34-23295

商品番号 34-23295

通販レコード→羅ブラック銀文字盤[オリジナル]

世紀の鬼才、ギトリス。〝魔弓〟の凄い唸り ― 史上最高のヴァイオリンの名手と言われたニコロ・パガニーニ(1782~1840)は管弦楽伴奏付きのヴァイオリン曲を少なくとも6曲以上書いたが、正確な数は知られていない。彼が自分のヴァイオリン奏法を他人に盗まれ、模倣されるのを極端に恐れたこと、及び彼の要求する印税が法外に高かったことなどの理由によって、パガニーニの生前には僅かな数しか出版されなかったからである。ヴァイオリン協奏曲のうち、長いこと知られていたのは「第1番」と「第2番」だけだったが、1954年に至って、まず「第4番」が蘇演され、続いて1958年には「第5番」、1971年には「第3番」、1973年には「第6番」が蘇演された。何れも独奏パートとオーケストラ譜を別々にしてパガニーニの子孫が保管していたが、その後、反古同様に処分されてしまい、やっと近年になって発見されたのである。パガニーニは生前からすでに伝説的な人物に成っており、「彼は悪魔と契約を結んでいる」などという噂がまことしやかに伝えられるほどであった。「悪魔と一緒に練習しているのを見た」という人も表れ、死後は彼の故郷ジェノヴァの人たちにさえしたいの埋葬を拒否されてしまった。それもこれもパガニーニの異様な風体と、鬼気迫るヴァイオリン演奏から受ける印象が強烈だったためであろう。2013年のドイツ映画「パガニーニ、愛と狂気のヴァイオリニスト」でも描かれている通り、パガニーニは黒い衣装を好み、痩せ身で、指が蜘蛛のように長かったばかりか、全身毛むくじゃらで、もちろん顔は髭に覆われていて肌は色白で、顔は青白く、人並みはずれた背の高い人物であった。さらに、その指は常人よりもはるかになめらに動き、目にも止まらない速さだったうえに、奏でる旋律のほとんどは魔法のように人々を魅了していった。イヴリー・ギレリスは、1922年ハイファに生まれたイスラエルのヴァイオリニストである。パリ音楽院に留学した後、カール・フレッシュ、ジョルジュ・エネスコとジャック・ティボーに師事したことからも判る通り、現在100歳近い現役のヴァイオリニストだという生き字引的存在。最近は大分渋い味わいをみせているギトリスだが、大胆な解釈と思い切った表情づけで知られており、現代のヴァイオリニストのなかでも最も特色の強い演奏をすると認識されている。独特なボーイングから生まれる個性的な音色、意図的に微妙な音程の変化を与え聴感に訴えかける奏法が挙げられる。ギトリスは往年のブロニスラフ・フーベルマンやヤッシャ・ハイフェッツの型に属するヴィルトゥオーゾであり、それは彼のレパートリーからも察せられるところである。幾分線は細いが、テクニックの達者なこと、ポルタメントを多用して旋律を甘くうならせるやり方は、さながら現代のパガニーニを思わせる。ギトリスの演奏は19世紀的と評されることが多いが、具体的にはテンポとリズムの大胆な解釈、特に小品の演奏は、アクの強さで評価が二分している。技巧はやや荒っぽくて緻密さを欠くが、火花の散るような指の動き具合であり、凄まじいヴァイオリンの鳴らし方である。音色を多様に変化させ、心をそそる美音と粘った表情がユニークで、品格には乏しいが、ギトリスの表現によってこそ初めて面白く聴ける音楽もあるのだ。本盤は、ギレリスが40歳半ばの演奏。これは19世紀のヴィルトゥオーゾ特有の耽美的な匂いをぷんぷんさせたもの。音程や技巧は荒いが、なまめかしい音色やポルタメントを多用した甘ったるい歌い回しが妖しい光彩を放ち、聴き手を魅了する。
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このニコロ・パガニーニのヴァイオリン協奏曲2曲はイヴリー・ギトリスの十八番中の十八番であり、ギトリスの特徴が濃厚に表れているのはヴァイオリン協奏曲〝第1番ニ長調〟の方であり、何よりもまず音色の妖しい美しさに惹かれる。それはヴィブラートの独特なかけ方によって生まれるものであり、感受性豊かであるとともに、極めて表情的、且つ耽美的である。まずはパガニーニにぴったりの、蠱惑の色合いといえるのではないだろうか。次に表情がいかにも煽情的だ。旋律の歌わせ方はジプシー風とさえいえそうで、時にパブロ・デ・サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を想起させる。