34-18655
商品番号 34-18655

通販レコード→英 "W&B STAMP DOG" 黒文字盤
“早すぎたポップ・スター” ― 世紀のディーヴァ、マリア・カラス。オペラ通の間では「BC」と言えばカラス以前、「AC」と言えばカラス以後の意味だと言われ、その幽玄にしてドラマティックな歌声は、没後40年を過ぎたいまも世界の人々を魅了してやみません。カラスの全盛期にもまたその没後もオペラ界には優れた歌手は星の数ほど現われましたが、その歌手たちの多くが忘れ去られる中でカラスだけは時代を超えて今も新しくファンを獲得しているのは何故なのでしょうか。当時のスカラ座のプリマドンナはアルトゥーロ・トスカニーニから「天使の声」と賞賛されたソプラノ歌手レナータ・テバルデイが第一人者として活躍していました。そのテバルデイが急病のために「アイーダ」の代役としてカラスは出演しましたが、カラスがスカラ座で正式にデビューしたのは1951年から52年にかけてシーズン・オープニングの演目、ヴェルデイ中期のオペラ「シチリア島の夕べの祈り」でした。それは黄金期の幕開けとなり、ベルリーニの「ノルマ」、モーツァルトの「後宮よりの逃走」、ヴェルデイの「マクベス」「トロバトーレ」、ケルビーノの「メデア」など次々と歌い、カラスの芸術家としての重要な部分は、このスカラ座における10年間に凝縮されています。なかでも絶頂期の最大傑作のひとつとなったカラスとヴィスコンティの創造した「椿姫」のあとでは、しばらくは上演されず、久しぶりに挑戦した実力のあるソプラノ歌手の舞台も失敗に終わり、次の「椿姫」が上演されるまでにはまた長い時間がかかりました。ヴィオレッタ役をカラスは全身全霊で演じ、スカラ座の歴史上伝説的な舞台になった上演で、当時のマリア・カラスの圧倒的な演唱を数多くの人々が知っていた。彼女はクラシックの世界に生きた人だが、その記憶のされかたは、ポップ・スターに近いところがある。カラスは、歌劇における演技力、役の心理の理解に優れた歌手だった。そして、実人生のほうも、芝居のようにドラマティックなものだった。カラスは、派手な社交や恋愛でも知名度を上げた。イタリア大統領も臨席した1958年のローマ公演を、第1幕のみで出演をキャンセルし批判を浴びたスキャンダルも、話題に事欠かない。クラシック通以外にも名前を知られ、広く聴かれた点では、ポピュラーな歌手だったのだ。本盤は往年の舞台姿を彷彿する、ノルマ〜清らかな女神よ、ランメルムーアのルチア〜狂乱の場・香炉はくゆり、蝶々夫人〜ある晴れた日に、トスカ〜歌に生き、恋に生き。舞台で得意とした名オペラから24曲。最盛期を凝縮した2枚組。
マリア・カラス(Maria Callas)は1923年12月2日、ニューヨーク生まれのソプラノ歌手。1977年9月16日、パリにて没。13歳で故国ギリシャに帰り、アテネ音楽院で名歌手、エルビラ・デ・ヒダルゴに師事。1938年にオペラ・デビューし、1947年、ヴェローナ音楽祭でのジョコンダ役で一躍注目を浴びる。1950年のスカラ座デビューから約10年間が全盛時代。ワーグナーのドラマティックな役と、ベル・カント・オペラの両方の分野で成功を収め、不世出のソプラノ歌手として名を残した。42歳だった1965年にオペラの舞台から退いたが、1969年に映画『王女メディア』に主演したほか、舞台演出、音楽院の講師を務め、1973~74年に世界各地でフェアウェル・コンサート・ツアーを行った。オペラ歌手としての充実した活動期間は短く、1951年からの7年間が全盛期、歌声に波があった1960年代まで含めても10数年にすぎなかった。早すぎる衰えは、若い頃に難曲で喉を酷使したため、あるいはダイエットのせいとも不摂生のせいともいわれる。全盛期のモノラル録音と比べスタジオでセッション録音されたステレオ録音の歌唱には年齢的に最盛期とは、もはや言えないし声の変化はいかんともしがたいものがありますが、それを超越した表情づけのこまやかさ、心理描写の絶妙さは、精妙な構成力が際立った歌唱になっていきます。ドラマに対する類まれな冴えた感覚と、それに完璧に連動する歌唱力を持ち合わせていた稀代の名歌手マリア・カラスは、1953年の『ドン・ジョヴァンニ』からのマイク・テストから、レッシーニョとの1960年台の録音まで、キャリアのほとんどの期間でEMI専属の歌手としてジョルジュ・プレートル、トゥリオ・セラフィン、ガブリエーレ・サンティーニ、ヴィクトール・デ・サーバタ、ヘルベルト・フォン・カラヤン、アントニーノ・ヴォットー、ニコラ・レッシーニョ、アルチェオ・ガリエラらとレコーディングを行っていました。1977年、訃報を追悼してリリースされた2枚組。劇的な人生、空前にして絶後の歌姫の無垢な姿がここにある。
