34-14244
商品番号 34-14244

通販レコード→ 蘭レッド銀文字盤
オペラ全曲盤の第1号。何も知らない人が最初に、このレコードを買ったら「コジ・ファン・トゥッテ」とはこんなもんだと思いこんでしまうでしょう。 ―  ルドルフ・モラルトの「ドン・ジョヴァンニ」は、よく見るが「コシ・ファン・トゥッテ」は非常に珍しい。表紙が双子風の娘が夫々ブルーとピンクの服をまとい、片手に白いパラソルを持っている写真。バラ3枚のフィリップス盤。レーベルはボルドー・ワイン・レッドに銀文字。これは1950年代ウィーンの伝説的な〝モーツァルト・アンサンブル〟によるモーツァルト・オペラの偉業です。1950年代のウィーンは戦災復興が精力的に開始されていた時期で、文化面でも古き良き時代を懐かしむ活動が盛んになる機運があった。ナチズムの洗礼を受けなかったヨーゼフ・クリップスを中心にしたモーツァルト・オペラ上演の新しい動きとして伝説的な〝モーツァルト・アンサンブル〟があり、ウィーンの人々によるドイツ語のオペラ上演が繰り返されていた。クリップスのほかには、本盤の指揮者モラルト(1902〜1958)やカール・ベームが有名でウィーン国立歌劇場での練り上げられたドイツ語による翻訳上演でした。舞台装置などは簡素化されていたが、今ではレコードでしか知らぬ有名歌手たちにより室内オペラ的にアンサンブルの良さを身上とした、謂わば意気の合った舞台を楽しむことが出来たとされている。モーツァルト生誕200年の1956年に向けてレコード会社各社はモーツァルトのオペラ全曲録音に取り組んでいました。折しも78回転SP盤に代わるLPという新しい再生メディアの黎明期であり、録音再生技術の向上とともにより鮮明な再生音を家庭で手軽に味わうことが出来るようになった時代。繊細な音色までをも細かく収録することのできるこの新しいメディアの、そして戦後の新興レコード会社の一つ、フィリップス・レーベルの象徴ともなったのです。ウィーン国立歌劇場で上演されたものですが、ウィーン・フィルがデッカ社との専属契約だったため、フィリップス社はウィーン交響楽団とダ・ポンテ三部作を録音、「フィガロの結婚」はベーム、「ドン・ジョヴァンニ」と「コジ・ファン・トゥッテ」はモラルトが担当しました。中でも「ドン・ジョヴァンニ」はジョージ・ロンドンの誇り高く颯爽としたタイトルロールを筆頭に、ヴァルター・ベリー、ヒルデ・ツァデク、レオポルド・シモノー、セーナ・ユリナッチ、グラツィエッラ・シュッティ、ルートヴィヒ・ウェーバーと空前のオールスターキャスト。後にドン・ジョヴァンニで名を馳せるウィーンの名バリトン、エーベルハルト・ヴェヒターがマゼットを歌っているのですから驚きです。モラルトの颯爽とした気持ちよい音楽は、今聞いても一向に古びておらず、ウィーン響も素敵なウィーンの音色を放っています。さて、モラルトは「ドン・ジョヴァンニ」の時と違って、モラルト自身この「コジ・ファン・トゥッテ」に対して解釈がはっきりとしない部分があり、劇の進行に従って確信が持てなくなって気持ちに揺らぎが出てきた。何も知らない人が最初に、このレコードを買ったら「コジ・ファン・トゥッテ」とはこんなもんだと思いこんでしまうでしょう。
このような表現があっても良いのがモーツァルトの世界ですが、「オペラ・オン・レコード」の中のグラハム・シェフィールドによる批評は「救いようがないと言わないまでも失望させるものだ」と言う。「モラルトは全体に遅いテンポを選んだが、そのテンポを貫き通すための必要な見識も一途さもない。リズムも時々不安定で、彼自身、歌手と重大な意見の不一致を見出している」と書いている。ルドルフ・モラルトの体内時計が悠々と流れる大河のごとく、細部はヒステリックにならずに進む。フレーズの間の取り方は一寸考えこむようなところがあって、木管が活躍するのがくっきりと聴き取れ、躍動感があって一直線にはモーツァルトのテンポに乗ったメロディーは向かってこない。イタリア語歌唱での録音です。アルフォンソのデジェー・エルンスターはハンガリー出身で、戦前1929年からべルリン国立歌劇場、バイロイトを中心に活躍し、1955年からウィーン国立歌劇場のメンバーになったとありますから、経歴から見てイタリア語に難があり、歌がドイツ的と云えるでしょう。