34-15602

商品番号 34-15602

通販レコード→蘭ブルー金文字盤

エネルギッシュで推進力に富むヘンデル ― 20世紀半ばのバロック演奏はロマンティックなスタイルのものが多かったようですが、本盤はマーキュリー・レーベルの看板指揮者、アンタル・ドラティのリズムの良い切れのある演奏により、ヘンデルらしい清々しさを感じさせてくれます。1945年にアーヴィン・グリーン、バール・アダムス、アーサー・タルマッジによって設立されたマーキュリー・レーベルは、モノラル・レコーディング期より独特なマイク・セッティングにより、素晴らしい音響を作り出し、その後ステレオ録音の黎明期にも多くの素晴らしいディスクを世に送り出しました。擁する指揮者は個性派揃い、ポール・パレー、ハワード・ハンソン、ドラティ、フレデリック・フェネルらの貴重な名演が鮮やかに記憶に残っている。〝You are there〟 を謳い文句に、音が生まれるその場にいるような臨場感を再現するマーキュリー独自の録音方法は、現在聴き直しても、実に新鮮ですし、戦後まもなくの活気に満ちた演奏スタイルを味わえる点で、その存在感には非常に大きなものがあります。屈指の〝オーケストラ・ビルダー〟 として知られたドラティは、どんなオーケストラが相手でも、楽員の実力を着実に引き出し、アンサンブルを的確に仕上げる見事な手腕の持ち主でした。ドラティは作曲と指揮、チェロ、ピアノを勉強し、まず1924年から1933年までの9年間は、地元ブダペストのハンガリー国立歌劇場のコレペティトアからスタートしてドイツのミュンスター歌劇場の第1楽長までキャリア・アップ、ナチ政権樹立までの4年間をドイツのオペラ指揮者として過ごしています。その後、ニューヨークのオペラ団体「ニュー・オペラ・カンパニー」の音楽監督に就任。臨機応変な能力の求められるバレエ団の指揮者・編曲者として成功した結果、英H.M.V.にさまざまなバレエ音楽をレコーディングできることとなり、その後、コンサート・オーケストラの音楽監督や客演指揮などに本格的に進出することとなります。このようなキャリアの流れは、実際の演奏時のトラブルへの対応力、財政面まで含む運営問題の解決力、レコード会社との交渉力などの向上にも結び付き、さらに数多くの客演や臨時編成アンサンブルとの付き合いによって育まれた強力な指導力によって、〝オーケストラ・ビルダー〟 とも称えられる独自の個性を獲得することに繋がって行きます。そういう時期にあった、1937年から1967年にかけての録音では、ドラティが巨匠風スタイルに落ち着く前の、エネルギッシュで推進力に富む演奏を楽しむことができます。オーケストラの運営方法や助成金を巡るトラブルで、1954年にヨーゼフ・クリップスが首席指揮者を辞任した後、1961年にピエール・モントゥーが首席指揮者に就任するまでの6年間、ロンドン交響楽団の指揮は客演でまかなわれており、ドラティは1956、57、1959〜1965年に登場して米マーキュリーへのレコーディングを指揮しており、クリップスのもとで良い状態になっていたロンドン響の精度をさらに向上させて、仕上げのかっちりとした演奏を聴かせていました。
何かの行事のために作曲される音楽を「機会音楽」と呼ばれます。「水上の音楽」は名前の通りイギリス国王の船遊びのために、そして「王宮の花火の音楽」は祝典の花火大会のために作曲された機会音楽です。演奏会で繰り返すことは作曲の目的にしなくて良い機会音楽であっても、出来上がった作品が素晴らしい音楽になることはあります。そして、このヘンデルの2つの音楽も、典型的な機会音楽でありながら、今やヘンデルの管弦楽作品を代表する音楽としての地位を占めています。ジョージ・フレデリック・ヘンデル(Georg Friedrich Handel)は、1685年2月23日生まれ。1759年4月14日没。ドイツ出身。バッハと並ぶバロック音楽後期の大作曲家であり、即興演奏の名手として名高いオルガニスト。ハノーヴァー選帝侯の宮廷楽長時代に英国に行きそのまま永住する。オペラ、オラトリオを中心に、公開演奏という形を推進して現代の演奏会スタイルを開祖し定着させることに貢献した。公開イベントを成功させるには意表をつく音響の演出が必須。水上の音楽はテムズ川に3艘の船を浮かべて、それぞれに弦楽と管楽、打楽器を載せて移動しながら奏で合わせたり、花火を上げたり。国王の宴遊となればロンドン中のオーケストラから名手を募ることは容易だ。花火職人のほか大工や技術者も力を貸してくれるだろうし、観覧しようと庶民が集ってくる。残されているのは筆写されたパート譜なのだから、実際のオーケストラの規模はわからない。ヘンデルのスコア上では当時の常套的な楽器編成で作曲されていただろうが、国王のオーケストラであれば遠慮なかっただろうし、ヘンデルの音楽自体が楽器編成や、その規模に左右されないものである。そこは同世代のバッハと異なるヘンデルの芸風だ。ドイツ語名はゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Händel)。