代表される温和で情緒的なワルター・イメージに支配されているなと気付かされる。ワルターはトスカニーニのようにオーケストラに対して威圧的な態度をとることがなく、穏和とか柔和というイメージがついているが、当の本人は「私の関心は、響きの明晰性よりもっと高度の明晰性、即ち音楽的な意味の明晰性にある」とか「正確さに専念することで技術は得られるが、技術に専念しても正確さは得られない」と述べているように、音楽的な「明晰性」と「正確さ」を得るためであればアポロンにでもディオニュソスにでもなれる人だった。その両面を堪能させるのが、ニューヨーク・フィルを指揮したドヴォルザークの交響曲第8番(1948年ライヴ録音)やブラームスの交響曲第2番(1953年録音)だ。ブラームスの交響曲第2番は聴き終えるのが惜しくなるほどの素晴らしさで、哀愁も優美も情熱も歌心も極まっている。数多ある同曲の録音の中でもトップクラスに位置する名演奏だ。ワルターのことがよく分からなくなるとドツボにはまる。戦前から5大指揮者に数えられ、ワルターも戦時下のウィーンの指揮者なのだ。あまりにも有名な1929年ベルリンのイタリア大使館で左からワルター、トスカニーニ、クライバー、クレンペラー、フルトヴェングラーがならぶスナップがある。ニキシュ、マーラー、トスカニーニがアメリカに遺した足跡は確かに偉大だが、豊潤な音楽をもたらしたワルターはアメリカのオーケストラに多大な影響を及ぼした最重要人物の一人である。彼はがさつとか下品と言われがちだったアメリカのオーケストラを使って、ヨーロッパのオーケストラの熟成された深みのある響きを自分なりのやり方で練り上げた。モーツァルトやブラームスで清澄で意味深い音楽を奏でるワルターは、勢い鈍重な表情を見せることで、一層の感銘を残す。強さだけでなく大きさを増していくようなこの指揮者の求心力には、心底驚かされる。ここが聴き頃と言うべき円熟した音楽の実りを示す。本盤でも同様。《ト短調交響曲》と等しく音楽が叫び、合唱とオーケストラはともに渾身の力で走り続けている。尋常一様のものではない迫真性がある、こういう技術的なものを乗り越え論理を超越した有無を言わせぬ感動を与えてくれる演奏は、やはり良い。こういう音楽と出会える喜びにこそ蒐集の醍醐味があり、ますます抜け出せなくなってしまう。
ブルックナー『テ・デウム』ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック、ウェストミンスター合唱団、フランセス・イーンド(ソプラノ)、マーサ・リプトン(メゾソプラノ)、デヴィッド・ロイド(テノール)、マック・ハーレル(バリトン)、1953年3月録音。マーラー『亡き子を偲ぶ歌』ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、キャスリーン・フェリアー(コントラルト)、1949年10月4日ロンドン、キングスウェイ・ホール録音。
US COL ML4980 ブルーノ・ワルター ブルックナー・「テ・…
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