34-21642

商品番号 34-21642

通販レコード→日赤盤[輸入メタル原盤使用]

なんでこんなに優雅で、精緻で、色彩感があるのだろう。 ― 陶酔感があるのだけど、つねに制御を失わず、熱狂的になっても、理性を失わず、エレガント。アンドレ・クリュイタンスはフランス人ではない。お隣のベルギーはアントワープに生まれ公用語のフランス語以外にドイツ語も学んだ事からドイツ的な素養も身に付けていた。その為か、彼がそもそも名声を得たのは1955年にフランス系として初めてバイロイトに登場したという経緯からして芸風の中心はベートーヴェンやワーグナーだった。そのせいかアンサンブルに雑なフランス人の指揮者に比べこの人の演奏は合奏が実にしっかりしているし、非常に計算し尽くされた響きのバランスに驚かされてしまう。まずはこの辺が仏パテ社を唸らせ、数々の名盤を算出し、それらを普遍的なものにしている要因だと思う。もちろんフランス的な色彩感覚も抜群に素晴らしい。最も貴重なのはパリ音楽院管弦楽団とのラヴェルの管弦楽曲全集。ルーセル、ドビュッシー、フォーレ、ビゼー。これほど色彩的な精緻さでクリュイタンスを越える演奏はちょっと他では見当たらない。名盤揃いで挙げ出したらきりがない。しかもドイツ系の曲目は、ベルリン・フィルハーモニー弦楽団を起用するケースが多かったが、本盤は、ベルギー国立管弦楽団を振ったもの。クリュイタンスは、パリ音楽院管の指揮者と同時に、母国のベルギー国立管の音楽監督も務めていました。1967年まで首席指揮者が空席だったベルギー国立管は事実上クリュイタンスの手兵オーケストラでもあった。ベルギー出身のクリュイタンスにとっては自国の大作曲家・フランクの交響詩ということで、思い入れもひとしおでしょう。どうにも言葉にするのが難しい個性と雰囲気を持っていて、独特の質感としかいいようがない何かを表現している、これが唯一の録音。クリュイタンスの卓越した力量を感じさせ、フランクの巧みな対位法による旋律を上品で端正な響きと歯切れの良い演奏を展開しています。特に交響詩「呪われた狩人」の疾走感の表現は、見事というほかない。1872年パリ国立音楽院でセザール・フランクから音楽を学んだヴァンサン・ダンディは、その精神に深く感銘を受け、フランス国民音楽協会に協力しながらフランクの精神の普及に努めました。フランクの作品を3つの時期に分類しているが、フランクの交響詩は何れも彼の円熟期と言える第3期の作品群である。リストの作品かと思うような豪華な曲が多く、一瞬戸惑いますが、フランクがワーグナーなどのドイツ音楽に傾倒していたことを思うと納得できます。クリュイタンスはさすがに上手い。オーケストラをよく鳴らすと共に、歯切れの良い演奏を展開しています。フランクはヴァイオリン・ソナタ、交響曲ニ短調以外は機会がないが、たまにはこうした珍しい曲も面白いのではないでしょうか。中古盤市場では人気がある。
セザール・フランク(1822〜1890)の2番目の交響詩《呪われた狩人》は、ドイツの詩人、ゴットフリート・オーギュスト・ビュルガーのバラードによっており、フランクの交響詩の中では最もリスト風の交響詩に近く、詳細な標題に従っている。曲は4つの部分から成っており、フランク自身その基になったバラードの梗概を、初版のスコアに記している。ハロー!ハロー!狩りは畑や、曠野や、牧場を駆け抜ける。 ― どうぞやめて下さい、伯爵様、敬虔な歌をお聞き下さい。 ― いやだ、ハロー!ハロー!。どうぞやめて下さい、伯爵様、注意して下さい。 ― いやだ、そして騎馬の人たちが、疾風のように駆け過ぎる。突然、伯爵は一人だけになり、彼の馬は進もうとしない。彼は角笛を吹くが、もう音がならない ― 不吉な声が彼を呪う、罰当たりな、永久に地獄を駆け巡るがいい。するとあたり一面に炎が吹き出し ― 伯爵は恐怖のあまり気が狂って、悪魔の群れに追い立てられ、いつも、急速に逃げ惑うようになった ― 昼は地獄を、そして夜は空中を横切って。第1部はまずホルンの吹鳴に始まり、やがてチェロに聖歌風の旋律が出て、鐘の音と共に次第に暮ればしい雰囲気を高めていく。再び角笛の音が聞こえて、第2部では伯爵たちが馬を駆って、野原や畑を駆け巡るさまが描かれる。疾風の如き急速な部分である。第3部はモルト・レントにテンポが落ちて、チューバに不気味な呪いの音楽が奏され、ホルンやトロンボーンが加わって、これが威圧的になると、間もなく弦の細かい音型が出て、第4部はピウ・アニマートから、アレグロ・モルト、そして最後にクワジ・プレストと速度を加え、最後のクライマックスを築いていくのである。初演は1883年3月31日、パリで、国民音楽協会の演奏会に於いて行われた。
