34-21375

商品番号 34-21375

通販レコード→英ラージドッグ・セミサークル黒文字盤

イギリスの春の爆発的ともいえるうつろい ―  を、アンドレ・プレヴィンの生き生きとしたタクトが、わかりやすく明快なタッチで演奏している。ベンジャミン・ブリテンは早熟の天才で、13歳の時から音楽理論と作曲を、作曲家フランク・ブリッジ(1879〜1941)に学びました。36歳、1949年のこの作品は、マーラーの大地の歌のような連作歌曲の集合体のような作品で、バリトンを除く独唱3人と混声合唱、少年合唱を伴なった作品。大きく4部からなり、それぞれの部はいくつかの章に細分化されてはいるが、春の訪れという導入部的な第1楽章、反戦の意を込めた緩除的な第2楽章、スケルツォの第3楽章、歓喜に沸くフィナーレの第4楽章、という交響曲的な構成をとりながら、春にちなんだ英国の詩14編が、全12曲に散りばめられる。その作者は中世の作者不詳のものから、エドマンド・スペンサー、ジョン・ミルトン、ウィスタン・ヒュー・オーデン、ウィリアム・ブレイクら、16世紀、17世紀、18世紀、19世紀の高名な方々まで。1934年から1941年までの年月は、若いブリテンにとって刺激に満ちた年でした。この時代の新しい芸術形式の試みは特に演劇と映画分野において成功し、1934年から1939年までにブリテンは18の映画音楽を創作しました。短編映画『夜間郵便列車』(Night Mail,1936)で詩人オーデンとの出会いがあり、その後およそ7年にわたりブリテンとの多くのコラボレーションなど、年長者のオーデンは芸術面、思想においても若いブリテンに多大な影響をもたらすことになりました。さて、夏の到来による輝かしい季節への突入を最後に高らかに歌う。この場面はブリテンの才気爆発ともいえる。なかでも、中世のカノン「夏は来たりぬ」が合唱や独唱によって歌われ、少年合唱がこだまのように入ってくる。次々に高まり行く高揚感。かっこいいブリテンの音楽を体感していただきたい。ロンドン交響楽団時代のプレヴィンこそ、若き日にジャズ・ピアニストとして培ったリズム感と、ハリウッド映画の作曲を通して身に付けた音楽の伝わり方のわかり易さと手際良さ、そして師に恵まれている。当時のサンフランシスコ交響楽団の音楽監督だったピエール・モントゥーに、指揮を教えてもらっている頃、レナード・バーンスタインがサンフランシスコに来て、この楽団を指揮した。それを見学したプレヴィンはすっかり影響されてしまい、その数日後に、モントゥーのレッスンで指揮を始めると「バーンスタインを見たね」と見破られてしまった。直接教えたわけでもないのに影響を与えたバーンスタインも、見て聴いただけでそっくりの指揮ができたプレヴィンも、それを瞬時に見破ったモントゥー譲りのオーケストラを自在に操るテクニックとが一気に開花した絶頂期にあった。この音楽に浸っている間、しばし浮世の憂さを忘れられること請け合いです。
お馴染みの名曲がスインギーなジャズに変身し、一層の魅力を獲得している。若きアンドレ・プレヴィンとContemporaryの顔であるドラマー、シェリー・マンのトリオがヒット・ミュージカル「マイ・フェア・レディ」からのポップチューンを見事な100%ジャズに変身させたのが1956年。このアルバムのジャケットに記された名義は〝Shelly Manne & his Friends〟となっている。その右下に小さく〝Andre Previn and LeRoy Vinnegar〟と記されている。ルロイ・ヴィネガーはシェリー・マン・グループのベーシストであった。マンの文句の付けようのないスウィング感、ドライブ感は最高。そしてピアノのプレヴィンのピアノが大きな役割を担っている。そのプレイはハンプトン・ホーズに負けない滑り、これまた素晴しい。もちろん、ヴィネガーの重要性も低くはない。スウィンギーで、ドラマティックなピアノ演奏、さらにはそのピアノを盛り立てて乗せていくドラムとベースが実にスリリングな演奏に仕上げているピアノ・トリオ盤である。ライナーによると、プレヴィンは「1929年ドイツ ベルリンの生まれでヨーロッパで音楽の勉強を始め、10歳のときにアメリカに渡りアート・テイタムを聴いてジャズに目覚めた」とある。ウエスト・コーストを代表するジャズ・ピアニストとして知られたプレヴィンは、1962年セントルイス交響楽団を指揮して、クラシックの分野における栄光の道を歩み始め1968年にはロンドン交響楽団の音楽監督を勤めるなど着々とキャリアを積み、大成功を収めた音楽家である。
