34-19626
商品番号 34-19626

通販レコード→英レッド 銀文字 LIVING STEREO 盤
ジャズ・マニアも〝ジョン・コルトレーンをはじめて聴いた時のようだ〟と感激した、ミュンシュの〝ブラ4〟 ― ドイツ系の名指揮者シャルル・ミュンシュにとって重要なレパートリーだったブラームス。特に第1番と第2番の交響曲は偏愛と言っても良いほど、演奏を繰返しました。ミュンシュはベートーヴェン同様、ブラームスの交響曲も〝第3番〟を同時期にフリッツ・ライナー&シカゴ交響楽団が米RCAに録音していたので、全集も完成していない。ボストン交響楽団時代には〝第3番〟を除く交響曲、悲劇的序曲、2曲のピアノ協奏曲の録音があるのみ。ドイツ風な重厚さよりも一体に速いテンポで、ぐいぐい運んでいく直線的なダイナミズムを重視したその解釈は、陰鬱なブラームス像を好まない音楽ファンから熱狂的に支持されています。集中力が強く、色彩感も旋律線もあくまで鮮明、まことに独自なものなのである。交響曲第1番のステレオ録音盤は、音の出が威圧的とも言える迫力満点のもので聴き疲れするほどの充実。交響曲第2番はお得意のもので濃厚なロマン的表現、トランペットの強奏はワーグナーのようです。ミュンシュと言えば必殺のフェルマータ延ばしが、ここでも楽しめます。そして〝第4番〟はヴィルヘルム・フルトヴェングラー張りのテンポ変化、逆上的な感情の迸りが聴きものです。本盤はシューベルトの交響曲第2番、シューマンの交響曲第1番と並んで、ミュンシュがボストン響時代にモノラルとステレオで録音を残した交響曲の一つ。録音という行為そのものが今日のように手軽でなかった時代に再録音を行うということは尋常なことではなく、レコード・セールスへの期待もさることながら演奏者の側にも強いこだわりがないと実現できなかった。その意味で、この〝第4番〟にはミュンシュの作品に寄せる愛情がにじみ出た演奏になっており聴き応え満点だ。ミュンシュのボストン響時代の名演のひとつ。ボストン響の緻密で洗練されたアンサンブル、特に美しい弦楽合奏と輝かしい金管パートを基本にして、明快なブラームス像を描いています。作品に真正面から取り組み、激しい燃焼度で突き進んでいく若々しさと、壮大なスケールで音楽を高潮させてゆく手腕はミュンシュの真骨頂。ライヴ演奏に見られる熱狂とは違った、抑えがたい情熱が渦巻いている。特にフィナーレで沸騰点に達するパッションは、他からは聴くことが出来ません。ブラームスに渋さを求める人向きではないが、明快で爽快なブラームス像が堪能できるはずだ。
ミュンシュは、多少コスモポリタン的な傾きはあるが、全く現代的で、緊迫度が高く簡潔緻密だ。特に、ほど良く淡白な叙情性と人生の秋をしのばせる曲趣の調和が目立つ。尻上がりに油が乗ってくる。ワルターとは逆の手法で成功したものといえよう。盤鬼・西条卓夫
シャルル・ミュンシュ(Charles Munch, 1891〜1968)のキャリアはヴァイオリニストからスタートしていますが、若かりし頃、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターに就任、その時の楽長がヴィルヘルム・フルトヴェングラーだった。毎日その巨匠の目の前に座って多くのことを習得したことから、しらずと例の拍子をぼかす内容重視の指揮法はフルトヴェングラーの指揮姿から身につけたものと推察出来ます。ミュンシュは音楽が持っているのストーリー性を、物語の様な視点で語りかけてくる。それが度を越すケースが多いのだけど、熱を持って表現する。ゲヴァントハウスではドイツ語でカール・ミュンヒ(Carl Münch)と呼ばれていた。生涯のほぼ半分ずつを、それぞれドイツ人とフランス人として送った彼は、両国の音楽を共に得意とした。ベルリオーズの幻想交響曲とブラームスの第1交響曲でのミュンシュがドライヴするパリ・コンセバトワールの燃焼ぶりは永遠に色褪せることがない。ミュンシュは当時ドイツ領だったストラスブルク出身であることから、れっきとしたドイツ人であるがゆえにブラームスなどのドイツものまで得意としていたのは当然、彼の演奏で聞いても見たかったがバッハも熱愛していた。1929年にパリで指揮者としてデビュー、1937年にパリ音楽院管弦楽団の指揮者となって、1946年まで在任した。1949年からボストン交響楽団の常任指揮者に就いたミュンシュは、このオーケストラと数多くのレコーディングを行い、ミュンシュの録音はほぼすべてをリチャード・モーア、ルイス・レイトンというRCAのステレオ録音の礎を築いたコンビが手がけた。『生涯の終わりごろ、ブラームスが目も眩むほどの速さでヴァイオリン協奏曲を振りはじめた。そこでクライスラーが中途でやめて抗議すると、ブラームスは「仕方がないじゃないか、きみ、今日は私の脈拍が、昔より速く打っているのだ!」と言った。』そんな興味深いエピソードを、ミュンシュはその著書「指揮者という仕事」(福田達夫訳)の中で紹介していますが、いまここで音楽を創造しながら、「ああ生きていて良かった!」という切実な思い、光彩陸離たる生命の輝き、そして己の殻をぶち破って、どこかここではない彼方へ飛びだそうとする“命懸けの豪胆さ”が、私たちの心をひしひしと打つのです。
録音史に残る名録音 ― LIVING STEREO
ライナー=シカゴ交響楽団のRCAレーベルへの録音は、1954年3月6日、シカゴ交響楽団の本拠地オーケストラ・ホールにおけるリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」のセッションで始まりました。この録音は、その2日後に録音された同じリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」と並び、オーケストラ・ホールのステージ上に設置された、わずか2本のマイクロフォンで収録された2トラック録音にも関わらず、オーケストラ配置の定位感が鮮明に捉えられており、録音史に残る名録音とされています。ステレオ初期のカタログではセミ・プロ仕様の2トラック、19センチのオープンリール・テープは数が限られていましたが、その中でもミュンシュ=ボストン交響楽団のRCAレーベルへの録音は比較的多く存在していました。これ以後、1963年4月22日に収録された、ヴァン・クライバーンとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番まで、約10年の間に、モーツァルトからリーバーマンにいたる幅広いレパートリーが、ほとんどの場合開発されたばかりのこのステレオ録音技術によって収録されました。ヤッシャ・ハイフェッツ、アルトゥール・ルービンシュタイン、エミール・ギレリス、バイロン・ジャニスなど、綺羅星のごときソリストたちとの共演になる協奏曲も残されています。いずれもちょうど円熟期を迎えていたライナー芸術の真骨頂を示すもので、細部まで鋭い目配りが行き届いた音楽的に純度の高い表現と引き締まった響きは今でも全く鮮度を失っていません。これらの録音「リビング・ステレオ」としてリリースされ、オーケストラの骨太な響きや繊細さ、各パートのバランス、ホールの空間性、響きの純度や透明感が信じがたい精度で達成された名録音の宝庫となっています。
1958年10月27日ボストン、シンフォニー・ホールでのセッション、ステレオ録音。
GB RCA SB-2060 シャルル・ミュンシュ ブラームス・交響…
GB RCA SB-2060 シャルル・ミュンシュ ブラームス・交響…