Side-A
  1. Norma - Casta Diva
  2. Il Barbiere Di Siviglia - Una Voce Poco Fà
  3. Manon Lescaut - Sola, Perduta, Abbandonata
  4. Manon - Adieu, Notre Petite Table
  5. La Forza Del Destino - Pace, Pace, Mio Dio
  6. I Pagliacci - Ballatella: Qual Fiamma Avea Nel Guardo!
Side-B
  1. Lucia Di Lammermoor - Regnava Nel Silenzio
  2. Alceste - Divinités Du Styx
  3. Rigoletto - Caro Nome
  4. Aida - O Patria Mia
  5. Turandot - In Questa Reggia
  6. Gianni Schicchi - O Mio Babbino Caro
Side-C
  1. Madama Butterfly - Un Bel Dì, Vedremo
  2. I Puritani - Son Vergin Vezzosa
  3. Macbeth - La Luce Langue
  4. La Bohème - Sì, Mi Chiamano Mimì
  5. Il Turco In Italia - Non Si Dà Follia Maggiore
  6. Carmen - L'Amour Est Un Oiseau Rebelle
Side-D
  1. Caballeria Rusticana - Inneggiamo Il Signor Non E Morto
  2. La Sonnambula - Ah! Non Credea Mirarti
  3. Il Trovatore - Tacea La Notte Placida...Di Tale Amor Cabaletta
  4. Samson Et Dalila - Printemps Qui Commence
  5. Un Ballo In Maschera - Morrò, Ma Prima In Grazia
  6. Tosca - Vissi D'Arte
ニコラ・レッシーニョ(Nicola Rescigno)は1916年5月28日、ニューヨーク生まれの指揮者。父はメトロポリタン歌劇場のトランペット奏者だった。ローマで法律を学んだ後、1929年からイルデブランド・ピツェッティ、ヴィットリオ・ジャンニーニやジョルジオ・ポラッコらに師事。1943年、ニューヨーク音楽アカデミーでジュゼッペ・ヴェルディの《椿姫》の上演を指揮してデビューする。その後、サン・カルロ・オペラのアメリカ巡業に同行して名声を得て、コネチカットやハバナの歌劇場の音楽監督の任についた。1954年、キャロル・フォックス、ローレンス・ケリーとともにシカゴ・リリック・オペラを創設し、1956年まで芸術監督・指揮者を務める。この間マリア・カラスのアメリカ・デビューのステージを指揮し、数多くの名演を残した。1957年にはダラス・シヴィック・オペラの発起人の一人として創設に名を連ね、19年間に渡って芸術監督・指揮者を務めた。また、モンセラート・カバリェ、プラシド・ドミンゴ、ジョーン・サザーランド、テレサ・ベルガンサ、ジョン・ヴィッカーズやマグダ・オリヴェロといったオペラの名歌手たちのアメリカ・デビューを指揮して伴奏を担当したことでも知られ、演出家のフランコ・ゼフィレッリのアメリカ・デビューのときの指揮者も務めるなど、広汎に活躍している。メトロポリタン歌劇場には1978年から出演し、ヘンデルのオペラ『アルチーナ』『ジューリオ・チェーザレ』を手がけるなど、イタリア・オペラのスペシャリストであった。1990年にはローマのカラカラ浴場跡で『アイーダ』を指揮して注目を集めた。ヴィテルボの病院にて2008年8月4日死去、今年没後10年になる。
1977年初発。2枚組。
GB EMI SLS5104 マリア・カラス THE MARIA C…
GB EMI SLS5104 マリア・カラス THE MARIA C…