34-20425
商品番号 34-20425
通販レコード→蘭グレイ・ラベル白文字盤
一切焦らず、切迫させず。細部の音まで丁寧に愛情を通わせてゆく。 ― チリ出身でドイツで学んだクラウディオ・アラウは、20世紀を代表するピアニストの1人に数えられる。特にベートーヴェン演奏の権威であるとともに、ロマン派音楽の分野での素晴らしい演奏で「ロマン派芸術最後の巨匠」といわれた。ショパンも彼が愛着を持つ作曲家のひとりで多くの録音が残していますが、アラウにしか表せないショパンの魅力をたたえた名演奏として高い評価をうけました。ショパンの瑞々しい抒情を闊達で柔軟性に富んだフレージング、そして堂々たる構成力で瑞々しく表出します。素顔のショパンの魅力を堪能できる。
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Chopin ‎– Complete Sämtliche Les 21 Nocturnes
  • Side-A
    1. Nr.1 B-Moll Op.9/1
    2. Nr.2 Es-Dur Op.9/2
    3. Nr.3 H-Dur Op. 9/3
    4. Nr.4 F-Dur Op.15/1
    5. Nr.5 Fis-Dur Op.15/2
    6. Nr.6 G-Moll Op.15/3
  • Side-B
    1. Nr.7 Cis-Moll Op.27/1
    2. Nr.8 Des-Dur Op.27/2
    3. Nr.9 H-Dur Op.32/1
    4. Nr.10 As-Dur Op.32/2
    5. Nr.11 G-Moll Op.37/1
  • Side-C
    1. Nr.12 G-Dur Op.37/2
    2. Nr.13 C-Moll Op.48/1
    3. Nr.14 Fis-Moll Op.48/2
    4. Nr.15 F-Moll Op.55/1
  • Side-D
    1. Nr.16 Es-Durt Op.55/2
    2. Nr.17 H-Dur Op. 62/1
    3. Nr.18 E-Dur Op. 62/2
    4. Nr.19 E-Moll Op.72/1
    5. Nr.20 C-Moll Op.Posth.
    6. Nr.21 Cis-Moll Op.Posth.
ポピュラー音楽ともジャズとも違う、クラシック音楽の精神ながら独創的で、隅から隅までシフラ節を聴かせる。時代考証だの演奏法だのを言っても始まりません。頭の中を空っぽにしてシフラの世界を聴いて下さい。かしこまった孤高の演奏も良いですが音楽とは楽しむ為にもありますよね、ただ彼をまだ聴いた事の無い方はまず彼がナチス・ドイツの将校たちを前にして最初に弾いて見せたという「剣の舞」をネットで見つけて聴いて下さい。ともかくも演奏が独特でピアノというよりも打楽器を聴いているような感じの、個性的なピアニズムである。リストを生んだハンガリーに生まれ、後半生をフランスで送った名ピアニスト、シフラは〝20世紀のリストの再来〟と云われんばかりの技巧を持ち、聴衆を唖然とさせることの出来る数少ないピアニストの一人でした。ハンガリーからフランスに、1956年秋のハンガリー動乱の際に亡命したことで陽光の下に立てるようになった彼にとって、暗雲の時代の頼りは、まともに演奏もできない環境下で指慣らしをつづけることだけだった。テクニックそのものを研鑽し最高に発揮することが演奏の最終目的であるような、あまりにも技巧一辺倒であると看做されたために世紀の超絶技巧を有していながら終世賛否両論と毀誉褒貶のあった、その理由の一つに名人芸的要素を持つ演奏を良しとしない意見も多いことも事実ですが、その即興演奏の凄まじさには圧倒される。ただ凄まじいだけでなく、時には溌剌として、時には軽快な指捌き、時には高速連打など驚くべき演奏を聴かせる。しかし、シフラは超絶技巧も彼の魅力の一つであるが本質的な部分はその音楽性にあると思います。その音色は華麗で輝かしく、まばゆいばかりの光芒を絶えず発散する。シフラの楽曲にも負けない演奏には、圧倒的な存在力がある。もし単にテクニックの追求だけが目的であるなら、他にも技術的に優れたピアニストは何人もいる。特に最近の若いピアニストにとっては完璧なテクニックを持つことは世界の檜舞台へ打って出るための必要な最低限度の条件であって、それだけではもはや逸物として通用しないようにさえなっている。そしてその完璧なテクニックを土台として、その上に夫々の個性を打ち出そうとしている訳だが、然しもその場合彼等は決してテクニック自体をこれ見よがしに表面に出すことはしない。だがシフラはまさに堂々と表面切って、それをやっている。シフラはまさに目のくらむようなテクニックによって、聞き手を眩惑してしまうのである。
