34-10640

商品番号 34-10640

通販レコード→英ホワイト・アンド・ブラック・スタンプ・ドッグ黒文字盤 Quadraphonic

自分もオーケストラに混じって弾いてみたい! ― サイモン・ラトルは「春の祭典」「ペトルーシュカ」「火の鳥」に、「ミューズを司るアポロ」を加えたストラヴィンスキーのバレエ音楽4曲を1986年から1988年の3年間で集中的に録音しており、演奏はすべてバーミンガム市交響楽団、録音場所がコヴェントリーのウォリック大学アートセンター、エンジニアがマイケル・シェディで共通している。ラトルによるストラヴィンスキー・バレエ作品には上記以外に「プルチネルラ」の全曲集がある、もちろんこの録音からすでに、ラトルの輝かしい才能は明らか。それが本盤、1977〜78年にノーザン・シンフォニアを従えた録音です。「プルチネルラ」はストラヴィンスキーが1919年から1920年にかけて作曲したバレエ音楽で、もとはペルゴレージら、前期イタリア・バロックを素材にバレエ音楽を完成した。その後に組曲としては1924年に全18曲を8曲にして編曲され、1947年に改訂されています。本盤はバレエ音楽版と組曲1番、2番で構成している。ストラヴィンスキーのレコードは、戦前から作曲者自身やピエール・モントゥーのものがあったが、彼らは当時のオーケストラの演奏技術の限界と戦いながら、とにかく細部をよく鳴らそうとしていた。この傾向は、ステレオ初期の彼らの最後のレコーディングまで変わらない。「正統を伝える」という宿命を背負った彼らの丁寧な演奏は、しかし、音楽がどこか萎縮していた。それらと比べてラトルの演奏は、ストラヴィンスキーの錯綜したスコアを丁寧に読みほぐし、わかりやすく我々の前に開示する腕前はさすがと言うほかありません。初期の録音になる本盤でも、ラトルの演奏もキラキラ光る演奏のひとつ。一聴いて感じるのは、ラトルの才気溢れる演奏!というのが第一印象。この曲に必要な若いエネルギー感も十分であるが、何よりもこの曲を面白く「聴かせる」演出力が光っているように思う。わざとらしい臭い演出が見られるという訳ではないが、各楽器の扱いが上手い。どの楽曲でもカメレオンと揶揄されたストラヴィンスキーならではの緻密な計算と構成が見事に生かされており、また弦と管と打楽器の有機的な絡み合いによるダイナミクスの表現は、もう見事と言う他ない。「ラトルの最高傑作」と評するのはまったくの早計だが、この指揮者と楽団の最良の面が発揮された演奏であることは間違いない。このラトルの才気溢れる面白い演奏には、自分もオーケストラに混じって弾いてみたい!と強く思わせるものがある。
ストラヴィンスキーがディアギレフの依頼で、ペルゴレージの楽曲を素材にスイスで作曲。イタリアの古典的な仮面劇をテーマにした、ストラヴィンスキーの新古典主義時代を代表する傑作。プルチネルラは白いマスクに白い衣装の色男。ピンピネルラは彼の恋人。プルチネルラは街中の女性にモテモテで、カヴィエロとフロリンドが愛するロゼッタとプルデンザも彼に夢中。嫉妬した2人はプルチネルラを殴り倒す。死んだ振りをしたプルチネルラは、自分とそっくりなファルボと入れ替わり魔術師として登場。おまじないをするとプルチネルラに扮したファルボが生き返り、プルチネルラも自分の姿に戻り、はたまた街中の男がプルチネルラに扮して大騒ぎ。結局、みな扮装を解かせて、それぞれのカップルで仲直りのハッピーエンド。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督だったサイモン・ラトルは今をときめく21世紀の大指揮者だが、日本では、まだ一部の聴き手の間でしか話題になっていない頃、指揮者の知名度がない、ラトル指揮のストラヴィンスキー3大バレエの録音を東芝EMIは一挙に発売することにした。本盤を初めて聴いた時に、その瑞々しい軽快な音楽の運びから、ラトルの才能の可能性に大きな期待を抱いていた。続く『火の鳥、春の祭典、ミューズを導くアポロ』と、次々にストラヴィンスキー演奏のスタンダードを塗りかえてゆくラトルの『今聴かせたいストラヴィンスキー』に、これまでのレコード史のなかで着実に変容してきたストラヴィンスキーが、古典に踏み込んだ、という感慨を持った。ラトルに持っていたシンパシーを今でも変わらず持ち続けてはいるが、2002年9月からベルリン・フィルの首席指揮者兼芸術監督を務めながらの演奏を聴き重ねているうちに、ラトルの真価は、後10年くらい経なければならないか、とも思いはじめていた。しかし、ベルリン・フィルの首席指揮者を2018年をもって退任すると表明。2017年9月にロンドン交響楽団音楽監督に就任し、現在に至る。どうか低迷期を突き抜けて欲しい。イギリスのリヴァプールといえば、20世紀最大の音楽家と言っていいザ・ビートルズが誕生した街だ。1955年に、この街に生まれた少年は、ロックではなく、クラシックの道を選んだ。ベルリン・フィルという世界最高のオーケストラの首席指揮者・芸術監督になった、ラトルだ。ロンドン王立音楽アカデミーで指揮と打楽器を学び、1974年にジョン・プレイヤー国際指揮者コンクールで優勝。21歳の年に、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団にデビュー。その翌77年にグラインドボーン音楽祭に最年少デビューし、1980年にバーミンガム市交響楽団の首席指揮者に就任し、英EMIのブリティッシュ・コンポーザー・シリーズをはじめ、積極的なレコーディングとメディアへの露出で、同楽団を国際的な楽団に育てる。尊敬する指揮者として、サー・エイドリアン・ボールト、カルロ・マリア・ジュリーニ、ピエール・ブーレーズなどを挙げているように、トレーナーとしての手腕も見せ、20歳代半ばという若さで一時代を築いた。ベルリン・フィルを初めて指揮したのは、まだヘルベルト・フォン・カラヤンが健在だった1987年11月だ。マーラーの交響曲第6番を指揮し、かなり大胆で解釈が様々な議論を巻き起こした演奏だったが、これくらいのことをしないと印象に残らない。ラトルの「衝撃のデビュー」は成功し、カラヤン時代が終わり、クラウディオ・アバドの時代になると、客演指揮者のリストに入れられた。ラトルの生まれる前年の11月に、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが亡くなり、カラヤンがベルリン・フィルの首席指揮者になるために水面下で駆け引きを繰り広げていた。
  • Record Karte
  • Conductor – Simon Rattle, Orchestra – Northern Sinfonia Orchestra, Soprano – Jennifer Smith, Tenor – John Fryatt, Bass – Malcolm King. Engineer – Christopher Parker, Neville Boyling, Producer – John Willan. Recorded in Henry Wood Hall, Newcastle upon Tyne, 28-29 March 1977 and 3 January 1978. Quadraphonic.
  • GB  EMI  ASD3604 ラトル  ストラヴィンスキー・プル…
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