フランスのニームに生まれ、パリ音楽院で学んだフランス・ピアノ界の大御所、マルグリット・ロンは、ラヴェルの「クープランの墓」「ピアノ協奏曲ト長調」の初演者。さらにはパリ音楽院の教授として、ジャック・フェヴリエ、ジャン・ドワイアン、イングリッド・ヘブラー、ヴィトルド・マルクジンスキ、サンソン・フランソワ、ガブリエル・タッキーノ、ピエール・バルビゼ、フィリップ・アントルモン、ブルーノ=レオナルド・ゲルバー、園田高弘ら数多くの弟子を育てた。エレーヌ・グリモーが尊敬した師でもある、バルビゼが1949年のロン=ティボー国際コンクールで第5位に入った時の第1位優勝者がアルド・チッコリーニだった。同年のコンクールでは、第2位はオランダの名ピアニスト、ダニエル・ワイエンベルク、第3位はパウル・バドゥラ=スコダと、1949年は名手が集中したハイレベルな年だった。ロン以来のフランスの伝統を継承した演奏を続けたピアニストたちは、1960年代からフランスのレコード会社であるエラートやアコールから紹介されていて、フォーレの室内楽で数多くの名演を残したジャン・ユボー、同じくフォーレの全集で名演を聴かせたパスカル・ドヴァイヨン、サティ、セヴラックらで名演を残したジャン=ジョエル・バルビエ、そしてドビュッシーとラヴェルの名手モニク・アースなどがいた。ロン門下のワイエンベルク、バルビゼを抑えての第1位を獲得した、チッコリーニは本当に良いピアニストで最高です。パリ音楽院で、ジャン=イヴ・ティボーデは当時教授だったチッコリーニに師事した。師チッコリーニはブゾーニの孫弟子に当たるため、ティボーデもエゴン・ペトリ、アレグザンダー・ブライロフスキー、ジョン・オグドンなどとともにブゾーニ門下の流れを受け継いだピアニストである。サティの全集で知られるチッコリーニだが、情緒的というよりは知的、感覚よりは知覚に訴えてくる演奏がサティでは物足りない人もいたのではないか。本盤、交響詩「ジン(魔神)」での丸く流麗なチッコリーニのピアノの音色が印象的。フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」も陰鬱さよりからりと晴れた印象派的な明朗さに独自性があり、なるほど、センスとインスピレーションに満ちたチッコリーニにしかできない名演です。チッコリーニ(Aldo Ciccolini)は1925年生まれ、イタリア・ナポリ出身のピアニスト。9歳で作曲家のチレアに見い出され、ナポリ音楽院に入学。1942年にショパンのピアノ協奏曲でデビュー。1949年にパリのロン・ティボー国際コンクールで優勝し、パリ・デビューを果たす。1969年にフランス籍を取得。1971~1988年、パリ音楽院の教授を務める。1999年12月に在フランス50周年記念リサイタルを開催し、フランス政府より国家功労賞、芸術文化勲章、レジオン・ドヌール勲章叙勲など受賞歴も多い。EMIレーベルにフランス、イタリアものを中心に膨大な録音歴を誇る。2014年6月にも来日して聴衆を魅了したが、2015年2月1日、パリ郊外の自宅にて永眠。享年89。レパートリーも幅広く、シリアスな曲から愉悦に満ちた曲まで、何でもござれで、高齢になってからも益々その芸境に深みを増し、活動も精力的でした。
アンドレ・クリュイタンス(André Cluytens)は、1905年3月26日、ベルギーのアントワープ生まれ。父、祖父共に指揮者という家系であった。17歳の時、同地の王立歌劇場で補佐指揮者などをつとめ、22歳の時にビゼーの歌劇「真珠採り」で同劇場の指揮者としてデビュー。1949年にシャルル・ミュンシュの後任としてパリ音楽院管弦楽団の常任指揮者に就任し、1964年には同管弦楽団を率いて来日。その名演は今も語り草になっている程である。1967年6月3日にガンのためパリで死去。指揮者として最も脂ののった62歳という若さであった。クリュイタンスが1967年に僅か62歳で世を去ってから、既に50年の月日が経つ。彼の死は音楽から、ある掛け替えのない宝を奪い去った ― という時、私たちが郷愁にも似た気持ちをもって想い起こすのは、彼がフランス音楽の演奏において聴かせてくれた、文字通りにフランス的としか言いようのない洗練と瀟洒な美感だが、クリュイタンスの音楽は単にそうした感覚的な喜びや快感だけで受け取るには、あまりにも情け深いものだった。そこには、最上の感覚的な戯れと背中合わせに、透徹した知性と、一切の過剰や誇張を厳しく拒否する節度があった。それだけではない。伸びやかで自由な愉楽と同時に、磨きぬかれたメティエと職人芸の確かさがあった。オペラやバレエを指揮して生き生きとした劇場的な効果とムードを生み出すかと思えば、宗教劇や教会音楽の演奏には限りなく敬虔な祈りがあった。更に、彼はフランス音楽だけのスペシャリストではなく、ベートーヴェンの交響曲の指揮はドイツでも高い評価を受けていたし、バイロイトでワーグナーを指揮した初のフランス系指揮者でもあった。つまり、クリュイタンスの音楽は、ある一つの概念で規定しようとすれば確実にそれと正反対の概念が浮かんでくるような多元性があったのだが、しかも彼はそうした多元的な要素を生々しい抗争として提出することは決してなかった。すべては自然で自由な美として呼吸していた ― クリュイタンスは常に微笑んでいるというベルナール・ガヴォティの言葉のように、彼の遺したレコードは、その清らかな微笑みがいかに意味深いものであったかを、様々な形で啓示している。それらを改めて聴き返すたびごとに、私たちは、クリュイタンスの死によって失ったものの大きさを、そしてこの50年の間二度と再び見出すことの出来なかった美を、思い知らされるのである。
フランク:交響詩集(UHQCD)
クリュイタンス(アンドレ)
ワーナーミュージック・ジャパン
2017-04-19

交響詩『呪われた狩人』『アイオリスの人々』『ジン』『贖罪』。1962年12月20日ブリュッセル、パレ・デ・ボザール録音。Producer:Rene Challan, Balance Engineer:Walter Ruhlmann
JP 東芝(赤盤)AA7105 クリュイタンス・ベルギー国立響 フラ…
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