34-14739

商品番号 34-14739

通販レコード→英レッド・アンド・ホワイト Phase 4 Stereo Concert Series 黒文字盤

個性豊かなワーグナー演奏の数々 ― 英デッカが当事この会社の売りだった〝PHASE 4 STEREO〟は、専用の「4トラック」レコーダーを中心とした機材で録音したシリーズで、1970年代に各社から発売されていた、実験的4チャンネル盤とは別物です。もちろん、通常のステレオ装置で聴くことができます。当初は20チャンネルのコンソールと4トラックレコーダーを使用、以後機材をアップデートしているものと思われます。SPレコード時代から革新的だったレオポルト・ストコフスキー。レコーディングの時にはオーケストラの前にはダミーの指揮者を置いて行った強者。形式にこだわらずに音楽の輝きを大胆に表現する指揮ぶりは実にユニークな存在感を現在でも放っています。折有るごとにワーグナーの楽曲をオーケストラ編曲して魅了してきたストコフスキー。色彩豊かでスペクタキュラーな編曲と演奏には説得力があり、その絶妙な響きによる音楽は無類の魅力を放っています。〝PHASE 4 STEREO〟のデモンストレーションのような本盤のために選んだのは《ワルキューレの騎行》。ワーグナーの超大作、楽劇「ニーベルングの指環」の第一夜『ワルキューレ』の第3幕の前奏曲。ワルキューレたちが天空を縦横無尽に飛翔する様子が弦楽器群とともに奏される木管楽器群のトリルによって描写され、終始、ワルキューレたちが空中を飛ぶ雰囲気が描かれる。ワーグナーによって部厚いオーケストレーションが行われており、ピッコロからチューバに至る管楽器群、それにヴァイオリンからコントラバスにおよぶ弦楽器群の厚い響きが全曲で躍動する。この曲では全曲において、ステレオ再生システムの周波数特性、周波数バランスのチェックができる。特に、マルチ・ウェイ・スピーカーの各ユニット間のバランス調整、或いは、セッティングの仕方によって低音域の音の出方が変化するブックシェルフ型スピーカーの最良の設置場所を探しだす際に、この曲を再生しておくと良いだろう。
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さて、戦前の日本におけるストコフスキーの代表盤と言えば、ドヴォルザークの交響曲「新世界」とリストの「ハンガリアン・ラプソディ」でしょう。1937年に製作された映画「オーケストラの少女」でも使われました。この映画の大ヒットのおかげで、それまでクラシック音楽に縁のなかった多くの大衆が、その楽しさに開眼したそうです。当時の日本のレコード店には、それまで流行歌しか聞かなかったような半纏姿の丁稚さんが、このレコードを買いに押しかけて来たそうです。レオポルド・ストコフスキー(Leopold Stokowski)は老いを知らない、まるで逆に年をとっているのではないかと思われるほど、いつまでも若さを失わない指揮者である。あの見事な銀髪、ギリシャ彫刻を思わせるような、彫りの深い芸術的な顔。指揮棒をすて、しなやかな10本の指から創りだされる表情豊かな音楽。彼は言葉では表現できないふしぎな魅力をもった指揮者である。1882年、ポーランド人を父に、アイルランドの移民を母としてロンドンに生れた彼は、オルガニストとして音楽の第一歩を踏みだした。13歳で王立音楽大学に入学。1902年、ピカデリーの聖ジェームズ教会のオルガニスト、聖歌隊指揮者となり、1903年にはオックスフォード大学クイーンズ・カレッジで音楽学士号を取得。1905年アメリカに渡りニューヨークの聖バーソロミュー教会でオルガンを弾いていたが、夏の間はヨーロッパで研究を続けていた。1909年、パリで急病の指揮者の代わりに指揮をしてデビュー。その成功がきっかけで、シンシナティ交響楽団の常任指揮者に就任。ごく短期間のうちにその実力を相当な高みにまで引き上げた。そしてその腕が買われ、1913年、弱冠31歳でフィラデルフィア管弦楽団の常任に迎えられた。それから24年間 ― 1912年から1940年まで常任指揮者として同楽団を世界最高水準のオーケストラに育て上げたのである。その後、ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団、ヒューストン交響楽団の指揮者をつとめ、その後みずから、全米青少年管弦楽団(1940年)、ニューヨーク市交響楽団(1944年)、ハリウッドボール交響楽団(1945年)、アメリカ交響楽団(1962年)を次々に結成し、その育成に心血をそそぐことでアメリカの交響楽運動の第一線にたち続けた。ストコフスキーは20世紀における個性的な指揮者の一人で、主にアメリカで活動した。SP時代に初めてブラームス全集を出したり、映画音楽を数多く録音したり、とにかく自由奔放に活動した。レパートリーは格段に広い。20世紀のアメリカの、いや世界の大衆にバッハ音楽を紹介した最大の功労者と言ってよい。1941年、フィラデルフィア管との戦前最後の演奏会がヨハン・ゼバスチャン・バッハの《マタイ受難曲》であったということが示すように、ストコフスキーにとってバッハの音楽は常に大切なよりどころでもあった。オルガニスト、音楽学者として活躍した20世紀初頭に、ロンドンとオックスフォードでイギリスのバッハ復興運動の第一線にいた経験が、まさに彼のルーツであり、大管弦楽のための数多くのバッハ編曲も、そうした背景から理解できる。一方で1971年までに指揮した7,000回の演奏会のうち、新作の初演はじつに2,000回に及ぶなど、現代音楽の紹介者としての功績も忘れてはならない。その音楽に対する情熱とスケールの大きさには驚かされる。どんな曲でも新鮮な刺戟的な演奏をし、たとえばホルンに強烈なビブラートをかけるのも特徴的で、さらに弦に関しては耽美的、神秘的な響きである。〝ストコフスキー・サウンド〟とか、〝音の魔術師〟と呼ばれた、それはまったく「怪物」という印象であった。
