商品名HU Hungaroton SLPX11650-52 ヤーノシュ・フェレンチク リスト・聖エリーザベトの伝説

ワーグナーを意識した全曲を通じて特徴的なライトモチーフの使用が聴き逃せない。 ― フンガロトンにリストの作品を多数遺したフェレンチクによる決定的な録音。フンガロトン( Hungaroton )はハンガリーの国営レコード会社。半世紀を越える歴史を数え、ここでしか聴けない本国バルトーク、コダーイの作品から、さらにチェリストのペレーニやピアノのアニー・フィッシャー、シフ、コチシュなど注目のタイトルを共産国時代の演奏がクリアな録音で聴ける。今の商業録音のポリシーの中でこういう演奏が録音される可能性はまずゼロである。共産主義というものは真の演奏芸術を保存するという意味においては鮮度の高い間保持されていただろう可能性を秘めていたとも思う。この録音はその証しだろう。
実在したハンガリーの王女エリーザベト(1207-1231)の生涯をベースにしているリストの大作オラトリオ「聖エリーザベトの伝説」。わずか4歳で王女エリーザベトは、チューリンゲン方伯ルートヴィヒの未来の花嫁として、ヴァルトブルクに連れてこられた。彼女は、その過酷な運命に絶望することなく貧者への慈善活動にはげみ、死後に聖人の列に加えられている。リストがワイマール時代に、オーストリアの画家モーリッツ・フォン・シュヴィント(1804-71)のフレスコ画から霊感を受け、ドイツのテューリンゲンの聖人エリーザベト(エルジェーベト)の物語を題材とすることを着想し、ローマ時代に書き上げたバイエルン国王ルートヴィヒ2世に献呈された。日本での初演は1973年11月23日に行われた。折しも、本盤が発売された。
ハンガリーは第1次大戦後、オーストリアとの二重帝国体制から引き離され、領土をルーマニアとチェコ=スロヴァキアに侵食された。両国の支配に反対して王制が成立するが、第2次大戦では枢軸国側に属して、ナチスの助力を得ながら領土を回復していくことになる。1944年に民族主義革命により王制は倒れ、ソ連から容赦なくブダ=ペストを占領されてしまい民族主義勢力は除かれ、ハンガリーは共和国として歩み出す。そして、国家という強固なバックボーンをもち、国費で育てられた優秀な人材が安定的に供給される。
ヤーノシュ・フェレンチク( János Ferencsik, 1907-1984 )は1907年、ブダ=ペストに生まれる。幼くしてヴァイオリンやオルガン、作曲に幅広い才能を示し、20歳代で、バイロイトでトスカニーニのアシスタントを務めたことから指揮者のキャリアが始まる。ただし、その後は国内の劇場を中心に叩き上げでステータスを高めていき、国外でも評価されていった。1948年から3年間はウィーン国立歌劇場 ― 戦災で被災したためアン・デア・ウィーン劇場を間借りしていた時代 ― の首席客演指揮者としても名前を刻んでいる。国外での指揮活動がなくなったわけではないが、フェレンチクの主戦場はあくまでハンガリー国立歌劇場、及び、そのオーケストラであるハンガリー国立管弦楽団であった。ザルツブルク音楽祭をはじめ、世界中をまわっての指揮活動は続け、来日も多いが1984年に没するまで、ハンガリー国立管弦楽団の首席指揮者のポストを手放さなかった。ジェルジ・レヘルと並んでハンガリーから外に出なかった国宝級の指揮者である点では、ジョージ・セル、フリッツ・ライナー、ゲオルグ・ショルティ、ユージン・オーマンディ、フェレンツ・フリッチャイ、イシュトヴァン・ケルテスなどが西側に出たのに対し、国に残って自国の楽壇を支えた。米国に渡った指揮者らが選んだ「スコアを正確に明晰に鳴らす演奏」スタイルは、イタリア移民であるトスカニーニに倣うところが顕著な、当時の米国の音楽メディアが圧倒的にラジオ放送依存だったことに関係がある。残響の少ないオペラハウスで情熱的なイタリア・オペラを振ってきたトスカニーニの音楽性は適任だった。同様に、ハンガリー人亡命指揮者たちの理知的で明晰さを重んじる音楽性もその流れに沿ったものだった。一方、低音を基盤としたピラミッド型の音造りと、教会のオルガンの残響の多い音響は欧州で伝統的である。フェレンチクの演奏はまず、重低音の美しさが際立っている。ハイファイ 的な高音域、低音域の強調は全くなく、中音域が厚めのオーケストレーションが見事に鳴っている。それ故、弦楽器セクションのヴィブラートのかけ方ひとつを追っていくだけで充実した楽しみとなるだろう。効果的な響きのコントロールと、アーティキュレーションの明解さによって、フェレンチクは自由に作品からメッセージを引き出すことができる。しっかり脇を締めながらも弱奏部における木管や金管の音色はのんびりとした伸びやかさがあるとともに自然な膨らみがあり。ノン・ヴィブラートの弦楽器の音色には弾力性があり、人々が対話をしているようだ。ひとつの目的に向かって人々が歌いながら自由への闘いに臨むような、巨大なエネルギーを生み出しながらも、全体的には奇を衒わない品のいい演奏であるだけに明確なメッセージとなる。フェレンチクの演奏は傷ついた民族のこころを温めるのに、いかにも効果的だっただろうと思われる。
1973年6月14日-7月17日、スロヴァキア・フィルハーモニー、コンサート・ホール録音、1974年初発。
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