二枚目の役者は、どんなに歯の浮くようなセリフを言おうと決してテレてはいない、シフラはどんなに人からキザっぽく思われようと、決して自分でテレたりはしない。我々は時にそれをキザっぽいと思いつつも、瞬時にその魅力にすっかり捕らえられてしまうのである。感情をあからさまに出して歌うということは、前世紀的な名技主義の時代ならいざ知らず、現代のピアニストはやらない。歌うということは、我々が音楽の中にいつも求めている重要な要素だ。ただ現代ではそれが極めて抑制された枠の中でしか行われないということであって、我々が何時も音楽の中に歌うことを求めていることに変わりはない。だから我々は機械的なテクニックだけで歌うことを知らないピアニストに出会うと、それこそやり切れない空虚感を感じさせられるのである。だがシフラは歌うべきところは十分に歌う。ただそれがあまりにも徹底して行われるため戸惑い、シフラの演奏に時代の隔たりを感じるのかもしれない。現代のピアニストたちから聴けないものを聴いてしまい、それ故に、リストの再来といわれた技巧の持ち主が、そのリストの作品を唖然とするような技巧で弾ききり、魅力を存分に引き出している〝シフラ独壇場〟の演奏と称される。彼のような鬼才は2度と生まれないだろうと思わせるほどの輝くようなヴィルトゥオジティあふれる演奏。リストの「大ギャロップ」を弾く様子は、人間技ではない。上海雑技団を観て興じるような演奏も、下品は下品なりにそれなりの面白さは勿論あったのですが。ところが、リストの対局にあるショパン。これはなんと細かいところに神経が行き届いた落ち着いた演奏であることか。シフラについての認識が変わってしまいます。
Symphonie Nr. 7 A-dur Op. 92
  • Side-A
    1. Polonaise N° 3 En La Majeur, Op. 40 N° 1, (Militaire)
    2. Polonaise N° 1 En Ut Dièse Mineur, Op. 26 N° 1
    3. Polonaise N° 2 En Mi Bémol Mineur, Op. 26 N° 2
  • Side-B
    1. Polonaise N° 5 En Fa Dièse Mineur, Op. 44
    2. Polonaise N° 4 En Ut Mineur, Op. 40 N° 2
    3. Polonaise N° 6 En La Bémol Majeur, Op. 53, (Héroique)
ジョルジュ・シフラ(Georges Cziffra)は1921年11月5日、ルーマニアで生まれた。彼の人生はその華麗な演奏とは全く異なる、苦難の連続であった。まず、生後数年間は体も弱く、寝たきりのことが多かったらしい。それでも、この巨匠は父親がジプシー音楽家であったことから5歳でピアノを学び始め、もって生まれた才能から、わずか9歳でフランツ・リスト音楽院に入学し、12歳でコンサートデビューを果たした。ところが、第2次世界大戦の中で父を亡くした上に、自身も片耳を負傷し、聞こえなくなってしまう。さらに、ハンガリーは戦後、ソ連の支配下に置かれ、彼は亡命を決意した。しかしこれが当局にバレてしまい、3年間刑務所に入れられてしまった。彼がやっとハンガリーを脱出したのは、1956年、ハンガリー動乱の時であった。この脱出は徒歩で国境を越えるという、過酷なものであったという。なんとか西側に移ったシフラだったが、西側では爆発的に人気を獲得しヨーロッパ中でリサイタルや録音をすることとなった。また、1967年には芸術センター、1968年にはシフラ・ピアノコンクールを設立した。しかし、苦難は再びやってくる。1981年、家が火事になり息子がなくなるという事件が起こったのである。これまで数々の苦難を乗り越えてきたシフラも、このときばかりは意気消沈してしまったようだ。ピアノに向かう力を失ってしまう。その5年後再びピアノを取り戻そうと努力し始めたが、かつての力を取り戻すに至る前、1994年1月17日パリで肺がんにより死亡した。
1978年リリース。2枚組。
NL PHIL 6598 886 アラウ ショパン・夜想曲(全集)
NL PHIL 6598 886 アラウ ショパン・夜想曲(全集)
NL PHIL 6598 886 アラウ ショパン・夜想曲(全集)