34-5072
商品番号 34-5072

通販レコード→英ダーク・プラム銀文字盤 HI-FI STEREO
虫出しの雷増えて、春爛漫 ― 「アパラチアの春」も含め、アーロン・コープランドの音楽は、どの曲も穏やかだが芯の力強さがあっていい。短いが「市民のためのファンファーレ」を聞く度に、トランペットの響きに強い愛国心を感じさせる。レナード・バーンスタインのように情熱的で才能に恵まれた代弁者をもつ作曲家は幸せである。コープランド作品のこれらの演奏は最初に発売されて以来ずっと好評で、のちに作曲家自身によって録音された作品全集より好まれてもいる。作曲家自演の演奏に関心があった頃でもあり、わたしはコープランド自身の録音で最初に聴いたがバレエ組曲という性格の音楽に期待している理想があるためか、「ロデオ」と「ビリー・ザ・キッド」はコープランド自作自演より好んでいるレコードが多い。バーンスタインはこの曲にリズムの正確な鋭さを与えるが、また例によって心の底からの温かみをもたらしてもいる。まるで自作自演のような乗りの良さで、しかもオーケストラはこの上なく腰が軽く、リズム感も抜群。各楽器が生き生きして艶のある音を出しており、特に管楽器がもの凄く上手い。そしてバーンスタインは、この曲をだれよりもよりよく知っているニューヨーク・フィルハーモニックから名人芸的な反応を巧みに引き出している。コープランドのオーケストラ作品のディスクとしては永遠のスタンダードともいうべきバーンスタインの傑作の1枚。こんなコープランドは今後そう出るものではない。1959年の録音で、録音場所はボストンのシンフォニー・ホールとなっている。ディスコグラフィーを見ると、同じ日にショスタコーヴィチの〝交響曲第5番〟(Columbia Masterworks ‎– MS 6115)をも録音セッションしている。スターリンの死後のフルシチョフの雪解け時代、そのチャンスを逃さずアイゼンハワー大統領が推し進めた、その政治的にも意義深いバーンスタインとニューヨーク・フィルの音楽外交の成功が生々しい10月に帰国した指揮者とオーケストラは、その熱狂と興奮をそのままに、1959年10月15~20日まで毎日ショスタコーヴィッチの交響曲第5番をメインとするコンサートを行い、15~18日がカーネギー・ホール、19日はボストンの西にあるスプリングフィールド、20日が最終日ボストン。この日、わずか1日で演奏会と、このディスクの演奏をセッション収録しました。バーンスタインは少し前までRCA専属であり、ボストンのシンフォニー・ホールはRCAの牙城で同社の録音システムも設置されていたかも知れず、セッション時間までは分からないが午前中や、演奏会前のリハーサルと兼ねてレコーディングしてしまった、のかスポーティーな快感を味わうのにはこの上ない。そこそこハードなスケジュールの上に録音まで仕上げるのですから、バーンスタインもニューヨーク・フィルも本当にタフです。(MS 6175 原盤)
Copland - Leonard Bernstein, New York Philharmonic ‎– Billy The Kid / Rodeo
  • Side-A Four Dance Episodes From "Rodeo"
    1. I - Buckaroo Holiday
    2. II - Corral Nocturn
    3. III - Saturday Night Waltz
    4. IV - Hoe-Down
  • Side-B Billy The Kid (Ballet Suite)
    1. Introduction / The Open Prairie (Lento Maestoso) / Scene 1a: Street In A Frontier Town (Moderato)
レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein, 1918.8.25〜1990.10.14)は、20世紀楽壇でカラヤンと人気を二分したスター指揮者。アメリカが生んだ20世紀を代表する大指揮者であり、作曲家、ピアニスト、そして教育者、理論家など、音楽の多方面にわたって優れた業績を残した偉大な「音楽家」。熱い感情迸る魂の演奏は、多くの共感を呼び、カリスマ的な支持を得て多くの人に愛されました。バーンスタインはニューヨーク・フィルの音楽監督に就任してからは、多くのアメリカ人作曲家の作品を紹介してきました。なかでも親交の深かったコープランドの作品は生涯を通じて演奏しました。コープランドは、バレエ曲を6つ書いてますが、その中でも本盤の「ビリー・ザ・キッド」(1938)と「ロデオ」(1942年)、「アパラチアの春」(1944年)の3曲がとりわけ有名です。アメリカ民謡を巧みに用いて作曲されたバレエ《ビリー・ザ・ キッド》。ピアノ奏者のビル・エヴァンスがドラマーのポール・モチアンとベーシストのスコット・ラファロをメンバーに迎え、歴史に残るピアノトリオを結成しスタンダードナンバーの独創的な解釈もさることながら、即興性に富んだメンバー間のインター・プレイが高く評価され、ピアノトリオの新しい方向性を世に示したのが、1959年のこと。このトリオで収録した『ポートレイト・イン・ジャズ』、『エクスプロレイションズ』、『ワルツ・フォー・デビイ』および同日収録の『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』の4作は、〝リバーサイド四部作〟と呼ばれる。ピアノやベース・ドラムス、あるいはギターなどの楽器奏者は、ホーン奏者を支えるための「リズム・セクション(伴奏者)」としてリズムを刻む「道具」として扱われた従来の慣習を打ち破り、テーマのコード進行をピアノ・ベース・ドラムスの3者が各自の独創的なインプロビゼーションを展開して干渉し合い、独特な演奏空間を演出した。そしてビル・エヴァンスもドビュッシーにも影響された。モード・ジャズの成立にドビュッシーの影響があったが、ジャズを発明していたわけではない。