イギリスに帰化し生涯の約3分の2をイギリスで過ごしており、イギリスでの活動歴が圧倒的に長いことから、英語名でジョージ・フリデリック・ハンデルとかハンドル、或いはヘンドルと呼び、イギリスの作曲家として扱うべきとする意見もあり、少なくともイギリスでは英国の大作曲家として誇らしい存在に扱われているが、日本ではもっぱらドイツ名で知られドイツの作曲家として扱われるのが通例です。バッハと同じ郷里ですが、借金を踏み倒したり結婚詐欺をしながらイタリアでの活動の後、渡英する機会を得ます。バッハやヘンデル、モーツァルト、ベートーヴェンにまで古楽器による洗礼を受けてそれが主流派となった今にあっては、モダン・オーケストラで演奏されたレコードは時代錯誤も甚だしい演奏ということになるのでしょうね。でも、そう言う時代錯誤とも言える華やかで濃厚な、まるでロマン派の管弦楽作品であるかのように響く、ヘンデルのこういう作品ではガチガチにアンサンブルを締め上げても良い結果は得られないでしょうから、これは適切なアプローチだったように思われます。
快活で豪快な気風に富む演奏で楽しませてくれるアンタル・ドラティ(Antal Dorati)は1906年4月9日、ハンガリーのブダペスト生まれの指揮者。1988年11月13日、スイスのベルンにて没。生地のフランツ・リスト音楽院でコダーイに師事した。彼が「コダーイの思い出」に書いているようにこの音楽院で38歳のコダーイは14歳のドラティをクラスの担当として4年間の教えた。多感な時期での畏敬と友情は生涯続いた。1924年に指揮デビュー。ブダペストやドレスデンの国立歌劇場の指揮者を務めていたが、1935年、ナチスに追われイギリスに渡る。1945年ダラス交響楽団、1949年ミネアポリス交響楽団などの常任指揮者を歴任。その後も欧米の主要なオーケストラに多数客演した。オーケストラを育成する手腕は最高といわれ、ダラス交響楽団、ミネアポリス交響楽団、ナショナル交響楽団、デトロイト交響楽団などを世界一流のオーケストラに育て上げたことは有名です。ドラティのDECCA録音といえば、ハイドンの交響曲全集があまりにも有名ですが、ハイドンからチャイコフスキーまで、広いレパートリーの中でもバレエ音楽が出色なのは「外盤A級セレクション」で知られる長岡鉄男氏が、「自然光で照明したような影があり、表情たっぷりゆったりとして、厚みと奥行きを感じさせる。いささかホコリは舞っているが、空気を感じさせる演奏だ。やや太めだが、馬力はあるほう。」と評価している。ドラティの作り出す音楽は、飾り気がなく無骨で筋肉質に引き締まった印象があり、特にそのリズム感は素晴らしく、聴くものを興奮させる力強さに溢れています。なかでもストラヴィンスキーの「春の祭典」は、20世紀最高の快演でしょう。
昔から鮮烈なサウンドで知られていたマーキュリー・レーベルは、音だけでなく、演奏の方も勢いの良いものが揃っているのが特徴。1945年にアーヴィン・グリーン、バール・アダムス、アーサー・タルマッジによって設立されたマーキュリー・レーベルは、モノラル後期に活動を開始し、ステレオ初期を中心とした20年ほどのあいだに数多くの素晴らしいディスクを世に送り出しました。ラファエル・クーベリックやアンタル・ドラティ、ポール・パレー、スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ、ヤーノシュ・シュタルケル、ヘンリク・シェリングといった有名アーティストたちも、ここでは誰もがシャープで活気に満ちた演奏をおこなっています。しかも、オーディオ好きの間でも有名なマーキュリーのサウンドは、ステレオ初期に制作されたものが大半ながら、どれも音響条件は申し分なく、細部まで捉えきった情報量の多さは、当時ずば抜けたものと評されていました。実際、通常の楽音だけでなく、バスドラの重低音や、カノン砲の射撃音、大量の鐘の音といった難物も高水準に再現するあたりは、このレーベルの実力を改めて確認させてくれるところです。「You are there」を謳い文句に、音が生まれるその場にいるような臨場感を再現するマーキュリー独自の録音方法によって収録された名盤の数々は、今聴いても実に新鮮ですし、戦後まもなくの活気に満ちた演奏スタイルを味わえる点で、その存在感には非常に大きなものがあります。
ヘンデル:水上の音楽(ハーティ
ロンドン交響楽団
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
1998-12-09

Handel's "Water Music Suite" was recorded on July 6 and "Royal Fireworks Music" on July 8, 1957 with one 201 and two M56 Telefunken microphones, in Watford Town Hall, outside London. Engineer, Technician – C. Robert Fine, Recording Supervisor – Wilma Cozart Fine, Supervised by – Harold Lawrence.
NL MER SRI75005 アンタル・ドラティ ヘンデル・水上の…
NL MER SRI75005 アンタル・ドラティ ヘンデル・水上の…