34-13721

商品番号 34-13721

通販レコード→独ダーク・パープル・スタンプ・ドッグ黒文字盤

嫌味はなく軽妙とも言える心地よさがある〝エレガントな贈り物〟 ― 新型コロナウイルス感染者の治療で中心となっているモスクワの病院を3月24日に視察した際、院内を案内したデニス・プロツェンコ医長が新型コロナに感染していたことで、対面の会議を控えているウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン・ロシア連邦大統領が、「ロシアにおける日本年」・「日本におけるロシア年」だった昨年。安倍晋三総理大臣と挨拶を行ったときに、スピヴァコフ基金派遣若手ロシア人音楽家の演奏がありました。ウラディーミル・スピヴァコフは、プーチン大統領とも親しい間柄。ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団は、スピヴァコフとプーチン大統領との電話1本によって生まれたオーケストラとして有名なエピソードをもつ。優秀な楽員を揃えているこのオーケストラは、個々の奏者の技量も基本的にしっかりしているし、とりわけ弦の音色の瑞々しい輝かしさは、〝ロシアの弦〟の伝統を受け継ぐものだ。「名ヴァイオリニストの歴史」をひもとくと、ヨーゼフ・ヨアヒム、ウジェーヌ・イザイ、アルノルト・ロゼーの三柱にはじまり、ウィリ・ブルメスター、カール・フレッシュ、アンリ・マルトーを経て、ジャック・ティボー、ヤン・クーベリック、ジョルジュ・エネスコ、ブロニスワフ・フーベルマン、マリー・ホール、パウル・コハンスキ、ミッシャ・エルマン、 アドルフ・ブッシュ、ヨーゼフ・シゲティ、フランツ・フォン・ヴェッチェイ、ヤッシャ・ハイフェッツ、ジノ・フランチェスカッティ、エリカ・モリーニ、マックス・ロスタル、 アルフレード・カンポーリと伝説から、録音で聴くことができる名手に継がれ、ジョコンダ・デ・ヴィートを境に、LPレコード録音でよく知られるダヴィッド・オイストラフ、 ウィリ・ボスコフスキー、シモン・ゴールドベルク、 ヴォルフガング・シュナイダーハン、ユーディ・メニューイン、ヘンリック・シェリング、ルジェーロ・リッチ、ジャネット・ヌヴーがステレオ録音の良い音質の録音を残し、ローラ・ボベスコ、アルテュール・グリュミオー、イヴリー・ギトリス、レオニード・コーガン、ミシェル・オークレール、ヨハンナ・マルツィ、イダ・ヘンデルらのレコードは収集家の間で引っ張りだこ。フランコ・グッリ、ドゥヴィ・エルリ、ヨゼフ・スーク、クリスチャン・フェラス、マイケル・レビン、サルヴァトーレ・アッカルド、ウルフ・ヘルシャー、ウラディミール・スピヴァコフ、ウート・ウーギ、ギドン・クレーメル、ピンカス・ズッカーマン世代が第二次世界大戦後の象徴となった。そしてチョン・キョンファ、オーギュスタン・デュメイ、ドミトリー・シトコヴェツキー、ナイジェル・ケネディ、ナージャ・サレルノ=ソネンバーグ、アンネ=ゾフィ・ムター、フランク・ペーター・ツィマーマン、クリスティアン・テツラフ、サラ・チャンら現役ベテランが現代をリードしている。いまやロシア文化省大臣ともいえる政治家も真っ青の権力者スピヴァコフの若かりし頃の録音。ピアノのボリス・ベクテレフは音楽一家に生まれ、5歳で音楽を志し、モスクワのグネシン音楽院で教育を受け、卒業に際して功労賞を授与された。1970年、ソヴィエト・ピアニスト・コンクールで1位を受賞後、ソリストとして、またスピヴァコフをパートナーとしてコンサート活動を開始。旧ソ連をはじめ、ウィーンのコンツェルトハウス、ローマのアカデミア・サンタ・チェチーリア・ホール、ミラノのスカラ座、ニューヨークのカーネギー・ホール、日本をはじめとする各国の著名なコンサート・ホールで絶賛を浴びた。コンサート活動と同様、レコードも大きな成功を収めている。ロシアのメロディア社およびイギリスEMI社からリリースされたアルバムでは、シューベルトのソナタ、プロコフィエフの稀曲「思考 作品62」「その物自体 作品45」などのソロに加え、スピヴァコフとも共演。嫌味はなく軽妙とも言える心地よさがあるシューベルトの《ソナチネ》とブラームスの《ハンガリー舞曲集》の後を、パガニーニの技巧曲が締める配置の選曲が粋。磨き抜かれた音が凄い。鮮明で極めて優秀な録音。本盤はイギリスEMIからの発売ですが「Recorded by EMI in association with Melodiya, USSR.」とクレジットがある。
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現在のロシアを代表するヴァイオリニストであり指揮者、ウラディーミル・スピヴァコフが、もう70歳の誕生を過ぎた。スピヴァコフは、ヤンケレヴィチ門下の同世代のヴァイオリニストの中では、最も練達の演奏家のひとりであり、モスクワやパリ、ジェノヴァ、モントリオールで開かれる数々のコンクールに入選している。1944年9月12日、ウーファのユダヤ人家庭に生まれる。両親はウファに疎開中であった。戦後レニングラードへ戻り、1955年にレニングラード音楽院付属音楽学校に編入した。1963年に同校を卒業し、モスクワ音楽院のヴァイオリン教授であったユーリー・ヤンケレヴィチのクラスで1963年から1968年にかけて学ぶ。その後研究科に進み、1970年に卒業。演奏者としては1965年からコンサート活動を始めており、1969年のモントリオールのコンクールでギドン・クレーメルを抑えて優勝した実力の持ち主。クリアでやや硬質な音色を駆使して、快適なテンポでサラッと演奏を進めているが、その中には非常に感じやすいデリケートな側面を感じとることもできる。第4回チャイコフスキー国際コンクールで第2位と銀メダルを獲得したのは、1970年だった。その際のチャイコフスキーとシベリウスでデビュー。ドビュッシー、ラヴェル、ミヨー、ガーシュインの小品をここまで洒落て演奏できるというので、ロシアの演奏家としては稀な存在をイメージづけた。1970年からモスクワ・フィルハーモニーのソリストをつとめた。指揮者としては、1979年にシカゴ交響楽団と協演して西側デビューを果たす。同年にモスクワ・ヴィルトゥオージを設立。芸術監督として率いながら、ロシア・ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者として多忙を極める、指揮者に転じてからの、モーツァルトの交響曲第28番は名演だった。モスクワ・ヴィルトゥオージの演奏もレベルが高く、パッセージの変化に機敏に対応している。世界最高峰の室内管弦楽団ではないだろうか。モスクワ・ヴィルトゥオーゾ室内管弦楽団とも呼ばれるが、指揮者のスピヴァコフが、主にモスクワ音楽院出身者を集めて結成した室内管弦楽団である。実に素晴らしい。指揮者としてのスピルヴァコフは古典派やロマン派が得意なのかもしれないが、ヴァイオリニストとしてのスピヴァコフがロマン派より近現代の作品の方が合うかに思えるのも、納得できる。

