34-21392

商品番号 34-21392

通販レコード→蘭グレイ白文字盤 Living Baroque

偽作が出まわるということは人気のバロメーターだ。 ― オペラ・ブッファの様式を完成し、古典派音楽の扉を開きながら、モーツァルトよりも10歳も早く26歳という若さで夭逝してしまったジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi, 1710.1.4〜1736.3.17)は、モーツァルトと並ぶほどの類まれな才能の持ち主だったと言われています。2020年に生誕310周年を迎える彼は、モーツァルトやロッシーニらへと続くオペラ・ブッファの基礎を築き、甘美な旋律に溢れたオペラを作曲。23歳の時に上演した軽妙洒脱なオペラ『奥様女中』が歴史的な大成功を収め、これは結果としてオペラの歴史に大きな変革をもたらすことになる。翌年、1734年にはナポリ楽長に就任。10曲ほどのオペラと、結核のため体調が悪化してナポリへ戻った最後の年には、宗教音楽の作曲に取り組むようになる。作品はすべてが珠玉の仕上がりで、その短い生涯であったのにも拘らず、古典派音楽の様式を最も早く示した人物として音楽史に名を遺しています。イタリアの巨匠と呼んで申し分ない、彼があのままあと30年生きていれば、音楽史の中心はイタリアのままだっただろうか。生前の成功はほぼナポリとローマの音楽界に限られたものであったが、5年間の芸術活動で遺された一握りの作品は後期ロマン派の時代においても作曲や文学の分野にインスピレーションを与えるに足るほどだった。18世紀半ばには、ペルゴレージは生前よりも非常によく知られていました。ヨハン・ゼバスティアン・バッハは、わずかにアーメン終結だけを書き加えただけのほぼペルゴレージの作品そのままの『スターバト・マーテル』を「詩篇51 BWV1083」として出版しているし、彼の短い人生は作家たちのイマジネーションを豊かに羽ばたかせた。こうした並外れた評判のせいで没後人気が上昇し、その結果として偽作が大量に出回ることにもなった。儲け目的で18世紀から19世紀にかけて、学生の習作のようなものまで、多数の作品が誤って彼の作曲とされ、その混乱は1939~1942年の〈作品全集〉にまで及んでいる。19世紀の終わりには500を超えていた作品は、現代の研究により、50未満に減りました。そのうち28だけは、本来の作曲者が特定できている。そんなペルゴレージの《ヴァイオリン協奏曲》だが、これって本当にペルゴレージの作品なんだろうか。ときおり『スターバト・マーテル』の作曲家とは別人格を感じるのだ。例えば中間楽章も決して悲哀に魂を削られるという類の音楽ではない。でも美しくて素朴な名曲であることは間違いない。夭折した作曲家が、老巨匠たちが楽団を組んでいる天国オーケストラの端っこに腰掛けさせてもらって、ちょっと申し訳無さそうに地上でこういう曲を作曲しましたと、披露している様子は、ちょっと危なっかしげで、若すぎる演奏姿が、ちょっと切ない感じ。その恥じらう美しさを思い浮かべながら、何度も何度も聴き返してしまった。イタリア序曲風の、さらりとした愛らしい作品。しかしバロックが古典派に進む中間に位置する、この純朴で清楚な音楽。もし埋もれた知られざる作曲家の作品だったとしても、それはそれで良いような気はする。本盤は1980年発売。1949年にはボッケリーニ五重奏団、1954年にはカルミレッリ弦楽四重奏団を創設し、ヨーロッパ各地で演奏活動や録音を行った、ピーナ・カルミレッリ(1914.1.23〜1993.2.26)が1973年から1986年までコンサートミストレスを務めていた時代の、イ・ムジチ合奏団によるヴァッセナール伯爵の《コンチェルト・アルモニコ》とペルゴレージの《ヴァイオリン協奏曲》をまとめたボックスセット。全6曲からなるこの曲集は長い間「詠み人知らず」とされていた。カルロ・リッチョッティ(Carlo Ricciotti, 1681〜1756)によって1740年に出版されたので、かつては、リッチョッティを作曲者と看做してイ・ムジチ合奏団は録音している。同じ頃ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団のレコードでは、19世紀にポーランドの作曲家フランソワ・レッセルの見解を根拠にする、「伝ペルゴレージ作」という表記だった。それというのも、イタリア様式のコンチェルトで、ヴェネツィア楽派の3楽章コンチェルトではなく、ローマ楽派に典型的な4楽章コンチェルトで構成されており、ピエトロ・ロカテッリなどの比較になるからというのであった。彼らがペルゴレージの作品だとして録音に臨んだか、それは結構なことだが、従来ペルゴレージの作とされてきた《コンチェルト・アルモニコ》がアマチュア作曲家であるウニコ・ヴィルヘルム・ファン・ヴァッセナール・オブダム伯爵(Count Unico Wilhelm van Wassenaer Obdam, 1692.11.2〜1766.11.9)の作であるという証拠が発見されたのが1979年、ヴァッセナール伯爵が生まれたオランダのトウィッケル城のアーカイヴズで手稿譜が発見され、その筆跡はヴァッセナール本人のものではなかったものの、自筆でフランス語による前書きが書かれてあった。これで間違いなくヴァッセナール伯爵の作品であることが明らかにされました。本盤の発売が1980年ですからそれを記念したかのようなタイミング。アマチュア作曲家とは信じられない素晴らしい完成度のバロック音楽です。ところが後日談は続く。
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明確してからも、イタリア・バロックの名匠であり音楽学者でもあるクラウディオ・シモーネの1999年録音に至っても、「こんな音楽がアマチュアに書けるはずがない」と言わんばかりの「ペルゴレージ作」と表記していた。

I Musici, Pina Carmirelli ‎– Pergolesi / Van Wassenaer

Side-A 6 Concerti Armonici
  1. Nr. 1 In G
  2. Nr. 4 In G
Side-B 6 Concerti Armonici
  1. Nr. 3 In A
  2. Nr. 5 In F
Side-C 6 Concerti Armonici
  1. Nr. 2 In Bes
  2. Nr. 6 In Es
Side-D Giovanni Battista Pergolesi
  1. Concerto Di Violino Solo Con Piú Strumenti
  2. Concerto A Cinque Cello – Francesco Strano
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、フィリップス・レーベルにはクララ・ハスキルやアルテュール・グリュミオー、パブロ・カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から60年にかけてのレコードには、米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。フィリップスは1982年10月21日コンパクト・ディスク・ソフトの発売を開始する。ヘルベルト・フォン・カラヤンとのCD発表の華々しいCD第1号はイ・ムジチ合奏団によるヴィヴァルディ作曲の協奏曲集「四季」 ― CD番号:410 001-2。1982年7月のデジタル録音。現在は、フィリップス・サウンドを継承してきたポリヒムニア・インターナショナルが、これら名録音をDSDリマスタリングし、SACDハイブリッド化しています。
  • Record Karte
  • 542 724/725 are the numbers of the vinyl. 6768 163 is the number of the boxset. The 6 Concerti Armonici were formerly wrongly attributed to Pergolesi and Carlo Ricciotti.
  • NL PHIL 6768 163 イ・ムジチ合奏団 ペルゴレージ/ヴ…
  • NL PHIL 6768 163 イ・ムジチ合奏団 ペルゴレージ/ヴ…
  • NL PHIL 6768 163 イ・ムジチ合奏団 ペルゴレージ/ヴ…

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