34-9497

商品番号 34-9497

通販レコード→英レッド黒文字盤

優勝の陰にどれほどの才能が、傷ついていることか! ― と嘆いてチェロのグレゴール・ピアティゴルスキーが審査員を辞任した話はよく知られている。にも拘らず、国際コンクールが少しも衰える兆しを見せないのも、やはり、それなりの理由は確かにあるからだ。2019年9月時点の情報で、国際的に権威あるピアノ・コンクールは34を超える。ショパン国際ピアノ・コンクール自体の歴史は、1972年に第1回大会を開催し、以降著名なピアニストを多く輩出しています。開催は、ショパンの故郷であるポーランドの首都ワルシャワですが、日本からの参加者は、まずは地区大会、そして全国大会、さらにアジア大会に参加します。東京オリンピックと同じ、来年に第18回大会は開催されますが、アジア大会へ向けた地区大会の開催要項はすでに発表されています。課題曲はショパンのみ、参加資格として参加できる年齢も定められています。ユージン・フォドアも、チャイコフスキー国際コンクールで脚光を浴びて登竜門をくぐった。むろん米・英のジャーナリズムは、〝第二のクライバーン〟と鳴り物入りで騒いだが、そうした扱い方は、正当な評価でなく、些か常軌を逸した〝お祭り騒ぎ〟以外の、なに物でもないことか。むしろ、現在のアメリカは若手の弦の人材には枯渇していない。現代、若手の演奏家たちのデビューは、必ずしも、第二次世界大戦後に盛大になってきた。こうした大規模な国際コンクールで〝生み出される〟ことが少なくなってきた。ピアノ界で、それは、とくに顕著な傾向となってきたに見える。なぜか? ― 大コンクールに付きものの政治性、技術偏重の評価 ― その弊害を挙げていけば、まだ無数にあるだろう。弦楽の分野では、まず、その技術の優劣が、こうした苛酷な競争を通して明確に形を見せてしまう。パガニーニやヨハン・ゼバスチャン・バッハの独奏曲、幾つかの協奏曲、その場で与えられる新しい創作といった課題や自由選択作品の関門を、ことごとく通り抜けていくには並大抵でない技術と非情なまでの精神力の強靭さが要求される。フォドアは幼いころからヴァイオリンを学び、10歳でブルッフのヴァイオリン協奏曲でデビューするという早熟ぶりを発揮。その後、ジュリアード音楽院に進んでイヴァン・ガラミアンとドロシー・ディレイに師事したほか、インディアナ大学で学び、ジョーゼフ・ギンゴールドの教えを受け、ヤッシャ・ハイフェッツの下で研鑽を積んで腕を上げます。ガラミアン門下からは、多くの弦楽界の人材が輩出している。〝イヴァン雷帝〟のニックネームを捧げられているアメリカの名教師の一人であるガラミアン自身が編纂した独特のスケール・システム一つを取り上げてみても、いかにも合理を追求し、揺るがない基礎をがっしりと固めることに重きをおいたテクニックづくりを優先した厳格な教授法が想像できるというものだ。こうしたガラミアンの指導下に育ったヴァイオリニストたちは、だから、誰もが堅固なテクニックの基礎を持っていることが共通している。しかし、その個性までが画一化されていない点に名教師の名教師たる故のあることを見逃してはならないだろう。その甲斐あって、フォドアは1972年のパガニーニ国際コンクールで優勝したほか、1974年、レオニード・ブレジネフ時代のチャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門で最上位獲得 ― 1位なしの2位という快挙により脚光を浴び、米RCAと契約、一連のレコーディングを行うこととなります。かなり自己の感情の起伏を織り込んで弾き進めているチャイコフスキーの《ヴァイオリン協奏曲》の第2楽章は、フォドアの音楽性が、決して角ばったアカデミックなものではなく、思い切って自己の感性を表現してみせたものだ。熱気溢れるも品格のあるパフォーマンスの華麗なスタイルはフォドアならでは。こうしたフォドアの、いかにも捉われたところのない感情表出の在り方は、ヨーロッパやあるいは比較的、伝統的な様式の中で理想の標的を求めているソ連の人たちにも、あまり見られない在り方だ。やはりアメリカの自由な精神風土でなければ身につけられなかった育ち方というべきだろう。余白のサン=サーンスの《序奏とロンド・カプリチオーソ》など、奔放とさえいえるほどの表現で臆するところなく弾きのけている。→コンディション、詳細を確認する
録音史に残る名録音 ― LIVING STEREO
フリッツ・ライナー=シカゴ交響楽団のRCAレーベルへの録音は、1954年3月6日、シカゴ響の本拠地オーケストラ・ホールにおけるリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」のセッションで始まりました。この録音は、その2日後に録音された同じリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」と並び、オーケストラ・ホールのステージ上に設置された、わずか2本のマイクロフォンで収録された2トラック録音にも関わらず、オーケストラ配置の定位感が鮮明に捉えられており、録音史に残る名録音とされています。ステレオ初期のカタログではセミ・プロ仕様の2トラック、19センチのオープンリール・テープは数が限られていましたが、その中でもミュンシュ=ボストン交響楽団のRCAレーベルへの録音は比較的多く存在していました。これ以後、1963年4月22日に収録された、ヴァン・クライバーンとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番まで、約10年の間に、モーツァルトからリーバーマンにいたる幅広いレパートリーが、ほとんどの場合開発されたばかりのこのステレオ録音技術によって収録されました。ヤッシャ・ハイフェッツ、アルトゥール・ルービンシュタイン、エミール・ギレリス、バイロン・ジャニスなど、綺羅星の如きソリストたちとの共演になる協奏曲も残されています。何れもちょうど円熟期を迎えていたライナー芸術の真骨頂を示すもので、細部まで鋭い目配りが行き届いた音楽的に純度の高い表現と引き締まった響きは今でも全く鮮度を失っていません。これらの録音「リビング・ステレオ」としてリリースされ、オーケストラの骨太な響きや繊細さ、各パートのバランス、ホールの空間性、響きの純度や透明感が信じがたい精度で達成された名録音の宝庫となっています。
  • Record Karte
  • Recording: 1974, Aug. 14-16, London. Produced by John Pfeiffer, Recording Engineer: Anthony Salvatore
  • GB 	RCA 	ARL1 0781	フォドア	チャイコフスキー・ヴ…
  • GB 	RCA 	ARL1 0781	フォドア	チャイコフスキー・ヴ…