Vladimir Spivakov ‎– Vladimir Spivakov Plays Schubert, Paganini And Brahms

Side-A
  1. シューベルト:ソナチネ2番 Sonatine No. 2 In A Minor, D. 185 (Op. 137) Composed By – Franz Schubert 22:58
    1. Allegro Moderato 8:26
    2. Andante 7:18
    3. Menuetto (Allegro) 2:28
    4. Allegro 4:36
  2. パガニーニ:カンタービレ Cantabile In D, Op. 37 Composed By – Niccolò Paganini 3:37
Side-B
  1. ブラームス(ヨアヒム編):ハンガリー舞曲(4曲) Four Hungarian Dances Composed By – Johannes Brahms 12:46
    1. No. 16 In F 2:57
    2. No. 2 In D Minor 2:55
    3. No. 9 In E Minor 2:59
    4. No. 6 In G 3:55
  2. パガニーニ:魔女たちの踊り Le Streghe Composed By – Niccolò Paganini 11:20
  • Record Karte
  • Engineer [Balance] – Neville Boyling, Producer – John Willan. Recorded by EMI in association with Melodiya, USSR.
  • GB  EMI  HQS1413 スピヴァコフ  ブラームス・ハンガ…
  • GB  EMI  HQS1413 スピヴァコフ  ブラームス・ハンガ…
Dvořák: Romantic Pieces - Brahms: Scherzo
JSC "Firma Melodiya"
2020-04-27

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