アンドレ・プレヴィンの出生名はドイツ名でアンドレアス・ルートヴィヒ・プリヴィン(Andreas Ludwig Priwin)といい、アンドレ(André)はフランス風の名乗りである。1929年4月6日、ドイツ・ベルリン生まれ。ベルリンのユダヤ系ロシア人の音楽家の家庭に生まれ、ベルリン高等音楽院でピアノを学び、一時期ナチス政権を逃れて9歳でパリ音楽院に入学。1938年から家族に連れられアメリカへと渡り、1943年に合衆国市民権を獲得した。10歳代の頃からジャズ・ピアニストとして演奏し、1940年代、当時黎明期にあった初期モダン・ジャズのビバップ・スタイルに影響を受けたプレイで「天才少年」として注目され、ライオンのイラストが可愛いピアノ・トリオでのアルバム『キング・サイズ』(King Size, 1958年)、ダイナ・ショアと共演した『ダイナ・シングス、プレヴィン・プレイズ』(Dinah Sings Previn Plays, 1960年)。特にシェリー・マンと組んだミュージカルのジャズ化アルバム、ヒズ・フレンズでの『マイ・フェア・レディ』(Modern Jazz Performances of Songs from My Fair Lady, 1956年)などが代表盤に挙げられる。キャリア初期のロサンゼルス時代にはハリウッドの大手映画会社 MGM 専属となり、多くの映画において映画音楽の作曲や編曲、音楽監督を務めている。彼のその多彩な活動の当初は映画音楽の分野において頭角を現し、4回ものオスカー賞を獲得する傍ら、ピエール・モントゥーにも師事し指揮を学んで、1963年には指揮者としてもデビューします。『キス・ミー・ケイト』(1953年)、『マイ・フェア・レディ』(1964年)、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1973年)など時代の好みを反映させ、ハリウッドの著名人にはよくあるようにプレヴィンは結婚回数の多い人物であり、音楽家、男としての興味の衰えない姿を見せる存在だ。クラシック音楽の指揮者としては、その後アメリカ、イギリスのオーケストラ音楽監督を歴任し着実なキャリアを重ねた。管弦楽曲の演奏・録音が活動の中心であり、とりわけスラヴ系の音楽とイギリス・アメリカ近現代の音楽の録音で評価を得てきた。近年では、現在ウィーン・フィルを振って最もウィーン・フィルらしさを引き出させるなど、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との間に厚い信頼関係を築きあげています。クラシック音楽における自作品としては、ウラディーミル・アシュケナージへの献呈作『ピアノ協奏曲』やハインリヒ・シフに献呈された『チェロ協奏曲』、2002年に当時の新妻アンネ=ゾフィー・ムターのために作曲した『ヴァイオリン協奏曲』、ジョン・ウィリアムズのために書かれジャズバンドも加わる1971年の珍しい『ギター協奏曲』、金管アンサンブルでは『金管五重奏のための4つの野外音楽』、また声楽のジャンルでは最初のオペラとなった『欲望という名の電車』(1998年にサンフランシスコにて初演)や歌曲集『ハニー・アンド・ルー』、室内楽では『オーボエ、ファゴット、ピアノのための三重奏曲』などが挙げられる。一方ではジャズ・アルバムも制作し、また自らが作曲を手掛けた新作のオペラを録音するなど今日最もアグレッシヴな活動を展開していた。
  • Record Karte
  • 春の交響曲 Op. 44、歌劇「ピーター・グライムズ」から4つの海の間奏曲 Op. 33a、ジャネット・ベイカー - Janet Baker(メゾ・ソプラノ)、シーラ・アームストロング - Sheila Armstrong(ソプラノ)、ロバート・ティアー - Robert Tear(テノール)、セント・クレメント・デーンズ教会聖歌隊 - St. Clement Danes Chorale、ロンドン交響合唱団 - London Symphony Chorus、ロンドン交響楽団 - London Symphony Orchestra、アンドレ・プレヴィン - André Previn(指揮)、リチャード・ヒコックス(合唱指揮)、1978年6月ロンドン、キングスウェイホールでのセッション・ステレオ録音。
  • GB EMI ED2910471 プレヴィン ブリテン・春の交響曲
  • GB EMI ED2910471 プレヴィン ブリテン・春の交響曲