GB Pearl GEMM233	クライスラー PLAYS ENCORES
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GB Pearl GEMM233 クライスラー PLAYS ENCORES

ノスタルジーを超えて聴く人のハートをわしづかみ ― ティボーとともに20世紀最高のヴァイオリニスト。なんという懐かしい音、なんという甘美な音、なんという温かい音だこと。昔の演奏家は目をつぶって聴いても誰が弾いているのか分かったが、その筆頭格がクライスラーだった。作曲家たちの尊敬を一身に受けたのがヨアヒムだとするならば、同業のヴァイオリニスト達から多くの支持を得たとされるのは、“ヴァイオリン界の帝王クライスラー”(Fritz Kreisler, 1875.2.2〜962.1.29)である。クライスラーという名前も覚えやすいが、アメリカを代表するヴァイオリニストとして、「彼ほど聴衆から愛された人物はいない」。ポピュラー( Popular )という言葉を文字通り、「一般によく知られていること。人気のあること」とするなら、彼ほど“ポピュラー”という言葉が似合うヴァイオリニストはいないだろう。作曲家としての彼の代表作の一つである《愛の喜び》は、ヴァイオリンの小品の中では頭抜けて知名度が高い。後述したがクライスラーはウィーンで生まれ育った。(ウィーンで生まれ育っても、自分はよそ者だという感じが抜けないでいた。その為最初の出世作になる。ウィーン奇想曲はウィーンを描いたものではない。という概要の文章は投稿保存直前にブラウザが落ちました。その為内容は違うものです。)7歳で特例としてウィーン高等音楽院に入学、ヘルメスベルガー2世にヴァイオリンを、ブルックナーに作曲理論を学ぶ。10歳にして首席で卒業。パリ高等音楽院に入学、マサールにヴァイオリンを、ドリーブに作曲を学ぶ。12歳で首席卒業。アメリカで演奏会を開き、半ズボン姿の「フリッツ・クライスラー先生」と名ピアニスト・ローゼンタールの共演は大成功を収める。ところがその後、10年間は公の場で演奏することはなかった。彼が本格的な演奏活動に入ったのは24歳の時で、それまでは絵を描いたり、医学を学んだり、軍隊に入ったり、といった具合に変わったコースを歩んだ。この頃、ブラームスやヨアヒムと知り合う。転機は1899年ニキシュ指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演したこと。これを機に彼の名は知れ渡り、1903年頃からレコーディングを始める。
クライスラー曰く「私自身についていえば、何を弾いても、あるいはまた弾けないものでも、それを楽しむことにしています。」と。また、クライスラー曰く「私が信頼できる唯一の批評的判断は脊柱のくだす判断です。私自身の演奏であれ他人の演奏であれ、私は自分の背筋に戦慄をおぼえたとき、それを良い演奏だと判定するわけです。批評家たちが何と言おうと、それ以上に良い鑑定法はありません。」と。(2017年5月例会で説明したカペーとクライスラーのビブラートの使い方が考え方から違うことについての、文章は投稿保存直前にブラウザが落ちたために本文欠落)トリル一つまで歌い抜かれているように聴こえるクライスラーの精緻な演奏が、曲全体を聴き終わった時、美しさ、愉しさとともにズシリとした感慨を聴き手の心に残すのは作曲者の思いに共感して音造りしているから。世界各地を演奏旅行し、1923年の秋来日している。同じユダヤ系の指揮者レオ・ブレッヒと録音したベートーヴェンのヴァイオリニスト協奏曲は、クライスラーの名盤の一つに数えられる。楽器や美術品の蒐集でも知られていた。彼の作曲した多くのヴァイオリン用小品はパガニーニやサラサーテと同じく、自ら演奏するために書かれたもので、「愛の悲しみ」、「愛の喜び」、「ウィーン奇想曲」は古いウィーンのワルツの香りを伝え、「中国の太鼓」、「美しきロスマリン」の2曲も彼独特の気品に満ちた佳曲。そのほかベートーヴェンやブラームスのヴァイオリン協奏曲のカデンツァの作曲や、ヴァイオリン独奏用編曲も数多く手がけている。その作曲のレベルの高さは、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のカデンツァはクライスラーが19歳の時の作曲で、未だどれだけのヴァイオリニストが同カデンツァで演奏していることからわかるだろう。
フリッツ・クライスラーはオーストリア出身の世界的ヴァイオリニスト、作曲家。後にフランスを経てアメリカ国籍となった。ユダヤ系。本名はフリードリヒ・クライスラー(Friedeich Kreisler)。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の入団試験を受けたこともあったが、「音楽的に粗野」「初見演奏が不得手」という理由で落とされている。そのことから、レパートリー拡大のために少しずつ作曲も始めることになった。1914年に勃発した第一次世界大戦では陸軍中尉として東部戦線に出征。その塹壕戦では、それなりの貢献をした。飛来する銃砲弾の空気を切る音で、弾丸の国籍、敵陣の方向・距離まで言い当てた。良い耳を持つことが名演奏家第一の必要条件であること言うを俟たないが、彼の場合、それに『超』がついていた。「最もウィーン的なヴァイオリニスト」と謳われたクライスラーだが、そこにホイリゲ、シュランメルン、オペレッタといった庶民的な生活感を期待してはいけない。