Richard Wagner ‎– Wagner's Golden Hits
  • Side-A
    1. Die Walküre - Ride Of The Valkyries - Leopold Stokowski Conducting The London Symphony Orchestra 4:52
    2. Lohengrin Prelude To Act 1 - George Hurst Conducting The New Philharmonia Orchestra 8:06
    3. Tannhauser Overture Excerpt - Erich Leinsdorf Conducting The London Symphony Orchestra 7:35
  • Side-B
    1. Lohengrin Prelude To Act 3 - Stanley Black Conducting The London Symphony Orchestra 3:18
    2. Siegfried - Forest Murmurs - Leopold Stokowski Conducting The London Symphony Orchestra 9:07
    3. Tristan Und Isolde - Prelude And Liebestod - Carlos Paita Conducting The New Philharmonia Orchestra 7:00
エーリヒ・ラインスドルフ(Erich Leinsdorf, 1912~1993)はウィーンのユダヤ人家庭に生まれ、アントン・ウェーベルン率いる労働者合唱団の練習ピアニストからキャリアを始め、22歳の若さでザルツブルク音楽祭に招かれ、1934年からブルーノ・ワルター、アルトゥーロ・トスカニーニの下で練習ピアニストとして修行を積んだ後に、ヒトラー率いるナチス・ドイツ政権によるホロコーストから逃れて渡米しました。1942年に米国籍を取得。その後クリーヴランド管弦楽団、ロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨークのシティ・オペラの音楽監督やメトロポリタン歌劇場の音楽顧問も歴任し、1962年からシャルル・ミュンシュの後任としてボストン交響楽団の音楽監督に就任。この時期にドイツ音楽のスペシャリストとして評価を固め、膨大な数の録音を残しています。1969年にボストン響から離れた後はウィーン交響楽団、ベルリン放送交響楽団の音楽監督となるなど、主にヨーロッパを中心として活躍しました。ラインスドルフは耳の良さに定評があり、あまりにも厳格な要求は楽員たちから煙たがられた。演奏に3時間を費やすヨハン・ゼバスチャン・バッハの「マタイ受難曲」のような大曲でも隅から隅まで暗譜、リハーサルにも楽譜なしで臨みながら楽団員に対し、「そこのオーボエの君、最後4分の1音だけずれていたよ」と詳細に指摘。すわ、パート譜を確認すると、マエストロの指摘通りといった具合で、逃げ場がない。ラインスドルフといえば知的で整理された中にも、時としてピリッとしたスパイスを効かせた玄人好みの音楽造りをする人です。リヒャルト・シュトラウスやベートーヴェンでもウィーン風の伝統に則した音運びをしていますが、速いテンポの途中での突然の急ブレーキなどなど、アンサンブルの整った演奏は、それも厳格なトレーニングの成果でしょうか、なかなか聴き手の注意を逸らせない演出で聴かせます。またオペラからコンサートレパートリーまで、何でも振れる職人気質が災いして、実力のわりには日本での評価は低かった。若い頃の演奏は整ってはいるものの幾分冷めた部分があって、その点が人気のなかった原因とも思えますが、来日は1978年にニューヨーク・フィルハーモニックとでのこと、レナード・バーンスタインの代役としてでしたが、べートーヴェンの交響曲第3番「英雄」は「驚くべき巨匠の音楽」と、玄人筋から絶賛された。1980年代以降の晩年の演奏は、知的でよく整ったバランス感覚の優れた音楽造りに格調の高さとヒューマンな暖かさが備わったのを感じさせます。
  • Record Karte
  • 1968年ロンドン録音。英DECCAが開発した4チャンネルステレオ再生システム、〝Phase4ステレオ〟は、1963年にデッカ・アメリカが開発した20chマルチ録音を4トラックに収録するという、当時としては画期的な録音方式でした。その後ヨーロッパへもデッカはこの方式を取り入れ、クラシック音楽のLPは1964年に初発売され約200枚のクラシックLPが〝Phase4〟で発売されました。
  • GB LON SPC21051 レオポルド・ストコフスキー 他 ワー…
  • GB LON SPC21051 レオポルド・ストコフスキー 他 ワー…
  • GB LON SPC21051 レオポルド・ストコフスキー 他 ワー…
ストコフスキー/アンコール!!
ストコフスキー(レオポルド)
ポリドール
1999-11-01