レシタティーヴォでの、アクセントがイタリア的でないことで「コジ・ファン・トゥッテ」のモーツァルトの粋が感じ取れない。こうしたマイナス点は、LP時代から目立って波及する。このドイツ語圏のオペラの動きを破壊したのは、カラヤンが1980年代にオペラ界にグローバリズムを持ち出して、全世界から著名なオペラ歌手を動員するようになって以来、オペラ界では作曲された言語で歌う原語主義がザルツブルグ音楽祭などで流行しだしてからと言われ、現在ではウイーンは元よりドイツ語圏の大都市でも、大劇場ではダ・ポンテ・オペラはイタリア語になっている。狂言廻しの主役としてだけでなく最大級に貢献している、グラツィエッラ・シュッティはデスピーナがリズミカルに舞台を歩いているのが分かるような歌唱。このデスピーナのアクセントのあるリズム感、まさにモーツァルトのものです。そして肝心の主役たちはテレサ・シュティヒ=ランダルのフィオルディリージ、イーラ・マラニウクのドラベルラの姉妹に、フェランドのヴァルデマル・クメントとグリエルモのヴァルター・ベリーが絡む。
「コジ・ファン・トゥッテ」は、この男女のやり取りの重唱が要で、モーツァルトは夫々アベックを対等に描いていますから、この男女の力関係が「コジ・ファン・トゥッテ」のドラマの性格を決めかねない所です。男女の心境の移ろいを唆す様な、デスピーナの登場は刺激として上手く機能している。しかしシュティヒ=ランダルとマラニウクの入れ替わりが対等であって欲しいのですが、〝常識〟を擬人化しているべきところが、内気で慎重な性格の女性で終わっている。レシタティーヴォはドラベルラの心境を良く表現しているし、重唱の時はそれほど欠点はないのですがアリアに入ると今までの勢いがなくなり、マラニウクの歌は失速してしまう。そして姉妹の片方極、フィオルディリージは〝自由な愛を追及する女〟として、モーツァルトは音楽で見事な心理劇を作っている。フィオルディリージの第14曲「巌のアリア」は、このオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」の、いやモーツァルト全ての作品の中でソプラノに書かれた名アリア中の名アリアですが、決然とした所がない。シュティッヒ=ランダルはエリザベート・シュワルツコップのようなエネルギーも迫力もないし、セーナ・ユリナッチのような清楚さも感じられない。難曲ながらモラルトのオーケストラの見事なテンポに支えられて、操の固い貞節の良い娘が、実は彼女の歌う歌の内容とは裏腹に意志薄弱で流れに任せてしまう、ドラマ的には女の弱さが出ていて引き込まれる。ここで要求されている歌と、彼女が歌った歌とは全く別物に仕上がってしまった。モラルトはモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」にリヒャルト・シュトラウスのオーケストラ伴奏のリートが通して見えていたのかもしれない。戦争前の上演が音として残っていないのが残念だが、戦後の変質が結果として出ている。それに、モーツァルト生誕200年のレコード録音に負うものか。作品解釈の落とし所が時代的に難しかったのか、この揺らぎから生じる不安が音楽の流れを妨げている。然るに「ドン・ジョヴァンニ」ほど出来がよくないが、この時代のいいテンポ感を持っている。
ルドルフ・モラルト指揮ウィーン交響楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団。テレサ・シュティヒ=ランダル(ソプラノ)、イーラ・マラニウク(アルト)、ヴァルデマル・クメント(テノール)、ヴァルター・ベリー(バス)、グラツィエッラ・シュッティ(ソプラノ)、デジェー・エルンスター(バス)。1955年のセッション、モノーラル録音、3枚組。初版は Minigroove 盤。
NL PHIL  GL5703-5 ルドルフ・モラルト モーツァルト…
NL PHIL  GL5703-5 ルドルフ・モラルト モーツァルト…
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