商品名RU MELODIYA D-032137-38 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー ワーグナー・序曲集

知識よりも情緒が音楽を響かせて、全体よりも細部が音楽をつくる。楽員はその指揮に従えば、奇跡を体験できた。》1945年にソ連がベルリン占領時に接収した音源。roct(GOST)ガストは5ヵ年計画の意味で、G-56は1956年~1960年のプレス盤。露メロディアはSP盤復刻の M10 シリーズが評判が良い。その理由は、戦時下から逃れたSP盤の金属原盤と保存の良いSP盤が保存されていた為です。帝政ロシア時代より、英 H.M.V.、独グラモフォン・仏パテと深い関係をもっていたことから、LP時代も、カッテング、製盤技術を H.M.V. (EMI)の改良機を日本ソニーの PCM が導入されるまで使用されています。

『ローエングリン』第1幕への前奏曲の神々しさ、『タンホイザー』序曲の弦楽器の細かな動きの驚くべき雄弁なニュアンス、ウィーン・フィルの繊細な名人芸にうならされます。1952年12月3日録音の『タンホイザー』序曲と1954年3月4日録音の『ローエングリン』第1幕への前奏曲を一面に。1949年4月4日録音の『さまよえるオランダ人』序曲と『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲が二面。この二面の曲は、『ワルキューレ』や、『神々の黄昏』を組み合わせて数バージョンがあります。求心力がある演奏で、序曲だけで名作オペラの真髄を知る事ができるくらいです。曲が進むに連れ次第にドラマの深淵へと引きずり込まれてゆく。ウィーン・フィルのメンバーもオペラを理解していたし、フルトヴェングラーの伝えんとすることは心得たものだったのだ。厳粛な精神性ではなく大衆的表現を押し出した、個性が魅力。フルトヴェングラーがワーグナーをベートーヴェンの延長線上に解釈していたのが聴かれる。人間感情の吐露がワーグナーのオペラ世界の神々しさと凌ぎ合っているところに魅力を覚える。

フルトヴェングラーは自身の著書「音と言葉」のなかで、ベートーヴェンの音楽についてこのように語っています。『ベートーヴェンは古典形式の作曲家ですが、恐るべき内容の緊迫が形式的な構造の厳しさを要求しています。その生命にあふれた内心の経過が、もし演奏家によって、その演奏の度ごとに新しく体験され、情感によって感動されなかったならば、そこに杓子定規的な「演奏ずれ」のした印象が出てきて「弾き疲れ」のしたものみたいになります。形式そのものが最も重要であるかのような印象を与え、ベートーヴェンはただの「古典の作曲家」になってしまいます。』それは彼のワーグナーの演奏にも言えそうで、伝え方がフルトヴェングラーは演奏会場の聴衆であり、ラジオ放送の向こうにある聴き手や、レコードを通して聴かせることを念頭に置いたカラヤンとの違いでしょう。

先輩格のニキッシュから習得したという指揮棒の動きによっていかにオーケストラの響きや音色が変わるかという明確な確信の元、自分の理想の響きをオーケストラから引き出すことに成功して云ったフルトヴェングラーは、次第にそのデモーニッシュな表現が聴衆を圧倒する。当然、彼の指揮する管弦楽曲は勿論のこと、オペラや協奏曲もあたかも一大交響曲の様であることや、テンポが大きく変動することを疑問に思う聴衆もいたが、所詮、こうした指揮法はフルトヴェングラーの長所、特徴の裏返しみたいなもので一般的な凡庸指揮者とカテゴリーを異にするフルトヴェングラーのキャラクターとして不動のものとなっいる。この得意のリヒャルト・ワーグナーの序曲、前奏曲も、特にこうしたキャラクター丸出し。演奏も全く機械的ではない指揮振りからも推測されるように、楽曲のテンポの緩急が他の指揮者に比べて非常に多いと感じます。しかし移り変わりがスムーズなため我々聴き手は否応なくその音楽の波に揺さぶられてしまうのである。
RU MELODIYA D-032137-38 ヴィルヘルム・フルト…
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