ピアノでも濃厚に歌い、低音の唸らせ方は官能的であり、往年のミッシャ・エルマンのようだ。ギトリスは自らメロディーに酔い痴れ、その中にむせ返りつつ弾いてゆく。上行ポルタメントの美しさなど、彼ならではといえよう。第三にテクニックの颯爽たる端切れの良さが挙げられる。終楽章など、他の誰よりもテンポが速いし、第1楽章でも技巧的なパッセージは息もつかせぬ一気呵成の進行で耳を奪い、緻密さよりは奔放さを重視してゆく。それ故、音楽の品の良さを失ったり、細かい音型が雑になったりする場合もないとはいえないが、それをあげへつらったら、ギトリスの長所もまた死んでしまうであろう。ヴァイオリン協奏曲〝第2番ロ短調《ラ・カンパネラ》〟は最初の2つの楽章が彼としては洗練された演奏だ。緩徐楽章など、あく抜けた音色の中に耽美を隠している。それだけにずっと緻密さを増しているが、奔放な面白さは「第1番」の方が上であろう。ただし第3楽章だけはギトリスそのものだ。水を得た魚のように自在に弾み、テーマの節回しなど誠に巧い。これでなくては〝鐘〟のテーマは生きないし、溢れるような艶のある美音も素晴らしいの一語に尽きる。伴奏指揮のスタニスラフ・ヴィスウォツキは1921年、ルジェショフで生まれたポーランド人である。パリのスコラ・カントールムのテメソアラ音楽院でピアノと指揮を学び、1945年に故国に帰ると共にポーランド室内管弦楽団を組織して活動を初め、1947年から1958年までポズナニ・ナショナル交響楽団の指揮者、1961年からはワルシャワ国立フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者となり、1966年には同フィルとともに来日した。レコードの数は極めて少ないが、ギトリスとは正反対の素朴な演奏スタイルを持っている。
イヴリー・ギトリスは親日家としても知られるが、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による東日本大震災にはたいへん心を痛めていた。彼は日本人に向けて次のようにメッセージを届けた。「愛し、敬う誰かが悲劇に遭遇している時、何を語ればよいのだろう?愛していると伝える?その通り…。それこそ、私が第2の故郷と考える日本と、日本の皆さんに伝えたいことです。皆さんのことをいつも想っています。私に何かできることがあるなら教えてください。私は最善を尽くしたいと思います。今私に出来ること、それは皆さんにこう伝えること ― 『私の心、そしてヴァイオリンはあなたのそばにいます』。もしもそれが皆さんの助けになるのなら、私はすぐにでも日本を訪れるでしょう! 今日本で起こっていることは世界全体への警告であり、私は世界がここから何かを学ぶことを望んでいます。しかし今はなにより、被災者の人々を愛し、その勇気を称賛しながら、より良い日が来るようにと希望を抱き、祈るだけです。」そして多くの演奏家が次々に来日公演を中止していることにも心を痛め、自身が来日し演奏することで日本でコンサートを行っても支障がないことを分かってもらおうと考え、急遽チャリティ・コンサートを行うことを決め、東京、名古屋で演奏会を開催した。またコンサート合間の6月1日、宮城県石巻市にある避難所の石巻市立女子高等学校を慰問し、体育館で約200人の被災者や生徒を前に、エルガー作曲の「愛の挨拶」や日本の唱歌「浜辺の歌」を演奏。その後、石巻市立門脇中学校の音楽室を訪れ、吹奏楽部の生徒たちと交流、バッハの無伴奏パルティータを演奏すると、そのお返しに生徒たちは「ふるさと」を演奏した。ギトリスはその演奏に落涙し、「君たちとは音楽でつながっている。音楽をずっと続けてほしい」とメッセージを送った。現役最高齢のヴァイオリニストの一人であるギトリスは、今も健在であり、その後も毎年来日している。
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  • 1966年録音。
  • RUMANIA ELECTRECORD ST-ECE0855 ギトリ…
  • RUMANIA ELECTRECORD ST-ECE0855 ギトリ…
イヴリー・ギトリスの芸術
ギトリス(イブリー)
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
1995-11-25