もっと都会的で、洗練されきったインターナショナルな音と調べが本領であり、たとえ《ウィーン奇想曲》でさえ、「ウィーンの雰囲気」を模したに過ぎない。クライスラーが35歳の時、ベルリンで行ったリサイタルで「愛の喜び」を過去の作曲家ランナーの作品として弾き、つづけて「ウィーン奇想曲」を自作曲として演奏すると、当時の著名な批評家が「ランナーの名曲と自分の作品を並べるとは図々しい」と非難した。そこにはウィーンに生まれ育ちながらも、外様のユダヤ人であったクライスラーの血によるところが大なのか。クライスラーは自分の音楽を先入観なしに、正当に評価して欲しいと願っていたのかもしれません。フリッツ・クライスラーは周知の如く、数多くの優れた作品と編曲を世に贈った。コレルリ、タルティーニなどバロック時代のイタリアの名人を源流とし、天才モーツァルトを経由して鬼才パガニーニ、サラサーテに至る名ヴァイオリニスト兼作曲家の系譜の末裔。ベートーヴェンの《ヴァイオリン協奏曲》第1楽章のカデンツァは19歳の時の作で、ナチス政権下においてユダヤ系のクライスラーのカデンツァを使うことが黙認されていた。又、ラフマニノフの《交響的舞曲》のオーケストラ版における、弦楽器パートのボウイング指定はクライスラーが行ったことをラフマニノフ自身が自慢している。クライスラーはラフマニノフの歌曲をヴァイオリン編曲しており、ラフマニノフは《愛の喜び》と《愛の悲しみ》をピアノ独奏用に編曲している。1901年初夏、アメリカからヨーロッパに戻る船中の理髪店でアメリカ人のハリエット・リースと知り合い、船内で婚約。音楽への造詣はなかったがクライスラーの性分や音楽の才能を把握して、クライスラーに音楽に関係ないことを望まず、生活を厳しく管理した。外交的で抜け目ない有能なマネージャーとして彼を支えながらも、演奏会では楽屋で夫の帰りをひたすら待つ仕えぶりで、クライスラーが音楽家として大成する一助となった。1923年5月、関東大震災直前に来日。前震を経験している。帝国劇場で行われたリサイタルではベートーヴェン、ブラームス、バッハ、ブルッフなどの大曲から編曲ものまで多種多様なプログラムを組み、耳が肥え始めた日本の聴衆を唸らせた。(平成28年10月23日五福公民館、第38回蓄音器を楽しむコンサート解説より)
コンポーザー=ヴァイオリニストのクライスラーは、今なお親しみやすい小品の作・編曲家として愛され続けている彼の代表作の自演を集めたもの。ヴァイオリンの『小品集』なるものは、それこそ星の数ほどあるが、そのほとんどが演奏家をフューチャーしたもの。ある作曲家の、しかも小品ばかりを採り上げアルバムとして成立することすら珍しい。Fritz Kreisler – Liebesfreud, Liebeslei, Rondino On A Theme By Beethoven, Caprice Viennois, Tambourin Chinois, Franz Lehár – 'Frasquita' Serenade, Leopold Godowsky – 'Giuditta' Serenade, Erik Meyer-Helmund – Wienerisch, James Weldon Johnson – Dad Fensterin (Flirtation), Manuel De Falla – Since You Went Away, Espagnole (La Vida Breve), Claude Debussy – En Bateau, Antonín Dvořák – Slavonic Dance No. 3 In G, Indian Lament, Isaac Albéniz – Tango, Op. 165/2, Malagueña. Piano – Carl Lamson, うち2曲の歌曲の演奏でテノールが加わりピアノ伴奏が替わる Piano – Ludwig Schwab, Tenor Vocals – John McCormack。(保存直前にブラウザが落ちました。その為内容は違うものです。)リマスターはデニス・ヒル。1981年初発。1920年代の電気録音を中心とした選曲により、「愛の喜び」、「愛の悲しみ」は勿論、「中国の太鼓」や「ウィーン奇想曲」をはじめ、ドビュッシーの「小舟にて」、デ・ファリャの「スペイン舞曲」といった全盛期のクライスラーの甘美な音色と洒脱な歌い回しが堪能できます。その典雅な味わいは、単なるノスタルジーを超えて聴く人のハートをわしづかみにします。ただ、クライスラーの演奏はアット・ホームだが、もっとエクスタシーを感じさせてほしいとか、熱い息吹を迸って欲しいと思うところでも、客観性が優っていて陶酔させてくれない。弾き過ぎて初々しさが失われているからだろうが、そこにこそ最大のクライスラーの美徳であり、そんな焦らしのテクニックに参ってしまっている。昭和10年前後の録音だから再生を始めてすぐは録音の貧弱さを感じるものの、いつしか、そのことを忘れている。LP時代からSPレコードの復刻を中心として、その歴史を誇るレーベル、パール。その特徴は「原音そのままの音楽」を届けること。 20世紀末から多くのレーベルで行われたノイズ・カット復刻に、ほぼ否定的な意見が定着している現在、当レーベルのような原音重視の復刻は貴重な存在となっている。SHE 規格は復刻物ではなくオリジナルの録音。
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