ラヴェルはジャズに影響を受けた音楽家だったが、ドビュッシーはアジアの音楽に傾倒する過程でジャズと出会っている。1906年から1908年にかけて作曲されたピアノ組曲『子供の領分』の第6曲「ゴリウォーグのケークウオーク」は、人形のゴリウォーグがアフロ・アメリカンのダンスであるケークウオークに合わせて陽気に踊る様子を描いていると伝えられている。それだけにとどまらず、そのベース音型がラグタイムの変種であると見て差し支えない。その他、ラグタイム様式に近いジャズの影響を受けていることが確認できる作品には代表的な例として『前奏曲集第1集』(1909〜1910)より「ミンスレトル」や『前奏曲集第2集』(1910〜1912)より「風変わりなラヴィーヌ将軍」がある。なお、ストラヴィンスキーの作品はジャズの和声ではなくラグタイムの持つリズムや音型の特徴から創作上のヒントを得たにすぎない。そうした厳密な意味でのラグタイムの模倣ではないものもあるが、サティやヒンデミット等、多くの作曲家の作品に当時のジャズの流行が反映されている。ラグタイムは19世紀後半から20世紀への変わり目で盛んになった。1896年からアメリカで出版され始めたジャズ音楽の楽譜は、シート・ミュージックと呼ばれ流行した。ジャズそのものがまだ生まれたばかりのものであり、それらに付加される和声は同時代に興隆していたヨーロッパ近代音楽の影響を受けるには理論構築的にあまりに未熟であったからであろう。19世紀から1910年代までのジャズはヨーロッパ近代音楽からの影響がまず見られないと言っても差し支えない。20世紀はじめのヨーロッパでは、このラグタイム様式のジャズは楽譜という印刷メディアを通して広く伝播された。パリで活躍したドビュッシーがジャズの手法を取り入れたのは当然な成り行きだった。ラグタイムはワーグナーに代表される調的転換を伴う和声的半音階進行とは異なる、あくまで旋律的な次元での半音階的進行を挟みながら交替する長・短和音とラグタイム・ベースと呼ばれる伴奏型が特徴。ラグタイムには旋律は伴奏を間わず、オクターヴのユニゾンがしばしば出現するのでドピュッシーはそれを模したと思われる。一方、モーリス・ラヴェルはジャズの特徴的要素である音階構成 ― ブルー・ノートを自作に取り入れて「ヴァイオリン・ソナタ」(1923〜1927)、「左手のための協奏曲」(1929〜1930)、「ピアノ協奏曲ト長調」(1929〜1931)を1920年代から30年代にかけて作曲している。
1923年にフレッチャー・へンダーソンが始めたジャズ様式によるバンドはヨーロッパ的なコンセプトを持っていたということで、演奏に従来のような即興の要素を少しだけ残しながらも全体的に統制をとるため楽団員は用意された楽譜を見ながら演奏する、という方法をとった。これは基本的には楽譜に忠実でありながらも、部分的には即興を取り入れジャズの自由な演奏という要素を損ねないようにするものであった。この場合あらかじめ楽譜が用意されていなければならず、そのために編曲者が編曲をすることが必然となったのである。1920年代〜1940年代になるとジャズの和声システムは急速に発展し、ドミナント進行を中心とした機能和声理論も独自に考え出された。また、これと同時期にはジョージ・ガーシュウィン等のような、クラシック音楽との融合を求めるような動きもニューヨークで起こり、ジャズは徐々にヨーロッパ音楽を意識し始める。そして1950年代以降はジャズにおけるヨーロッパ近代音楽語法の影響が急激に増大した。
バーンスタインとニューヨーク・フィルという大きな二つの個性が結ばれ、完全にひとつになったからこそ成し得た演奏であり、軽やかなタッチに力強さを湛え、節度を保ちつつも緩急の自在なものである。その演奏は、ジャズにも精通していた彼だからこそ出来たものだと言えるだろう。間違いなくバーンスタインの最高峰の演奏であるといえる。録音もワルター盤同様、米コロンビアの技術の結晶が実を結び素晴らしい。バーンスタインの指揮するニューヨーク・フィルの演奏には、そんな音楽が山ほどある。
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、フィリップス・レーベルにはハスキルやグリュミオー、カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から60年にかけてのレコードには、本盤も含め米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。
バレエ組曲『ロデオ』より4つのダンス・エピソード、1960年録音。ビリー・ザ・キッド組曲、1959年ボストンのシンフォニー・ホールでのセッション、ステレオ録音。
GB PHIL SABL192 バーンスタイン コープランド・名曲撰
GB PHIL SABL192 バーンスタイン コープランド・名曲撰